六十三話 「助けに来たわけではない、かな。博士」
統制月晶体は地球に降り立った。
一人を滅ぼすために。
・・・・・
ヨオスクニは過去最大レベルの兆候波を感知した。
そしてすぐに過去最大レベルの出現波も感知する。
この国の首都のど真ん中に巨大な立体構造物が出現した。
固化したパーツを液状の身体で繋ぎ、地球上に存在するどの兵器よりも大きな装甲生命体。潜土砲手の砲の拡張版を全身に設置し、それらを巨体の中心に座する統制月晶体が自在に操る。
やがて、それはただ一点に向けて猛烈な勢いで移動を開始した。
司陰は地面の振動を感じた。
振動源は横、高層ビルのある方向から近づいてきている。
隣のカミナシが彼を小突いた。
「本当の怪物が来たよ」
突然現れた巨体はビルの下部階層を粉砕して粉塵をまき散らしながらその姿を見せた。
全身を構築するガラスの造形は美しく、見る者に畏怖さえ起こすが、鋭利な構成パーツと無数の砲は死の恐怖ももたらす。
一瞬光の点が砲の位置に浮かんだかと思えば、それはコンマ一秒も経たずに高密度のエネルギー弾として、司陰とカミナシの場所を過剰なまでに押し潰した。
二人は粉塵に紛れて攻撃を躱した。
元居た場所には深いクレーターができている。
と、カミナシが数回咳をして膝をついた。
「カミナシさん!」
「大丈夫、煙が肺に入っただけだから……。それより次が来るよ」
統制月晶体の再びの飽和攻撃。今度は砲の方向はバラバラで全てを避けることはできそうにない。
司陰は【紺黒の銃】で一つだけ砲を破壊して、その射線上に一か八か飛び込んだ。
結果は二人とも五体満足。
ただし、足場が崩れて次がもうない。
「まずい!」
「増援が来たみたいだよ」
カミナシの指さす先、靄と菜小が立っていた。
靄が構えた【熱供の短剣】が煌めいて、統制月晶体と遜色ない威力の光線が巨体を掠めた。いくらかの砲が破壊されたが、統制月晶体の反撃は速かった。
飽和攻撃を今度は遠くの二人に向けて行った。
「逃げて!」
司陰の声は届いたか分からないが、二人は先んじてビルの陰に身を隠した。
直後にそのビル群は光線の灼熱に焼かれて轟音とともに崩れ去った。
「二人の心配もいいけれど、こちらもピンチだ!」
カミナシが司陰を引っ張って引き倒すと、そのすぐ頭上を包丁ほどのサイズの針が掠めていった。
針はやはり無数で、その単純な攻撃は遠くでまたもビル群を破壊した。
「司陰君、砲を全部破壊するんだ。針はどうにかなっても飽和攻撃は回避できない」
「やってみます」
「あの二人もきっと生きてる」
靄と菜小の生存を信じて司陰は【紺黒の銃】を構えた。
潜土砲手も葬った威力の弾丸はいくつかの砲を破壊して、それからまた統制月晶体の攻撃が来る。それは【紺黒の銃】が砲を全て破壊するのを待ってはくれない。統制月晶体は最初の攻撃で学習したのか、今度の飽和攻撃は溜めが長く、威力と範囲が絶大だった
攻撃は爆発を起こし、視界が白一色に染まって司陰の身体は吹き飛んだ。
「っは、」
司陰の気絶は短かった。
辺りは更地で、隣ではカミナシが座っている。彼女は近づいてくる統制月晶体をじっと見つめていた。
と、横から気配が現れる。
「司陰君!」
「靄さん! 無事でよかった。菜小さんは?」
「さっきの爆発でどこかへ飛んだと思う。でもきっと無事だよ。今、あのネイトとかいう人が災害隊とかの勢力を抑えていてくれてるから、今のうちに逃げよう」
「なら目の前の怪物をどうにかしないと!」
統制月晶体は不思議とあまり近づいて来ず、まるでカミナシと目が合ったまま離れなくなったようだった。
しばらくして何らかの結論を統制月晶体は出したのか、巨体を震わせたかと思うと外装の透明なパーツがいくつも落下して地面にめり込んだ。
「何を……」
「こちらの手がばれたみたいだね。現実改変で飽和攻撃を逸らしていたから、直接攻撃が有効と見抜いたんだ」
「あの、いつからそれしてたんですか……」
「事後報告でいいかなって」
装甲が減ったとはいえ重厚な本体は【紺黒の銃】の弾丸も弾くほど硬く、むしろ身軽になった統制月晶体は高速質量兵器のようで、少しその巨体が屈んで見えたのは間違いなく跳躍の前兆だった。
「まず――――」
太陽光線を乱反射して眩い巨体が超音速で通過した。
