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魔装と月の殲滅戦  作者: ルナモルファス
第七章 過去、過ぎ去りし惨劇
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五十三話 崩壊、広がる綻び

「靄さんテレビ!」

「急にどうかしたの?」

「いや、本当に大変なことに!」


 司陰が珍しく切羽詰まった声で靄を呼んでいる。

 靄は今自分の部屋でちょうど制服に着替えているところなのですぐには行けなかった。


「ちょっと待って」

「いいから早く来て下さい!」

「まだ下着だって!」

「どうでもいいから!」


 司陰の物言いに少しカチンと頭にきながらも、急いでシャツだけ着て靄がリビングに入ると、そこのテレビの映像は地獄絵図だった。

 なるほど、デモ隊を月晶体が襲ったらしい。地面にこびりついた血の跡とその元を覆うブルーシートが全てを物語っている。


 だが、靄からすれば月晶体に疑念の声を上げていた人間がこうなったのは自業自得としか思えないし、これは朝から見たい風景ではない。

 そして、司陰がこのことで騒ぐのにも若干腹が立つ。


「司陰」

「……?」


 おや、呼び捨ては珍しい、と思った司陰が朝食用の皿を持ったまま振り向くと――――




 ――――靄が思いっきり制服のスカートを振りかぶっており、それは司陰の顔面に真っすぐ飛んできてヒットした。



 ・・・・・



「鼻が痛い……」

「自業自得でしょ」

「あれは理不尽ってやつでは……?」


 司陰と靄は今月日高校の廊下を歩いていた。

 学校というのはたいそう逞しい機関で、たとえ大雨の中強風の中、悍ましい事件の後でも意外と休みにならない。ただ休みにならないのと生徒の感情は別で、今日は普通の登校日にも関わらず玄関は閑散としている。

 人が揃っているのは大学受験を控えた三年生ぐらいだ。


 と、司陰たちの逆から菜小が歩いてくる。


「あ、二人とも来たんだ。で、なんで司陰君は一歩下がったの?」

「スカートが飛んでくるのを恐れて」

「?」

「司陰君の言うことは気にしないで。それで、菜小は何か用事?」


 靄に聞かれて菜小はポケットから自分のスマホを取り出して見せた。

 画面にはヨオスクニのインターフェースが映っており任務依頼が届いている。


「私もクヨクヨしていられない。二人の分まで私が頑張らないと」

「それで鏡野小隊に入って任務を?」

「そう。人手不足が今は一段と厳しいって聞くから。それで、私も次の――――」


 轟音が菜小の言葉を遮った。

 玄関中央から土砂が突きあがり、砂煙が辺り一帯を覆う。まるで何かが爆発したように粉塵が舞い、だが煙に熱気は混じっていない。

 今の衝撃で数か所の窓ガラスが砕け散った。地面が強く揺れ、立っていた三人は危うく倒れそうになる。


 地震もかくやという揺れの強さだが立ち直りは早かった。

 むしろ、砂埃の中から現れたものこそが本命ともいうべき恐怖だった。


 煌めく水晶。

 戦車砲すら弾く全身鎧。

 地面から突き出た巨塔。

 目は見受けられなくとも口はある。

 そしてそれが開いた時、絶叫の和音が木霊(こだま)した。








 まずすべきは耐衝撃コートの回収だ。

 人間の肉体は脆いもので、瓦礫一つ掠っただけで致命傷になりかねない。それを防ぐには魔装工学の粋を結集した対晶コートが必要である。


 だが、地中から現れた月晶体(ルナモルファス)はそれを許さなかった。

 階段へ走った司陰たちを、窮屈な廊下を砕いて月晶体は追随する。偶然追ってきたのかと思えば、わき目も振らずに彼らを追いかけているあたり、明らかに狙いをつけている。


「二手に分かれましょう! 俺は右から行きます!」

「私は左から!」

「二人は先に行って! 私は足止めする!」


 菜小が殿(しんがり)を買って出た。司陰は一瞬止めるべきだと思って振り向いたが、靄と目が合って再び前を向いた。

 命が掛かっている状況だ、言い争うぐらいなら自由にさせた方がいい。彼女の目はそう雄弁に語っていた。


「死なないでくださいよ!」

「もちろん!」


 菜小は分かれ道手前で減速し、迫る月晶体を眺めた。

 まるでシールドマシンのように廊下を丸く掘削しながら破砕音と共に近づく月晶体。進路上の菜小などお構いなしにそのまま突き進もうとしている。抵抗しなければ、粉々になるか口の中に入って一生を終えることになるのだろう。


「あの人に頂いた命、絶対無駄にはできない。未雨の分まで私が月を殺す」




 菜小の頭の中に走馬灯のように映像が浮かぶ。

 未雨の魔装は【残裂の刀】。かつて二人の両親が彼女たちを恐れ、そして二人を捨てた時、未雨の心には一生癒えない傷が残り、それが彼女の刀に斬撃を残す力を与えた。

 菜小の魔装は【瞬延の刀】。行き場もなく、絶望の淵に立たされた時、誰かが二人に手を差し伸べた。


 二人の手を取った人間。

 確か、髪が老婆のように白く、また、高貴さを示すように銀に輝いていた。

 つばの広い帽子で顔を隠していたが、気まぐれに人を助けて去り、ある意味呪いとも呼べる思いを残して人に一種の狂気を植え込む姿は、あの人そのもの。

 そしていつの間にか城島先生が二人を支援してくれるようになり、やっと菜小は気づいた。

 禍福が変わるのは常に一瞬なのだと。


 だから、ここで月晶体を切る。

 きっとそのために今日まで鍛錬してきた。


 右手に【瞬延の刀】を、左手に【残裂の刀】を。

 魔装は精神の化身、そして未雨は菜小の心のそばにいる。


「未雨、力を借りるよ」


 生じた仮想の刃は長く伸び、月晶体の持っていた運動エネルギーと衝突して中心を真っ二つに割った。




 一つ予想外だったのは、月晶体は真っ二つになっても消滅せずにそのまま突っ込んできた。

 菜小を避けるように右側と左側がそれぞれ横を通過し、菜小の背後で一回り小さくなって元に戻る。


「待て!」


 菜小が叫んだが、月晶体は猛進を続けて誰かを追っていった。








 司陰は自身の教室へ向かっていた。

 廊下を全力で走り、揺れる床に気をつけながら装備を目指す。

 菜小は果たして無事だろうかと思った時、彼は宙に浮いた。


 重力に従って落ちるは月晶体の口の中。


「やばっ」


 司陰は咄嗟に爆発弾倉を下へ投げた。

 重量のある【紺黒の銃】はともかく、いつでも取り出せる手榴弾であるそれを手の内に隠し持っていた。だが、爆発弾倉は何故か不発で口内へ消える。


「司陰君!」

「靄さん――」


 必死で手を伸ばした靄に、司陰は応えようとした。


 だが、手と手が触れる前に司陰の意識は途切れてしまった。

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