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奏エ戦記  作者: 心鶏
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第八話  闘う女

 19年前、332連勝という類を見ない記録を打ち立てた挑戦者 エモナは赤丸部隊隊長 さだ 吉景よしかげが作ったモノだった。

 ピーナッツを熟知し、戦士の心境を完全に把握する定の挑戦に、戦士たちは当たり前のように敗北していった。

 しかし、その挑戦に圧勝した天才の少女がいた。藤高 荵である。

 この二人によって企画、立案されたピーナッツの頂点を決める戦い。それが修羅の道である。

 修羅の道選考戦を勝ち抜いた5組を紹介しよう。


 一度も負けることなく選考戦を三連勝し、堂々の一番乗りを決めたのは定戦闘所の「victory fighter」だ。

 木島きしま コスカ 22歳。無慈悲な戦闘スタイルで勝率は90%を超える。定戦闘所の絶対的エースだ。

 相棒は町谷まちたに 極座ごくざ 16歳。デビューから半年、未だ無敗の天才である。二人の勝率が最も高いコンビであり、修羅の道を踏破するのはこの二人だというのが世間一般の予想だ。


 次に三連勝したのは5組の内、唯一イージー版からの参戦。「徒手空拳」である。

 穂ノほのはら 種彦たねひこはイージー版のレジェンドプレイヤーである。イージー版発売初期から戦績を重ね、ついには彼の戦闘にスポンサーがつくようになり、イージー版初のプロプレイヤーとなった人物だ。

 そして織田おだ 大成たいせいは数ヶ月前に開催されたイージー版の大会優勝者で、ルックスもよく、イージー版では今最も人気のプレイヤーだ。


 一歩遅れて挑戦権を獲得したのは魚崎戦闘所の「老若パッション」だ。

 神谷かみや 謙太郎けんたろうは52歳の大ベテランであり、今もなお第一線で戦い続ける実力派の戦士だ。

 神谷がコンビを組んだのは結城ゆうき 和俊かずとし24歳。あまり目立った戦士ではなかったが、1年前にレベル5の挑戦者を倒し、実力が認められた。その後も調子を上げていき、連勝を重ねて、今や魚崎戦闘所のエースとなった戦士だ。


 四番手は挑戦権獲得を誰もが確信していた奈良戦闘所の「アイワンパンチ」だ。

 桐原 理生 43歳。今なお人気の戦士であり、21年前に乱入してきたレベルβ1のロロを倒した戦士としても知られ、彼女の放つ魂の一撃はあらゆる劣勢をひっくり返す。

 相棒は代田しろた アイワン 22歳。陽気でおちゃらけた性格とは裏腹に戦闘スタイルは堅実そのもので、実力は若手一番とも言われている。


 滑り込みギリギリセーフだったのは綾木戦闘所の二世コンビ「セブンライト」である。

 満島みつしま 空雄そらお 26歳。スター性のある選手ではないが、レベル4の挑戦者と一人で戦い勝率を50%に留めており、同業からの評価は高い中堅戦士である。

 相棒は頑 奏エ(かたくな かなえ) 20歳。修羅の道主題歌を歌い、おまけで選考戦を戦っていたと思われていたが、選考戦最後の戦闘では無敗だった人型戦闘ロボットを倒し、自らの成長を知らしめた。


