六十話 「ILDOの精鋭、殺人特化部隊のお出ましだ」
ネイトだけがナイフ、拳銃などの装備を整えだした。
司陰が疑問の声を上げる。
「あの、彼女は?」
「マノは戦闘員ではありません。ここに置いていくのでお荷物になりそうなら好きにしてください」
「ねえそれどういう……」
「ILDOは決して弱くはないですよ」
ネイトは玄関から外に出る前に一度振り返った。
「外で迎撃してきます。私は戻らないので絶対に扉を開けないでください」
・・・・・
扉が強く叩かれる。
外では発砲音が連続して窓ガラスがピリピリと震えている。閉めたカーテンの向こうで何が起きているかは想像に難くない。
扉から射線の通らない位置で司陰と靄が待機する。どちらも魔装を持って臨戦態勢を崩さずに待っている。
「靄さん、爆破しましょうか」
「いいよ」
司陰が爆発弾倉を投げる寸前、重い扉が勢いよく内へ吹き飛んだ。
「目を閉じて!」
靄の叫び声の直後に入り口からスタングレネードが投げ込まれる。
強烈な光が室内を覆って破裂の衝撃が司陰の態勢を崩す。
その隙に室内に駆け込んだ不法侵入者に靄が応戦する。
大型の盾を【熱供の短剣】が焼き切り、拳銃を蹴り上げて発砲を阻止する。
侵入者は半分になった盾で靄を突き飛ばし、直後にサブマシンガンの弾幕が入り口の襲撃者から浴びせられた。
窓ガラスが割れて破片が跳ね、伏せた靄の白色コートに突き刺さる。
「靄さん後ろ!」
「いいからあの人守って!」
割れたガラスを破って、上階を経由した襲撃者の増援が靄を背後から襲う。
サブマシンガンの弾丸は白色コートを貫通しないが、弾丸の保持する運動エネルギーが靄の背中を激しく叩く。
司陰は窓の外の襲撃者を【紺黒の銃】で撃墜してからカミナシのいる部屋へ向かった。なるべく入り口から遠いところにしたのだが、そのために窓のある位置の部屋だった。
司陰が扉を開ける。
中ではうずくまるカミナシと付き添いにマノと朱柚がいて、扉を開けたのが司陰だと分かるとすぐに安心した表情になった。
「靄は?」
「今耐えているところで――――」
カーテンに赤い点が走っている。
狙撃銃のレーザーサイトだ。
「危ない!!」
司陰が全力で飛び込んで射線上のカミナシを押し倒す。
窓ガラスが放射状に割れ、後から発砲の音が響く。
「……司陰?」
「司陰君、」
弾丸は司陰の肩から貫入して、骨を砕き内臓を破壊した。
司陰は沈黙して倒れ、温かい血の池が広がってゆく。
「――――朱柚ちゃん!!」
戦闘中の靄から呼ばれて朱柚はハッと我に返った。
二人分の足音がこの部屋に接近している。
朱柚は立ち上がって司陰の腰から晶化ナイフを抜き取った。
「今度は、私が」
壁に無数の穴が開く。
壁を抜いた銃撃が朱柚の腹を蜂の巣にした。
「あぐっ」
「――――!?」
何かを言いながら一人目の襲撃者が立ち尽くす朱柚の頭に拳銃でとどめを刺した。
いや、刺せなかった。
後ろに傾いた朱柚はすぐに前傾して、近づいてきた襲撃者の腹へ晶化ナイフを深々と刺した。硬いアーマーとの接触で晶化ナイフは折れたが、ナイフの刃先は襲撃者の内臓へ到達した。
「――――化け物!」
「……ふっ」
月晶体に通常兵器は有効でない。
数十発のサブマシンガンの連射を受けてもなお、損傷箇所を修復してその場に立ち続けた朱柚は、命を吸い取るように両手で襲撃者の首を絞めた。
二名の襲撃者はいとも簡単に命を絶たれた。
冷たいその手と銃の効かないその体。
そして地面に広がる血の海。
笹池隊長が見たなら、「またか」と吐き捨てただろう。
「懐かしい」
誰かの呟き。
靄は一本しかない【熱供の短剣】で三名の襲撃者と戦っていた。
相手は相当な手練れ。それも対人戦等のエキスパートだ。靄の月晶体を殺すための過剰な攻撃は悉く躱され、白色コートで防ぎきれないサブマシンガンの弾幕は靄の体力を次第に削っていく。
【熱供の短剣】も襲撃者の着ている重厚な装甲を簡単には切れない。焼き切れる前に援護の銃撃が靄を端へと追いやっていく。
やはり理不尽なのは装備差だ。襲撃者のサブマシンガンはリビングのソファを貫通し、靄に逃げ場を与えない。爆弾も、靄が持つのは月晶体をマーキングするための染色爆弾で、襲撃者が持つのは靄の感覚を鈍らせるスタングレネード。
気を抜けば死が待っており、卑怯と罵ることすらできない。
(もっと強くないと、もっと強く、)
靄は飛び上がって天井を這うように進み、サブマシンガン持ちの襲撃者を蹴り倒す。
即座に伏せて横薙ぎの掃射を避け壁を蹴って滑り、今発砲した襲撃者の足を絡めて床に引き倒す。
最後に、伏せた状態から床を強く蹴って逆立ち状態になり、そのまま飛んで襲撃者の背後から【熱供の短剣】を突き刺す。
三人を倒した。
「終わり……?」
靄も意識しないその一瞬、室内を横切る猛烈な風が吹き、靄を入り口側から窓の外まで吹き飛ばした。
彼女の家が遠のいていく。
「魔装……!」
靄は歯噛みして悔しがったが、自由落下する彼女はもはや部屋の戦闘から強制離脱させられてしまったのと同じだった。
車椅子の少女が閑散とした街を進む。
付き添う二名はアサルトスーツに身を包んでいるのに、少女は緩めのニットとスカートに申し訳程度の帽子を添えているだけにすぎない。車椅子は電動で人の助けを借りずとも動けるのに、護衛を伴う彼女の身分。
護衛の一人が声を掛けた。
「博士、ILDO臨時司令部から勅命です。この先における戦闘が一段落ついた場合は、最重要危険人物排除のために『月霧』の使用を許可する、とのことです」
「嫌」
「……はい?」
「臨時特会の決議前に送り込んだ特殊部隊、彼らが可哀そう。彼らが相対するのは史上最悪の危険人物と、私と同じようにプライマルセルを組み込まれたモンスター。こういう時に使えないなら核爆弾も所詮ただの高価な傘だと言ってるのと変わりない」
少女は立ち上がった。
この少女はヴェラ・フラム博士。国際月面開発機関から送り込まれた最終兵器で、車いすは今はただのカモフラージュでしかない。あどけない少女の見た目は、実際はただのプライマルセルの過去改変が少しばかり暴走して退行しただけにすぎない。
博士は困った護衛役を面白そうに笑った。
「博士、しかし、」
「『月霧』は使わない。けど、任務は遂行する。それでいいのよね? 望むのは世界の平和を乱す異端の『join the majority』、実に滑稽だわ」
護衛役は博士を追えなかった。
いや、不可視の殺気が彼らを阻んでいた。




