表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/26

第九話 祝杯と再会

 報酬の使い道が決定したことで、暗くなっていた三人の顔は見る間に明るくなって、冒険者ギルドの近くにある冒険者御用達の食堂の一つに俺達は移動した。


「では僭越ながら、ユーゴさんと私達の出会い、そして初めて共同で依頼を達成した事を祝して、乾杯!」


 俺達四人が案内された席で乾杯の音頭を取ったのは、たっぷりとミルクの入ったジョッキを手に持ったミラだ。ヴィアは葡萄の果汁水(ジュース)を、ナンナは水で俺は麦酒を頼んでいる。

 テーブルの上には注文した山盛りのサラダやチーズの盛り合わせ、山盛りの腸詰肉や鶏の腿肉、焼き立てのパン、川魚の香草焼きや色んなパイなんかがずらずらと並んでいる。

 三人は俺の親睦会という名目で、今回の魔花討伐の依頼報酬を使い切るような勢いで注文している。これもこの子達からの厚意の表れだ、と俺は報酬の使い方に口を挟むのは止めておいた。


「ん、んん、んん! ふう! 依頼で腕を振るった後の食事というのは、身に染みますね」


 ジョッキの中身を半分ほど飲んだミラは、鼻の下に白い髭を作りながら、心から嬉しそうに言う。

 これで飲んでいるのが火酒なんかだと冒険者らしい格好もつくのだが、飲んでいるのだが牛の乳だと知っている俺からすると、まだまだ子供なのかなと思う。

 ナンナはフォークを使ってもさもさとサラダを食べている。兎かな? 蠢動粘体である彼女だから、てっきり手で触れてそのまま吸収するのかと思ったが、どうやら人間に擬態している内は振る舞いも気を付けているようだ。


「しかし、こんなに注文してよかったのか? というかまだ来ていないのもあるよな。次の依頼や冒険の為に貯蓄するのは大切だぞ」


「ふっふっふ、教導者よ、貴殿が口にせし言葉は野暮そのもの。我らが暗黒の導きにより出会えた我らの教導者との魂の交わりを深め、共に天の頂き、深淵の底、見果てぬ地平の彼方へ歩まんが為ならば、惜しむべき財貨はない」


「ユーゴ、お肉食べる? それともお魚? ナンナ、取る」


「ああ、ありがとう、ナンナ。そうだな、適当にチーズをいくらか見繕ってくれるか?」


「ん。ナンナ、に、お任せ」


 ふんふん、とナンナは気合を入れているかのように言う。チーズを取るだけでそんな、気合を入れなくても。見ている分には可愛いが、ついついそう思う。

 ヴィアが上品に千切ったパンや小さく切ったパイを口に運び、ミラがあくまで下品にならないように、それでいてかなりの速さで肉と魚を中心に口に運んでいる。


「少し真面目な話をするが、今日見た限りでは三人共こっちで冒険者としてやってゆくのに当面は問題ない。斥候役と本格的な回復役をパーティーに追加出来ればより難しい依頼も達成できて、昇級も早まるだろう」


「思ったよりも評価していただけているようで、嬉しい限りです。魔妖精を相手にしていた時はともかく、武装蜂が出てきた時には恥ずかしい姿をお見せしましたから」


「そこが失敗なのは確かだが、多少の手傷を負う程度で済んでいたろうさ。ヴィアとナンナが回復役をこなせるのなら、その手傷も癒せただろうし、取返しの付く失敗ならいい経験になる。

 俺なりに少しは助言も出来そうだしな。それで明日以降はどうするんだ? 俺の予定は気にしなくていい。本当に何もないから、君達に合わせられるぞ」


 遠慮でもなんでもなく、本当に予定がないんだよな。何か依頼を受けようと思って冒険者ギルドに行ったら、この子達の教導依頼を受けたわけだし。


「明日お休み、それからナンナ達の今日、の反省、をする。はい、チーズ、ナンナ、取った」


「ああ、ありがとう。それなら明後日、ギルドで合流してそれ以降の予定を打ち合わせしようか」


「ぜひ、そうさせてください。それとユーゴさん、ヴィアとナンナと話し合ったのですが、改めてこれからも私達の教導を、引き続きお願いします」


 こちらを見て真剣な眼差しを向けるミラは、至って真面目な顔だったが、美麗な顔立ちには白い牛乳のまだ髭が残っていた。俺は指で自分の鼻の下を指さしながら答える。


「俺なんかでよければ、喜んで先生をやらせてもらうよ。それと髭がついているぞ」


「? ……!? こ、これはとんだ恥ずかしいところを」


 見る見るうちに灰色の肌を羞恥で赤くするミラを微笑ましい気持ちで見ながら、俺は麦酒のジョッキを傾けた。こんなにいい気分で食事をするのはいつぶりだろうか。麦酒がこの上なく美味いや。

 せっかくの親睦会だから、と俺は美味しそうに食事を勧めている三人に定番の話題を振った。出会ったばかりの冒険者が話をすることとなったら、これが定番ってものさ。


「それで三人はどうして冒険者になったんだい? 混沌の国々がどんな状況かは知らないが、そっちでも冒険者になるのは一般的なことなのかな?」


「それはもちろん、こちら側でも冒険者という存在は一般的で、そして社会の中心でもあります。種族間での方針や価値観の違いはありますが、それはどの勢力でも同じことでしょう」


