第四話 混沌 中庸 秩序
「ユーゴさん、こちらがお話した新人の方達です。見てお分かりだとは思いますが、皆さん、混沌の種族です。念の為に言っておきますが、混沌の種族だからと変な目で見ないでくださいね」
「分かっている。珍しくってつい、な。君達も気分を悪くしたなら謝る。すまなかった」
幸い三人の視線や態度に怒りは感じられなかった。それにしても混沌の種族か。
この世界を作ったのは冒険せよ、と神託を下した始祖の冒険神だが、その下に混沌、中庸、秩序の三柱神が存在し、更にその下に無数の小神が居る。
黒竜系の竜人や堕天使、擬人粘体は混沌神が創造した種族なわけだ。
俺やミヅキさんのような人間は中庸神の創造した種族で、昔から混沌と中庸、秩序の三属性の種族は冒険や世界に対する向き合い方の違いから対立し、場合によっては争ってきた経緯がある。
特に混沌の種族は世界を乱す規模の大戦のきっかけになる事が多い。まあ、だからといって混沌の種族全てが争いを求めているわけじゃない。
人間だって善人も居れば悪人も居る。アルマナみたいな【勇者】も居れば俺みたいな【冒険者】が居るみたいに。
「混沌の勢力の内、近場に穏健派の勢力があったが、そことの交流を図るって話が前から進められていたって耳にしているぜ。彼女達はその一環かい?」
「流石ですね、ユーゴさん。耳が早い。彼女達はその交流の一環としてこのエルスタに派遣された人員の内の一部です。ユーゴさん達が前の依頼で、長期間遠征している間に来た子達ですよ」
「混沌だ、中庸だ、秩序だって分かれてはいるが、冒険神の神託に答えるのが一番ってのはどこの勢力も一緒だからな。
交流するとなれば、まずは冒険者から始めるのは納得がゆく話だ。この世界の中心は未知への挑戦、冒険する事だからね」
「ご明察です。さて、皆さん、こちらはBランク冒険者のユーゴさん。まだ引き受けて頂いてはいませんが、皆さんの教導の依頼を持ちかけています」
俺がBランク冒険者と聞いて、黒竜人の少女は縦に割れた瞳孔を持つ黒い目を見開いて、驚いているようだった。Fランクから始まる新人の教導に、Bランクの冒険者が着く事は滅多にないからな。
「ほう、頂に手を掛けつつある高みの者。萌芽の時を迎えた我らを更なる高みへと誘う導き手に相応しい。運命の扉の先には僥倖の機会が待ち構えていたか」
ん? んん? なんというか理解するのにやけに難解というか、やたら詩的な言葉を口にしたのは堕天使の少女だ。
嬉しそうに笑みを浮かべ、色違いの綺麗な瞳をキラキラと宝石のように輝かせて俺を見ている。どうやら歓迎されているらしい。言葉遣いは個性的だが、案外、素直な良い子なのかも。
おそらく擬人粘体だろう少女はと言うと、じっと赤い瞳で俺を見ている。口は閉じたままだが、俺を観察中ってところか。
「ミヅキさんの紹介に与ったユーゴだ。冒険者歴は五年と少し。Bランクで、今はソロで活動している」
正確にはこれからはソロで、かな?
「立ったままもなんですし、ユーゴさんも座られてはどうです? ナンナさん、お隣よろしいですか?」
「俺よりミヅキさんが座りなよ」
「いえ、お気遣いは嬉しいのですが、これもお仕事ですから。すみません、ナンナさん、お願いできますか」
ナンナというのは擬人粘体の少女の名前らしい。ナンナは嫌な顔一つせず、こくりと小さく頷く。
「ん。ナンナは隣にユーゴが座っても構わない」
抑揚に乏しい声で答えたナンナは、二人掛けの長椅子の奥に身を寄せて、俺の座る場所を用意してくれる。素直な子じゃないか。
「ありがとう。仲間で話しているところに急に来て悪かったな」
「ん。ユーゴがナンナ達の教導をしてくれるなら、必要なこと、だからナンナは悪いとは思わない」
「そうか。それならよかった」
堕天使の子といい個性の強い子達だな。【竜のお伽噺】の面子とはまるで違うから、とても新鮮だ。新しい門出に相応しい出会いかもしれないな。
「この子がナンナで、君達は?」
俺が視線を向けると黒い鱗の少女が居住まいを正して、こちらをまっすぐに見てくる。中身もこの視線と同じでまっすぐそうだ。
「お初にお目にかかります。私はミラ。御覧の通りの黒竜人です。パーティーでは前衛を務めています」
ふむ、武器は足元に置いた戦斧か。分厚い刃を持ち、重量もあるのが一目で分かる。斬るというよりも叩き潰すように使う武器だ。
角や鱗はともかくとして、とびきりの美少女にしか見えないミラがこんな戦斧を扱えるのも、竜人の身体能力があるからに違いない。
防具はといえば茶色い硬革鎧が胴体と首回り、それに両肩を守っている。
深い切れ込みの入った白いスカートと太もも丈の黒い革のパンツを履いていて、剥き出しの四肢の防御は自前の鱗頼みか、あるいはお金が足りなかったか。
