第一話 さようなら幼馴染み
『未知に挑め。生命よ、冒険せよ』
それがこの世界を作ったとされる神が最初に人間達に下した神託らしい。その冒険の為に、神は儀式や試練を通じて人間を始めとした創造物に特別な恩恵を与える。
神の作り出した武器や道具の【神器】。
特殊な技や異能である【超技】。
その者の秘めたる才能を示す【天職】。
この国では成人とされる十五歳になった時、神殿に赴いて儀式を受ける事で神々から何か一つを授けられる。
俺も五年前にあるものを授かった。けれど、それは……。
「ユーゴ、あんた、この間の動きは何なのよ、あたしの邪魔をするつもり?」
冒険者の集う酒場で、俺に突っかかるように言ってきたのは、幼馴染のアルマナ。長く伸ばした赤い髪を左右で二つに纏め、髪と同じ赤い瞳が目を引く気の強い女の子だ。
明らかに不機嫌な声に、俺ははっとして、机から身を乗り出してこっちを睨むアルマナに答えた。
「邪魔って、巨大石眼蛇の注意をお前から俺に向けた事か?」
「そうよ、あんたがわざわざアイツの敵意を集めなくても、あたしは返り討ちにするつもりだったの。あんたが余計な事をした所為で余計な傷を負って、余計な手間が増えたんじゃないの? そこんところ、分かっている?」
昔から気の強い奴だったが、アルマナの俺に対する言動は厳しすぎる。第三者からしても、眉をしかめる位にはキツイんじゃないだろうか。
「確かに俺が巨大石眼蛇の攻撃を避けきれずに怪我を負ったが、それだって大した怪我じゃない。下級回復薬で対処できたし、石化対策も事前にしていたから、その後の動きに問題はなかった。
それにお前だって巨大石眼蛇の隙を突いて一撃で仕留められたじゃないか。お前の考えを読み切れずに勝手をしたことは謝る。だが……」
「口答えするんじゃないわよ、あたしは【勇者】なのよ! 【超技】も【天職】も与えられずに、役に立たない【神器】しかないあんたが意見しようなんて百万年早いわよ、この低能! あんたが幼馴染じゃなかったら、とっくにあたしのパーティーから放り出しているわ」
アルマナの言うことに、俺は思わず頭に血が上るのを感じたが、怒りを口にすることはできなかった。アルマナの言う事は、悔しくて堪らないが事実だったからだ。
アルマナが与えられた【天職】は【勇者】。
数ある【天職】の中でも希少性が高く、戦闘職においては最強の一つとされている。与えられた時点で百の武芸に通じ、百の魔道に通ずるという反則的な代物だ。
一方で俺は同じ日にアルマナと神授の儀式を受けたというのに、授けられたのは用途不明の金属製のカード一枚。今日に至るまで鑑定の魔法や道具で調べて貰っても、詳細不明で何の役に立つのか分からないという【神器】だ。
正直、これが神に授けられたものでなかったら、俺はとっくの昔に鍛冶屋の炉で溶かすか放り捨てるかをしていただろう。それが出来ずに今でも女々しく手元に残している。
「アルマナ、流石にそれは言い過ぎですよ。ユーゴさんの言う通り巨大石眼蛇の注意を引いてくれたら、あなたが自由に動けたじゃないですか。私達は他の石眼蛇の群れを相手にしていたから、あなたの援護をすぐには出来ませんでした。
巨大石眼蛇を最優先して倒すべきあの場で、最も効率よく倒せる状況を作ったのは紛れもなくユーゴさんです。それに以前からユーゴさんの視野の広さや細やかなサポートには、何度も助けて来られたじゃないですか」
唇を噛み締める俺に助け船を出したのは、同じパーティーの仲間である【大魔導士】の女性エリアル。
燃えるような赤い髪のアルマナとは対照に、底まで透き通って見えるような美しい水色の髪を持つエリアルは、こうしてアルマナの宥め役に回る事が俺の次に多い。
