一歩後ろで
私、千夜 荒御聲が親友のジュジュ様と出会って、本日で二年。
今日のジュジュ様は机の前に座り、水晶のようなビーズを触っておりました。
「ジュジュ様、本日は何をしておられるのでしょう?」
「イライをうけた。コイのオマモリをつくってる」
「恋、ですか?」
ジュジュ様は『呪術』とかいうものがご趣味で、私には理解できないようなことを常々やっておられます。彼女の噂は有名で、度々依頼を受けて呪術をご使用なさっているみたいです。
「うん。こんど、すきなコにコクハクするんだー、っていっていた」
「わぁ、青春ですね!」
「セイシュン……? アラミコエは、セイシュンしているのか?」
青春しているのかと聞かれましても……。親友という関係が青春と呼べるのでしょうか? 恋人とかじゃなくても青春なのでしょうか……? もしかして、親友だと思っているのは私だけだったり……?
「アラミコエ? だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫ですわ! ええと、ジュジュ様が私と過ごしていて、それが楽しければ青春と言えるのではないでしょうか?」
「いや、ワガハイのことはきいてない。セイシュンというのがきになったダケだ」
ジュジュ様は、ご自身の興味があること以外には一切意識を向けず、特にご自身の話になると、急に口を閉ざされてしまいます。すぐに小道具を弄り始めるところは、出会った時から変わりませんね。
「すみません……。そういえば、本日は私とジュジュ様が友好の契りを行った日ですね!」
「ユウコウノチギリ? よくおぼえているな、そんなこと」
ジュジュ様は記憶に薄いご様子で首を傾げますが、私ははっきりと覚えております。
入学してある程度経った頃です。名家の出身だった私は、同級の方々にも敬われる窮屈な生活を送っておりました。どうにか友人を作ろうと奮闘していたのですが、畏敬から距離をおかれてしまいます……。
諦めかけたその時、クラス内でも妙に影が薄い、ミステリアスな少女が私の目に映りました! 近づきがたい空気を醸し出しておられたのですが、勇気を出して声をかけました。
『あのぉ、すみません……』
『なんだ、イライか? いまはシンサクのジュズをためしている、じゃまするな』
はたして、返ってきたのは冷たくつき放つような言葉でした。今まで敬語しか返ってきたことがない私にとって、タメ口な彼女の対応は待ち望んだものでした。
『は、初めてですわ! 私と対等に話して下さる方は!』
『うるさい。なれなれしい。なんなんだオマエは』
少々興奮気味だったことが彼女の気に触ったようで、二言目には睨まれてしまいました。
『失礼しました! 私、千夜 荒御聲と申します!』
『アラミコエ? ああ、〈アラミコエ〉か。ふん、おもしろいナマエだ。……ワガハイのことはジュジュとよべ』
言葉はぶっきらぼうですが、なんとなく悪い人じゃないことが伝わります。これは、もう一押しで友達になれるかも……!
『はい! も、もしよろしければ……。私と、友達になってくれませんか……?』
『トモダチ? かってにしろ。ワガハイのようなヘンクツモノでいいならな』
『はわ、ありがとうございます!』
「……『チギリ』はしていないじゃないか。それはただのカイワにすぎない」
ジト目でツッコまれ思い返せば、確かに契約はしてませんでしたね……。
「しかしそうだな。アラミコエ、いつもありがとう。……これからもよろしく」
「えっ、あぅ? そ、そうですね! これからも、よろしく……、よろしく! お願い致します!!」
不意討ちで優しく微笑まれ、急に思考がふわっとしてきます……! なんだか身体が熱くなってきました……!?
「あー、サイキンおおいよな、そのハンノウ。ほんとにだいじょうぶ?」
そ、そうやって瞳を覗き込まれますと、あたまの中がぐちゃぐちゃになってしまいます!! た、助けてくださいぃ~!!
「だだだ大丈夫ですわ!? しし失礼します!」
「え、まって──」
ごめんなさいジュジュ様! 今は独りにさせて下さいまし!
「──なんなのですか!? あんなに気持ちが高ぶったのは初めてです!?」
屋上まで逃げて来た私は、火照った頬を押さえて叫んでしまいました。
最近、ジュジュ様と言葉を交わしていると、このように取り乱してしまいます。本日は特に動揺してしまいました……。
しかし、脳裏に焼き付いたジュジュ様の微笑み……。
「はぁ…………♡ 思い出すだけで幸せな気分になりますぅ……♡」
本当に、なんなのでしょうか、この気持ちは……。ジュジュ様の親友としてお側にいるだけじゃ、なんだか物足りないといいますか……。
えっと、親友を超えた関係ってなんと申しましたっけ……?
「────恋仲?」
……………………!?
