表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

第六話 初めての冒険

 魔妖精(イビルフェアリー)。毛髪のないつるりとした体に虫の複眼を持ち、背中からは虫の羽を生やした小さな妖精で、先端を斜めに断って鋭くした茎の槍や剣などで武装している。

 魔花(イビルフラワー)と呼ばれる花の魔物から生まれ、魔花に近づく者に襲い掛かり、殺害して魔花の養分へと変えようとする。単体での脅威は低く、冒険者なら新人でもそこら辺に落ちている棒きれで思い切りぶん殴れば倒せる程度の脆さだ。


 厄介なのは群れで行動する事と高さに制限はあるが空を飛べる事だ。とはいえ精々猫位の大きさしかなく、腕力もそれ相応に弱いので目玉や喉などを狙われなければ大怪我をする心配はない。

 巨大な防壁に守られたエルスタを出て、魔妖精の目撃された近くの草原に足を運んだ。時刻は昼過ぎ。

 元々は薬草や魔法薬の材料になる特殊な花や霊草が取れる一帯なのだが、その豊富な魔力を狙って魔花が繁殖したって話だ。


「今回の魔花は『毒蜜の百合水仙バッドトリップアルストロメリア』か」


 土地の養分を吸う力の強い魔花だな。俺達の視線の先では、俺の背丈くらいある茎の先で黄色い百合水仙の花が咲いている。こいつが毒蜜の百合水仙だ。

 黄色い花弁に黒い点々が斑に散り、黄色い蜜を湛えた花弁の中心から生まれた魔妖精達が、ブンブンと耳障りな羽音を立てて飛び回っている。

 周囲に身を隠せる木立や岩などは少なく、俺達はギリギリ四人の姿を隠せる大岩の影に隠れて、最後の打ち合わせを行っていた。


「全員、準備はいいな。いざとなったら俺が助けに入るが、落ち着いて戦えば大丈夫。俺が保証する」


「はい。そのように言っていただけると不思議と落ち着くものですね」


 左手に分厚い片刃の戦斧を持ったミラだ。戦斧は彼女の片腕程の長さがあり、刃はその三分の一にも達する。

 魔法のかかっていない鉄の塊は相当な重量だが、ミラは左手で楽々と保持している。あんな戦斧の直撃を受けたら、魔妖精なんてまとめて五、六匹は死ぬんじゃないか?


 その隣では魔導書を右手に持ったヴィアが、ふふふん、とやる気に満ちた態度で前方に群生している魔花と周囲を警戒している魔妖精の群れを見ている。

 ナンナは特に武装した様子はなく、どこかぼうっとした様子で立っている。緊張感とは無縁そうな子だなあ。

 ミラがヴィアとナンナの顔と顔を合わせ、三人はちょっとズレたが心を一つにするように頷き合った。


「ヴィア、ナンナ、行くぞ!」


「魔妖精共に堕天使の羽搏きを聞かせよう!」


「ん。やってやるぜ」


 ミラが戦斧を片手に真っ先に魔妖精の群れに突っ込んでゆく。黒い鱗と太い爪の生えたミラの足は地面を蹴り、次の瞬間、ゾッとする程鋭い牙の生えた口を開いて叫んだ。


「グルゥ、ウゥオオオオオオッ!」


「『戦いの咆哮(ウォークライ)』? いや、『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』か!」


 ミラの【職業】は【黒竜戦士ブラックドラゴンファイター】。黒竜人など極一部の種族のみが取得できる下級職。特徴はその名前の通りに黒竜の力を持った戦士だ。

 流石に本物の竜には及ばなくても、その咆哮は群がってきた魔妖精達を怯ませ、隙を作り出す。ヴィアとナンナからの強化(バフ)と魔妖精への弱体化(デバフ)はなし、か。


「はあっ!」


 ミラが全力で振るった戦斧の一撃は、まともに食らった二匹の魔妖精の体を真っ二つにした。鉄の鎧兜と盾で身を守っていても、あれじゃ無事では済まない威力だな。

 竜さながらの気迫で戦斧を縦横無尽に振り回すミラに、魔妖精達は立ち直りきれず、周囲を旋回して戦斧の餌食になるのを避けている。

 そこへ足を止めたヴィアがナンナに守られながら、右手に魔導書を持って高らかに叫ぶ。


「ふふふ、はーっはっは! 豊饒なる大地の生命を啜る卑しき花々より生まれし小さき守り手達よ、我が闇の導きにて虚無へと還さん! 闇よ、撃ち貫け! 『闇黒魔弾(ダークネスバレット)』!」