「どうだか。エリアルは優しいから言わないだけで、本当はそう思っているんでしょう。エリアルもダオンもベリーゼも上級職なのに、ユーゴは下級職の【冒険者】止まりじゃない。
何時まで経っても中級職にもなれない。持っている【神器】も役に立たない。これで低能じゃないならなんなの? はん、笑わせるわ。よくそれで、あたし達Aランクパーティー【竜のお伽噺】の一員を名乗れるわね」
いつか、邪悪な竜は退治し、善良な竜ならば友にするような英雄になるのだと、幼い俺とアルマナは誓い、冒険者になってパーティーを結成したら【竜のお伽噺】と名付けようと決めたのだ。もう、十年以上も昔の話になる。
そしてアルマナの言う通り、俺以外のメンバーは全員が上級職以上だ。
【天職】と異なる【職業】は基本的に後天的な努力で得られる。ダオンは戦士系の上級職【戦匠】、ベリーゼは神官系の上級職【大司祭】。
【勇者】の仲間としては申し分のない実力者だ。確かに俺なんかとはモノが違う。
理由は不明だが、俺は【神器】の用途が不明なだけではなく、どんなに経験を積み、冒険を重ねても中級職に上がる事も出来ず、それどころか【冒険者】以外になる事も出来ずにいた。
だが、だからといってここまでいい様に言われていい筈がない。俺は、今日こそはと覚悟を決めていた。だからこそ、昔の事なんて思い出してしまったのだろう。
「アルマナ! ダオンさんもベリーゼも、なにか言ってください!」
普段、寡黙で俺やアルマナよりも年上のダオンは口を閉ざしたまま何も語らない。俺とアルマナの問題だ、と考えているのか。
短く刈り込んだ黒髪、目尻に大きな傷のある猛禽類のように鋭い眼差しの男で、大きく、太く、分厚い体を戦士の鑑のように鍛えぬいている。この男以上に戦士という言葉の相応しい男を、俺は他に知らない。
最年長のおっとりとしたいかにも聖職者らしい雰囲気らしいベリーゼも、困ったように表情にはなってもそれ以上何も言わない。
いざ戦闘となれば高位の回復魔法で俺達の傷を癒し、戦女神に由来する闘争と守護の奇跡でパーティーの戦力を底上げしてくれる上に、ベリーゼ自身も卓越した杖術の使い手だ。
聖母を思わせる慈愛の笑みを浮かべるベリーゼも、パーティーに加わった最初のころは色々と仲裁してくれていたが、今は諦めたのか仲裁してくれる頻度は減っている。
「エリアル、これはアルマナの問題よ。わたくしやダオンが口を挟んでも良くはならないわ」
「そんな……」
「あははは、ダオンもベリーゼも分かっているじゃない。ほら、エリアルもこんな奴をこれ以上庇う事なんてないのよ。明日からは気を付けなさいよね、ユーゴ。
あんたなんて所詮、あたしのお飾りみたいなものよ。後ろに下がってあたし達のサポートだけしていればいいの。わざわざ目立とうとして前に出なくっていいのよ。まあ、今となったら、あんたは居ても居なくてもあまり変わらないでしょうけどね」
自分の言っている事が絶対に正しいのだと確信して、アルマナの口は止まらなかった。あまりの言いように、他の机を囲んでいる冒険者達も怪訝な顔になってこちらを見ている。
数少ないAランクパーティーの揉め事なんて良い酒の肴だが、物騒な雰囲気を感じて聞き耳を立てているだけだ。
流石にダオンも聞き逃せないと思ったのか、調子に乗っているアルマナに向けて眉を顰めるが、アルマナがそれに気付いた様子はない。別にいいさ。分かっていたことだ。それに俺も改めて覚悟が固まったよ。
「そうか、それなら遠慮なく言えるな。アルマナ、俺は今日、この場で【竜のお伽噺】を抜ける」
「……は?」
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