 生真面目な性分を感じるミラの言葉に、俺はうんうんと頷いて続きを促すために、まずは俺自身の動機から話す事にした。


「俺は昔、小さい頃に故郷で聞かされた冒険譚や英雄の話に憧れてっていうありきたりな理由で冒険者になったよ。特に竜を友とし、悪竜を討った英雄ラズウェルの話には、特に憧れたな。ミラとしてはあまり気持ちのいい話ではないのかな?」


「いえ、気にされることはありません。悪行を成せば討たれる、これは竜に限らず世の常です。それにラズウェルの討ち果たした悪竜グヴェンガネンは、無差別に生物を殺し回る生きた災害のようなものですし、同種の竜でもグヴェンガネンの死を喜んだと私の一族には伝わっています」


「へえ、それは貴重な話が聞けたな! 冒険者になって五年が経つけれど竜や竜人とまともに会話した事なんてなかったから、初耳だ」


「竜に関わる種族は個体数が少ない傾向にありますから。それと冒険者になったのは、私のような竜人の間では別に珍しい理由ではないのですが、冒険を重ねて経験を積み、苦難をもって魂の試練として存在の位階を高める為です。竜へ至る事こそ私の願い」


「たしか【位階変更(クラスチェンジ)】だったか。【職業】はいくら変えても種族が変わるわけじゃないが、【位階変更】は種族が変わることが多いって話だな。ミラは黒竜人から竜へ至る為の手段として、冒険者になったってわけだな」


「はい。未知への挑戦、新たなる冒険こそ最良の試練ですから。故郷ではなく中庸の勢力下であるこちらに来る物好きは、あまりいないでしょうけれど」


 書物にも竜の力を持った人間である竜人はたいていの場合、真の竜になるべく試練を求める傾向にあると書いてあったな。ミラはまさにその通りというわけだ。

 そして俺が次に目線を向けたのはヴィアだ。彼女は自分の番が来るのを待っていた様子で、活き活きと口を開く。


「我は我が祖が天上の楽土、秩序の園より堕天せしおり、光輝の追手達との戦いで失いし秘宝を求めるが故。そして天と地と海とあまねく世界に我が名を暗黒の羽搏きと共に知らしめん!!」


「……つまり先祖が失った家宝を探し、更に自分の名前を世界に轟かせるって事か」


「ふ、世俗の名声に惹かれる民衆達の畏怖と畏敬、称賛が我が黒き天輪(ハイロウ)と翼に潤いを与えん」


 今度は色んな人達から称賛を浴びたい、それが嬉しいってところか? そういうやこの子、少し褒めただけでものすごく喜ぶもんな。ひょっとしたらこの三人の中で一番騙されやすいんじゃないか? 堕天使なのに。


「ナンナ、は、学習の為。新しい土地、新しい知識、存在を広め、て、知識を深める、それが命題。知らない事を知っている事にする、のが目的」


「具体的にこうっていう目標がないのか。はは、それなら俺に近いか? 誰も知らないところへ行って、誰も見つけられずにいた財宝を見つけて、ワクワクするような冒険がしたいって子供の頃から変わらない動機だしな」


「ん。明確な終わりがない冒険という意味では、ナンナとユーゴ、おんなじ。おそろい」


「ああ、そうなるな。それでもひとまず目標にしている事はあるんだ。年老いたラズウェルが最後に竜と共に旅をし、最後に辿り着いた場所にこれまでの旅の思い出を綴った日誌と愛用の剣を残していったという。何時かそれを見つける、それが俺の目標だよ。

 そうしてラズウェルの日誌と愛剣を見つけたら、また新しい目標を見つけて次の冒険に出かけるのさ」


 故郷を離れてこのエスタルに来た時は、アルマナと一緒にその目標を叶えるつもりだったが、今となってはそれも出来ない。特に残念だとも感じないし、一人になって肩の荷も下りた気分だ。


「終わりない冒険の日々、延々と続く道への挑戦。ええ、実に冒険者らしい考えです。ユーゴさんはまさに冒険者の鑑のような方ですね」


 ミラが屈託のない笑顔と共にそう褒めてくれるのを、俺は情けない事に素直に受け止められなかった。所詮、俺は万年下級職でBランクなのも何かの間違いのような男に過ぎないと、心のどこかでそう思ってしまったからだ。俺はその苦い思いを麦酒と共に飲み込んだ。

 そうして三人娘の人となりと冒険者になった動機を知れて、親睦会は思った以上に目的を果たす事が出来た。まだ冒険者になったばかりのあの子達と話をしていると、俺も新人時代を思い出せて、【竜のお伽噺】を抜けたのも相まって、まさに心機一転だ。


「いい気分だったんだがな」


 ミラ達と別れ、アルマナにパーティーからの離脱を告げる前に用意しておいた家への帰り道、人気のない夜の路地でダオンが俺を待っていたのだ。


「いい気分のところをすまんな」

お読みいただきありがとうございました。

最後の最後で見たくなかった顔と再会してしまったユーゴ。心穏やかでいられるわけもありませんが・・・・・・?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