六十二話 「あなたは、それでいいのですか?」
「ヤバい!」
靄は地面に迫る最中、必死で頭を巡らせた。
魔装によっては空も飛べるというが、あいにく靄の魔装では無理だ。
「靄~!!」
「菜小!」
向かいの建物から刀がぐんぐん伸びてとうとう靄の真下まで伸びた。
靄はそれに白色コートを引っ掛け、【瞬延の刀】はしなることで靄の勢いに耐えた。
反動と魔装の持ち主の力で靄は飛んで建物までたどり着いた。
靄は勢いを殺しきれずに待っていた菜小の胸に全力で飛び込んだ。
魔装を縮めて手放していた菜小と共にゴロゴロ転がる。打ったところが痛むが助かった安堵とアドレナリンで全く気にならない。
それに、助けが来た。
「菜小、私たちを助けていいの? ひょっとしたら出世はもうできないかも」
「いい。友達のほうが大事だから。それに、もう誰も失いたくない」
思いは同じ。
互いに頷き合った。
ところで、ネイトがそれを微笑ましく見ている。
「どうしてここに?」
「敵への援軍の対処は済ませました。後は、あなたがたの避難だけですよ」
「でもまだみんなが、」
「心配無用です。役者が退場するにはまだ早すぎるので」
靄は尋ねる気持ちで菜小を見たが彼女も首を傾げた。
ネイトは狙撃手も気にせずに建物の外側まで少し歩いてから言った。
「そうですね、役者以外はそろそろ退場の時間でしょうか」
・・・・・
広がる知覚。
全身で五感を捉え、視野は限界まで拡張されていく。
身体が透き通って融けるようにほどけ、お腹に開いた穴を【令渦の細剣】の一撃が通り抜ける。
咲田は驚く様子もなく、目の前の彼を睥睨した。
「あなたは、」
「……なんでしょう」
「あなたは、それでいいのですか?」
咲田はかつて散った鏡野大隊長を彼に重ねて言った。
唇を噛んでじんわりと滲む涙をこらえる姿は冷静な咲田らしくもない。
「たいした動機も度胸もないのに、必勝を誓うほどの自信もないのに。なぜ……自分の身を犠牲にする必要があったのか」
咲田は魔装を構えなおし、本気で司陰を殺しにかかった。
「死んで後悔しなさい!!!!」
衝突。
そして宙に浮いた司陰を【冷渦の細剣】が地上へ叩き落とした。
固化したはずの司陰の腹は砕けて空中分解し、上半身と下半身別々に不時着した。幸い、日晶体の身体の硬さと弾性のおかげでスプラッタは避けたものの、三回の強烈な衝突が司陰の意識を半分奪った。
司陰の広がった知覚が空からの咲田の追撃を観測する。
【冷渦の細剣】の溜め込まれたエネルギーと運動エネルギーが一緒くたに司陰の居た場所を破壊する。
司陰は直前に逃げ出していた。そして、無論咲田がそれを見逃すわけもない。
転がるように逃げた彼の背を【冷渦の細剣】が貫いた。
口から血を噴いて彼は倒れ――――
――――なかった。
「……成長しましたね」
「どうも」
肉を切らせて骨を断つ。
一発の銃声が響いて、司陰と咲田の腹に同時に穴が開く。司陰はわざと刺されて、咲田が留まったところを自分ごと撃った。
司陰は重傷だが死なない。
咲田は致命傷は逃れたが連日の戦闘が祟って限界だ。
ただし、いかに今の弱った咲田とはいえ彼女は災害隊の大隊長。彼に刃を刺しているこの状況でトドメまでもっていくこともできる。
しかし咲田は司陰に提案をした。
「今からでも遅くありません。投降して災害隊に戻りなさい。そうするなら、しばらくの牢屋生活の後に元通りの立場を約束しましょう。もちろんあなたの友達も。鏡野靄は次期大隊長として推薦しますし、湯川菜小も正式な隊員にします。そして普段は一学生として青春に生きなさい。何もかもを元通りにできます」
「元通り……? カミナシさんや元素機関の人達も?」
「……」
「覆水盆に返らずと、咲田さんが一番身に染みて分かっているんでしょう?」
咲田が一瞬硬直してから勢いよく【冷渦の細剣】を引き抜いた。
司陰はその場に崩れ落ちるが、言葉を続けた。