 まあ、ミラが窮地に陥っていないからいいが、その口上は悠長すぎないかと心配になる。

 とはいえヴィアの詠唱自体は問題なく成功している。開かれた魔導書の上に、握り拳程の黒い球体が五つ発生し、それがミラから距離を取っていた魔妖精達へ背後から襲い掛かり、三発が命中と同時に魔力が弾けて魔妖精達の小さな体を吹き飛ばす。

 外れた二発もミラに命中しないよう射線は配慮されていた。


 そしてミラばかりに気を取られていた魔妖精達も、『闇黒魔弾』によってヴィアの脅威に気付いて、群れの残り半分が向かってくる。俺はいつでも助けに入れるよう腰の剣に手を掛けて、ナンナの動きを見守る。

 ナンナは青いマントの裾を揺らしてヴィアの前に立ち、自分の頭より高い位置を飛んで向かってくる魔妖精達を迎え撃った。感情が表に出にくい子だが、その背中に恐怖がないのは間違いない。


「ユーゴが見ている、ので、ナンナはいつもよりも頑張る。むん」


 ナンナは無防備に魔妖精達に近づいて行き、奴らが小さな槍を手に加速してきた時、マントの裾から零れていたナンナの髪の毛が獲物に襲い掛かる蛇のように跳ねた。

 魔妖精達は何なんだか分からない内に顎や頬を髪の毛に叩かれて、次々と地面に落下して行く。ナンナの体の一部である髪の鞭はウネウネと揺れて、いつでもかかってこいと言わんばかりだ。


「どんと来い」


 ナンナは魔妖精達の注意を自分に向けようと足を止めて、髪の鞭をブンブンと振るって囮兼盾に徹する。ミラはそんな二人に構わず毒蜜の百合水仙を目指して、立ちはだかる魔妖精達を蹴散らして前進している。

 魔妖精の生命は魔花に紐づけられているから、魔花さえ刈るなり燃やすなりしてしまえば魔妖精の討伐は成功する。


「前に別の魔花の伐採依頼を受けたと聞いたが、毒蜜の百合水仙は初めてだったか」


 俺は徐々に大きくなっている羽音に備え、岩陰から出た。毒蜜の百合水仙は大地から吸い上げた養分を蓄えて、薫り高く栄養豊富な中毒性のある蜜を作り出す。これを対価に昆虫系の魔物と共存関係にある場合が多い。

 今、耳障りな羽音を立てて近づいてくる、魔妖精と同じくらいの大きさの蜂たちがまさにそれだ。黄色と黒色の鎧のような表皮に、毒はないが太く鋭い尾の針と強靭な顎を持つ、武装蜂(アームドビー)

 この毒蜜の百合水仙も花弁の中心にたっぷり蓄えた蜜で、武装蜂を用心棒代わりにしているってわけだ。七匹の武装蜂の群れは、ヴィアを左側面から襲い掛かる方角からやってきた。


「え、あ、は、蜂の魔物、どうして?」


 二発目の『闇黒魔弾』を唱えようとしていたヴィアのこれまでの彼女らしくない反応が、武装蜂の襲来が予想外であったのを俺に知らせた。

 想定外の事態に分かりやすく動揺するヴィアに対し、魔妖精相手に足を止めていたナンナもどう動くべきか悩んで動きが止まっている。


「ヴィア、ナンナ!」


 ミラはと言えば毒蜜の百合水仙に向かっていた所為で魔妖精に囲まれて、進むも戻るも難しい状況に追い込まれている。

 残りの魔妖精を始末は出来ても、武装蜂がヴィアに襲い掛かるのを防げない位置だ。流石にこうなっては、俺も手を出すほかない。


「『暗闇(ブラインド)』」


 魔法職の【技能】『詠唱破棄(キャストブレイク)』で使った弱体化魔法が、先頭の武装蜂の複眼から視力を奪い、そいつがふらついて後続の仲間達に激突する。

 金属同士の衝突するような音が響いている間に、俺は修得している下級魔法を連続して唱えた。


「『火炎(ファイア)』、『風刃(ウインドカッター)』、『水撃(ウォーターショット)』、『雷電(サンダー)』、『氷結(アイス)』、『閃光(シャイニング)』、『暗黒(ダーク)』」


