十五話 コンビナートを駆ける風
二章最後の戦闘回です。
仲直りの翌日の朝。
「うん、このトーストおいしいですね。鏡野さん」
「靄ね。というか、今更敬語を使わないでよ。任務中でもあるまいし」
登校中。
「そろそろですね。それじゃあ鏡野さん、また放課後」
「靄ね。また放課後」
放課後。
「帰りましょう、かが――」
「靄。あのさ、そんなに私と仲良くしたくないの?」
「えっと……すみません」
鏡野靄、決して覚えにくい名前ではないものの、司陰についた癖はなかなか治らなかった。
・・・・・
「なになに、石油コンビナートでの任務? 海岸は第四十支部の担当区域にはなかったはずですが」
「これは第三十九支部の担当区域だね。脅威度Cランクで時間は明日になってるから、たぶん二日経ってからやっと他の任務と時間が被ってることに気づいたんだろうね。こんなミス、笹池隊長にしては珍しい」
「それもそうですけど、俺達がここを離れていいんですか?」
支部の大部屋での作戦会議。
普段は使わない地図を珍しく机いっぱいに広げて行っている。
前は直角の位置に座っていた二人も今は隣に座り、大きなソファは余るようになった。
目下の問題は担当区域外での任務について。
鏡野改め靄はあまり任務に乗り気ではない様子であった。
「最近は『偽装』が多いからよくないし、遠いから時間も掛かる。おまけに……楽はできなさそうだね」
「楽、ですか?」
「私たちは普段耐衝撃コート、いわゆる白色コートを着てるでしょう? でも、それはここでだけ。なぜなら、ここ以外では必ず『自爆』があるから。第四十支部の担当区域内で必ずしも『自爆』がないわけではないけど、そういう例外は大抵私たちには関係のないことだしね」
靄は地図を畳んでから今回の任務に使う耐爆コートを取りに行った。
司陰はその間ヨオスクニで任務地周辺の情報を調べていた。
「ガスと可燃性液体のパイプが、一、二、三、四……十一。危険物入りの倉庫もこんなにたくさんある。これは……屋外だけどなかなかしんどいことになるかもな」
任務の場所は工場の敷地内にあった。
敷地内といっても材料積載のための広く屋根のない空間だ。
司陰と靄のために担当者のみが残っていたようで、担当者は確認作業を終えた後に慌てた様子で去っていった。
ついでに本部の取り計らいで、いくつかの危険なパイプや倉庫は使用停止や他の工場へ一時的に移送したとのこと。
度を過ぎない限りはある程度の破壊も許容してもらえるだろう。
「五分前。今回は『偽装』ではなさそうだから出現と同時に倒しきる作戦でいきます」
「はい。俺が定点射撃で先に削ると」
「撃ち終わったら私が放射攻撃で確実に仕留めます」
司陰から見て、靄は今回力が入り過ぎているように見えている。
その理由というのが、作戦といい雰囲気と言い、殺意が帯びているからだ。
「放射攻撃までしなくても、短剣で切るか晶化ナイフを刺せば十分じゃないんですか?」
「いや、『自爆』があるならなるべく全力を尽くした方がいいの。力は温存するに越したことはないけど、いざという時に使わなかったらそれは無能と同義だからね」
広い空間に小さな点が生じ、それはあっという間に大きくなって歪みを形成する。今回の歪みは今までと大きさが違った。
司陰は少し離れて見ているのに、それでもわかる巨大さ。具体的にはざっと三メートルといったところだろう。司陰の身長など優に超している。間違いなく司陰が今までに戦ったどの月晶体よりも大きい。
彼は靄と目配せして恐怖を落ち着け、【紺黒の銃】の引き金を力強く引いた。
威力が伸び、厚い金属板も貫通するようになった弾丸が歪みに殺到し、出始めたばかりの透明な液体をそのエネルギーで散らしていく。
歪みの大きさに合わせるようにその月晶体の体積も大きいようで、散って舞う破片よりも漏れて地面に広がる液体の方が多い。
地面に垂れた月晶体は既に動き始めている。