床に垂れた太い尻尾も黒い鱗に覆われており、こちらも指先の鉤爪同様、立派な武器として使えそうだ。
「ふははは! 教導者ユーゴよ、心して我が名を魂に刻むがいい! 我は黒き翼にてこの地上に堕天せし、あ……んん! 力ある言葉を紡ぐ者、我が真名はヴィアなり!」
黒い翼の少女は、一度翼を広げようとしたが、隣のミラにぶつかることに気付くと、広げかけた翼を畳んで、ささいな失敗を誤魔化すように怒涛の勢いでヴィアと名乗った。
気の所為でなければ真珠のように白い頬がほんのりと赤い。照れているらしいが、可愛いもんだ。
ヴィアの装備は腰のホルダーに収納した黒い魔導書に、戦闘には不向きだろうドレス。
ドレスに防御系統の魔法でもかかっていれば防具として頼りになるが、駆け出しが手を出せる品じゃあない。ドレスの下に鎖帷子でも着込んでいると良いんだが。
「ヴィアだな、憶えたよ。その魔導書に“力ある言葉を紡ぐ者”って事は、魔法使いであっているか?」
誰が見ても分かりそうなものだが、俺の言葉にヴィアは輝くような笑顔を浮かべて、嬉しそうに何度もこくこくと首を縦に振る。こっちが驚くような喜びようだ。
「しかりしかり! 貴殿は我が言葉の真なる意志をくみ取る稀有なる者。我が心は歓喜の海に浸れり!」
マジか、とヴィアの隣に座っているミラを見てみると、彼女も良く分かってくれたと言わんばかりにしみじみと頷いており、これまで俺以外にヴィアの言っている事を把握できていた奴はろくに居なかったらしい。
いや、あるいは人外の種族だから、そもそもまともに話をしようとした奴がいなかった可能性もあるか?
そうしてヴィアの個性に圧倒されていると、彼女の頭の上の黒い輪っかがギュンギュンと勢いよく回転しているのに気付いた。
どういうこと? あれか、ひょっとしてヴィアの感情と頭の輪っかの動きが連動しているのか? 今のヴィアの様子からすると喜ぶと、こういう風に輪っかが回転するのか? 堕天使ってそんな面白種族だったっけ?
俺が首を捻っていると、隣のナンナがツンツンと突いてきた。なんだ?
「どうかした?」
「ナンナも挨拶する」
小さな子供みたいな言い分に、俺は笑って頷いた。
「名前しか聞いてなかったもんな。分かった。それじゃあ聞かせてくれ」
「ナンナはナンナ。体、武器に変える。こう」
するとナンナのフードから零れている髪が、蛇が鎌首を持ち上げるように動くと、左右にユラユラと揺れてみせる。やっぱり、ナンナは人間に擬態した擬人粘体か。
「体の中、色々、もの仕舞える。これは回復薬、こっちは毒薬、それにただの水」
ナンナがマントの前を開くと、むき出しのお腹からにゅっとガラス瓶や革の水筒が出てくる。
すべすべとした褐色の肌からコルクで栓をしたガラス瓶の口が飛び出ているのには、ぎょっとした。
なるほどね、種族の特性を生かして体の中に物を仕舞っているのか。それにしてもマントの下は露出が多いな。お腹や太ももなんか剥き出しじゃないか。擬人粘体だから羞恥心がないのかもしれない。
「へえ、これは人間じゃ逆立ちしても真似できないな」
「ん。でもあまり多くは飲み込めない。飲み込み切れないと、体の外に出る。それに重いと動き、鈍くなる」
「いや、それを差し引いても大したもんだと思うよ。間違いなくナンナならではの強みだ」
「ん。ありがとう」
「千変万化なるその者は我ら同胞の癒やし手であり、堅牢にして柔軟なりし盾、そして時には敵意持つ者に衰亡の時を齎す戦巧者!」
「ふむ、つまりナンナが薬を使った癒し手で、同時に盾役、おまけに弱体化も出来るって事か。凄いな、三役もこなせる万能者ってわけだ」
今のヴィアの言葉を翻訳するのはそれほど難しくはないと思うのだが、ヴィアは俺が正確に意図を読み取ったのが嬉しいらしい。
また頭の輪っかをギュンギュン回転させているし、褒められたナンナも心なしか大きな胸を張って、子供みたいに自慢げな態度だ。心配になるくらい素直な子達だな。
「ミラが物理攻撃手、ナンナが盾役兼強化・弱体化に癒し手、そしてヴィアが魔法職の後衛か」
斥候系のメンバーがいないとなると、罠がびっしりと用意されている迷宮に挑むには心配が残る。採取や討伐系の依頼や冒険をこなす分には、大丈夫そうな構成なんだけどな。
「我は暗黒の災厄のみならず黒き安らぎも自在!」
「……ひょっとして多少は回復魔法も扱えるのか?」
「汝は我が真意を射抜いた。災厄と破滅に比べればささやかなれど、我は同胞を癒すも自在なり!」
ムフーと得意気なヴィア。実際、彼女らのランクで攻撃も回復もこなせる魔法使いは珍しい。【天職】かそれとも【超技】持ちか?
