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魔法少女ヤクザ 〜関東最強の武闘派ヤクザが幼女に勘違いされて、魔法少女として飼われることになりました〜  作者: Yui


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第6話 合体魔法

仁は泣いていた。


比喩ではない。文字通り、涙を流していた。


「くううう……俺のスマホが……」


砕け散ったスマートフォンの残骸を両手で包み込み、仁はまるで我が子の亡骸を抱くかのように嘆いた。液晶の破片がキラキラと光を反射している。それはさながら――いや、どう見てもただの産業廃棄物だった。


「ふっ。ざまあみろ。」


龍太郎が腕を組んだまま、微塵の同情も込めずに言い放った。


「あんな醜態晒しておいて偉そうにしてんじゃねぇよ!!」


仁が顔を上げた。涙の跡が残る顔に、怒りの色が滲む。


「今度こそお前の醜態を動画に撮って、SNSで晒してやるからな!?」


「あんなことは二度とない……」


龍太郎は静かに、しかし確信を込めてそう言った。


あの屈辱を繰り返すつもりはない。ミルキー・ピーチ・ハート・クラッシュ――あの技名を叫んだ瞬間、龍太郎のヤクザとしての魂は確かに一度死んだ。二度目はない。そう誓っていた。


この時の龍太郎は、まだ知らなかった。


運命が用意していた次の試練が、前回を遥かに凌駕する地獄であることを。


「仁、龍太郎、魔法少女みるく観てるんだから静かにして。」


居間から凜の声が飛んできた。


「す、すいやせん!」


「す、すまん。」


極道二人が同時に頭を下げる。この屋敷における最高権力者は、組長の鬼灯でもなければ、先代でもない。七歳の少女・鬼灯凜である。


テレビの前に正座した凜の背中を見ながら、仁と龍太郎は居間の隅に腰を下ろした。


画面にはお馴染みのアニメ――魔法少女みるくが映っている。


「うらあああああ!!」


またしても同じみの、夢の国のネズミをこれでもかとタコ殴りしたような顔の敵キャラが襲いかかる。


「嘘っ!! 私の魔法が通用しないなんて……!!」


みるくがピンチに陥る。


「ぐはははっ! もうお前は終わりだ! 魔法少女……!!」


敵の高笑い。


仁は画面を一瞥して、鼻で笑った。


「前と同じ展開……こりゃ再放送か? ちっ。」


「なら今回はやらされないはず……」


龍太郎も同じ結論に達していた。前回と同じ展開なら、同じ新魔法が出るだけだ。既にミルキー・ピーチ・ハート・クラッシュは披露済み。もう一度やれとは言われまい。

龍太郎は安堵していた。


「こうなったら……! あれをやるしかない!」


みるくが叫んだ。ここまでは前回と同じだ。だが次の瞬間、画面に見慣れない人影が現れた。


仁が目を細めた。


「あれ? 新しいキャラがいる……?」


「みるくの仲間のいちごだよ。」


凜が振り返らずに答えた。


「この子も魔法少女。」


嫌な予感が、龍太郎の背筋を駆け上がる。


画面の中で、みるくといちごが向かい合った。


「いちご! いくよ!!」


「うん!!」


二人の魔法少女が同時に叫んだ。


「ミルキー・プリプリ・フュージョン!! はっ!!」


――そして、踊った。


おしりをぷりぷりと振り、リズミカルなステップを踏み、最後におしりとおしりを合わせて――合体した。


光のエフェクトが画面を包み、二人の魔法少女が一つの存在へと融合する。


「な、なんだその姿は……!? というかフュージョンってパクリ……」


敵キャラが至極まっとうなツッコミを入れたが、合体後の魔法少女は聞く耳を持たなかった。


「うるさい!! この姿はみるくといちごが合体した姿! いちごミルクだよ!! いつもの魔法の10倍のMPを使う魔法を出せるの!! いっくよーーー!!」


仁が小声で呟いた。


「MP……」