 さあ、この5組の前に立ちはだかる修羅の道の番人。伝説の赤丸部隊が用意した刺客たちだ。

 6人の番人に一度も負けることなく頂上にたどり着いた者は、藤高 荵が用意した最強の刺客 栄光の番人と戦うことが許される。

 この番人に勝利することができたコンビには賞金1億円とピーナッツ最強の称号が贈られる。



 というような広告が町中に流れ、動画サイトでは各5組のPV動画と修羅の道の概要や見どころを解説する動画が公開された。

 修羅の道開催の8月が近くなってくると、盛り上がりは勢いを増していった。

 比例して、出場するコンビたちもワクワク、ソワソワし始めていたが、セブンライトの二人だけは違った。

「ここからが本番だ。わかっているとは思うが、トレーニングは抜かるな」

「はい、もちろん」

 今日は頑の仮想空間順応訓練の日だ。仮想空間の感覚と五感の調整、それから仮想空間に体が拒絶反応を起こさないためのものだ。

 満島はストレス診断の結果を藤高に提出しに戦闘所に来ていた。通常この診断は半年に一度なのだが、重傷を負うような戦闘が続いた場合は診断書の提出が義務付けられている。

 用事を終えて、二人は戦闘所を出ようとしたが、藤高が引き止めた。

「少し休んでいったらどうですか〜。お二人とも表情筋が凝り固まってますよ〜」

 そう言われて二人は顔を見合わせた。お互いの仏頂面に軽く笑いがこぼれた。

「なんちゅう顔してんだ、頑。人を殺した顔じゃねぇか」

「先輩だって、指名手配されててもおかしくなさそうな顔ですよ」

「さ〜さ〜。コーヒーブレイクといきましょ〜。気を張ってても切れたら大変です。たまには緩めないと〜」

「じゃあ」

「お言葉に甘えて」



 大野おおの 沙夜さよ。沙夜の旧姓だ。ピーナッツの戦士登録はこの名前を使っている。結婚したタイミングで変えることもできたが、同じ苗字の戦士が二人もいたらややこしいと変えなかったのだ。

 そしてこの名前は現役最強のピーナッツ戦士の名として知られている。勝率は80%と高く、レベル1〜2では無敗を誇っている。上位の戦士であることは間違いないが、最強と言われる理由は圧倒的な戦闘技術にある。

 ピーナッツを代表する戦士である沙夜だが、今回の修羅の道は闘病中であったため出場できず、惜しむ声が選考戦の段階で多数上がっていた。

 そのため復帰した沙夜には修羅の道開幕の前夜に特別マッチが組まれていた。

「奏エちゃん。私の特別マッチの相手、決まったよ」

 頑は変わらず沙夜とのトレーニングに励んでいた。

 朝のランニングはいつも駅から少し離れたところの静かな川沿いを走る。日の光が早朝の空気を徐々に温めていく清々しい時間帯だ。

「誰になったんですか?」

「ふふん。人型戦闘ロボット」

「お母さん!?」

「そう、奏エちゃんのお母さん」

 セブンライトが倒した人型戦闘ロボットは選考戦で最も優秀な成績を収めた刺客であり、現役最強のピーナッツ戦士と選考戦最強の刺客で、これから始まる死闘激闘のお膳立てとしては十分すぎる対決である。

「私さ、昔、剣を習ってたの。ちっちゃくてボロの道場で、門下生だって私とあと年上の兄ちゃんたちがたった3人」

「急に何の話ですか!?」

「いいから聞いてよ。私の恥ずかしい話」

「はあ……」

 沙夜は走りながら話を続ける。

「その道場がさ、小さい割に結構本気のところでね。3人の兄ちゃんたちはみんな総合格闘技とか、異種格闘技とかそっちの方に行って、まあまあ結果出してたの。でも私は女だから、そこらの男には勝てても、やっぱりトップは取れないし、女には力より必要なものがあるって、道場の先生に言われて、いつやめようか悩んでさ。子供心にわかってたの、女はやっぱり男に勝てないし、一番強い時期に結婚とか出産とかあるかもしれないし、そういうの考えたらずっと戦いの世界で生きていくのは現実的じゃないって」

「確かにそういう世界は難しそうですね」

「うん。でもね、そんな時にたまたまピーナッツの戦闘を見たの。奏エちゃんのお母さんが、奏エちゃんを産んでから復帰した初戦闘。それがすっごいカッコよくてさ。なんか吹っ切れたんだよね。戦いたいんだから戦おうってさ。それでピーナッツの戦士を目指し始めたの。だから奏エちゃんのお母さんって、私の憧れの人なんだ」

