第三話 こんにちは人外少女達
これから向かう先は冒険者ギルドだ。このエルスタの街で冒険者への依頼を一手に引き受けているギルドには、長い事世話になっている。
目を瞑っても分かる道を辿り、慣れた調子で扉を開いて正面の受付へ。この五年間、ほとんど専属のように対応をしてくれている受付のミヅキさんが、にっこりと満点の笑顔を浮かべてくれた。アルマナとのやり取りでささくれた俺の心には眩しい。
品のある振る舞いと淡い緑色の髪に青い瞳の端正な顔立ちのミヅキさんは、若い男の冒険者連中から人気があり、同性の冒険者からも良く悩みの相談を受けてくれるので人気がある。まさに看板娘ってわけだ。
「こんにちは、ユーゴさん。今日はお一人ですか?」
「ああ、これからは一人だな」
「え、これからはってもしかして?」
「想像通り、【竜のお伽噺】を抜けてきた。ところでやっぱりって顔をしたけれど、傍から見ていて俺達はそんなにひどかったかい?」
「ええ、まあ。ユーゴさんがいつ我慢できずに怒り出すか、それともパーティーを抜けるか、時間の問題だってみんなが噂していましたよ、内緒の話ですけれど」
「アルマナは周囲の目を気にしないで俺を怒鳴っていたからな。そりゃあ、噂にもなるか。ま、実際こうしてパーティーを抜けてきたしな。噂通りだったってわけだ。それじゃ悪いが、俺のパーティー離脱とソロ登録をしたいんだが、お願いできるかな」
「ええ、任せてください。完璧にこなしてみせますよ! それではこちらの書類に記入をお願いしますね」
ミヅキさんが取り出してきた書類を隅から隅まで見て、俺の要望した通りの書類だと確認してから記入して行く。離脱届を迷いなく書けるあたり、俺は本当に【竜のお伽噺】に未練がないんだなあ。
「それじゃ、確認してもらえる?」
そう言って差し出した書類をミヅキさんは丁寧に受け取り、すぐに目を通して行く。そうしていると本当に仕事の出来る人って感じだ。
「はい。漏れはありませんね。相変わらず読みやすい綺麗な字です。ベリーゼさんもそうですけれど、ユーゴさんの字は読みやすいから依頼の報告書を書いてくださっている時は助かっているんですよ。どうしても荒っぽい字を書く方が多いですから」
「アルマナはこういうのを面倒くさがるからなあ。手の空いている俺が押し付けられることが多かったし、どうせなら綺麗な字を書ける方が格好もつくしさ」
「そう思ってくださる方がもっと増えるといいんですけどねえ」
「代筆ならやっているもんな。その上、文字まで教えるとなるとギルドの仕事がどんどん増えるよな」
「そういうわけです。何時だって人手不足ですからね。でも、ユーゴさんが引退しなくてよかったですよ。パーティーからの離脱や解散が切っ掛けで、冒険者を引退される方はある程度いらっしゃいます」
「アルマナとは一緒にやってゆく気はなくなったけど、冒険者を辞めようとは思わなかったな。一度、初心に帰って頑張ってみるよ。Aランクパーティーから喧嘩別れしたBランク冒険者なんて、どこに需要があるかも分かんないけど」
「はあ、本当、ユーゴさんは自己評価が低いですね。Bランクなんて立派な冒険者じゃないですか! Cランクから昇級できずにどれだけの人達が泣いていると思っているんですか?」
「そうは言ってもな、俺は下級職なんだぜ? 普通、五年も冒険者をやっていたらとっくに中級職になっているもんだろう。ましてや俺の【神器】はああだ。俺のBランクという評価も【勇者】のアルマナのお陰ってのが大きいさ」
俺がそう言い募ると、ミヅキさんは仕方がないと言った調子で溜息を吐いた。
俺と同期の冒険者で下級職の奴は一人もいないし、俺より後に冒険者になってとっくに中級職や上級職に達した奴も多い。そんな連中を見ていると、ついつい気落ちしちまう。
「ユーゴさんが自分をそう評価するのを無理に変えようとは思いません。でもギルドの見解は、貴方に対するBランク認定が正しいものであるというのを理解してくださいね。さて、そんな優秀なユーゴさんに一つご相談があるのですが」
「わざわざお世辞まで言ってくれたんだ。よっぽど無茶な事じゃなけりゃ引き受けるよ」
なにしろ俺はこれからソロで活動していかなきゃならないんだ。だったらギルドとの関係は、良好なものになるように営業努力をしないとな。俺の色よい返事にミヅキさんは向日葵のように笑う。
「実はユーゴさんにはある新人パーティーの教導を、つまり先生役をお願いしたいんです」
「教導? 先生役? 俺が? 他にいくらでも適任がいるだろうに、ああ、訳ありだから俺がちょうどいいのか」
「う、そう言われるとそこはかとなく罪悪感が……」
「悪い、悪い、別に他意はないよ。それでどんな新人なんだ? 全員が同じ系統の【職業】で固まった拘り系? それともやんごとない身分のお忍び系?」
どっちもどっちで面倒な相手だが、すっかり身軽となった俺はその程度ならどんとこい、という気持ちだった。パーティーを抜ける日を考えて貯蓄はしておいたが、先立つものはあるに越した事はないし、ギルドにも貸しが出来ると考えれば悪くない話だ。
「いええ、ちょうどあちらの卓に居る子達なのですけれど、一緒に来てくださいますか」
「ああ、構わないけど」
ミヅキさんはああみえて、荒っぽい連中の多い冒険者を相手に受付として何年も仕事を全うしてきた才女だ。よっぽどの事じゃなければ、困るようなことにはならないと思うんだが……。
衝立で仕切られていた席に着くと、そこには三つの人影があり、俺は一目でこりゃ訳ありだ、と心の底から納得した。
そこに居たのは人間の顔と体を持ちながら、両肘と両膝から先が黒い鱗に覆われ、純白の髪の毛を団子状に纏め、少し尖った耳の上の辺りから黒い捻じれた角が生えた灰色の肌の竜人。あの色なら黒竜の系統か。
二人目は頭の上に棘の生えた黒い輪っかを浮かべ、紫水晶を思わせる紫の巻き髪と緑玉と紅玉を思わせる色違いの美しい瞳を持ち、フリルとレースを袖や襟にあしらった黒と紫のドレスに身を包む黒い羽根の堕天使。
最後に青いマントを纏い、同色のフードを目深に被って、そこからうっすらと白みがかった緑色の髪を鞭のように何本かに束ねている、褐色の肌の少女。
一見すると人間だが、髪の毛の所々に水滴の珠を結び、見れば肌も全体的にうっすらと奇妙に濡れ光っている。これは。人間に擬態した擬人粘体か?
「混沌の種族のパーティーとは、こりゃ珍しい」
そう口にする俺を異形の少女達の瞳が見ていた。
人間じゃないとはいえ、そろいもそろって美少女ばかりだから、三人分の視線が集まるとなんというか圧がある。しかし、何だって混沌の種族が中庸の勢力下に居るんだ?
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