五十六話 魔装使い、人でない者
「始まったよ……」
「何が?」
「終わり」
真賀丘は一冊のメモ帳を持ったまま走る。
場所は原子力リアクターへ通ずる道。謎の地下通路が存在する場所だ。
井倉は状況が飲み込めないまま分析室から引っ張り出され、延々と走らされている。
「キツイ……というかそのメモ帳は?」
「昼片からのメモ。最後のページに指示が書いてある。『ステップ3、司令官と押山司陰が同時に消息を絶ったら、原子力リアクター近くの緊急通路を開放する。その後、双木に渡した裏コマンドでヨオスクニの対月ミサイル自動発射システムを起動』」
「司令官の消息は?」
「城島安吾は行方不明、昼片も現在音信不通で所在不明、用件は満たしてる」
井倉は地面に座り込み、真賀丘からメモ帳を受け取った。
「ああ、やっぱり自己紹介の時のだ。『ステップ4、いつも迷惑かけてすまなかった』だって。これじゃ誰が書いたんだか」
「同期のよしみだから気にしなくてもね。まあ、らしいと言えばらしい」
「違いない」
二人は蛍光灯の灯る通路の奥をじっと見つめていた。
・・・・・
大地の大穴から火山の噴火のような爆炎が上がる。
森の木々は業火を恐れるように倒れ、噴煙は澄み渡る空を灰色に染めてゆく。
月光火薬の威力は絶大で、核兵器もかくやという威力のN2(Non-Nuclear)兵器の衝撃は大気を伝って地球を震わせた。
破壊の力は地下を焼き払い、その残滓ですら空を焦がした。
司陰が光の繭から這い出てきた。
まだ体の感覚を完全には思い出せていないせいでフラフラとしているが、割れた水晶球の中にカミナシの姿を見つけて、すぐに砂煙を払いながら駆けていった。
仰向けで倒れているカミナシを抱き起こす。服が破けているせいで艶美な肢体が露出しているが、司陰は息を確かめるためにとにかく大声をかけた。
「カミナシさん! 生きてますか! 俺は無事ですよ!」
「……司陰……その様子なら人を保てたんだね。本当によかった……」
カミナシはぐったりとして口以外を動かさない。
「何をされたんですか?」
「幸い、危うい一歩手前で助かったよ。ミサイルを用意してくれた城島先生には感謝しておかないと……」
司陰の腕の中でカミナシは痛みに震えているようだった。
見れば、腹の裂傷から血がとめどなく零れている。そして、その傷が治る気配はない。
「どうして、治らないんですか」
「……これは……やられた。神性の奪取、概念の転覆、私はもう用済みだった……」
カミナシが指さす先には小さく透明な塊がある。
淡い輝きを内側に保つそれは静謐な不気味さをたたえていた。
「もはや我は不滅なり」
「不滅なり」
「不滅なり」
「不滅なり」
「不滅なり」
「それを魔装で撃ってみて」
「これを?」
「進まざるをえないなら、自分の選択で進もう。先が地獄でもね」
【紺黒の銃】の弾丸がそれを砕かんとした時、溢れた光が全てを覆った。
「杞憂は真となる。まことに愚かなり」
「愚かなり」
「愚かなり」
「愚かなり」
「愚かなり」
・・・・・
「我が国は目下滅亡の危機に覆われております。これは全てカミナシと名乗る世界的テロリストの所業によるもので、我々は彼女を一刻も早く捕縛し社会から隔離するために総力を挙げてゆく所存でございます。そのために、まず我々は月晶体と協力関係を築くことを決定し――――」
この日急遽記者会見が行われていた。
この国の行く末を決定する重要なものであるため、災害殲滅隊からも多数幹部が招待されていた。
白澄は会見の内容を耳に入れながら考え事をしていた。
「霞小隊長。我々は今回月晶体と同盟を結ぶことになった。国際月面開発機関にも承認を得ており、何も憂いはない、そうだな?」
「そうですね。強大な犯罪者を捕らえるのには国際協力が必要不可欠です。相手が人間であろうとなかろうと。これは新たな時代の幕開けになるでしょうね」
白澄は腕を組んだまま考え事を続けた。
彼は手を開いたり閉じたりしながら、感触を確かめているようだった。
「私の手には【陽炎の大砲】で数多を屠った感覚がある。もちろん、着任初期は違った。ただの隊員として第一隊に入隊した時は今ほど魔装が強力でなく、仲間が目の前で水晶の槍で貫かれて死んだり、『自爆』で粉々になるのを幾度となく見てきた」
「私も同様の経験がある気がします」
「だろう。災害隊員なら避けて通れぬ道だ」
白澄は霞からお茶の入ったペットボトルを受け取り、それを飲まずに机上の書類の上に置いた。
そして、立ち上がる。
「帰る」
「会見中ですよ?」
「お前が残れ。立ち合いなら次期大隊長のお前が入れば問題ない」
白澄は途中退席した。
「人類は何と戦っていた? テロリストか? なぜ人間が相手なのに秘匿してきた? そして、月晶体とはいつから人類の仲間だった? いや、月晶体とはそもそも何者だ?」
白澄はいつものビルの上で街を眺めていた。
「私はずっと何かの脅威を避けるため、そして空からそれを撃ちおろすためにここにいた。それは地下を潜行し、災害隊員を死角から殺す最凶の敵だった。ビルの上なら地面から出てくる心配はない。ここは私の安息の場所だった。本部では得られない安息だ」
遠くの通りを堅固に護衛された隊列が進んでいる。
あの黒ずくめの車両に乗っているのは月晶体の外交官なのだろう。つまり、人間でない何か。
「人間は控えめに言って馬鹿だ。内に凶暴な排他性を秘め、しばしばそれが発露し他の生命を脅かす。同じ人間相手ですらそうなのだ。哺乳類でも地球上生命体でもない相手とどうして協力が可能なのか」
白澄は現実主義者だ。あり得ないことは例え連続性を持っていたとしても認めない。
これは、災害殲滅隊創立者である城島司令官の意志だった。
・・・・・
「ゴッドレス、神様には概念の転覆が可能なのかな? 人の思いは強固なもの。その全てを容易く変えるなんて可能なのかな?」
「急に何を? 俺は神様は信じてないって言っただろう」
「どうして?」
「本当に神様がいるなら悪行を重ねたわけでもない俺たちを地獄に送ったりするものか」
「ふーん、生きてるのが辛いんだ」
「そういうわけではない。でも、この世界は俺が為すこと全てを否定する。努力しても、工夫しても、結局最後に全て決めるのは運だ。そして、俺にはその運がない」
「生まれる国も、親も、友達も、才能も、自分では決められないものね」
「そうだ。だから、本当は全て壊したい。俺を苦しめた世界なんて消えて無くなればいい。百回同盟の皆には感謝している。だが、俺はみんなが幸せになれる世界なんて望めない」
「それでいいよ」
「はっ?」
「それでいい。人には選択の自由があるもの。ゴッドレス、君が本当に壊したいなら、壊すだけの力を手に入れた時にそうすればいい。私はむしろ協力するよ。君の言う通り、世界なんて碌なもんじゃない。でも、」
「でも?」
「せめて私だけは生き残らせてね! 誰も傍にいない人生はつまらないでしょ?」
「ああ、ああ、そうする。二人で気の済むまで語り合おう」
「えっと、今のは冗談だからね? 真に受けられても――――」
『カミナシ、そろそろ願いが叶うぞ。誰にも邪魔はさせない』
あとがき
これからしばらくカミナシの過去に入ります。
締まらない章末ですみませんでした。




