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魔装と月の殲滅戦  作者: ルナモルファス
第八章 揺らぐ未来
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五十七話 「私はエノン。十番目の日晶体。そしてあなたはヒドラの継承者」

 狭い通路を足音が駆ける。

 下は奈落のように深く、金属音が反響して大地の唸りを響かせる。


 駆ける司陰の背に乗っている女性からは長く白い髪と、それをつたう鮮血が流れている。

 司陰は息を切らして体力の限界が近いのは明らかだったが、筋肉を酷使して進み続けることだけは決してやめようとしない。


 砂がパラパラと振ってきて、次の瞬間には岩石の雨が降り注いできた。

 司陰は咄嗟に背のカミナシを降ろして庇った。彼の背中に拳大の石が直撃し、鈍い音と共に彼を打ち倒す。


 ボコボコになった金属板の通路。

 また、司陰は立ち上がって進む。



 ・・・・・



「来た!」

「本当に!?」


 暗順応した司陰の目に明るい光が映る。

 耳に入るのは真賀丘と井倉の声。


 二人は満身創痍の司陰とカミナシを見て驚愕していたが、すぐに二人を助け起こした。


「司陰君、何があった?」

「ゴッドレスとかいう敵が来て……」

「前に聞かされた統制月晶体の『月食』……。とにかく早く逃げよう。井倉、」

「分かった」


 四人は発電エリアから本部の出入り口を目指して進みだした。




 車を呼んで乗り込む。

 カミナシから流れる血が座席を汚すが、今はそんなことを言っていられない。

 真賀丘がハンドルを握って急発進したところで、急停車した。中の人間は後ろから前へ慣性力の餌食になる。


 道を止めたのは人垣だ。

 咲田大隊長とその部下だろう。魔装や他の武器で車を今にも破壊しようとしている。

 しばらく睨み合っていると、フロントガラスが粉々になった。魔装の力だ。


「……怖」

「警告します。あなたたちには反逆行為の嫌疑がかけられています。後部座席の女を速やかに引き渡しなさい。さもなくば、処分の対象になります」

「だって。司陰君、女装して行ってみる?」

「真賀丘さん元々咲田さんと仲良くないのに、本当に刺されますよ」

「そうしたらあの世の元司令と元第二隊大隊長に告げ口しておく。それで、()()()?」

「無理です」


【冷渦の細剣】に【紺黒の銃】は相性がいいとはいえ、実力の差は埋めがたい。


 と、カミナシの手が微かに動いて、唇も音こそ発しないが何かを伝えようとしていた。


「――――現実改変を、私が動かす……」

「了解です」


 司陰は彼女の意図を読み取って、自分の頭を下げてカミナシの手を上に持ち上げた。

 力なく頼りないこの手に超常の力を操る力が備わっているのはもはや疑いようがなく、前の席の真賀丘と井倉は淡い光のスペクタクルに息を呑んでいた。


「じゃあ、頑張ってね――――則人」

「僕!?」

「真賀丘さん魔装あったんですか!?」

「いや、あるけど……使い物にならない……」


 車内が慌てふためいている間に咲田たちが車に近づいてくる。

 真賀丘はやむなしといった様子で手を前にかざした。

 掌の中に格子状の金属体が浮かぶ。ゆっくりと回転しているが、特に何も起きない。


 周囲の隊員たちは警戒しているが、本当に何も起きない。


「あの……?」

「燃費が悪いから無理なんだって。隠してて悪かったけど、不気味なだけで何もできないよ」


 カミナシがそれに異を唱える。


「魔装は精神の現れ。出力の大小はあっても、魔装レベル理論に基づけばどんな規模の事柄も起こせる。存在強度理論を用いるなら、今現実改変で強化した君のその【等量格子】はこれまでの数億倍は強力なはず」