「なんか意外です」

「その恩返しになったらいいなと思って、奏エちゃんの強化、手伝ってるんだよ」

「そういう理由だったんですね」

「うん、だから、お礼とかいらないし、恩を返したのは私だから、奏エちゃんは彼氏くんの事だけを考えなよ」

「はい」

「勝つんだよ。私も今度の戦闘、絶対勝つから、奏エちゃんも修羅の道、絶対勝つんだよ」

「……はい」

「約束ね」



「さあ!やってまいりました!いつの時代も熱い戦いがここにある!ピーナッツ!!」

 明日、修羅の道が開幕する。その前夜である今日の戦闘は修羅の道を盛り上げるための特別マッチだ。

「実況は私、清水 武雄、解説は河合 優也さんです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「さて、今夜は明日に修羅の道開幕を控えた前夜祭。ピーナッツ特別マッチ!選考戦にて20096戦中1敗という驚異の記録。もっとも勝率が高かったこの刺客、人型戦闘ロボット!!これに対する戦士。誰もが修羅の道参戦を願いながらも叶わなかったこの人。闘病を乗り越え今夜、その刀が再び光を取り戻す!大野 沙夜!!どちらも戦闘技術はピーナッツトップクラスだ!何が勝敗をわけるのか!?さて、このカード。相当熱いカードだと思いますが、いかがでしょう、河合さん」

「はい、まず二人の戦闘技術ですが、ピーナッツの歴史を見てもかなりの上位です。特に対人戦に絞ると、赤丸部隊の黒尾さんや、宮原所長に並んで最強の一角です。おそらく、技術面ではほぼ互角。勝敗をわけるなら、レベルの問題だと思いますね」

「レベルの問題ですか」

「ええ、人型戦闘ロボットはレベルα1で、コンビで闘うことが前提の難易度です。おまけに支給品は一人に二つまでなので、大野は二つの支給品で戦わなければなりません。そうなると、どうしても大野が若干不利な気がします」

「なるほど、特別マッチゆえに難易度が高くなってしまっているわけですね」

「でもまあ、そういう予想をひっくり返してきた戦士ですからね。期待していいんじゃないでしょうか」

「そうですね。数々の死闘を制してきた大野、復帰戦に勝利の花を咲かせるか!?」


 ただいま、私の戦場。

 真っ白な仮想空間。奏エちゃんとトレーニングで毎日来ていたけど、今日は匂いが違う。

 今日の匂いはいい匂いだ。少し冷えた空気に血と汗と涙の匂いが微かに香る。

 ああ、いい気持ちだ。

「足の具合は大丈夫か?」

 聞こえてくる声は沙夜が所属している黒尾戦闘所のマスター、松谷 レオンのものだ。松谷はマスター歴30年の大ベテランだ。戦士にあった戦闘指南とサポートが得意であり、黒尾戦闘所の勝率が高いのはこの人物の手腕が大きい。

