三十四話 七転八起
災害殲滅隊本部の最深部。
そこには万が一に備えて地上から最も遠くなるように設計された発電施設群が存在する。
地熱と原子力の複合発電システムといっても、結局は大きな電力を生むために原子力に頼っているのが現状である。
特にここ最近は『雷撃』による電力障害が頻発しており、送電網の補完のために本部から余剰電力を地上へ送電した回数はもう今年で二桁に到達した。
表面上の原子力発電の比率の低下と裏腹に、依存度は強まるばかりである。
当初は予備として開けられていたスペースには今は炉心が追加建造され、もはや猶予は残っていない。
月晶体はともかく、こんな現状が明らかになれば世界ニュースになりかねない。
そういうわけで、立ち入れる人間は僅かな場所なのだが、決していないわけではない。
例えば施設点検の職員。
あるいは、権限を持つ研究員など。
「――――なんでこんなところに連れて来たの? 探知で余裕ないの知ってるよね?」
「ごめん井倉。あんまりこっちも伝えるタイミングがなくてね。というか、潜土砲手は探知できないよね?」
「『潜行』といっても探知不可ではなくて、指数関数的に減る微細な波長を読み取れば実は大体の位置がわかるんだよね。丸二週間ぐらいレーダーと向き合ってる時に見つけたよ」
「……すごい、よ」
井倉は乾いた笑いをこぼした。
知ってはいても凄まじい激務に、真賀丘も笑うことができない。
「あっ、でも最近は少しは楽になったかな。オペレーションをする機会もだいぶ減ったよ」
「それが今回の『影入銃士』作戦の伏線だったんだよ、きっと」
「なるほど……」
「まあいいけど。どうせ避けては通れないから。それに司令官がいるからなんとかなる」
しばらく歩いているとすぐ目的地へ到着した。
真賀丘たちはカードキーをかざして隔離壁を開き、中へ入った。
「ここに何が?」
「面白いものを見つけてさ」
通路には膨らんだ場所があり、そこには段ボールが積まれていた。
真賀丘はその一つから大きく古い紙を取り出した。
「これ見て。原子力リアクター周辺の通路が全部書いてある」
「すごい……えっ、でもこんな資料、機密資料にもなかったような……」
「全部目を通してるなら話が早い。そう、これは脱出経路を示すための書類だから機密扱いされてないのさ。それなのに、重要な情報を抱えてる」
「どれどれ……うん? 変な避難通路があるね」
避難通路に一本だけ本部を経由しないものがあるのが見て取れた。
「怪しい匂いがするから、これを電子化して保管しておこうと思って。その保管を任せられる?」
「わかった。見つかっても捕まりはしなさそうだけど、念を入れて隠すから」
これにて真賀丘の目的は完了だ。
「頼んだよ」
「……ところでさ、どうして双木に頼まなかったの? 情報ならあっちに頼めばよくない?」
「ああ……信憑性かな。双木はうっかり漏らしそう」
「なるほど……?」
井倉が納得できないのはこの情報の重要性が分からないからだろう。
本部経由でない通路。
これは逆に言えば本部への裏口である。
誰が使っているにしろいないにしろ、一度確認を取らなければならない。
・・・・・
「――――三、四、五! もう無理!」
「まだまだ!」
「鬼畜!」
月日高校の訓練場。
現在、靄と未雨が短剣と刀の打ち合いをしているところである。
あまりにも速い靄の剣技。
未雨は死にそうな顔で耐えており、それを司陰は城島先生と見ていた。
「相変わらず容赦がない……」
「いつもああなのか?」
「はい……。基本全力ですね」
「いいことだ」
「そうですね……」
未雨は靄と二十回打ち合ったら休憩できることになっている。
どんどん後退しているので、終わる頃には背中が壁につきそうだ。
「やはり彼女は強いな。【熱供の短剣】か、次世代のエースになるに違いない」
「やっぱり先生から見ても強いですか?」
「そうだな。短剣の強度が優れており、かつ予備があるから近距離戦ではまず負けないだろう。かといって距離を取ると、放射攻撃か熱刃攻撃で焼かれる。機動力と対応力で守備もカバーできる。当然頭も回る。まさに万能といったところか」
城島は靄を褒めちぎった。
しかも、賞賛の対象は魔装だけでない。
今、靄の振るった短剣の強力な一撃が未雨を端まで吹き飛ばした。
「……大隊長に及びますか?」
「さあな。実力があって賢いやつでも、途中で挫折する人間は山ほどいる。それが精神的なものならまだましで、死をもっての退場なら最悪だ」
司陰は唾をのんだ。
靄は十九回目の攻撃をして未雨を地に伏せさせた。
「……先生、今度『影入銃士』というのがありますよね」
「……どこで聞いた? お前たちにはまだ早い」
「出どころはわかりません。ただ、靄さんは参加するつもりです」
城島の表情は険しい。
靄の二十回目の攻撃。
