四十九話 快晴、透明な空
第七章、始めました。
更新頻度下がってますが完走します。メイビーでなくアブソリュートリーで。
それと、今更ながら2500PVありがとうございます。
災害殲滅隊本部。
首都圏地下に建設された巨大な空間は地下シェルターとしての役割も兼ね、さらに地震大国たる日本であるが故に、何度も場所が選定されては変更された。そのうち一か所はある程度掘削された後に地盤の欠陥が見つかり、費用削減のために柱状構造物で支えを作り、情報統制を敷いたうえで封印措置がなされた。
これは首都圏外郭放水路に類似した構造物だが、外界からの出入口は存在しない。
余談だが、本部が建設予定だった深さでは兆候波と出現波を地上から捉えられないそうだ。
無人の空間。
静謐たる空間に不協和音が響き渡る。
「――――我が盟友カミナシよ。我が貴様を裏切ってからもう幾星霜の年月が経過した。百回同盟の同胞は我と貴様以外に既に亡く、この世界は再び愚かな歩みを進めようとしている」
空間中央に盛り上がったガラスの山の頂上。
光のないはずの地下に青白い光りが灯る。
その玉座に人の姿の月晶体が腰掛けて独り言ちる。
「いつまでお遊びを続けるつもりなのだ? 仮にも神へと至った者なら、その無慈悲を余すことなく振るうがよい。貴様がかつて数万、数億、果ては全人類を滅ぼしたように――――」
「――――今日はなんだか気分が悪い。誰か私の噂でもしているのかな」
「それなら、私の頭の中がちょうどカミナシ様で一杯ですよ」
「そんな俗物的なものではない。第六感的なものだよ」
二人が話している場所は、窓はないが調度品が非常に凝っている広い部屋だ。
カミナシはマノが抱き着こうとしてくるのを無理矢理離して椅子に座らせた。
不服そうなマノの前の机に、一皿の料理を差し出す。
何かの肉のソテーに真っ赤なソースがかけられたものだ。
「これは?」
「私の手料理。一つ味見をしてもらおうと思ってね」
「いただきます!」
「待った。まずソースをスプーンで掬ってなめて」
カミナシの奇妙な指示にもマノは疑わずに従う。
リンゴやイチゴを凌駕するほど鮮やかな赤色のソースを口に運び……。
盛大にむせた。
「――ァフッ、ぁ、ぁあ、水!」
「うん、いい反応。いいソースができたみたいだ」
椅子の上で辛さに悶えるマノを他所に、カミナシはソースの出来栄えに納得していた。
マノは水を一息で飲み干すと、それでも痛む口の中を心配していた。
すぐに、カミナシがマノが口に入れた量の二倍のソースを口に運ぶ。
彼女はむせもせず、吐き出しもせず、まるで極上の美味でも食すかのようにとろんとした表情を浮かべた。
「あの、このソースは?」
「唐辛子を少々ね。まだ微妙だから、今度はカプサイシンを直接入れておくよ。出来たらまた味見させてあげる」
「嫌です!」
マノは短い金髪を全力で横に振って拒否の意を示した。
もう辛いのはごめんなので、マノは話題を変えた。
「主様、そういえば日本の災害隊の司令官が変わるらしいですね」
「死んだからね。まあ、私が手に掛けたのだけど。今の世界情勢でも、彼はきっとうまく切り抜けただろうにね。本当に惜しい人を亡くした」
「そう、そのことですよ。必要な人間なら、私に言ってくれれば治療しましたのに。もしかして、私のことを信用してくれていなかったり……?」
暗い顔をするマノの頭の上に手を載せてカミナシは優しく語った。
「彼は、身を削り過ぎたんだ。命のロウソクは激しく燃やせばあっという間に尽きる。零れたロウをかき集めて、ロウを無理矢理戻そうとしても、焦げ付いた芯は元には戻らない。何事にも対価は必要だ。彼にとって、そのロウソクの芯が対価であり、彼の魂、彼の精神が復元不可能なレベルまで崩れてしまっていた。だから、死こそがまさしく救済だった。魂の安らぎを得る唯一の場所は生を受けている間には得られないものだ」
カミナシはそっとナイフを持ち上げ、真っ赤な肉の上にその刃を当てた。
「苦しみはいらない。臨終とはサクッと、ね」
ナイフがスッと肉を切り裂いた。
・・・・・
都内某所。
都会の朝は早いというのに、今日は街に人も車も少ない。
