表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/26

第七話 反省と助言と

 紫の液体を掛けられた毒蜜の百合水仙の茎と地下深くに広がった根は、見る間にしおしおと萎れて、ボロボロと崩れ始める。これで地面を掘り返して無数の根を処分しなくて済む。

 魔花から供給される魔力が絶えた魔妖精達は、次々と地面に落下してそのまま魔力の粒子となって消えてゆく。


 その後には小指の先ほどの黄色い石が落ちていた。魔物が体内に持つ魔石だ。

 魔物の生命の源であり、存在の格となる物質で、これを破壊する事が魔物を倒すのに最も手っ取り早い。

 魔妖精程度では数を集めても大した額にもならないが、ミラ達のような新人には大したことのない額でも貴重なのだから、回収しておいて損はない。

 だが、戦いがひと段落してまずはお互いの損耗報告からだ。武装蜂の援軍は、まだ影も形も、そして羽音もない。俺とヴィア、ナンナの三人は戦斧に付着した魔花の液体を拭っていたミラの下へと集まる。


「三人共よくやった。ちょっと危ないところもあったけれど、ある程度は戦い慣れているみたいだな。怪我や武器の具合はどうだ? どの敵も毒は持っていないはずだが、心身と装備に具合の悪いところがあったら隠さずに言うんだ」


 戦斧を濡らしていた液体を拭き終えたミラが、戦斧と体のあちこちをぐるりと見まわしてから俺に報告する。


「武具、防具共に損傷なし。私もまとわりつかれていただけなので怪我はありません」


「我が魔を導く力に一握の砂のごとき消費あり。されど堕天の書共々、とこしえの戦いに挑むも厭わじ!」


「ナンナ、大丈夫。お腹の中のものも壊れてない。でもユーゴの強化、消えたの、寂しい」


 消耗や怪我の報告をするのに躊躇や淀みは無かったから、以前からこまめに行っていたのが伺える。

 戦闘毎の状況確認は冒険者家業では大切だ。特に迷宮攻略などでは情報共有の有無が生死を分ける場面や負傷の有無に関わる事が多い。

 その点、新人ながらキチンと行えているミラ達は偉い。先生である俺に対して変に見栄を張らなかったのも、褒めるべきだ。


「俺も特に問題はないが、動きの速い武装蜂の群れを相手にするのは手間だし、依頼には含まれていない。戦利品を出来るだけ回収したら、すぐに戻るとしよう」


 毒性の蜜をたっぷり湛えた毒蜜の百合水仙は、こういった毒持ちの魔物を回収する為の魔法の布で編まれた袋と蜜を回収する為の特殊なガラス瓶を使う。依頼主が用意してくれる場合と冒険者側で用意する場合があるが、今回は前者だ。

 ナンナが体の中から魔法の袋とガラス瓶を取り出して、地面に落ちている魔花へ向かう一方で、ミラとヴィアは魔妖精の魔石を虱潰しに拾っている。

 一つも見逃さないという気迫の感じられるその姿は、彼女らが決して財政的な余裕がないのだと察せられた。


「それなら武装蜂の死骸は俺が魔法の鞄で回収しておくよ。しばらくしたら武装蜂が仲間が巣に戻ってこないのに気付いて、追加を出してくるぞ。回収途中でも、武装蜂や他の魔物がやってきたら撤退だ」


 武装蜂からすれば仲間の心配よりも、毒蜜の百合水仙の蜜が心配なんだろけどな。

 俺からの忠告を受けた三人が作業の手を速めるのを横目に、俺は地面の上でもがく武装蜂に止めを刺すべく、腰の剣を今日の討伐依頼で初めて抜き、近づいて行った。

 幸い武装蜂や他の魔物の襲撃を受ける前に戦利品の回収を終えた俺達は、エスタルへの帰路につく。怪我と装備の損耗はなく、依頼外での収穫物もあったし、討伐も出来た。成果そのものは良いと言える。


