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魔装と月の殲滅戦  作者: ルナモルファス
第七章 過去、過ぎ去りし惨劇
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五十五話 矛盾、神に等しい者

 閃光が(ほとばし)り、乱気流にのったプラズマが広い地下空間を駆け巡る。

 司陰はカミナシの背中を応援しながら、ゆっくりと【紺黒の銃】を構えた。


(一瞬の隙も逃しはしない)


 人知を超えた争いに介入できる機会は一度きり。

 すべてが相殺された瞬間にすべてを賭ける。


 引き金の重さは最初に【紺黒の銃】を握った時のようだ。


 ・・・・・



(押せる)


 カミナシは司陰の覚悟と裏腹にほとんど勝利を確信していた。

 ゴッドレスの再生能力のリソースはどうやら無尽蔵ではないようだ。水晶の腕はだんだんゴッドレス自身を守るようになり、一方光剣の勢いは止まらない。余波で天井を支える柱の残りが崩れかけているが、その前に決着はつくだろう。


 ただ、拭いきれない違和感があった。

 月晶体を相手にする際必ず感じる感覚。

 上手くいきすぎる時は、何か悪いことが近づいている。




(おかしい。周りの月晶体が減っていない)


 司陰も同様に違和感を抱いた。

 ゴッドレスは激しく消耗しているはずなのに、周囲に控える潜土砲手その他月晶体は微動だにしない。身を挺して守ってもいいはずなのに、まるで見捨てるか無視するようにその場に留まっている。

 あるいは、そもそも盾になる必要がないのか。


(変わったことは……)


【紺黒の銃】の先には、始めよりもゴッドレスに近づいたカミナシがいる。






「狩りの基本だ」

「なに?」

「獲物は自分の掌握できる範囲に誘い込む。そのためには、相手の懐に入ることも躊躇わない。これは一見矛盾のようだが、少なからずリスクは避けられないという世の(ことわり)に則った過程だ」

「つまり、逆に言えば結果はリスクが完全に消滅することがあるという、世の理を逸脱するものだと?」


 カミナシの握る光剣はもうゴッドレスの喉笛の寸前にまで届いている。

 声帯を使った会話で十分聞こえる距離でゴッドレスは会話を始めた。


「そうだ。我がする行為をお前は多分にリスクあるものと認識している。お前に負けたら我という存在が再びこの世から消滅することになるからだ。だが、別の視点ではそのリスクは存在しない」

統制月晶体(メタルナファス)を乗っ取った君が、今度は■■■でも乗っ取って生き長らえるのか」

「それは偽だ。仮定が異なる。我は決して滅ぼされない」


 カミナシの背を悪寒が走る。

 全力で――――地球のマントル内部まで貫通する威力で――――光柱を展開するが、全て吸収されて淡い光となって散った。

 エネルギーの器となった月晶体は崩壊して仄かに発光しながら地面に降り積もってゆく。


 月晶体が死んでも消滅しない。

 あり得ないことだ。本来この世のものでない月晶体は生命の形を失ったら元の次元に回帰するのが理だ。


「これは……次元を分かつ理が歪んでいる?」

「そうだ。元素機関分類一番ヒドラ、国際月面開発機関(ILDO)個体名『時空の天災』、元は一つの■■■で、七年前の討伐後に三つのプライマルセルとして権能だけを分離された、月晶体と同じ原初の獣の生き残り。そして――――今は押山司陰と名乗る。その秘匿されし能力だ」






 広大な地下空間にもう一つの旋風が巻き起こる。

 第三の高エネルギー体が今まさに発生しようとしている。


「カミナシさん、俺の足が!」

「正気を保て! 司陰君、自分の人間の足を思い出して!」


 迸る閃光と共に司陰の足が透明な液体へと還元されてゆく。

 立つことすらできなくなり、どうにもならないという恐怖が司陰の心を蝕んで、自分の正体すら曖昧になってゆく。

 足場のない次の瞬間の急激な落下を予期した時のような、五体でもがいてもどうにもならない恐怖。視覚と触角が自分の異常を肯定して、異常は自身の平常の上にガンのように置き換わってゆく。


 カミナシは束縛された光剣を捨て、自らの手でゴッドレスの首を掴んだ。


「ゴッドレス! 今すぐ彼を解放しろ!」

「解放? それは今まさに行われているではないか。解放とは真の姿への回帰。人間なら理性なき獣へ、月晶体か■■■なら原初の獣への回帰が必然だ」

「違う! 彼の本質は人間だ! お前が介入しているから彼の存在が歪んでいる!」


 司陰の体は光の繭に包まれて、もはや残っているのかすら分からない。

 カミナシは両手でゴッドレスの首を限界まで締め上げるが、この化け物は笑うばかりで真面目に応えない。


「人間はいつもすぐに自惚れる。自分の力が優れているのだと信じて疑いもしない。だから慢心する。過去改変と未来改変の力はヒドラの力の残滓、有用なだけのゴミに過ぎない。それをうまく使えたからと、神の権能の一部である現実改変まで利用したのは愚かとしか言えない」