ああああり得ません! 私が、ジュジュ様に恋!? ジュジュ様には私なんかよりお似合いの方がいるはずです! 他にジュジュ様と親しいお方の中に! 確かジュジュ様は前に……。
『ワガハイと、こうもながくカイワしたのはアラミコエがはじめて。アラミコエはワガハイのユイイツのトモダチだな』
ああああ!? ご友人が! 私しかいないではないですかぁ!!
どうしましょう!? 私などがジュジュ様に恋慕して良いのでしょうか!?
「──アラミコエ!」
「──っジュジュ様!?」
追いかけてきたのですか……? 大事な作業を中断してまで……?
「ビョウキ? なやみ? それとも、ワガハイのタイドがわるかった?」
「いえ、そのぉ……」
「ビョウキなら、つきそってカンビョウする。なやみならワガハイがきいてやる。タイドがわるいならカイゼンする。だから、ワガハイをおいていかないで」
そんな、寂しそうな目をしないでください……。私の……。私の恋心に、火が灯いてしまいますから……!
「…………そう、ですね。告白したいことが、あります」
「ん。ムリはするなよ」
覚悟はできました……。ジュジュ様の正面に立ち、今一度深呼吸。大丈夫、です。
「──ジュジュ様。愚かな私は、貴女に恋をしてしまいました。──私とっ! お付き合いして下さいっ!」
「……しってる。ワガハイも、アラミコエがすきだよ。……でも、ごめん。」
「そ、う、です、か…………」
「アラミコエもそうなんじゃないかって、うすうすきづいてた。でも、こわいんだ」
「怖、い……?」
「アラミコエは、ワガハイのことを、どのくらいしってる? ワガハイの、ほんとうのナマエもしらないだろ。はなしてないからな」
「……はい」
「ワガハイも、アラミコエのことはわからない。だからこそトモダチで、いや、『シンユウ』でいられる。」
「私は! ジュジュ様のこと、もっと知りたいです……!」
「ワガハイは、しられたくないし、ふみこみたくない。すきなひとに、シツボウされたくない。すきなひとを、きずつけたくない」
「私はそんなことっ!」
「しんじてる。アラミコエのことはしんじているんだ。だからこそ、ごくわずかにソンザイする、ゼツボウのカノウセイがこわい。ワガハイ、おくびょうだからさ」
「うぁ……、ひぐっ……」
「アラミコエ。だいすきだよ。あいしてるよ。──だからこそ、ずっとワガハイの『トモダチ』でいてほしい。このせかいで、コイビトよりもたいせつな『シンユウ』で」
「……………………落ち着いてから、答えを出させて下さい」
「うん。まってる」
「ジュジュ様、本日は何をしておられるのでしょう?」
あれから一週間。未だに私は、ジュジュ様への想いを捨てられずにいます。
「なんだとおもう?」
ジュジュ様も、なんだか雰囲気が変わられた気がします。さっぱりしたといいますか、明るくなったといいますか。
「そうですね……、恋の御守り製作などでしょうか」
「……ごめん」
急に謝られましても……。あの日に作っていた恋の御守り、あれを受け取った人は幸せになれたのでしょうか?
私の恋は儚く散ってしまいましたが、代わりに、もっと素敵なモノを手に入れました。
「うーん、あとは、通販の胡散臭いお清め水晶粒くらいしか……」
「……ふふ、せいかい。じつは、ただいじってるだけだったり」
ジュジュ様は、よく笑うようになりました。永遠の『大親友』に、少しだけ心を開いてくださりました。私はそれが、幸せで幸せで! あの時の告白は、決して無駄ではありませんでした!
なんといっても、恋人では難しいこともできますし♪ 例えば……。
「やりました! と、いうことは、今は暇ですよね! 近所のクレープ屋が美味しかったので、『大親友』のジュジュ様と一緒に食べに行きたいと思っていたのです! 早速行きましょうよぉ!」
例えば、親愛のハグです! 恋仲だと恥がありますが、友達なら関係ありません! 嗚呼、古図書館のような、落ち着いたいい香り……♡
「ちょっ、アラミコエ!? わかったから、だきつかないでぇ! おもい!」
今や、かえってジュジュ様の方がたじろぐ始末です♪
未練がないというわけにはいきませんが、これも一つの愛の形だと思うのです。きっと私は、ジュジュ様唯一の友達として、一生を添い遂げられるでしょう。絶対に裏切られない、結婚よりも強固な絆をもって。
「それ私が太っていると言っておりませんか!? もう許しません! ジュジュ様には、一番高いのを自腹で買ってもらいます!」
「シンユウのよしみで、せめてワリカンにして! そんなにオカネない!」
ジュジュ様。大好きです。愛してます。だからこそ、ずっと私の『友達』でいて下さい。