おじいさまラヴ♡
わたしは以前、滋賀県彦根市に住んでいました。琵琶湖のすぐそば。ちょっと歩けば、すぐ琵琶湖。もともと福岡県出身なので、湖よりも海のほうが身近に感じる。滋賀県に来て琵琶湖を見るたびに「海だ!」と歓声をあげて「海じゃないです。琵琶湖です」とツッコまれていました。琵琶湖、デカいです。海みたいです♪
彦根あたりで道に迷ったら、いつでも琵琶湖を目印にしていました。私は地図と空気が読めないので、東西南北で説明されても理解できない。「それで、琵琶湖はどっちの方向にありますか?」と訊いて、琵琶湖を起点にして道を教えてもらっていました。
京都から彦根に帰る時、いつでも琵琶湖は左側にあります。大きな湖なので、ずうっと左側にある。それが当たり前でした。
ある時、80代のおじいさんと話していました。おじいさんは彦根でろうそく屋さんをしていて、生まれも育ちも彦根です。聞けば江戸時代から彦根に暮らす一族で、ずうっと彦根。つま先から頭のてっぺんまで、彦根!
そんなおじいさんが京都へ出かけた。彦根から出ることはほとんどないので、久しぶりのお出かけです。京都で用事を済ませて列車に乗り込む。ほっとして窓の外を見ると、左側に琵琶湖が無い!
驚いてキョロキョロしていると、なんと右側に琵琶湖が!
おじいさん:いつも左に見える琵琶湖が右に見えたときは、目を疑ったよ! なんてことない。東海道本線と間違えて、湖西線に乗ったのよ!
東海道本線は琵琶湖の右側(湖東)を、湖西線は左側(湖西)を走る列車です。乗り間違えると大変! 彦根から見て琵琶湖の対岸へ行ってしまいます! 「対岸って言っても、生活圏じゃないの?」と私は思うのですが、とんでもない! 琵琶湖の対岸って、行き来がほとんどないのです!
「生まれて一度も、対岸へ行ったことがない」という方もたくさんいます。もちろんおじいさんも、行ったことのない方です。生まれて初めての対岸!
私:いつも左側に見える琵琶湖がいきなり右側に見えたら、さぞビックリでしょうね!
おじいさん:ビックリもビックリ! 地球がひっくり返ったかと思った!
おじいさんはひとしきり笑うと、言いました。
おじいさん:いくつになっても、生きてると面白いことがあるなぁ! 後で大笑いしたさ!
そんなおじいさんが、私は好きです♡
先日、甲賀市で時計の電池交換へ行きました。たった2千円で買った時計ですが、フェイスがピンクでベルトが白色で、お気に入りの時計。すでに2回電池を変えていまして、その代金が2千円。今回で3度目ですから、時計本体より電池代のほうが高くなってしまう……。これって、ちょっとモヤっとしませんか?
私は昔からある時計屋さんを訪ねました。お店には90代後半じゃなかろうかという古いおじいさん(← この言い方もどうかと思う)が、身動き一つせずに座っていました。おじいさん、生きてますか?(← すごく失礼)
私が声をかけるとおじいさんは動き出しました。良かった。生きてる!(← だから失礼だってば!) 時計を出して電池交換をお願いすると「明日にはできるから、必ず年内に受け取りに来るよし」と言われた。
私:たぶん年内に来られると思いますけれど、どうしてですか?
おじ:ワシが急に死んだら、時計を渡せへんやろ? 年内は生きてると思うからな。
おじいさん、真面目な顔でおっしゃいます。リアルに怖いです。そしておじいさんはそれだけ言うと、奥へ引っ込んでしまいました。めっちゃ無愛想。愛想のカケラもない。そして、怖い。
数日後、お店へ行きました。
私:お世話になりました♪ 時計を受け取りに来ました♪
おじ:…………。
おじいさんは無言で、引き出しを開けます。時計は一つずつビニール袋に入れられて、たくさん並んでいる。ガサガサ……ガサガサ……ガサガサガサ……。
私:フェイスがピンクで、ベルトは白色の時計です。
おじ:………………。
聞こえたのか聞こえないのか、返事はありません。しばらくガサガサすると、私の時計が見えた。
私:それ! その時計です!!
おじ:………………。
おじいさんは無言で時計を引っ張りだすと、預かり証と時計の伝票を何度も確認する。私の言うことが信用できないのですね。そうですね、そうですか(怒)。
おじ:……1,300円。
げ。以前より交換料が高くなってる! 今年になって、なんでもかんでも値上げだよ! 時計代より、電池代のほうがずっと高くつくじゃん!
私:あの、ちょっと教えてほしいのですけれど……。
おじ:………………。
私:この時計、2,000円だったんです。それで電池交換は3回目で、時計代より電池代のほうが高くなってしまって……。こういう安い時計って、電池を何度も交換するだけの価値があるのでしょうか? それとも使い捨てなのですか?
おじ:……………………るか。
え? もしかしておじいさん「知るか」って言った!? めっちゃ失礼っ!?
私:えっ!? なんですかっ!?(怒)
おじ:…………その時計に、アイはあるか?
私:えっ!? アイっ!? (AIのこと? 人口知能?? そんな高機能、付いてねぇよ!)
おじ:…………愛…………。その時計のこと、好きか?
えええええええええええっっっっっっ!? 死ぬほど「愛」って言葉が似合わない人が、愛を語ってる!? (← めっちゃ失礼!)
おじ:…………その時計が好きなら、値段は関係ない。
私:………………ええ、まぁ…………この時計のことは、かなり好きです…………。
他にも時計はたくさん持っています。とんでもなく高額な時計もありますけれど、この時計も大好き。ってか他の時計は電池切れのまま放置してるけど、この時計だけ電池交換に来た。ってことは、この時計が一番好きかもしれない…………。
私:愛があるかないかで言えば、かなりありますねぇ………………。
おじ:ブハハハハ!!!
死んでるかと見間違うくらい無表情だったおじいさんが、顔をクシャクシャにして大笑いしました! 笑ってくれるのは嬉しいけど、あんまり笑わないで! 笑いすぎて死んだら困る! (← めっちゃ失礼!)
おじ:好きな時計を使うのが一番や! でももし1年以内に電池が切れたり、時間が狂うようになったらあきらめたほうがいいかもしれん。それまで大事に使ってや!
私:わかりました! ありがとうございます!
おじいさんて、あなどれないですよね……。思わぬ時にラブい♡ ずっと生きてるから感情も枯れてるかと思うのですが、思わぬ時に素敵♡ 私もこんなオジイになりたい……♡(← オジイは不可能。オバアですから!)