「ッ!」

「おっと、押山司陰へのプライマルセルの移植を指示したのはカミナシ、お前の指示か。結果的に我の役に立ったのだから、後悔する必要もないな」


 ゴッドレスの狂気の目はカミナシのそれより一段と深い。痛覚があるのか分からないがこの化け物は首を絞めても苦しまず、愉悦が表情に混じってカミナシにすら恐怖を起こす。

 カミナシの体は華奢だ。だが、内包する力は本物だ。そして、ゴッドレスという名の月晶体の力はたかが知れている。なのにどうしても殺しきれない。

 あと一歩が届かない。






 空間が揺れる。

 明白なほどに感じられる波は強さ故に具現化した出現波。その範囲はこの地下空間全域。


 ゴッドレスの体が溶けて消えた。

 代わりに、カミナシの周りを球体上の白い水晶が囲む。


 不気味な笑い声と不協和音が何十にも重なって響く。


「今をもって」

「今をもって」

「今をもって」

「今をもって」

「今をもって」

「全て完了した」

「全て完了した」

「全て完了した」

「全て完了した」

「全て完了した」

「月晶体という存在そのものを我と認識させることで統一意識を侵食し完全に置き換わる。現実改変の力は人類を守る傘にしておくにはもったいない。我が存分に活用させてもらう」


 カミナシは耳を抑えてうずくまるが、背後から首を掴みあげられて無理やり立たされる。


「やめて……」

「元素計画など必要ない。人類にふさわしいのは破滅だ。蟲毒と同じ。優れたもの一つだけが生き残り、後は塵芥も同然。劣等者どもに送るべきは安楽な死だ。やつらは魔装使いを軽んじ過ぎた。未知の力に恐怖し、正しく認識できなかった。確かに魔装は戦争に転用できる。だが、核の力も火薬も金属も所詮は戦争のために生み出された技術。全て諸刃の剣という点で等しい。結局うまく御せない人間が悪いのだ。適者生存、元素計画最後の段階を我の手で終わらせてやろう」


 ゴッドレスの手がカミナシの心臓に差し込まれる。

 カミナシの体が激しく痙攣するが、気にせず漁り続けついに何かを掴んだ。


「見つけたぞ。お前の神性。元来、顔の目、鼻、口の順に神性、人性、獣性を表すというが、やはり本物は心臓にあるのだな。甚だ概念的なもので取れそうにない」

「ご愁傷様……」

「喜ぶには早いぞ。こちらにも打つ手はある」

「何を……」


 取り返しがつかなくなる前にカミナシは抵抗を試みるが、全身に力が入らず動けない。

 司陰はもう完全に光の繭となって半ば手遅れかもしれない。

 蝶のさなぎの中では体がドロドロに溶けているという。司陰の体は残っているのだろうか。


 ゴッドレスがカミナシを仰向けに押し倒す。


「男にあるのかは知らないが、乙女には別の神性があるという」

「なっ、まさか」

「安心しろ。あれはまだ孵らない。時間はたっぷりあるぞ。そう、すべて昔と同じ。絶望を見せろ! 何もかも壊れていく中で精神を保って見せろ! 終わりは来ない! はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!」








(カミナシさん……)


 司陰は揺蕩っていた。

 ここはまるで母親の胎内のようだ。温かく満ち足りて、外界の一切を気にせずにいられる。

 全身で感じられる鼓動は自分のものだろうか?

 それとも……。


 司陰は腰に何か当たるのを感じた。

 それは司陰の端末だった。

 ヨオスクニが勝手に起動して、司陰が存在しない手で触れるのを待ちわびている。


(そうか、ヨオスクニは俺と同じだったのか)


 感じたのは兄弟のような感覚。

 ヨオスクニという統合司令システムは本質的に司陰と同じ。数世代先と呼ばれるほどのスループットを発揮できるのは、根本に()()を予測する力を有していたから。


(届け、俺の指)


 司陰の手が再構成される。

 現れた指はヨオスクニが表示するボタンを叩いた。


 けたたましく警報音が鳴り響く。


『警告:当該区域は二分後に対月ミサイルAM7が着弾します。隊員は速やかに退避してください』

「物々しさは相変わらずだ……」


 司陰は頭上に浮かんでいた【紺黒の銃】を手に取り、引き金に指をかけた。


 球体には共通する特徴がある。

 外からは強い。

 そして――――


 ――――中からは弱い。

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