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魔装と月の殲滅戦  作者: ルナモルファス
-七章 百回同盟
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後編 名前のある怪物

「調子はどう? うまくやってる?」

「もちろん。シェンルンこそ、疲れとか溜まってない?」

「全然! 私ずっと女の子同士で甘いもの食べ歩くのが夢だったの! 今なら死んだって構わない!」

「やめてよ、縁起でもない。甘いものならいつでも付き合うから、私とずっと一緒にいてよ。摩耗なんて克服してさ」


 麗しきリーダーのウ―シェンルンも女の子らしいところがあった。

 久しぶりに会ったと思ったら、一日中甘いもの巡りで引きずり回された。それだけならまだしも、着せ替え人形みたく試着室で私のファッションショーを開催して回っていたのはちょっと許せない。

 彼女は私の髪を愛でるのも好きなようで、私の白く長い髪に店員が苦笑いするほど頬ずってそれはそれは大衆の目を引いていた。

 店員も大概だ。一応モデルの私をただで客引きに使った罪は重い、と思う。


「シェンルンさ、私の名前どうしよう」

「? そういえば、覚えてないの? 隠したいならいいけど」

「ちょっと事情が……」


 覚えている。今も鮮明に。

 けど、それは他人の名前だった。私が使っていい名前ではない。


 シェンルンは不思議そうに私の顔を見ているが、すぐに了解したように濃い赤色の液体を飲み切っていった。


「そう。とりあえず名無しね」

「うわ、ゴッドレスと同じセンスだ」

「……チッ。 ともかく、今度の集会の用意はお願いね」

「わかった」


 ゴッドレス、シェンルンに舌打ちされてるよ。

 彼女と別れたら、次は彼と準備に取り掛からねば。



 ・・・・・



 集会当日。


 今日、百回同盟の全体集会が日本で行われる。

 予定地はアメリカだったのに、入国拒否されているメンバーがいるということでこの地に決定した。おかげで私とゴッドレスは東奔西走する羽目になった。


「ゴッドレス、この箱は?」

「触らないでくれ。俺が運ぶ」


 彼は重い箱を郊外の会場に大量に運び込んでいた。

 地下室まで使って余程盛大にやるらしい。人見知りの彼らしくはない。


 彼らしくないといえば、彼は例の事件以来、以前より明るくなった。エーディエストとかいう上の人にも、任務の変更を提案して了承させるぐらいには活力に満ちている。

 なんだか、気持ち悪い。


 いいことのはずなのに、気持ち悪い。


 彼は何食わぬ顔で手の空いている私にペットボトルを押し付けてきた。


「疲れただろう。後は俺に任せて休め」

「ありがとう。じゃあ、ご厚意に甘えて」


 ペットボトルの中身はお茶だった。

 飲んだことのある味だ。そう、彼の家でご馳走になった時のような。


「……」

「……あ、うぅ」

「飲み物には気をつけろと前にも忠告したぞ」


 倒れそうになって、抱き留められる。


 意識が遠ざかって……。

 声音は優しげのゴッドレスの表情は――――




 ――――狂気に満ちていた。












「タスケテ……タスケテ……」


 誰かのすすり泣く声が聞こえる。

 知らない女の人の声だ。


 遠くでは誰かの怒号が響き、そして鈍重な音に潰された。湿った弾力のある塊が潰される音。

 男の焦っているような叫び声は聞いたことがある。


 確か、エーディエストとかいう人の声だ。




「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、と聞いたことがある。解釈を変えると、その行為をする人間は自分もまたその行為の対象になるということ。聞いてるか、エーディエスト」

「分かった! 分かったから今すぐばかげた行為をやめろ!!」

「貴様は以前俺の大切な人間を殺すよう指示した。だから、今度は貴様にそのスイッチを握らせてやる。貴様が少しでもその縄を掴む手を緩めたら、アテオの腹を回転ノコギリが搔っ捌く」


