一話 サボり職人と男の娘♀
モテない俺がジェンダーレスな男の娘に恋をして何が悪い?
彼女との出会い……いや
、彼?いや……、アイツとの出会いは、高校の入学式の日だった。
高校の入学式の日。俺は入学式をサボった。理由は、そういう真面目な儀式的な集まりが嫌いだったからだ。高校入学は確定したんだし、別に入学式ぐらい出なくても問題は無い。別に主席代表でもないし。
とりあえず登校はして、とりあえず誰にもバレずに屋上に出て、とりあえずタバコに火を着けて、とりあえずスマホを手にとって、
「YouTubeでも見てとりあえず時間潰すか」
左手でYouTubeを開いて適当に視たい動画を探しながら、タバコを一息吸い込み、至福のいっぷく。しかし、YouTubeもこれといって特別視たい動画が見付からず、何気無く屋上全体を見渡してみた時だった。
人がいた。
「やべっ。人いたし!」
法律も校則も無視してタバコやらサボりやらやっている身としては、ここは一応焦るところ。
しかし、ふと、違和感を覚えた。
この学校の屋上には、落下防止のフェンスが張ってあって、内側には手摺りがある。よく見ると、その人が立っているところは、手摺りよりも向こうにあったのだ。
「おい、ちょっと待て。マジか……。アイツもしかして飛び降りる気か?」
俺は一瞬めんどくさい事には関わりたくないと、帰ろうかとも思ったが、万が一本当に死なれたら寝覚めが悪い。
「入学式がめんどくせぇからここに来たのに、もっとめんどくせぇイベント発生かよったくぅ!」
俺は頭をグシャグシャ掻きむしり、まだ半分しか吸っていないタバコを地面に叩きつけて踏み消した。
「ちょい、オイ、お前!?」
「僕に構わないで。それ以上近寄ったら本当に飛び降りるからな!」
ちょっと声をかけただけで、キャンキャン吠え出した。
「いつからソコにいたのか知んねぇけど、ソコまで行っちまったんなら、早く飛び降りちまわねぇと、どんどん怖くなるぞ。こっちはこれ以上助けらんねぇし。フェンスの向こうとかマジで怖えし」
「じゃあ、見てないで早くどっか行ってよ。てか何で今ここに居るの。今日入学式だよ?」
「今これから死のうって奴に教える義理はねぇよな?」
「なんだよ。だったら早く僕の前から消えてくれよ!」
「バカ。今校内に戻ったらみんなにサボりがバレんじゃねぇか。今日午前で終わりだから昼まで居れれば良いんだよ!」
「……」
「どした?」
「自分のことばっか……」
「……は?」
「僕これから自殺するんだよ?」
「は?……お、おう。そうだな」
「僕が死んだら、自殺を止められなかった君が殺人犯にされるんだよ?」
「自殺も立派な個人の自由意志だろ?」
「は?」
「自殺に踏み切る程しんどかったんだろ?人の苦労は本人にしか分かんねぇ。誰にも反対される筋合いはねぇ。だろ?」
「……」
「大も小もねぇ。みんな本人なりのキャパでしんどい思いして生きてる。家族子供が人知れず苦しんでたことを死んでから知らされる」
「……」
「お前が自殺して楽になったとして、残った親と、亡骸を片付ける人達のしんどいさを考えたら……。もっとキツイよな……」
「……ないじゃん」
「は?」
「そんなこと言われたら、飛び降りれないじゃん!」
「は?」
「わかった。もういい。帰る!」
「は!?」
結果―――。
猿みたいな身軽さでフェンスを越えて無事自殺を諦めたコイツは、
「なんかアリガト。君のおかげで自殺するの面倒くさくなった!」
「……」
なんなんだコイツ?
結局俺はコイツの自殺を止めたことになるのか?