 話している間に痺れを切らした咲田が【冷渦の短剣】の放出で威嚇射撃を車のタイヤに加えようとした。

 ただし、それは届かない。


 阻んだのは薄く大きなガラスの壁だった。

 巨大な壁が蜘蛛の巣状に割れて崩れる。


「走ろう!」

「空気からガラスを!?」

「もっと厚くていいのにね!」


 割れて雪崩のごとく降り注ぐ鋭利なガラスの雨に周囲は大混乱。

 破砕音と共に司陰はカミナシをお姫様抱っこの態勢で運び出した。


 冷静な咲田が【冷渦の細剣】の放出攻撃で司陰の背中を狙うが、カミナシが少し司陰の頭に触れるとそれはフッと搔き消えた。


「押山司陰の力を甘く見過ぎたかしら……」


 咲田は車の中に司陰が残した起爆寸前の爆発弾倉を見つけて、追走ではなく一時撤退の選択肢を取った。






「こっちで道合ってますか!?」

「合ってるよ! 脱出口は本部の最深部。ゲームのダンジョンでもそんなものだからね」

「井倉さんはついてこれますか!?」

「無理そう。ここは俺を置いて先へ……」

「ここで死亡フラグ立てると本当に殺されるよ!?」


 へばった井倉は自らどこかで離脱した。咲田大隊長の采配や如何。


 真賀丘が案内した先にはエレベーターがあって、特殊コマンドと生体認証で最下層のさらに一階下へと下って行った。


 扉が開くとそこは別世界だった。

 華美な家具、絨毯、壁紙がエキゾチックな雰囲気を醸し出す、上にも横にも広い空間。意匠を凝らした細工の家具が機能美を追求した本部のそれとは全く異なる。

 まるで王や皇帝といった力ある者のためのような部屋。


 中央には誰かが立っていた。

 一枚の黒い布のような何かで体を覆い、頭はフードを被っていて顔はよく見えない。


「人か月か」

「え?」

「人か月か」


 一つ問いかけをして、その人は答えを待っているようだった。

 司陰は真賀丘に助けを求めようとしたが、真賀丘はエレベーターに戻ってボタンを押すところだった。


「真賀丘さん、どうすれば?」

「せっかくだし、自分で考えることも大切だよ。僕は井倉の所に戻るから。正直、世界が狂っててもう何がなんだか分からない」


 扉が閉まると、エレベーターは駆動音と共に上昇していった。


 司陰は「月か人か」の答えを考えた。

 人は言うまでもなく人類、月は月晶体(ルナモルファス)だろう。問題は対象だ。司陰の認識では自分は当然人類で――――先ほどのことを無視すれば――――、そしてカミナシはよく分からない。強いて言えば、どちらでもないか。


 司陰はふと思った。

 ここは本部の地下だ。そこにいるのが人間である必要があるのだろうか?

 求められている答えはそう――――


「人」

「……つまらない」


 そう言うとカツカツと靴を鳴らして司陰に歩み寄る。

 フードが外れ、先ほどは見えなかった二本の角が顕わになる。


 女性のように見えるが、角と威圧感は人外のそれだ。

 月晶体と司陰は思って身構えるが、顔の肌の色と質感がどうも本物の人間のようである。


「……人間ですか?」

「現実改変の前に疑問はないのよ。認識そのものが真実で、知覚は認識に隷属するパッケージにすぎない。私は月晶体と相反する原初の獣。最強の単体で、陽光の元で生きる者」


 そういう者の周囲はまるで太陽のコロナのように揺れて見える。

 人の形の身に押し込められたエネルギーはとてつもない密度で内部を渦巻いている。


 一切笑わずに目を吊り上げて言う。


「今は……元素機関十番エノンと呼ばれているわ」






 司陰は盛大に一息ついた。

 元素機関ならカミナシの味方に違いない、と。


 そんな考えを呼んだようにエノンは続ける。


「その女は殺してもいいのよ」

「ええ?」

「今の人類のためを思うならなるべく痛めつけて……そう、酸にでもつけて殺せばいいわ。そうすれば、世界は平穏を取り戻す」

「待ってください。この人は俺の命の恩人なんです。今更責任を放棄することはできない。あなたが何者であっても」

「恩……マッチポンプの可能性は考えないのね」


 エノンは司陰に近づいて両手を差し出した。カミナシを渡せと言うことらしい。

 責任とは言ったが断っても碌なことにならなそうなので司陰は成り行きに身を任せることにした。

 幸いエノンはカミナシに危害を加えずに隅のベッドまで運んで寝かせつけ、司陰を手招きして呼んだ。

 カミナシの顔を複雑そうな顔で眺めている。


「どういう関係か聞かせてもらってもいいですか?」

「ただの契約関係よ。壮大な元素計画の一部のね。エノンという存在にとってこの女は母にあたり、あなたが父か兄弟にあたる」


 エノンは司陰を指差して言った。






「その昔、魂を刈り取る役目を与えられた原初の獣は務めを終え、別空間の地球へと送られた。そこで太陽光線を利用することに長けたある種は空を覆うほどの大きさに進化し、地上の覇権を握るようになった。そして、最強の単体である日晶体ソラモルファスが誕生した」


 エノンの身体が足元から溶け出す。


「日晶体が陽光の元で生きる一方で、それに刃向かうような超効率的な集合体が誕生した。それが最強の集合体である月晶体」


 透明化した部分が膨れていき、みるみる体積を増してゆく。


「両者の争いで環境は悪化し、その他の生物は絶滅した。その後の劣悪な環境下での生存をかけた争いはとあるきっかけまで延々と続いた」


 増殖と結晶化を繰り返してエノンは広い部屋を埋め尽くすほどに巨大化した。

 司陰を睥睨する目は吸い込まれそうなほどに深く大きい。


「別次元のループする地球に気づいた日晶体はそこを訪れ、そこでカミナシという存在と地球に居住するための契約を結ぶ。ただしそれは仕組まれたもので、日晶体は十に分割されて元素機関に組み込まれた。元々日晶体の意識だったヒドラはそれに気づくが、もはや最強でなくなった日晶体(ヒドラ)は人間に討伐される。その消し去りきれない残滓のみがプライマルセルとして利用された」


 司陰は胸が疼くのを感じた。

 共鳴とでも言うのか。本質的に同一なものが互いに引き合うような感覚。


「私はエノン。十番目の日晶体。そしてあなたはヒドラの継承者」


 エノンの巨大な双眸が司陰を見つめる。

 彼の真の意思を問いただすように。


「あなたが魔装を捨てて人外であることを受け入れれば私はあなたに従う。月晶体を排除してもいい。地球の支配者としてあなたを祭り上げることもできる。もし受け入れないなら、今まで通りこの物語の行く末を傍観させてもらうわ。あの女を助けることもしないし、あなたが殺されようと関与しない」


 まるで脅しだ。

 玉座に座らねばギロチン行きで、その玉座に収まったところでまるで先行きが見えない。エノンは元素計画によって誕生した意識のはずだが、実際は統一した意識の欠片を持っているのだろう。


「さあ、答えを」


 これは初めて司陰の手に委ねられた分水嶺。

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