五十二話 因縁、前世より訪れし者 ※軽度の残酷描写あり
災害殲滅隊本部はよく娯楽に乏しいといわれる。
だが、全くないわけでもない。
例えば居酒屋。
完全無人営業で、スタンドアローンの飲み屋というよりはサービスのいい自販機だが、それほど賑わうことがないので大隊長も話の場としてよく利用する。
今、カウンターに白澄と咲田が腰掛けている。任務外で一緒になるのは珍しい組み合わせだ。
誘った白澄の方から話を切り出す。
「話したいことは分かってるな?」
「なぜ私に尋ねるのです? 言わずもがな新司令官のことでしょう」
「そうだ、昼片司令官。私はそんなに面識がない。国際月面開発機関の特会に同席した時も、そんなに印象がなかった。確か災害隊関係の各方面にもそこまで関係がなかったと思う」
「奇遇ですね、私も同意見です。三度ほどお会いしましたが、特にこれといった印象がない。でも、どこか心の奥底で何か感じるんです」
「それは?」
咲田はコップの中のオレンジ色の液体を飲み干してから言った。
「なんというか、懐かしさでしょう。まるで一度魔装でもぶつけ合ったみたいな」
白澄は咲田の顔を横目で見た。
どうやら彼女は本気で言っているらしい。新司令官は魔装使いではないというのに。
今度は白澄がグラスの中の赤紫の液体を飲み干してから言った。
「ふざけた話だと一蹴してもいいが、ここは第二隊大隊長の直感を信じよう。彼には私も用心しておく。ところで、分析室から回ってきたデータなんだが――――」
・・・・・
ちょうど月装研の休憩室でも分析室のデータが話題になっていた。
井倉がそれを今真賀丘に見せている。
「――――兆候波は『偽装』で隠蔽されて参考にならないけど、出現波の通りが明らかに異常なんだよね。ほらここ、地上発生の出現波とした時予測される横波の到達時間が、明らかに実測値とずれてる。これが本当なら、地下の空間で潜土砲手が湧いてることになって、しかも波の迂回具合から見てかなり大きな地下空間だと思う」
真賀丘はすぐにピンときた。
少し前に、彼らは原子炉リアクター近くの謎の通路を見つけている。
「それって――――」
「うん、いいこと聞いたな。今度確かめに行ってみよう」
真賀丘と井倉が同時に振り向く。
双木が休憩に来たのか思っていたら、入り口に立っているのは予想もしていない人物だった。
「……昼片?」
「なんで疑問形なのさ。久しぶりの再会なんだから、もっと喜んでくれないと。人間いつ死ぬものか分からないよ?」
「……」
二人は黙った。
経験則的に、ここで受け答えはしてもいい結果にならない。
「おかしいね、君たちは一般的人間みたいにネット上でだけ饒舌になるタイプではなかったはずだけど。そういえば、自己紹介カードは役に立った?」
「……少しは。でも、ちょっと海瀬に対して辛辣すぎない?」
「彼女はそういうキャラだもの」
部屋に苦笑が響き、雰囲気は緩和された。
真賀丘は踏み込んだ質問をする。
「その地下に何か気になることが? 僕が知る限り、君は規模の大きなことしかしない」
「それはちょっと偏見が過ぎる。『一銭を笑う者は一銭に泣く』って聞いたことないかな? 大雑把に生きるものは自らも気づかぬうちに様々なものを失う。それがもったいないと思うのは、私が日本人的気質を持っているからだろうか」
昼片は真賀丘にUSBメモリを投げてよこした。
「これは?」
「その情報は分析室から上げたことにして欲しい。例の地下空間、私の気に入らないものが蔓延っているみたいなんだ」
国会議事堂の前は連日デモの会場になっている。今は夜だというのに人足が全く絶えない。
ここは日本の中枢、いわば喉笛だ。その喉笛が万が一にも刺されることのないように警察は大量動員してデモ隊に目を光らせている。
ふと、デモ隊の中から定型文でない声が上がった。
「気のせいかしら、地面が揺れているような」
「これだけ人が集まったら揺れもするだろう」
「いや、明らかにおかしい。これは地震の前兆ではないのか」
デモ隊の動きが乱れ始めて警察にも混乱が伝わる。
その場から急いで逃げようとする群衆が雪崩を起こさないよう警察は立ちはだかって押しとどめようと努力するが、ますます揺れは酷くなってパニックはたちまち伝染した。
と、ひと際地面が大きく揺れたかと思うと大きくうねり、舗装のアスファルトが砕けて宙に舞った。
轟音と共に大きな水晶――――固相の鎧を纏った大型の月晶体――――が地面を突き破って現れる。道路幅いっぱいを埋め尽くす巨体と、透明で陽光を受けて輝くその体は、見ている者たちから現実感を奪い去った。先端部はドリルのように尖っており、その下の口には沢山の人たちが収められている。