「教えて」
「……は、何をだ?」
「名前。君の名前」
「……」
俺は直ぐには名乗る気にはなれなかった。だから、
「……サボり職人」
「え?」
「で、お前は?」
「へ?」
「名前だよ。俺は名乗った。次はお前が名乗れ」
「え、いやちょっとズルいよ。名乗ってないじゃん。何、サボり職人て!?」
「俺の名前なんてどうでもいいだろ?」
「良くない。名乗れ!」
「嫌だ」
「名乗りなさい!」
「だから嫌だって!」
「分かった」
「で、お前の名前……」
「教えてくれないなら今度こそ自殺実行する!」
「……って何でそうなる!?」
またフェンスをよじ登り出したのを咄嗟に引っ張り抑えながら、観念した俺は名前を教えた。
「夏目。日向夏目だ。これでいいか!」
「なんだ。別に普通の名前じゃん。何で隠すのさ?」
「うるせぇ。別に理由なんかねぇよ!」
俺の名前は日向夏目。んで、コイツの名前が、
「秋月生雲。変な名前だろ?」
「別に変じゃねぇだろ。今時の名前なんてそんなもんだろ」
その後、学校が終わるチャイムが鳴るまで、コイツ、生雲は、俺に一方的に質問ばっかりしてきた。
基本面倒くさがりな俺は、生雲に何を聞かれても「別に」か「知らん」で返答していた。だから、その度に生雲の自殺宣言と高速フェンスクライムを阻止する羽目になっていた。
マジでなんなんだコイツ!?
学校のチャイムが鳴り、生徒達がワラワラと校舎から吐き出される景色を屋上から少しの間だけ眺め、適当なタイミングで俺達も下校することにした。しかし、案の定というお決まりイベント発生。教師に見付かった俺と生雲は、職員室で長々と説教を喰らってしまった。
そこで俺は思わぬ事実を知った。
秋月生雲は留年生で、俺の一つ先輩だった。更に驚いたのが、生雲は肉体的には女子のジェンダーレスという、最近SNSでも常識になってきている属性の人だった。
俺は普通にただの童顔男子だと思っていた。
「お前って女子だったのか。全然気付かなかったわぁ~」
学校から帰り道を二人で歩いた。
「僕は女子じゃない。でも……男子でもない」
「でもおっぱいはあんだろ?」
「うっ……、うっさい!」
しまった……。失言だった。
でも、胸を隠すようにちょっと逃げる仕草に、正直俺は一瞬ドキッした。ジェンダーレスの事情一応知ってるつもりだけど、俺が男子である以上、生雲が持っている″女子の雰囲気″には、やっぱり反応してしまう。
「お前、やっぱり変な奴だ」
「は、何が?」
「僕のこと、バカにしてこない」
「どんな扱い受けてきたかとかなんとなく分かるけど、そんなん俺は知んねぇ。昔なら酷かったかも知んねぇけど、今時そういう人種も常識だろ?男だからってちょんまげである必要はねぇし。女だからって短髪はダメって法律もねぇ」
「……」
生雲はショートボブな自分の髪をいじりながら何かを考えていた。
前髪をいじるその上目な横顔。やっぱり純粋に「可愛い」という単語表現がスッと思い浮かぶ。
「お前って普通に見れば普通に可愛いよな」
「……へ!?」
「俺は褒めたつもりだけど、嫌なら二度と言わねぇよ。……てか何照れてんだ!?」
「はっ……。たっ……てっ……、てて……、照れてねぇーし!」
「やっぱベースは女子なのな」
「か、可愛いとか言われても嬉しくねぇーし。てかさっきっからタメ口やめろ。先輩だぞ!」
「いやいやいや。留年生に思い出したように先輩面されてもねぇ~」
顎をシャクって思いっきり変顔をして見せた。
「うわっ。ムッかぁー!」
高校の入学式初っぱなからサボった結果、どういう巡り合わせか、ジェンダーレスの留年先輩の自殺を阻止。その日の内にナンヤカンヤと仲良く?なった俺、日向夏目と秋月生雲。高校生活初日から予想もしていなかったタイプの友達が出来てしまった。高校生で初カノ展開も期待していなかった訳ではないが、こういうパターンもちょっと面白いかも知れない。そんな風に思ってしまった。悪くはないな。
続く……