「俺は、誰かを犠牲にしてそれが元通りなんて馬鹿げていると思います。本当に元通りにすることなんて、きっとカミナシさんぐらいにしかできない。壊れた物は直らない、死んだ人は生き返らない、これを無視するなんて傲慢が過ぎます」
「……それはあなたの現実改変でも無理なのですか?」
「俺は人間として生まれた人間です」
咲田はしばらく悩んだ後、苦渋の決断をしたようだった。
司陰の頭上へ【冷渦の細剣】を振り上げる。
「待って」
咲田を制止する声があった。
彼女の目線の先にはカミナシがいる。服はぐちゃぐちゃで髪も乱れて、彼女の手の内には拳銃と人質がいた。
「……どういうつもりですか?」
「彼を斬るなら、この女を撃つ」
カミナシは辺りに展開していた第二隊の一人を人質にとって咲田と対峙した。
咲田の表情が険しくなる。
「あなたはテロリストであっても卑怯な真似はしないと思っていましたが」
「窮鼠猫を嚙むと言うから、私も多少は小賢しい真似をしてもいいよね? ほら、武器を降ろして」
咲田はその指示に従うが、人質の隊員に目配せをした。
突如現れた刃――――隊員の魔装――――がカミナシの頭を横から串刺しにした。
「交渉決裂だ」
カミナシはお返しに隊員の肩を拳銃で撃って突き放した。
カミナシの頭からは鮮血が零れているが倒れる様子はない。
咲田は倒れた隊員が死んでいないのを確認して、再び魔装を構えた。
「その拳銃で私と戦おうというのですか? 早く逃げればいいものを、どうして彼にこだわるのです?」
「計画に必要だからさ。私は彼を欲しているし、彼もまたこの世界を狂う前に戻して安息を手に入れたい。そのために私たちはたとえ神にでも刃向かって見せる」
「それは随分迷惑なことですね!」
閃光がカミナシを貫いたが彼女は倒れない。再生能力が戻ったようでそれはまるで月晶体と同じだ。
咲田はもう一度【冷渦の細剣】に力を集めようとして、諦めた。
咲田は見かけ以上に限界が近づいている。
「……押山司陰、行きたいなら好きに行けばよろしい。カミナシについていき、どんな結末が待っているのか確かめなさい。……私の力ではあなたたちを止められそうにないですから」
カミナシはその言葉を聞いて嬉々として拳銃を捨てた。
「ありがたいね。拳銃の弾はもうないし、体力も限界だったんだ」
「……せめてあなたとだけでも刺し違えましょうか」
「遠慮するよ」
「そうですか」
咲田は本当に二人を止めなかった。
・・・・・
二人が去って、怪我した隊員を介抱した後、咲田は誰かの接近に気づいた。
白澄大隊長が消耗しきった咲田を不思議そうに見ている。
「……なんですか」
「いや、派手にやられたものだな。彼はそんなに強いか?」
「今更来て聞くのがそれですか? 第一隊大隊長のあなたの支援があれば今頃あの二人は塵芥になっていました」
「それはありえない話だな」
白澄は戦闘には加わらなかったが、隊員の救助をして回っているようだった。
咲田はそれが不満で仕方がなかった。
「どうして逃げるのですか?」
「何から?」
「戦いから」
「逃げてなどいない。どうせ最後には戦うことになる。そのために力を温存しているだけだ」
「詭弁ですね」
臨時の医療テントでは隊員以外にも大勢の市民が負傷して横たわっている。行方不明はその倍いて、その大半はもうあの世だ。
今戦わないでいつその力を振るうというのか。
咲田は白澄の顔に染色爆弾を投げたい気持ちを抑えて尋ねた。
「城島司令はカミナシと関わりがあったという噂があります」
「そうなのか」
「さらに言えば、現司令にすら彼女と関係がある疑いがある。なぜなら、昼片司令は先日から所在不明になって久しい」
答えない白澄に咲田は詰め寄った。
「あなたはいずれの味方で?」
「城島司令の味方だ」
「……そうですか」
白澄は保存食糧の箱を置くと、去っていった。
咲田は離れゆく白澄の背中を見送るしかなかった。




