うちの奥さん 金魚の水槽みたいな匂いする
ち ゃ ぽ ―― ん ♪
ざ っ ば ―― ん !
「森の奥にある自然の露頭が神秘的すぎて、インスピレーションまで湧いてきた。スマホに直接ガンガン入力しているうちに興奮しすぎてウッカリ手を滑らせ、泉にスマホを落としたら、銀髪碧眼長耳の美少女が出てきた、だと? 湧き水に長時間潜っていた状況からして当たり前の人間ではないだろう。その証拠にギリシャ風のヒラヒラした薄い布がズブ濡れでピッタリ肌に張り付いているのに、肝心の乳首が透けて見えない誰得の衣装」
「私の名はヘルメースです」
「あの、泉の精で有名な?」
「ここで条件分岐(IF,IF-ELSE)です」
「さては、この展開……テンプレか!」
泉の精は力強く頷いた。
「3つの中から選んでください」
伝説は本当だった――
銀髪碧眼長耳美少女が、右手を高々とあげる。
その手には豪華絢爛な幅広のブロードソード。
両の乳房が液体のように『たぷん』と揺れた。
ゴクリと喉が鳴った。
(いろんな意味で。)
「まず、ひとつ目。貴方が落としたのは、使用者の身体能力を無視し相対する敵を無条件に斬り裂いて一方的に絶命させるチート性能を発揮しちゃう、豪奢な装飾を施された聖剣エクスカリバー的な両手剣ですか?」
「 初 手 か ら 凄 い 魅 力 的 提 案 !! 」
「これでしたか」
「それ、銃砲刀剣類登録証はありますか?」
「いいえ。そういったものは、無いですね」
書類が無いのか――
「地元警察に連絡して発見届出済証を発行してもらい、教育委員会の審査を受ける必要があるのか。でもな。人間に使って余生を塀の中で過ごすんじゃ無意味だし、狩猟免許を持たずに動物相手に無双していたら普通に逮捕案件。名残惜しいけど、手間に対して性能を発揮するケースが思いつかない」
「違いましたか」
「一旦、保留で」
銀髪碧眼長耳美少女、左手の本を持ち上げた。
ビショ濡れになった広辞苑くらいある革装本。
水没で、台無しにしてしまったように見える。
その古書を2度、大きく振って、水を切った。
その動作で、た ゆ ん た ゆ ん と波打ってる。
ゴクリと喉が鳴った。
(いろんな意味で。)
「いまひとつは、誰でもそのまま詠唱するだけで、便利な生活魔法から世界の軍事バランスを個人で一変させるほどの天変地異まで自由自在の魔導書、初心者さんも安心な総ルビのグリモワールですか?」
「 厨 二 カ コ イ イ 提 案 し か し な い !! 」
お次は魔導書とは――
「これでしたか」
「胸アツではあるが実力行使の意味違うな」
「意見具申を抑えつけることも可能ですが」
「そういった魔法も収録している、他にどんな呪文が書いてあるのか非常に興味はあるものの、なか見!検索で試し読みできるわけじゃない。こうしたものは必ずといって良いほど大きな落とし穴があり所有者は破滅するのが定番。とてもリスクに釣り合わない。別の意味で、いまひとつ。これもスルーかな」
「違いましたか」
「一旦、保留で」
銀髪碧眼長耳美少女がザブザブと泉の水を掻き分けて、やたらに長い両手剣と、異様にブ厚い魔導書を、きちんと地面に並べていく。ゆったりした所作をぼんやり眺めながら「華奢で綺麗な指だなぁ」と、どうでもいい感想が零れた。
そこからさらに歩み寄り、目の前に来た。
金魚の水槽みたいなニオイが漂ってくる。
それに混じって、女性特有の良い香りが鼻腔をくすぐってきた。
胸元に手を突っ込んで取り出したのは、冒頭のスマホ。
ゴクリと喉が鳴った。
(いろんな意味で。)
「三つ目。貴方が神が降りてきたオレって天才と叫びながら【文筆家になろう】へダイレクト投稿しようと入力するうちに、興奮しすぎて泉に落としてしまったため今現在は画面が真っ暗な、このスマホですか?」
「うん、わかった。シッカリ水分をふき取りSIMカードやバッテリーを取り外してフタを開けたまま乾燥させてから再度電源を入れたら、大傑作がメモリに残ってる可能性が微レ存のスマホを、今スグこちらへ」
泉の精は小首を傾げる。
「これを選ぶんですか」
「付加価値まで付いた」
「付加価値、ですか?」
「胸の谷間に挟まってたスマホだ、可能な限り早いほうがいい」
「そんなに慌てて……」
「ちょっと残ってるかもしれないし」
「なにが?」
「体温とか」
「体温……」
「香りとか」
「香り……」
銀髪碧眼長耳美少女は眉をひそめた。
「聖剣エクスカリバー的な両手剣や、初心者向けの魔導書よりも?」
「そうだ。 ……オレは胸の谷間のぬくもりと、残り香が欲しい!」
オレは、良くも悪くも正直者。
大抵このせいで大損してきた。
が……どうも様子がおかしい。
もじもじしながら頬を赤く染めている。
「好き♡」
「え?!」
「正直な方が好みのタイプです」
「そうか! 泉の精だもんな?」
泉の精は小さくコクコクと2度頷いた。
「胸の谷間ごと、挟まってたスマホを差し上げます」
「マジで――?! 願ったり、叶ったりしたよ!!」
そんな出逢いから1年。
水中でいじっているうちに電源ボタンを押してしまったのか、完全にオシャカになっていたスマートフォンは、聖剣エクスカリバー的な両手剣はもちろんのこと、初心者向けのグリモワールでは修理できなかったが、今でも「絶対押してない」と言い張っている。
ないものねだり、というやつなんだろう。
泉の精は、ちょっぴりシャイで秘密主義。
当の本人、あんまり正直者じゃなかった。
そんなところもカワイイと思った。
「住民基本台帳にヘルメースが記載されてて驚いた」
「本人確認で手間取りました。免許取ろうかな……」
隣を歩いている、うちの奥さんが口を尖らせてる。
あれから1年間同棲し、帰宅すると毎日笑顔で迎えてくれて、夕飯は和食中心のメニューで、日本人的……にしても古いタイプの専業主婦なライフスタイル。本日めでたく御成婚。
立場上あの泉に色々と用事がありそうなものだが――
「最近、あの泉に行った?」
「用もないのに行きません」
見た目は銀髪碧眼長耳の美少女、年齢はナイショ。
そして金魚の水槽みたいな匂いがすることがある。
期間限定公開豪華挿絵:©ゆさまうえなさん