音が一瞬消えたかと思うと、激烈なソニックブームが辺り一帯を薙ぎ払い、ビルの残りかすのような瓦礫の山が茶色の雨となって降り注いだ。
三人はソニックブームを真上から受けて吹き飛ばずに済んだが、身を守る耐晶コートの上からかかる圧力は想像を絶するものだった。司陰はカミナシを庇って背中で圧力を受けたが、危うく圧死してしまうほどの風圧だった。
次の瞬間には束の間の真空が統制月晶体の進路上に出来上がり、それに吹き込む強風が竜巻となって地に伏せる三人を吸い込もうとした。
なんとか三人とも無事だ。だがその幸運は首の皮一枚分のものだった。
地面を巻き上げながら停止した統制月晶体は突進の威力が過大であることを学習したのか、今度は周囲の瓦礫を蠢く液体の手で掴み上げ、再び突進の態勢に入った。
――――その突進が行われた時、瓦礫は散弾さながら全てを破壊しつくすだろう。
「あれ、」
司陰は進路上に人影を見た。
統制月晶体の身体が躍動し、瓦礫が舞い――――
――――全て粉になった。
ある特定の領域に侵入した瞬間、瓦礫も統制月晶体の身体も崩れて消えた。
瓦礫は砂塵に、月晶体は崩れて溶けるように消えた。
統制月晶体は巨体の下部を全力で地面に押し付けて急減速し、悲鳴のような、固体の擦れて軋む音を上げて体の三分の一が消滅したところでやっと停止した。
司陰も靄も予想外のことに唖然としたが、カミナシは人影の辺りに手を振って誰かに答えた。
人影が次第に露になる。
「私はここだよ」
「――――そう、探す手間が省けた、とでも言いましょうか。カミナシ」
「助けに来たわけではない、かな。博士」
悲惨なほど平らな大地には不似合いな少女はカミナシとしばらく無言で見つめ合った後、徐に拳銃を取り出してカミナシの胸を撃った。
「カミナシさん!」
「――――大丈夫」
数滴の鮮血が大地を染め、しかしカミナシは立ったままでいた。
傷はもうない。
「まだ余裕があるのね。本当に底が見えない」
「ヴェラ博士、私の底は近いんだ。今にも息絶えそうなほど」
「試してみる?」
「まさか。私と君の仲だろう」
フッと博士は笑い、オートマチックの拳銃の二発目がカミナシの足を撃った。
カミナシが膝をつく。
「何するんですか!?」
司陰は少女のあまりにも惨い仕打ちに身を盾に間に入るが、少女は拳銃を下げなかった。
「『月霧《Lunar Fog》』を使えばあなたも彼女も死ぬ。隣のもう一人もね。でもそうね、カミナシにはこの命の分の借りがあるからこうしてまだ殺さずにいる」
「……統制月晶体には『月霧』を使った」
「そういえばそうね。でも、邪魔する方が悪いのよ。あれの役割はここらを更地にして私とカミナシの感動の再開の場を作るまで。あとはああやってガラクタみたいに這いつくばっていればいいわ」
少女は嬉々として話を続けた。
「昔、死を待つばかりの私にあなたは過去改変のプライマルセルを移植した」
「おかげで君は助かった」
「結果はね。実際は、死んでも構わなかったんでしょう? もしプライマルセルが適合しなければ最悪な死を迎えたはず。それはあなたを庇う現実改変も同じ」
カミナシは何も言い返さなかった。
司陰は尋ねずにはいられなかった。
「カミナシさん、この話って」
「……プライマルセルはヒドラの力の結晶。どう利用するにもリスクが伴う。だが、適合すれば死にゆく運命も変えられる。そして司陰君への移植は、君の親との約束だった」
「約束? ただのワガママよ。実験体は他にいくらでもいた」
「ああその通り。しかし、それが最適だった!! 擦り切れる私の魂、非情な世界、託される思い、私は全て背負ってここにいる!!」
しばらく沈黙が降りた。
結局、カミナシは頑固で、博士という少女の思いは逆恨み。
カミナシは確かに第二の人生を少女に与え、博士は望んでそれを受け入れた。だが、彼女はもう普通の生活は送れなかった。人型の人外への無数の実験、外出と交流の制限、能力強化のための繰り返される精神負荷。
例えるなら、マウスに実験を行う研究者が、マウスにされただけのような。ヴェラ博士は城島安吾との月晶体初期研究で罪深いことをやっていた。
だが、精神負荷実験は彼女に新たな思考を生んだ。
すなわち、自身の創造主を殺せと。