 どれも初歩の下級魔法で、『暗黒』に至ってはヴィアの闇黒魔弾の下位互換みたいなものだ。七つの魔法は動きの鈍った武装蜂達の背中の羽を中心に命中し、ことごとくを地面へと撃ち落とした。

 羽を失った武装蜂達は地面の上でもがいているが、尻の針が重すぎてろくに動けていない。飛べない蜂などこんなものだろう。ポカンと口を開いているヴィアに、俺は軽い調子で告げた。


「魔法職ではない俺では大した威力もないが、初歩の攻撃魔法でも狙いどころ次第ではこうなる。魔法職はどんな時でも冷静に、知恵を絞ってこそ真価を発揮できる。な?」


「し、真理!」


 ヴィアはブンブンと音を立てて、何度も首を縦に降る。そんな大げさな反応をしなくてもいいんじゃないかな。

 次は、とナンナを見れば彼女の周囲を飛び回る魔妖精は、一度は叩き落とされたものの、そこから再び飛んで襲いかかっている個体が複数含まれている。一撃の威力の低さが、ナンナの課題か。


「『下級身体能力強化レッサーフィジカルアップ』、『下級幸運強化(レッサーラックアップ)』。ナンナ、その場で思いっきり回れ!」


「!? ……ん!」


 俺のかけた強化魔法で不足している攻撃力を補い、ついでに少しの運も味方につけたナンナが俺の指示通りに動く。

 ナンナの体の一部である鞭は、先程までよりも速く、鋭く、重い一撃となって魔妖精達の首や体をへし折って一網打尽にする。さっきまでの苦戦が嘘のような光景にナンナが驚いている間に、俺はミラの支援を行った。


「『魔力付与エンチャントエーテルエナジー』。それから、こう!」


 冒険者の【技能】『投擲術(スローイング)』を使い、事前に拾っていた石をまとめてなげつける。狙いはミラを阻む魔妖精。俺の投げた石には魔力が付与されて威力を増している。

 加えて体の小さな魔妖精達は、投石により頭や胴体に大穴を開けられて次々と即死して行く。俺はこちらを振り返ろうとするミラに、有無を言わさぬ勢いで指示を出す。


「先に魔花を始末するんだ!」


 魔花を刈ればそこから生まれた魔妖精達は、魔力の供給が断たれて機能を停止する。ミラは俺の指示のまま毒蜜の百合水仙へ向けて、全力で疾走する。彼女を阻む魔妖精には、魔力を付与した石をプレゼントだ。


「はあっ!」


 ミラが大きく振りかぶった戦斧は横殴りに毒蜜の百合水仙の太い茎に叩きつけられて、ザクっと大きな切断音を立てて見事、真っ二つにしてのける。

 黄色い蜜をたっぷりと湛えた花弁が地面に落ちる一方で、ミラは更に戦斧を大上段に構えて何度も地面に根を張っている方の茎の断面に叩きつける。

 ミラは毒蜜の百合水仙に何度も戦斧を叩きつけてから手を止めて、右腰の小さな鞄からガラス瓶を取り出し、中の紫色の液体をぐちゃぐちゃになった茎へ振りかけた。


「魔花殺しの薬剤か。うん、きちんと対処法は勉強しているようだな。アレがあるのとないのとじゃ、後始末の手間が段違いだ」


 となると今回の一番の反省点は相手が魔花と知った段階で、どの種類の魔花であるか情報収集するのを怠ってしまった事だ。

 以前にミラ達が討伐した別の魔花と混同してしまったのだろうが、少しは先生役を果たして彼女達の成長に繋げないとな。

お読みいただきありがとうございました。

面白かった、続きが読みたいと思われましたら面倒かもしれませんが、ポイントや感想をお願いします。それらがあるのとないのとでは天地ほども違うのです、はい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