「ドラクエか……」


龍太郎も呟いた。極道二人のツッコミは、期せずして同じ方向を向いていた。


「覚悟してして! 特大魔法!! いちごミルク・サクマ・ドロップキーーーック!!!!」


「ぐはああああ!!」


敵は一撃で消滅した。


「やったーー! 今日もみるくの魔法で世界をきゅんとさせちゃった♪」


「みんな! まったねーー!!」


エンディングテーマが流れ始める。


凜の目が輝いていた。


前回のミルキー・ピーチ・ハート・クラッシュの時と同じ――いや、それ以上の輝きだった。


「合体……かっこいい。」


凜が呟き、龍太郎の背筋が凍った。


「お、おい、この展開……」


「……だろうな。」


仁が答えた。仁もまた理解していた。この屋敷で凜が「かっこいい」と呟いた後に何が起こるか、もう何度も経験している。


だが仁の口元には、こらえきれない笑みが浮かんでいた。


「さすがに同情するぜ龍太郎。」


一拍の間。


「なーんて。」


仁がにやりと笑った。その目は完全に楽しんでいる目だった。


「貴様……」


龍太郎の声に殺気が混じった。だが仁は怯まない。今回ばかりは、自分は安全圏にいる。合体の犠牲者は龍太郎だ。おしりを振って恥を晒すのは龍太郎だ。自分はその様子を新しいスマートフォンで――いや、スマートフォンは砕かれたばかり…仁は組のビデオカメラで撮影しようと準備を始めた。


「龍太郎。」


凜が振り返った。


死刑宣告がついに下される。


「な、なんだ?」


龍太郎の声が、ほんの僅かに――震えた。関東最強のヤクザと恐れられた男の声が、7歳の少女の一言で震える。もはやこの屋敷では日常茶飯事だった。


「今のやって?」


「い、今の?」


「だから合体。ミルキー・プリプリ・フュージョンだよ。」


凜は当然のことを聞くような口調で言った。その口調は、「明日の天気は?」と尋ねるのと何ら変わりがなかった。


「龍太郎はみるくと同じ魔法少女なんだからできるでしょ?」


「なっ……!?」


龍太郎が絶句した。


火の魔法はタバコで切り抜けた。水の魔法は温泉で。禁忌の魔法はスマートフォンで。ミルキー・ピーチ・ハート・クラッシュは力で。

だがこればかりは…


「ぶははっ!! そうだ!! やれんだろ!?」


仁が腹を抱えて笑った。パンチパーマが歓喜に揺れている。


「ま・ほ・う・しょ・う・じょなんだからよ!!」


「貴様……」


龍太郎が仁を睨んだ。だがその視線にいつもの迫力はない。追い詰められた獣の目だった。


「ね、みたい。生のミルキー・プリプリ・フュージョン。」


凜の声は無邪気そのものだった。だがその無邪気さこそが、龍太郎にとっては最も恐ろしい武器なのだ。


「どうした? 龍太郎? まさかできないのか?」


仁が追い打ちをかける。


「ほら動画撮っておいてやるからやれよ!」


「どうしたの?龍太郎。」


凜が小首を傾げた。


「くううう……」


龍太郎の喉から呻き声が漏れた。あの技名を叫ぶだけでも地獄だったのに、今度はおしりを振って合体しろと言う。


「どうした? 龍太郎? まさかできないの――」


「他人事じゃないから。」


凜の声が、仁の言葉を遮った。


「仁もやるんだよ。」


時が止まった。


少なくとも仁の体感では、世界が三秒ほど静止した。


「へ?」


仁の口から、間の抜けた声が漏れた。


「当たり前でしょ。合体は一人じゃできないから。」


凜は腕を組んで言い放った。7歳にして、その論理は完璧だった。合体には二人必要。この場で龍太郎の合体相手になれる人間は――消去法で、仁しかいない。



「ちょ、ちょっと待ってください……!!」


仁の声が裏返った。


「なんでこんなおっさんと合体なんて……」


仁が龍太郎を指差した。その指は震えていた。百八十センチ超え・筋骨隆々の大男と、おしりを合わせて合体する。そのビジョンが脳裏に浮かんだ瞬間、仁の全身に鳥肌が立った。


