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魔装と月の殲滅戦  作者: ルナモルファス
第七章 過去、過ぎ去りし惨劇
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五十一話 移植、意志の複製

11/19にビッグイベントがあるので、その前後は音信不通でもあしからず。

 湯川菜小には姉妹がいる。

 名前は未雨。

 今、家のベッドでうずくまって涙を流している。


「菜小…………」

「私はここだよ、未雨」


 取り繕ったって虚勢。

 心の隅に追いやっても顕在。

 半ば共依存の二人を分かつ悲劇は、夜半の原始的な恐怖と結びついて彼女を蝕んだ。


 菜小の声は届かなかった。

 なぜならその場に湯川菜小はいない。


「助けに行かないと!」

「継琉! 待って!」


「置いていかないで」。

 とうとう菜小の口からその言葉は出ず、未雨と継琉は闇へ駆けて言った。


 二人の走る向こうでは、湯川菜小の皮を被った悪魔が二人を手招きして笑っていた。



 ・・・・・



 災害殲滅隊用の病院が天罰(レトリビューション)で蒸発したために、今は患者は別の病院へ移されている。


 湯川菜小もその一人。

 植物状態の彼女はどの医者もお手上げといった状況で、もはや安楽死を推奨せざるを得ないところまできていた。

 見舞いに来る人間もあの事件以来ほとんどいなくなってしまった。


 そんな彼女の病室で二人組が何かをしていた。

 一人は金髪ショートで白衣を身に着け、もう一人は白髪の長い髪に看護師のような服を着ている。


 白衣を着ている方が寝台の上の菜小の体を探って言った。


「カミナシ様、この娘、本当の植物状態です。脳の損傷が修復不可能なので、自然にしてたら一生このままですよ。可哀想に、こんなに近くにいながら主様のコスプレ姿とご尊顔を拝むことなく死んでしまいます。シクシク」

「マノ、コスプレって言うのは禁止。御託はいいから早く治して。なんのためにその【魔聖の手】はあるのかな」

「もちろん、主様を癒すためです。こんな小娘放っておいて、あっちのベッドで愛の抱擁をいたしましょうよ」

「しません。そんなにしたければ、アステ(あなたの妹)とでもしたら?」

「絶対に嫌です! あんな不敬で不遜な女は私の妹ではありません。むしろ死んでせいせいしました。これで私の主様への忠誠に全く曇りがないことを証明できます」

「……家族は大事にね」


 マノは無駄口をたたきながらもテキパキと菜小の服を脱がして全身をチェックし、脳以外への異常がないことを確かめると頭の上に両手を当てた。

【魔聖の手】が発現し、マノの手が輝く。


 カミナシは目を細めた。

【魔聖の手】の輝きは生命の輝き。人体の情報と遺伝子構造を読み取って最適化を行う。ほとんど髪の御業だ。カミナシですら真似はできない。


 ふと、マノが手を止める。


「主様、欠損が。前頭葉が治せません」

「そんなこともあるかと思って――」


 カミナシはジュラルミンケースを開いて中の試験管を取り出した。

 中身は赤黒い塊。


「私が言うのもなんですが、気持ち悪いですね、それ」

「これは湯川未雨の破片だよ、天罰前に拾っておいた。双子のものなら十分使えるはずだよね」

「そうですけど……どうせだったら生かしておいて採取した方が新鮮でよかったんですよ。主様なら助けられたでしょう?」

「そこまでする義理はないかな。死も一つの運命なら、それも新たな可能性の種として自然に任せるのがいい」


 無情な答えだが、マノは特に顔色を変えずに作業に再び取り掛かった。

 マノにとって、カミナシが白といえばすべて白で、それ以外は考慮の必要すらなかった。




 菜小が呻く。

 影入銃士作戦以来目を覚まさなかった彼女の目が開く。

 長いこと体を動かしていないからか、彼女の眼球の焦点は定まらず、口もパクパクと開閉するだけで呻き声以外に発せない。


 その様子を見て、カミナシが彼女の背に手を入れて起こし、顔を突き合わせる態勢にした。マノは不服そうに見ているが、重要な場面だと分かっているので口を挟まない。

 唇が触れるぐらい近くでカミナシは菜小に告げる。


「君は潜土砲手との戦闘での負傷で一か月以上眠っていた。その間、何度も君の友達がお見舞いに来ていたよ」

「一か月……そうだ、未雨、継琉、クラスのみんなは?」

「残念ながら、全員無事ではない。運がなかったんだね、君は一人の先生と二人の友人を失った」


「それって……」と震えた声で呟く菜小の耳元で、カミナシは粛々と続ける。


「城島安吾と白川継琉、そして湯川未雨は死んだ」

「あ……ぇ……」

「月晶体の狂気、あるいは人の業に三人は殺された。可哀そうに、君はかつての暮らしには二度と戻れない。どうしようともね」

「あ、ああああああああああ!!」


 菜小は声が枯れるまで泣き叫んだ。

 その傍らで、カミナシは嫌がるそぶりも見せずにずっと彼女を抱いていた。




「落ち着いたかな?」

「……はい」


 菜小はギュッと拳を握った。

 彼女は自分が眠りこけている間に、大事なものを失ってしまった。もはや彼女にとっては過去のことになってしまい、もう抱擁も心中もできない。


 心にぽっかり空いた隙。

 そこにカミナシはつけ込んだ。


「君の報復の対象は蒸発してこの世から消えた。君はこれから先、どのように生きるかを決めなければならない」

「いっそ死んだ方が、」

「死者にまた会える方法がある」

「えっ」


 菜小は勢い良く顔を上げた。

 カミナシの目には相変わらず底知れぬ闇があるが、菜小の瞳には希望が宿った。


「元素機関、君はこれに加わって私の計画を手伝うんだ。計画が完了した暁には、君の望みを叶えよう」

「なんでもやります! だから、また未雨に合わせて!」

「ふふっ、マノとは違っていい家族愛だ」


 それを聞いたマノはいじけてそっぽを向いた。

 カミナシは治療のために乱れた菜小の服を整えて立ち上がらせ、自身もまた立って彼女に手を差し伸べて言った。


「仲間になった証として、君に新たな名前をあげる。ちょうど空席が一つあってね。君は今日から元素機関八十五番、アステだ」








 朝の教室。

 司陰がいつも通り形式だけの朝の会をしようとしたところで、前の扉が開く。


「えっ」

「おはよう」

「菜小! 意識が戻ったの!」

「うん、なんとか退院できて。お医者さんも奇跡だって驚いてた」


 朝の会は放り出して皆で菜小を囲む。


「菜小さん、その、あれって聞きました?」

「聞いたよ。未雨と継琉と先生、死んだんだってね。しかも、私にも少し責任がある」

「……うーん? 意外と大丈夫そうだね。私が思ってたより元気だ。朱柚ちゃんもそんな感じだけど」


 重苦しさを払拭するように菜小は明るく笑っていた。

 まるで未雨のように。


「ところでさ、なんで朱柚ちゃんはずっと私を匂ってるの?」

「みっともないよ」

「いや、ちょっと……」

「何か気になることでも?」


 スンスンと、朱柚は足から腰、果てはうなじや耳まで匂っていた。

 そして、朱柚は首を傾げて言った。


「私が月晶体だから嗅覚が変になったのかな? 菜小から未雨の匂いがする」

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