強烈な切り上げに未雨は耐えられず【残裂の刀】は宙に舞った。
「……私は止めない。成長の機会は奪えない。若者のそれならなおさらだ」
「えっ」
「ただし、制約は設けさせてもらう。……お前たちの想定以上に潜土砲手は危険だ。あれが現れてから『自爆』を凌駕する死者が出続けている。新入りが戦って勝てる相手ではない」
城島は苦虫を嚙み潰したように重い表情を浮かべる。
未雨は天井に刺さった自身の魔装を呆然と眺めている。
「なら、止めたほうがいいのでは……」
「学生にこんな話をしたくはないんだが……実際災害隊は人手不足が深刻だ。お前たちのいた第四十支部に本部周辺から三人派遣して、結果的に鏡野小隊が動けないとなったら戦力は三人減、それだけでももはや任務遂行に支障をきたしかねない。この前の潜土砲手との戦闘でも四人が戦線離脱したしな」
「そこまで……」
「だからこそ、動いてもらいたい。もちろん安全には配慮する。咲田大隊長に私から直接頼み込もう」
「ええっ!」
最初は単なる我が儘のようなものがなんだか大事になっている。
頭を下げてから上げた時の城島の目は本気だった。
どう反応すればいいか分からなくなった司陰のもとへ、未雨を倒した靄が意気揚々と凱旋に来た。
「司陰君。次、白川君と試合」
「わかりました。……靄さん、先生から話聞いといてください」
「? わかった」
向こうでは菜小が未雨を端へ引きずっており、白川が律儀に準備体操をしている。
「俺も強くならないと」
「司陰君、無理だって!」
「大丈夫! がんばれ継琉!」
司陰の掃射に白川は逃げまどっている。
【紺黒の銃】と違って白川の【融刻の銃】は連射可能ではないので、正面からの撃ち合いになったら試合が一方的になってしまう。
白川も反撃を試みようと、転がって起きた後に狙いを定めて撃つのだが、司陰が先に射線上から逃れるので当たる気配が微塵もない。
「もう降参!」
「前の勇気はどうした!」
入れ替わって今度は靄が城島と試合を見ていた。
彼女にとって司陰の戦闘シーンは見慣れたものではあるが、何か新しい発見を求めて注視する。
「先生、【紺黒の銃】の特徴ってわかりますか?」
「そうだな……正直、私にはわからない。私も魔装に詳しいわけではないしな。ただ、今見ている様子だと、同型の魔装と有利に撃ち合えるのは都合がいいだろう。『射撃』『砲撃』が避けられるならそれに越したことはない」
「何を見て避けてるんでしょうね? 私でも【融刻の銃】の弾速なら避けるのに苦労しそうですけど」
「銃の動きを見るのが早いが……そういうわけでもないのか」
近接魔装でない司陰に見てから避ける動体視力があるとは城島は思わなかった。
戦闘経験が豊富なら直感に頼ることもできるが、なにせ彼は靄より一年も入隊が遅い。
今、司陰は白川の銃身に弾を当てて、大きな隙を作らせた。
「それで……先生、話って?」
「『影入銃士』のことだ。参加するんだな」
「……はい」
「押山にも言ったが、止めはしない。ただ、咲田大隊長に頼んでおくから、彼女に従うように」
「わかりました。ありがとうございます!」
「礼はいらない。とにかく、命を大事にしろ」
城島にとって感謝は不必要ではないが、思うところはある。
自分が送り出した人間が自分に感謝しながら散っていったら、気分が悪くて仕方がない。
だが、冷たい対応をしなければならなくとも、城島は彼らに期待をかけた。
「はぁはぁ、司陰君、容赦して!」
「ごめん。怪我ない?」
「怪我は……ないかな。でも、心が折れそうになるから!」
「ははは、鏡野小隊式だから我慢して」
「待った、私のせいにするのは良くないよ?」
試合後の騒がしくわちゃわちゃとした雰囲気。
これが司陰の一番気に入っている時間だ。
話していれば自然と笑みがこぼれる。
「実際、靄ちゃんも大概容赦がないよ。未雨の刀、天井にまで飛ばすのはやり過ぎだって」
「それは、未雨の握力不足じゃない?」
「私のせいなの!?」
「そうそう」
決して未雨の力は弱くない。
「靄ちゃん握力どれくらい?」
「私も気になる!」
「えっと……」
「予想しましょう。俺の予想、五十キロ」
「僕は……百キロ?」
「それは人間なのか?」
予想の平均は六十キロほどである。
靄の腕と手のひらを見て、推測される最高値ぐらいだ。
靄はみんなを集めて耳打ちした。
「「「「……」」」」
「反応してよ」
誰も言葉が出ない。
城島はその様子を見ていた。
城島は生徒の体力情報ぐらいは閲覧できる立場にある。
(近接魔装使いだからな。人の倍はあって当然だろう。私も全盛期は百キロを超えていたしな)
靄のファイルを端末で開いた。
(九十、キロ……? 女子の世界記録は確か……?)
城島は静かに端末の電源を落とした。
女子の握力の世界記録は87キロらしい。




