四十四話 異を混ぜる
夜の暗がり。
カーテンを閉め切り、照明も落とし、室内は深い闇が包んでいる。
ごそごそと聞こえるのは衣擦れの音。
二人で寝られるベッドの上には今は一人しかいない。
独りの音だけが部屋で流れるバックグラウンドミュージックだ。
冷房の効きすぎた部屋は夏だというのに肌寒いが、それを温めてくれる者はいない。
今、未雨が寝返りを打って彼女に抱き着こうとしても、すり抜ける手が虚しいばかり。
「菜小…………」
取り繕ったって虚勢。
心の隅に追いやっても顕在。
半ば共依存の二人を分かつ悲劇は、夜半の原始的な恐怖と結びついて彼女を蝕んだ。
・・・・・
クラスの朝のホームルームにて。
司陰が入院中の城島に代わって皆に連絡を伝えていた。
「今日の連絡、未雨さんが休み、訓練はなし、交換生一人が特別クラスに編入」
「「「交換生?」」」
「文面読みますよ。アメリカから国際月面開発機関の企画を通してこちらにやって来る生徒、だそうです。ああ、魔装使いですね」
誰かが扉を叩いた。
「交換生? 入っていいですよ」
「……? 失礼します?」
朱柚だった。
ずっこけた後で司陰が尋ねる。
「アメリカジョークってオチですか?」
「しばらく復帰するからよろしく。でも、私は交換生じゃない」
朱柚は城島の近くにいたいという希望で病院で授業を受けていた。
今回、たまたま月日高校に戻ってくるタイミングが被ったらしい。
朱柚が席についたところで再び閉じられた扉の向こうに足音が近づいてきた。
「どうぞ」
「失礼します」
カツカツと靴を鳴らして教室内へ進む。
エアコンの風で揺れる金髪のポニーテール。
堅い表情は同じ高校生にはとても見えない。
明らか日本人ではなさそうな彼女は司陰が避けて空いた教壇に立って口を開いた。
「ハロー、私の名前はアステです。しばらくの間、よろしくお願いします。まぁ、皆さんからしたら急なことでしょうけど、こちらも同じなので。戦闘、いや訓練が楽しみです」
現在クラスの五人と新たに加わった一人が訓練場にいる。
朱柚は見学、アステは途中から参加だ。
画面越しの城島はアステが槍を振っているのを見て端末近くの司陰へ言った。
「アステ、か。雰囲気はどうだ?」
「すぐに馴染んでますよ。未雨さんのノリについていってますから。靄さんと打ち解けるのはまだ時間がかかりそうですが」
「そうか、まあいい。ところで、【グレイブスピア】か。彼女は予想より得物の扱いが上手い。重心の動かし方、リーチの活かし方、もしかすると靄に技術で匹敵するかもな」
司陰が休んでいる間に靄とアステが打ち合っている。
アステは【グレイブスピア】で靄の【熱供の短剣】の連撃をいなしながらたまに反撃の突きも試みている。
「意外と強いのね」
「確か、こちらのセリフ、でしたか。なんでただの学生がこんな技術を!? 強すぎませんか」
「私はまだまだ。大隊長たちには遠く及ばないし」
「大隊長……日本の主力ですか、比較対象が異常ですね」
圧倒的リーチの差をものともせず靄は槍の穂先を左の短剣で弾いて右手の短剣で喉笛を狙った。
アステは全身を引いて間合いから離れるが、靄はもう次の攻撃の動作に入っている。
ジリ貧とはこのことだ。槍のリーチの有利を短剣の数の有利が上回っている。
「疲れはないのですか!?」
「ない」
アステの何倍も全身を使う靄は体力の消耗も相応に激しいはずだが疲れる様子が一向にない。
むしろアステの方が腕がしびれてきている。槍の穂先で靄の強力な一撃を受ける度に受け流しきれない衝撃の余波が手に伝わってダメージが蓄積し続ける。
アステは起死回生の策に打って出ることにした。
アステは槍を縦に振って牽制しながら跳んで大きく靄から距離を取った。
急な行動で追撃を止めた靄に告げる。
「鏡野靄、勝負を変えましょう」
「変える?」
「そう、魔装の力を使いましょう。私たちの実力なら怪我の心配はあまりないはずです」
アステが司陰の方へ目配せした。
司陰が城島に問えば、病室の城島は首を縦に振った。
「いいですよ。ただし訓練場のむやみな破壊は禁止です」
その言葉を聞いて靄とアステはお互いに向き合った。
お互いに弱点を探りあうが、互いに情報を隠そうと、あるいは騙そうという意思が蠢く。
隣で射撃訓練していた継琉も素振りしていた未雨も端によって二人の様子を伺っている。
靄が司陰に視線を振って合図を促した。
司陰は一歩進んで【紺黒の銃】を上に向ける。
「用意、始め!」
空砲は地面を蹴る音で掻き消された。
靄の思惑は先手必勝。
放射攻撃と熱刃攻撃は大技で隙が大きい。なので無理に時間を稼いで放つより相手に詰め寄って押し切るのがよい、そう判断した。
ただ、靄の実際の行動は思考より遅かった。
アステは靄の動きで攻撃部位を読み切り、鋭い回しで難なく靄を逆に吹き飛ばした。
「……遅い?」
「どうしたの? 急に疲れが出た?」
アステに相手を労っている様子はない。
つまり行動の遅れは彼女の魔装によるもの。
(【グレイブスピア】。グレイブ……墓?)