首都圏の未曾有の危機は一度過ぎ去っているのに、人間はどうも不安に駆られると今の場所から逃避せずにはいられないらしい。
押山司陰はそんな静かな街を走っていた。
放射冷却で冷え込む朝に、道路の各所で駐留する自衛隊の装甲車両。夏だというのに気分だけは氷点下だった。
そんな時、ふと人の気配が背後に感じた。
司陰は振り返って見るが、誰もいない。
『司陰君』
「っ!」
今度は横から。いや、この声は心の底からの声だ。
深層心理が湯川未雨と白川継琉の声を借りて彼に語り掛けている。
『どうして逃げたの?』
『どうして見捨てたの?』
「違う……違う……」
全ては司陰の力不足故で、でもそれは言い訳にしかならない。
あるいは、こっそりアステの状況を伝えていたら、司陰が彼女の正体を見抜けていたら、今と違った結果になったかもしれない。
『司陰君なら助けてくれると思ってた』
「俺もそのつもりだった!」
『僕たち、友達だよね? 司陰君が自分の命惜しさに友情を裏切るなんて思ってなかった』
「違う! 継琉ならそんなことは言わない!!」
全て幻聴だ。
死人に口なし。鬼籍に入った彼らはもはやこの世界に存在してはいない。だから彼らの思いは空気に溶けて消えてしまった。
それでも、魂は司陰の中に確かにある。
もう一人は彼の正面に。
「……先生」
『押山、朝からジョギングとは精が出るな』
「足腰鍛えないと人間を持って運べないんです。二人を抱えて走れていたら、きっと助けることができた。ずっと靄さんに頼っていては、俺はいつまで経っても人を救えない」
幻覚の城島は司陰の言葉を聞いて満足したように頷いて、数回咳き込んでから腰から何かを取り出して司陰の胸へ押し付けた。
銃身の金属光沢と焦げ付きザラザラとしたグリップ。
それは城島の使っていた晶化銃。
そこには確かな重みがあった。
『魔装は自然過ぎて実感が湧かないが、私たちが握っているのは確かな暴力だ。この冷たい銃はいつでもそれを思い出させてくれる』
「そして、これは先生の命の恩人でしょう?」
『ある意味でそうだ。こいつに私は何度助けられたかもう覚えていない。魔装は強力だが代償も大きい。結局最後にはもっと安直な人類の叡智に頼ることになる』
「代償?」
『お前はもうわかっているはずだ』
城島の体は司陰の想像の中でさえ朽ちており、そのせいで大きな体格が小さく見える。
「もう昔に決めてます。一度戦いを選んだ以上は最後まで戦います」
『……それでいい。私はもう散々後悔を重ねてきた。私が真の人間であるなら、妻子を投げ出すべきではなかったのだ。一国の防衛の頭に立ち、共同体の運命を背負って進むなど、私の器を越えていた』
「先生?」
『十一年前、私は友の本当の死因にたどり着き、それなのに彼の家族に真相を伝えることができなかった。月晶体の攻撃対象になる恐れがあった、だが私が恐れたのは自分の罪になることだった。私は保身のために彼とその家族を見捨てた』
「先生!!」
司陰は一歩近づき、すぐに二歩後退した。城島の目には光がある。
そこにいたのは城島の意志とでもいうものだった。
『七年前、南極で見た光の巨人に、当時の魔装使いたちは為すすべなく壊滅させられた。生き残っていたのは遠洋の船で指示を出していた私と、同乗していた第二研究隊の人間のみ。他には、筋萎縮性側索硬化症の治療中だったヴィラ博士を除けば、過去を知る者は皆消えてしまった。そして、現実は改変された』
「南極の光の巨人……それがSランク月晶体の時空の天災ですか?」
『月晶体ではない』
城島の体が薄くなって消えてゆく。
「待ってください! 答えを!」
『上を見ろ』
「上? 何もないですよ」
『まずは自分の感覚を疑え。固定観念を捨てるのが研究者の第一歩だ。安心しろ。プライマルセルを抱えるお前なら必ず見える。博士と同じようにな』
フッと城島の体が消えた。
気づけば未雨の継琉もいない。
まるで月晶体のようなあっけない消え方だった。
司陰は天を仰いで、青い可視光線の中に何かを探した。
あるようで、ない。
「……先生、空には何もないですよ」
今日の天気は快晴だ。




