第二話 俺は自由だ
椅子にふんぞり返って満面の笑みを浮かべていたアルマナは、俺が何を言ったのか理解できないという顔になった。こいつのこんな顔を見るのは何時以来だろう。
昔は仲の良かった幼馴染の顔も今日で見納めだと思うと名残惜しい……とは欠片も思わなかった。俺はもうそれ位、こいつを見限っているのだ。
好き放題に言われてこき使われたのは、【勇者】として持て囃されたアルマナが増長した以外にも、俺の実力が伸びずに足りていなかった所為もあると分かってはいても、それでも俺はもう限界だった。
「あんた、なにを言ってんのよ! あたしに断りもなく勝手にパーティーを抜けるって、分かってるの? 五年も冒険者をやって、中級職にもなれない低能が一体どこのパーティーに入れてもらえると思ってんの?
あんたは幼馴染のよしみで仕方なくあたしのパーティーに入れてやってんのよ。他で通用するわけないでしょう。身の程を知りなさいよ!」
アルマナはガタンと音を立てて椅子を倒し、怒りで顔を真っ赤にしながら俺を責め立てる。慣れちまったとはいえ、ここまで言われるとはな。
情けないが、それと同じくらいに腹も立つ。アルマナ、俺はもう我慢するのは止めたんだよ。だから俺はパーティーを抜けるんだ。
「それはこれから確かめる。俺が居ても居なくても変わらないんだよな。EXランクを目指すお前にとって、これ以上俺がパーティーに留まっても邪魔にしかならないだろう? だから俺から辞めてやるって言っているんだよ」
「あんた、何時からあたしにそんな生意気な口を利くようになったの? もう昔のあたしじゃないのよ。あたしは【勇者】なんだから。万年下級職のあんたはあたしの言う事を聞いていればいいのよ! あんたは、あんたはあたしの奴れ――」
「アルマナ、それ以上は口にするな」
周囲の目と耳を気にせずに叫ぶアルマナを止めたのは、岩のように沈黙を保っていたダオンだ。彼の装備している希少な魔法金属をたっぷり使った鎧のように重厚な言葉は、頭に血の昇ったアルマナの口を閉ざす力があった。
その代わり、アルマナは親の仇を見るような目でダオンを睨んだけどな。おいおい、八つ当たりはよせよ。俺と違って使える仲間だろう?
「ダオン、あんた、リーダーのあたしに意見するの?」
「お前がリーダーであるのに異論はない。だが【竜のお伽噺】は『お前の』パーティーではなく『俺達の』パーティーだ。それとパーティーから抜けるかどうかは、冒険者に許された権利であり、自由だ。お前でもそれを止める権利はない。
ユーゴが不義理を働いたわけでもなく、ましてやお前自身が、ユーゴを要らないと言っているも同然だ。お前も【勇者】を名乗るなら、自分が口にした言葉に責任を持て」
「う、うるさい。あたしは、あたしは!」
「アルマナ、何を言われても俺は意思を変えるつもりはない。共有口座の金には手をつけないし、回復薬や道具の類も俺の個人所有分だけでいい。それとこいつはお前に返す。もう俺には必要ないからな」
俺は首から服の下に忍ばせていたペンダントを取り出し、机の上に置いた。昔、村を出る時にアルマナと二人、冒険者として成功しようと買った安物のお守りだ。
五年間、こいつを持ってアルマナと共にやってきたが、パーティーを抜けてアルマナと決別するなら、こいつはもう俺には必要ない。
アルマナは口を震わせるだけで俺に罵詈雑言をぶつける事はせず、机の上のペンダントを見つめるだけだ。ほんの少しだけ胸の中で疼くものはあったが、俺はもうお前とは別れると決めたんだ。
「じゃあな。エリアル、ダオン、ベリーゼ、活躍を祈る。アルマナ、もう会う事もないだろう。じゃあな」
俺は背を向けてその場を去った。背後でアルマナの叫ぶ声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。アルマナがダオンに止められなかったら口にしただろう言葉が、俺の中のアルマナへの情を消し去っていた。
“あんたはあたしの奴隷なのよ!”
アルマナは、あいつはそう言おうとしたのだから。
*
そうして五年間、同じ冒険者としてやってきたパーティーと別れた俺は、すぐに【竜のお伽噺】が拠点としている家に向かい、予めまとめていた荷物を手に取った。
最初に俺とアルマナが結成し、次にエリアル、ダオン、最後にベリーゼが加わり、多くの苦難と冒険を五人で乗り越えてきた。
その中のたくさんの思い出がこの家にも刻まれているが、それはもう俺にとって心と体を縛る見えない鎖と枷でしかない。
そいつとはもうおさらばすると決めたんだ。俺は魔法の鞄一つを手に、家を出た。
この魔法の鞄は、見た目以上に内部に物を収納できるっていう便利な代物で、冒険者稼業には必須の代物だ。こいつが俺の手元にあったのは幸いだった。
「まあ、いろいろと思い出はあるがこうして実際に出てみると、はははは! あ~あ、スッキリした!」
本当にパーティーを抜けるとなればもっと名残惜しいものかと思ったが、荷物を纏めていざ拠点を出てみれば、今まさに口にした通りスッキリしたという爽快感だった。
どうやら自分で思っていた以上にアルマナに対する不満を溜め込んでいたらしい。これ以上溜め込む前に、綺麗さっぱり清算出来てよかったと思いたい。そうしたら多分、俺はアルマナを憎みさえしたかもしれないのだから。
さあ、頭を切り替えよう。Aランクパーティーを抜けた今の俺にあるのは五年間の冒険の経験と知識、【天職】持ちを除けば誰もが獲得する【冒険者】という下級職、手に持っている魔法の鞄とその中身。
それから腰に下げた一つだけ魔法を蓄えておける愛用の剣、複数種の魔獣の革を使った胸当て、その上から羽織っている魔法の外套、石化や魅了の魔眼に対する抵抗力を与えてくれる魔眼封じの額当て、羽のように体を軽くしている靴といった装備一式。
そして何の役に立つのか分からないこの【神器】。
俺はいつも紐付きの札入れに入れて首から下げている【神器】を取り出した。名前も分からないこいつは、手のひらに収まる大きさのカードだ。
金属でできたコイツには俺の名前と【冒険者】の二つだけが刻まれていて、他にはなにもない。
「いつかは俺の役に立ってくれるといいんだが、神様もどうして俺にコイツをくれたのか教えて欲しいよ」
もしも神様に会えたなら、俺は最初にそれを聞くつもりだった。さて、せっかくの門出だ。暗い気分のままじゃもったいない。
せっかくやり直す事に決めたんだ。初心に帰って冒険を楽しもう! 俺は足取り軽く目的地を目指して足を動かした。
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