「三人は武装蜂に驚いていたが、前に討伐した魔花はなんだった?」


悪意の赤薔薇(マリスレッドローズ)です。魔妖精は今回相手にしたものより強力でしたが、武装蜂のような他の魔物の援軍はありませんでした」


「それで今回も魔妖精だけ注意すればいいと判断したのか?」


「はい。魔花と一括りにしてしまい、事前の情報収集を怠りました。言い訳のしようもない失態です」


「黒鱗の同胞のみの責に非ず。怠惰を貪った我ら皆の過ちなれば」


「ナンナもそう思う。痛恨の極み。ユーゴ、ナンナ達にがっかりした?」


「いいや、新人ならよくやる失敗だ。君達もまだまだ新人なんだなって、ある意味、安心したよ。

 だがその失敗を次に活かせる機会に恵まれるとは限らないのが、この冒険者稼業だ。今回みたいに誰も怪我する事なく失敗に対処できたのは、運に恵まれたからだ。

 どんなに備えても足りるってことはない。想定していなかった事態が起きるなんてのは、しょっちゅうだからだ。だからといって、備えを怠っていい理由にはならない。その事は三人共肝に銘じるんだ。これからも冒険者として生きてゆくのならな」


「はい。二度と今回のような怠慢は繰り返しません」


「我が心魂に刻まん。我は堕天の徒なれど怠惰を貪るは本意ではない。此度の失態は二度と繰り返さないと暗黒と教導者に誓おう」


「ん。ナンナ、肝ない、ので記憶に刻む。失敗、繰り返す嫌、なので、注意する。学習する」


「うん、三人共本気で反省しているのは分かった。なら、次からはそれを実践していこう。ま、俺もあまり偉そうな事を言えるような立派な冒険者じゃないけどな」


 所詮、万年下級職だからなと心の中で呟いて、俺はそろそろ良いかと話題を変えた。


「話は変わるが、三人共、武装蜂みたいな蜂系の魔物の解体の経験はあるかな?」


 後でミラに教えてもらったが、武装蜂の死骸を纏めて収納した魔法の鞄を手に、三人にそう問いかけた俺は実にイイ笑顔を浮かべていたという。

 そうして俺が手本として一匹、練習として三人に一匹ずつ武装蜂の解体をさせ、順に針、大顎、羽、表皮と価値の高い部位と解体方法を覚えてもらい、街に就く前に付着した汚れを落としてから、俺達はようやく冒険者ギルドへと戻ってきた。

 夕暮れ前に戻ってこられたのは、事前の想定よりも速かったな。


「そういえば魔物の戦利品だが、直接、冒険者ギルドに納める理由は三人共知っているかい?」


「冒険者ギルドが魔物や迷宮の戦利品に関する取扱いを一手に引き受けているから、だったと記憶しています。

 その他のギルド、例えば鍛冶ギルドと直接やり取りをして鉱物や魔物の体の一部を納めれば、冒険者ギルドへの手数料が発生しない分、冒険者への報酬が増える理屈ですが、冒険に関わる事案については冒険者ギルドを通す習わしの筈です。なぜなら」


 ミラの言葉の続きを、ヴィアが独特の詩的な言い回しで引き継いだ。


「なぜならば! 冒険者ギルドは混沌、中庸、秩序の三柱の神を創造したる至高の冒険神の神殿ゆえ!

 無明の闇に挑み、未知なる地平線を踏破する冒険者を冒険者たらしむは、冒険者ギルドが冒険神に奇跡を願い、冒険者証明証アドベンチャラーライセンスを発行なさるからこそ。

 無限の探求心を宿し、未知を既知へ、終わりなき冒険に挑む事こそ至上の命題たるこの世界において、冒険神を奉ずる冒険者ギルドの権威は地上の頂きにも等しい」


「ああ、ヴィアの言う通り冒険者ギルドは同時に冒険神の神殿だ。三柱神よりも上位の神だからこそ、三つの勢力のどこにでも冒険者ギルドは存在している。

 世界の中心は冒険だ。だから他のギルドもよっぽどの事情がなければ、仲介なしに冒険者と直接やり取りはしないし、品物が持ち込まれても取引しようとはしない。それに冒険者ギルドの設定した価格が標準だっていうのもある」


「ん、ナンナも知ってた。ほんと」


「ああ、三人共良く知っていたな。偉いぞ」


 俺が短くそう褒めるとミラは照れるように、ヴィアは誇らしげに、ナンナは表情は変わらないが胸を張って喜んでいる仕草をする。うーむ、やっぱり素直過ぎないか、この子達?

 俺はこのエルスタの街で最も立派な冒険神の神殿を兼ねる冒険者ギルドを前に、そう思わずにはいられなかった。まあ、教える分には素直でありがたいんだけどね。

お読みいただきありがとうございました。

そろそろ後書きが代わり映えしないな、と飽きてこられた頃でしょうか。

とはいえポイントと感想は是非ともお願いしますね。それではお昼の更新もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