逃げ遅れてその月晶体の口に収まった者たちは助けを求めて喚いていたが、すぐに閉じられた口から出た骨肉の砕ける音を聞いて誰も助けに行こうとしなかった。いや、できなかった。
「逃げろ!」
「警察がどうにかしろよ! それか、災害隊ってやつらが何とかしてくれるんだろ!?」
「あんな化け物聞いてない!」
秩序を失った人間たちはもはや獲物でしかない。
ジャーナリズムを奮わせて粘った報道陣の一部は月晶体の足にペチャンコにされ、拳銃で抵抗を試みた警察官は月晶体が突貫した勢いで巻きあがったアスファルトの雨で血塊に変わった。
プロペラ機が上空から現場の中継に挑んだが、月晶体の口内から現れた煌めく筒の砲撃で撃墜されどこかのビルへ衝突爆散した。
魔装使いがいなければ抵抗もできない。そして、魔装使いを抱える災害隊は世論の渦に巻かれて以前のような迅速な対応ができなかった。
身から出た錆、と、月晶体の水晶の歯に磨り潰される前の人間は後悔した。
「やめなよ、性格が悪いにも程がある」
血まみれた道路の上を一人の女性が歩いてくる。
肩から流れる白い髪には一片の曇りもない。陰惨とした状況に眉をひそめつつも、足を止める様子はない。
何かの肉片を踏みつけたが、気に留める様子もない。
「…………」
「ネタは上がってるんだ。前から日本の月晶体はおかしいってよく言われている。『自爆』『偽装』『寄生』、世界の月晶体は大きく強く人を殺す兵器へと近づいていったのに、ここには変な異能ばかり。いや、個性的と言おうか。まるで私の知っている人間が仕切っているように。……特殊な月晶体『月食』、それが地下にいる君の正体だ」
しばらく場が静まり返る。
月晶体の巨体が地面に降り口を開くと、中から半透明な人間の形の何かが歩み出てきた。
それは真面目な顔をするカミナシと違って愉悦に満ちた顔で言う。
「ご明察だ。さすが神へと至った者。貴様以外には我のことは看破できなかっただろう」
「その傲慢を早く捨てるんだ。人間は君の思う以上に優秀だ。驕り高ぶる君の想像など軽く越えてみせる」
「ふっ、かつての貴様のようにか」
人間のような何かはカミナシに歩み寄り、進路にあった頭蓋骨をまるで月晶体が先ほどやってみせたように踏み潰した。
カミナシは何も言わない。
「……」
「どうした? 眉がまた下がったぞ。いい加減冷酷さを覚えた頃かと思っていたのに、拍子抜けだな」
「……」
「我の作品への感想はあるか? 人間たちの言う潜土砲手は戦車により高度な機動力を兼ね備えるように創ったが、この月晶体は潜土能力と装甲をより強化した。見事だろう。人真似しかできない月晶体どもにはこのような作品は作れまい。そうだな、これは人間たちに言わせれば潜土砲手亜種といったところか」
そう、人間のような何かが言い終わったところで、カミナシはようやく動き出した。
手中に光剣を生み出し、潜土砲手亜種の正面へ放つ。そして、貫通する前に月晶体の内部で破裂し光の爆発を生み出した。
「どうかな? その作品に随分愛着があるようだから破壊してみた」
「稚拙だな。部分的にでも回収して分析すればいいものを。だが、貴様のそういう感情的な行動、嫌いではない」
「生憎、私は君が嫌いだ。好きの反対は無関心というが、ハッキリ言わせてもらう。カミナシという存在にとってゴッドレス、君は邪魔だ」
「我々はかつて百回同盟で共に神を目指した中ではないか。共に飯を食らい、共に世界を回り――――そしてキスまでした」
「ッ!!」
カミナシは光剣をゴッドレスに向けて全力で放った。ここは日本の中心だというのに。
幸い、ゴッドレスは避けなかった。光の剣はゴッドレスの体を捕らえて四散させる。
飛沫から、愉悦に満ちた声がする。
「ははは、貴様に感情が残っているとは驚きだ。まさかこの場で私を逃がすとは。そんなに本体ごと滅したいのか?」
「ああ、この世から、この宇宙から消してあげる」
「つれないな、あの世でウ―シェンルンが泣いている」
「泣くわけがない。彼女は優しいが、彼女の涙は裏切り者のためには――――」
血と破壊の後でカミナシは無感情に無線に命令した。
彼女の美貌はそのままに表情に影が差して、一つの芸術作品のようだ。そして、それに見合う声音で言う。
「後始末に九十二番とニュートロン300から319を。本部建設予定地だった地下へ九十三番とニュートロン320から339を。計画遂行のために、あの化け物は必ず始末しなくてはならない」




