六十四話 「みんな、すぐにまた会えるよ」
超高エネルギー反応
発生源は統制月晶体
・・・・・
すっかり忘れられていた統制月晶体が白く輝きだした。
失った体の断面から光が漏れだし、辺りを太陽光以上の眩さで包む。
『自爆』だ。
「この巨体で!?」
「……鬱陶しいわね」
一瞬司陰はヴェラ博士がなんらかの対処をしてくれるかと期待したが、彼女は全力で飛び去ってしまった。
博士の移動速度は尋常ではなく、もう姿が見えなくなった。一方で靄はまだしも司陰とカミナシは爆発までに逃げられない。
司陰は覚悟を決めて大地を蹴った。
司陰の身体が透き通り膨らみ、結晶質の身体に転じて統制月晶体に取りついた。
爆発のエネルギーはかつて災害隊の病院を完全焼却した天罰よりも強く、街を荒野に変えるには十分すぎるほどだったが、そうはならなかった。
透明な何かがその爆発を抑え込み、威力を上下に逃がしたからだ。
圧縮された火柱は天高く対流圏を越えて成層圏にまで達し、遥か遠くでも観測された。また、下への火柱はバーナーとドリルが合わさったように地面を穿って巨大な奈落を形成した。
その余波は空気を裂き、地面を揺らし、月晶体のもたらす恐怖とともに地球上を何度も駆け巡っていった。
靄は運が良かった。
司陰が身を挺して爆発を抑えたおかげで、そして余波が司陰の陰を通らなかったことで、今ここに意識が存在している。
それはもちろん隣にいたカミナシもだ。
『自爆』で統制月晶体の巨体は跡形もなく消え去り、司陰の身体も同じく消えた。
胸が押し潰されるような恐怖が靄を襲うが、彼女はとにかく巨大な穴に残った瓦礫へと駆けだした。
「司陰君! 司陰君!!」
返事はなかった。
だが、ガラッとどこかで瓦礫が崩れる音がした。
靄はそこに駆け寄って邪魔なコンクリート板を全力で持ち上げた。ミシミシと彼女の全身が悲鳴を上げるがお構いなしに力を込める。
「……靄さん」
「司陰君! どこ!?」
「いいから……逃げて……」
「一緒に逃げないと!」
後ろからカミナシも駆けてきた。
まだ姿の見えない司陰を懸命に掘り起こす。司陰は力ない声で二人に逃げろと言い、すぐにその原因は分かった。
何かが割れる音がして、浮遊感が訪れる。
奈落の周りを支えていた構造物が崩壊した。連鎖的に穴の周りが奈落へと吸い込まれていく。
靄は地面に埋まっていたゴム被覆の細い綱に掴まって耐えたが、司陰とカミナシは奈落へ真っ逆さま。靄は導線か何かの綱を限界まで引っ張って降り、二人が両足に掴まった所で壁に足をかけて留まろうとすると、綱は耐えてくれたが壁は脆く崩れて三人は宙ぶらりんとなってしまった。
足音が近づく。
「この穴、底まで一キロ以上はありそうね」
逃げたはずの博士が穴の縁に立っていた。
靄は今更戻ってきた彼女に反感を膨らませつつも、今の状況を考えてできる限り丁寧に頼んだ。
「見てないで引っ張り上げてください」
「……いいでしょう」
綱が引き上げられていく。
靄の足を掴む司陰の力は弱まっており、博士の一挙手一投足にすら神経をとがらせて引き上げを待った。
「……靄さん大丈夫ですか」
「自分の心配してよ」
司陰は下半身が無くなっていた。
そういう特質なのか出血はしていないが、彼もまた限界だった。
と、綱が止まる。
あと十センチで地上に靄の手が届くところで博士は綱を手繰るのをやめた。
靄は訝しんで身構えた。
「警戒しなくていいのよ。あなたと彼は生かすから」
「っ!?」
「待っ――――」
銃声。
カミナシの身体が落ちる。
「カミナシさん!!!!」
「司陰君やめて!!」
司陰は自分も降りて助けようとしたが、靄は決して彼を掴む手を離さなかった。
彼は落ちたら死ぬ。そう分かるから。
引き上げられても司陰は呆然としていた。
靄と司陰を取り囲む災害隊と国際月面開発機関の混成部隊は二人を保護するために近づいたが、すぐに異変に気付く。
司陰の身体が透き通って溶け出していく。
「ねぇ、司陰君、」
返事がない。
靄は彼の身体を揺すろうとして――――
――――て――――――――
―――――――――――――
――――元都心に光の巨人が現れた。
『報告』
鏡野靄という少女が光の巨人の近辺で保護されたが、憔悴しきっていて意味ある回答は得られなかった。
『質問』
報告に追加事項あり。
鏡野靄より、鏡野小隊には二名が所属しているとの情報あり。
『回答』
鏡野小隊は設置から現時点まで、正式隊員は一名である。
『第二隊咲田美明大隊長より昼片司令に報告』
鏡野靄の戦闘力と豊富な経験は熟練の隊員すら比肩し難く、人間性やリーダー適正も問題ないことを直接確認している。従って、総隊員一名のみの鏡野小隊は解体し、鏡野靄を正式に第二隊大隊長後任として推薦する。
・・・・・
遠雷が鳴り響く。
光の巨人が雲を突き破るほどの大きさに成長する様子を眺めることができるビルがあった。
その屋上に二人が立っている。
「――――大都市に広大な更地を作れるなんて夢にも思わなかったぞ。これをニューヨークやマンハッタンでやれたら、きっと我に悔いはないだろうな」
「それなら君は後悔したまま消えるんだね」
「……さあ、なんともな。ここにいる我は所詮意地汚く生にしがみつく亡者にすぎない」
かつて男はゴッドレスと呼ばれる人間だった。
今は月晶体の意識の一部を間借りして存在しているにすぎない。
「月晶体は少なくとも我の知識には価値を認めていた。だから今まで奴らの身体を借りて好き放題やってこれたわけだ。だが、それももう終わる。統制月晶体がこちらの世界へのアクセスを確立して、日晶体とカミナシとの契約の一部が彼女の死によって破棄された今、異次元からの侵略者はもはや協力者なしに地球を踏み荒らせる」
「私は人類に賭けている」
「……よくそんな楽観していられるものだな。何十何百と破滅を見てきたのだろう? 我には理解できぬ」
もう一人の男はゴッドレスにお茶の入ったペットボトルを渡して言った。
「どうでもいいけどさ、その口調やめたら? 年寄りみたいで話しづらい」
「なっ、元はといえばお前がやれと言ったのだろう」
「小心者の君はそうでもしないと役者にならないと思ったからね。もう消えるんだ、演じるのは終わりでいいよ」
ゴッドレスはペットボトルの蓋を開けた。
お茶は光の巨人に照らされて淡く輝いて見える。
「……さようなら。俺はお前に会えて幸せだった」
「ならさっさと行きな。あの世でみんなが君を殴れる瞬間を今か今かと待っているから」
「ああ、違いない」
ゴッドレスは一息でお茶を飲もうとした。
その瞬間、彼の身体は空気に溶けるように消えた。
彼が飲もうとしたお茶は地面を濡らし、ペットボトルは転がってやがて止まった。
「みんな、すぐにまた会えるよ」
立ち去る背中は白い耐晶コートに覆われていた。
彼の名前は昼片司陰という。