「聞いた限りだと欲しいのは斥候と本職の癒し手ってところか。それで教導自体は君達の希望なのか?」
俺に返事をしたのはミラだ。彼女がこのパーティーの纏め役だろうな。
「はい、やはりこちらでは勝手の分からないところもありますし、故郷の一族に恥ずかしくない活躍をする為にも、こちらの流儀に慣れた先達に教えを受けるのがもっともよいと判断しました」
「これまでに依頼は受けているのかい?」
「はい。下水の掃除から周辺に出没した野犬や低級の魔物退治、それに迷宮にも挑んでいます」
ミラの申告に耳を傾けながらミヅキさんに視線を向ければ、熟練の受付嬢はコクリと頷く。
「ミラさん達がこれまで受けた依頼はどれもFランクのものですが、これといって問題はなく達成しています。迷宮に関してはボルフ大洞穴に二度潜り、第三区画まで達したところで戻ってきています」
「ボルフ大洞穴か。斥候役の居ない君らだとやりにくいところだな」
「はい。幸い、私達は夜目が利くのですが、迷宮内部の罠の解除や発見が不得手でして。それに入り組んだ道や狭い場所では、私が戦いにくく連携も取れなくて……」
「だろうな。分かった。俺でも役に立てそうだな。……俺で良ければ教導の依頼を受けたい」
そう答える俺にミラ、ヴィア、ナンナの人外三人娘は安堵した表情を浮かべて、俺の顔を見つめてきた。
俺は少し照れ臭い気持ちになったが、それを隠して右手をまずはミラに向けて差し出す。これからそれなりの時間を一緒に過ごすなら、仲良くしなくっちゃな。
「改めてよろしく頼むよ」
「あの……」
ミラは俺の差し出した右手を見て、戸惑っているようだった。黒い視線が俺の右手と顔の間を行ったり来たりしている。
「握手だが、ひょっとして三人の生まれ故郷には握手の習慣はないのか? これからよろしく、とか親愛と友好の意味を込めて相手の手を握るんだが……」
「私達と、ですか!?」
「そうだけど、そんなに驚くようなことか? ああ、会ったばかりの異性と手を握るのは良くなかったか? 故郷の風習とか信仰上の理由とか、単に俺と握手するのはちょっと遠慮したいって理由なら、しょうがないな」
流石に最後の理由だったらがっくりと来るが、握手は無理にするものじゃないよな。俺が右手を引っ込めようとすると、慌てた調子でミラが握ってきた。力加減を間違えたのか、少し痛い。
「い、いいえ、嫌だとかそういう理由はありません。ただ、少し驚いてしまっただけです」
ふむ、ミラの掌の側は鱗ではなく硬質の皮膚で覆われているようだ。感じられる温度は人並みかな。軽く鉄板も切り裂けそうな鉤爪が生えているが、それでも女の子の手を握るなんていつ以来だ? アルマナの奴がうるさかったからな……。
「ふ、ふはははは! 教導者よ、黒き堕天使に触れる事を恐れぬならば、我が手と汝の手とで運命の交差を……ぴ!」
「ああ、よろしく、ヴィア」
ミラに続いて握手を求めてくれたヴィアだが、なぜか緊張している様子で実際に握手をしてみると、小さく可愛らしい悲鳴を上げて石化したようにカチコチに固まってしまう。
「これはどういう反応だい?」
そのようにミラに聞くと、ミラは困った顔で口を噤む。ヴィアの手はほっそりとしていて、年頃の女の子らしい小ささもあり、冒険者というよりも深窓の令嬢と言われた方がよほど納得できる。
その内にぴゃ、ともう一度声を出してからヴィアは恥ずかしそうに俺から手を離す。
すると、今か今かと待ち構えていた隣の席のナンナが俺に向けて右手を差し出してきた。こっちは躊躇がない。
「ナンナの番、ナンナも握手、握手」
はやくはやく、と言外に急かされているみたいだ。俺は無邪気な子供を相手にしている気分で、ナンナの右手を握る。触った限り人間とそう変わりはないのだが、パンパンに水を詰めた皮袋を触っているような不思議な触感でもある。
「ナンナもよろしくな。俺が出来る限りのことをする」
「ん。ナンナもユーゴの言う事、聞いて、一人前の冒険者なれる、よう頑張る」
うん。三人とも良い子達じゃないか。混沌の種族だなんだと色眼鏡を掛ける奴らは、見る目がないな。これなら俺も力になってやりたくなるってものさ。
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