「考えるより戦いに集中して!」
アステは槍に体重をかけて靄に上から叩きつけた。
靄はかろうじて受け止めるが、先ほどまでの余裕はすっかり消えていた。
「グレイブ……墓、厳しい、あるいは重々しい。なるほど」
「押山、名推理だな。【グレイブスピア】、正しくはグラビティスピアということだな」
靄に聞こえない程度の音量で司陰は城島と画面越しに会話していた。
もっとも、靄に雑音を拾う余裕はない。
「賢い名づけですね。特徴を上手く隠していて」
「だな。【熱供の短剣】では何を運用するのか明らかだ。その点、彼女の魔装の名づけ主は本質を見失わないギリギリを理解している」
靄の短剣は今も朱に光っている。
その熱を警戒してアステは槍での打ち合いすら回数を減らそうとしていて、かつ靄に大技を使う猶予を与えないよう適度な間合いを保ち続けている。
靄は体を思うように動かせず防戦一方になり始めている。
「これは時間内で決着がつくか怪しくなってきましたよ」
「ほう、決着はつくと思っているのか。勝者はどちらだと思う?」
「もちろん靄さんです。多少贔屓目に見ているとしても、今の様子なら靄さんが勝ちます」
「なぜそう思う? 戦況をみれば普通そうは思わない」
靄が息を荒げて膝をついても、司陰は彼女の勝ちを疑わない。
「信頼ですよ。あと、もう一つ理由があります」
「彼女にか?」
「いや、アステさん側に。あの人、なにか危ういですよね」
「ふむ……?」
城島には司陰の感じている違和感は分からなかった。
「私、わかる」
朱柚が横から司陰に賛同した。
「やっぱりわかる?」
「うん。アステ、ただの外国人じゃない」
【グレイブスピア】が彼女に振るわれた。
穂先は靄の首へ弧を描いて迫る。
アステは態勢を崩した靄の様子で、勝ちを確信した。
「遅い」
「ッ! モンスター!」
過重の中、靄は短剣で槍を止めた。
およそ地球の重力加速度の三倍、靄はそれでも体に鞭打って体を動かした。
即座に引くアステの足をすくい、態勢を崩し返したところで彼女の槍を掴んで奪い取った。
重力が暴れて二人は訓練場の天井へ落ち、同時に叩きつけられた。
靄は苦悶の声を押し殺してアステの心臓へ【熱供の短剣】を突き立てる。
「私の勝ち」
宣言と共に二人は本来の地面に落下する。
お互いに抱き合ったような体制で背中から。
衝撃は来ない。
「お疲れ様です」
司陰がしっかり受け止めた。
二人分の衝撃で膝が軋むがなんとか耐える。
靄とアステ、激戦を繰り広げた二人の表情は辛そうだが、高揚感が混じっているように見える。
「司陰君、勝ったよ」
「見てましたから」
「……私の前でいちゃつかないで」
司陰の腕の上、靄はアステを引きはがして司陰に向こうと、アステはそれを妨害しようと強く抱き着いて、地味な攻防がしばらく続いた。
(あれだけ動いた後で元気だなぁ)
そろそろ授業が終わる。
司陰は落とさないように注意しながら、暴れる二人を更衣室まで運んだ。