 私の感覚器官はまだ朦朧として、周囲の状況を正しく掴めない。

 ただ、しばらくしてから聞こえた。


 ノコギリの回転音、と血の飛び散る音。

 そして、狂気の伝染する音を。




 誰かが私の顎に触れた。

 私の唇に生暖かいものを押し付け、そして流動する何かを流し込んだ。

 湧き上がる激しい生理的嫌悪感。


 吐き出すこともできずに飲み込むと、横から笑い声がする。


「起きたか? 起きなくていいのにな」

「起きて欲しくないなら睡眠薬をもっと盛っておけばよかったのに。何も見えないのだけど」

「証人が欲しかった。目隠しは今外そう」


 手も足も動かない。

 私は台の上で手枷足枷で拘束されていて、身動きできない。

 最悪だったのは、彼が私の視界だけは復活させたことだ。


 地獄絵図。

 洗浄したのだろうけれど、拭いきれない鉄の匂いが鼻をついてキツイ。何があったのか想像したくもない。死刑制度ですらこのような残酷な行為には及ばない。人と人とも思わないような行為をこの横に立っている男はしたのだ。


 ゴッドレスは笑っていた。


「……何が面白い?」

「いや、もっと早くこうすればよかったのだ。邪魔な人間は消す。役立たずは捨てる。必要とあらばどんな犠牲も厭わない。我々が起こすのは神の奇跡なんだ。それを人の身で起こすなら、その軌跡にはきっといくつも骸が転がるものなのだろう」

「狂ってる……」

「そうか」


 私はきっと選択肢を誤ったのだろう。

 彼は追い詰められた時、狂気に走る人間だったのだ。

 だから――――




「――――始末する」


 私の手首が細すぎたのか、手枷はサイズが合ってない。

 皮を剥げば手の自由は戻ってくる。


 身体をひねって渾身の力で彼の顎を下から殴った。こちらの手も痛むが、一撃で気絶させなければ意味がない。

 脳震盪を起こしたのだろう、彼は後ろに倒れこむが、期待に反して顎をさすりながら立ち上がった。


「……酷いな。皮を剥ぐとは、すぐには治らないぞ」

「君を殺してからゆっくり治せばいい」

「……愚かな」


 ゴッドレスはスタンガンを持ち出してきた。

 そして、私の足に当てた。


「……」

「俺は自分なりに考えた。神とは絶対的だ。存在の証明も非存在の証明もできない。神として生まれたのでなければ、人間の親を持つ限りその子は人間だ。猿から進化した獣の一種にすぎない。そうでない人間が世界にいるのだろうか?」

「……」

「お前だ。お前。名無しという名の、()()()()の残りカス」




 ……彼は真実にたどり着いた。


「戸籍を調べさせてもらった。お前の戸籍上の名前の真の持ち主にも会いに行った。昼片司陰とかいう人間は転生者でもなんでもなかった。あの人間はお前の何だ?」

「……」

「まあ、殺しておいたが」


 声が出ない。

 私の足元が崩れ落ちていく。


「お前は名前が本当にないんだな。親も血縁関係もない。クローン人間というわけでもなさそうだ。不思議だな。連続性のない、相対的でない人間か。それは絶対的に等しいのか?」


 彼は私の顔を覗き込んで言った。


「案外、百回同盟の目標はここに――――」


 銃声が響いてゴッドレスは血を頭から噴いて倒れた。






「みんな!! どうして!? どうしてこんなことに!?」


 硝煙のくゆる拳銃を放り出して、シェンルンは涙ながらに私の元に駆け寄る。私の足枷を外し、弱った私を抱き起こして言う。


「大丈夫? 手首が、なんでこんなことに!?」

「えっとね……これは自分でやったの。それより、他のみんなは?」


 シェンルンの確認した限りでは他に生存者はいないそうだ。


「本当に……本当に……」

「シェンルン? ちょっと?」


 シェンルンはそれっきり脱力して起きることはなかった。

 脈が消えかけている。おそらく、彼女ももう長くはない。彼は周到だった。


 私は血の地獄の中で一人佇む。






「ここから全てが始まる」


 それはきっと終わりの始まりだった。


 それにしても。


「神様って、こんな地獄にもいないんだ」


 神無し。

 笑えばいいのだろうか。

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