仁は安全圏にいると思っていた。今回は龍太郎が恥をかくだけだと、高みの見物を決め込んでいた。


だが現実は残酷だった。


巻き込まれたのだ。


「やるぞ、仁。」


龍太郎が立ち上がった。その声は――妙に、落ち着いていた。


「テ、テメェ!?」


仁が叫んだ。龍太郎の態度が急変している。先ほどまで苦悶の表情を浮かべていた男が、今は堂々としている。


理由は単純だった。


一人で恥をかくのと、仁と一緒に恥をかくのとでは、精神的ダメージが全く違う。道連れがいるというだけで、人間はどこまでも強くなれるのだ。


――もっとも、仁にとってはたまったものではないが。


「やって。」


凜の一言が、すべてを決定づけた。


この屋敷において、「やって」は命令であり、法であり、絶対だった。


「う、ううう、わかりました……」


仁の全身から力が抜けた。抵抗は無意味だ。凜に逆らえば組長に報告される。組長に報告されれば東京湾が待っている。東京湾と合体フュージョン、どちらがマシかと問われれば――辛うじて、合体の方がマシだった。


「行くぞ、仁。」


龍太郎が仁の隣に並んだ。


「くそっ……なんでお前乗り気なんだよ!」


仁が歯を食いしばった。


時間は待ってくれない。凜の期待に満ちた瞳が、二人を見つめている。


仁と龍太郎は向かい合った。


関東最強のヤクザと、鬼灯組の幹部が、鬼灯組の居間で…7歳の少女の前で、おしりを振って合体する。


控えめに言って、地獄絵図だった。


「ミルキー・プリプリ・フュージョン!!」


二人が同時に叫んだ。


仁がおしりを振った。龍太郎もおしりを振った。百八十センチ超えの巨体と、パンチパーマの中年男が、ぷりぷりとおしりを振っている。


畳が軋んだ。居間の空気が死んだ。


そして二人がおしりを合わせる――その瞬間。


龍太郎の臀部が、仁の臀部に激突した。


正確に言えば、龍太郎が全身の筋力を込めて、ヒップアタックを仕掛けたのだ。


最凶のヤクザの臀部は、凶器だった。


「へっ!? どわああああああ!!!」


仁の体が弾丸のように吹っ飛んだ。


畳を擦り、座卓を跳び越え、テレビの横をかすめ――天井に、突き刺さった。


文字通り、突き刺さったのだ。


仁の下半身が天井の板を突き破り、パンチパーマだけが居間側に垂れ下がっている。まるで天井から生えた奇妙な植物のようだった。


「ふっ。」


龍太郎が口角をわずかに上げた。


凜がぽかんと口を開けて天井を見上げ、それからゆっくりと首を傾げた。


「あれ?」

「みるくといちごみたいに息が合ってないとダメなんだね……」


凜は残念そうに、しかし納得した様子で呟いた。


合体が失敗した。息が合わなかったから。凜の中では、そういう結論になったらしい。


おしりで吹っ飛ばされたのではなく、フュージョンの失敗。


「ふぐうううう……!」


天井から、仁のくぐもった悲鳴が降ってきた。

天井板に腰まで埋まった状態で、仁は身動きが取れなくなっていた。


龍太郎は何食わぬ顔でタバコに火をつけた。紫煙がゆるりと立ち昇り、天井に刺さった仁の頭を包み込む。


「龍太郎、合体は難しいんだね。」


凜が龍太郎を見上げた。


「ああ。相手との息が合わなければ成功しない。」


龍太郎は淡々と答えた。


「じゃあ、仁ともっと練習しないとだね。」


「……ああ。」


天井から、仁の絶望的な声が降ってきた。


「も、もう二度とやりませんからあああああ!!」


その嘆きは、龍太郎の紫煙とともに冬の空気に溶けていった。


こうして龍太郎は、またしても難を逃れた。


火の魔法はタバコで。水の魔法は温泉で。禁忌の魔法はスマートフォンで。新魔法は力。そして合体は――また力で。


魔法少女・武神龍太郎の伝説は、着実にその頁を重ねている。


そしてその頁の一枚一枚に、仁の犠牲が刻まれていることは言うまでもない。


――次はどんな無茶振りが待っているのか。


それは龍太郎自身にも分からない。



つづく

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