「鏡野さん、交代です!」
「その呼び方、任務中だけだからね! そっちの工場側を塞いで!」
靄の足が地面を踏み込み跳躍すると、その姿が一瞬で消えると同時に後にはへこんだ地面が残る。
この現象を引き起こす脚力は、【熱供の短剣】のような近接魔装の副効果だ。固相の月晶体と打ち合っても耐える体は、司陰にはともかく靄には必須だ。
彼女は月晶体の手前で足を踏ん張って急減速し、短剣を両手にそれぞれ持って前に突き出すと、徐々にその間を縮めていく。
【熱供の短剣】の纏う輝くエネルギーが染み出すように漏れていき、短剣の間で線状に集まっていく。
魔装は質量は残さないが、そのエネルギーはこの世界に作用した後も留まり続ける。
また、質量もエネルギーも究極的には同一であるが、魔装ではエネルギーのほうが高威力になる傾向がある。それは彼女の魔装でも同じ。
彼女の放射攻撃は一般兵器よりも火力がある。
そんな彼女を脅威とみなしたのか、月晶体は盛り上がりながら空中で急激に固化し、鏡野のいた位置を重量で叩き潰した。
彼女はそれを後退して躱し、その間もエネルギーのチャージを継続した。
わざわざ近づく行為は一見無意味どころか危険に見えるが、『自爆』されても助かる距離を保ちながら周囲に建物のないエリアへ誘導しているため、適切な判断を必要としていて見た目以上に神経をすり減らしている。
「そろそろいいですよ! 起爆させます」
司陰はショッピングモールでの任務同様の地雷型の銃弾をあらかじめ地面に埋めて置き、靄の誘導が終わったタイミングで起爆させた。
コンビナートは埋立地だ。工場の敷地の地下に空洞はない。
それでも、地中で発生した強い衝撃は地面を下から押し上げて、その衝撃とともに土砂が月晶体に襲い掛かった。当然月晶体はそれも固化して防ぐが、少し遅れたために歪な形に固まった。
そして、動けなくなればどんなに硬くともただの的に過ぎない。
「散れ!!」
エネルギーの杭が射出され、月晶体を正面から貫いた。
接触点を起点にエネルギーが拡散し、光と熱を前方に収束させながら地面ごと月晶体を焼き払う。白い光芒が残像として残ったまま、高エネルギーの粒子雲がその空間を席巻した。
「……?」
司陰は変わり果てた地面をなんとか認識し、確かに月晶体が消えたことを確認した。
熱とともに光もきちんと収束されているというのに、漏れ出た一部の光だけで目が眩んでしまったのだ。
サングラスが必要か、そう思うほど眩しい光だった。
溶融した地面は今もその熱が残り、熱の痕跡は五十メートル先まで続いている。学校の廊下を吹き飛ばした時より明らかに威力が向上している。
ヨオスクニで月晶体の消滅を確認した後、その熱を起こした人間の方を見ればどうやら肩で息をしている様子だった。
「かが……靄さん、大丈夫ですか?」
「はぁはぁ、まあ平気よ。でも、ちょっと力を入れすぎたかもしれない」
鏡野靄は押山司陰の成長速度に驚いていたが、その司陰から見れば、靄という一人間がこのような攻撃をできること自体が驚きだった。
しかも、その威力向上がちょっと力を入れたぐらいで起きるならなおさら。
「本当に平気なんですか? 今月晶体が襲ってきたら抵抗できずに死にそうですけど」
「舐めないで。これくらいは平気だって。こっちは一年以上災害隊員やってるんだから」
「言ってもたかだか一年ですけどね」
適当に軽口を言って、報告を完了して、後は第四十支部に帰るだけ。
もう何十回も繰り返してきたルーティンだ。
「あれ、なにか連絡が来てる」
「こっちにもです。鏡野小隊宛てみたいですね」
どうやら戦闘中に連絡が来ていたようだった。
内容は、人事異動に関することだった。
「…………」
「……靄さん。これ、学校大丈夫ですか?」
前から来ていたが読み飛ばしていた内容。
それは、鏡野小隊は第四十支部から本部付きへ勤務先を変更するとのことだった。