「はい、おかげさまでバッチリです」

「くれぐれも無理はするなよ。病み上がりなんだ」

「わかってますって。戦闘開始時に衝撃吸収パワーブーツと日本刀を支給してください」

「日本刀は選択武器の剣で代用できるだろ」

「日本刀の方がかっこいいじゃないですか」

 仮想空間に松谷の大きなため息が響く。

「やれやれ、わかった」

「それと今日は指南は不要です。せっかくの機会。憧れの人と一対一でやりたいので」

「もう好きにしろ」

「じゃあ、戦闘開始お願いします」

「ただいまより戦闘を開始する」

 沙夜の前方に人型戦闘ロボットが召喚された。

 ロボットはセブンライトとやった時と同じように、体から蒸気を吹き出し、足裏のジェットを使い、沙夜の方へ走り出した。

 沙夜は靴を脱いで、ロボットを正面から迎え撃つように走りだす。途中で沙夜の足元にブーツが現れ、走ることは止めず、踏みしめるようにそのまま装備した。

 相対する直前に沙夜の腰元には日本刀が現れ、沙夜は抜刀した。

 ロボットは走ってきた勢いで、左足で飛び蹴りを繰り出してきたが、沙夜は膝で内側からいなし、カウンター気味にロボットの首元に刀を振り下ろす。しかし、ロボットもその攻撃を鉄の右腕で払い、飛び蹴りから着地したと同時に鋭い左ストレートを沙夜に放つ。

 沙夜は上体を右にそらしてかわし、刀を水平に振るうが、ロボットは飛びのいてかわす。

「やばいな、この人。……最高」


「激しい立ち上がりとなった!!両者一瞬の攻防に傷ひとつ負わず!互角か!」

「さすがにどらちもすごいですね。今のなんて、この二人の戦闘技術がなきゃ見られない打ち合いですよ」

「そうですね。激闘は必須でしょうね」


 二人の技術は互角であり。拮抗した戦いが続くと思われていたが、そうではなかった。

 ロボットの右ストレートに対し、沙夜は右膝をぶつけ合わせ、刀を水平に振るうが、ロボットはジェットで飛び上がり、沙夜の首元に蹴りを放つ。

 沙夜はとっさに左腕でガードしたが、ロボットの蹴りはジェットの力もあり、とても片腕で耐えられるような重さではなく、

 ドウゴアアアアアアアアアアァァァァァァァンン!!!!!

 ぶっ飛ばされる。

 受け身を取って着地し、ロボットの方を見れば、

 ビジュウゥゥ!!

 レーザービームが沙夜の左目を焼き潰す。

 痛みに顔を伏せる沙夜の顎に、ロボットの超低姿勢から覗き込むような蹴りが決まり、

 バツドオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォンンン!!!!!!

 同時にロボットの足裏ジェットが放たれ、沙夜は上空へ吹き飛ばされる。

 さらに非情なロボットの追撃。

 上空までジェットで追いかけ、沙夜の首を掴むと急降下を始めた。あまりの速さに沙夜はロボットの腕を掴む程度の抵抗しかできなかった。

 ボゴロドオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォンン!!!!!!!!

「グェァ……」

 ロボットは首を掴んだまま沙夜を掲げ、とどめを刺そうとしていた。しかし、沙夜の右足の蹴りが決まる。

 衝撃吸収パワーブーツにより、吸収されていた今までの足への衝撃が放たれ、ロボットは吹き飛んだ。

 拘束が解かれ、どさりと落ちた沙夜。

 左目は焼かれ、首と背中の骨は折れ、退場する重傷だった。


 やっぱり強い。私の憧れは、まだ遠い存在だったみたいだ。

 左目はもう開かないし、首も動かない。頭と背中には痺れるような激痛が走り回っている。

 私はここで満足だ。こんなに強い人と復帰戦をやれたのだから。

 いつもならここでいいやと思ってしまう。でも今日はよくない。奏エちゃんと約束しちゃったから、勝たなきゃいけない。

 ああ、こういう時、空雄のヤツはなんで立てるんだろう?

 うう、痛い……。無理やり立とうにも痛みで体がガクガク震える。

 すごいなぁ。奏エちゃんはこの人と互角だったし、空雄はこんな状況でも平気で立ってた。

 私は蚊帳の外だけど、せめてこの勝利を送る。

 見ててよ、奏エちゃん。私の本気。


「大野!なんとか立ち上がったが、この重傷では動けないか!?」

「厳しいですね。支給品も最初に二つ使っていますし、ここから何かできるとすればブーストだと思いますが、ブーストを使っても怪我が治る訳ではないので、起死回生とはいかなそうですね」

「大ピンチ!修羅の道を前にして、戦士たちに激励という名の勝利を送ることはできないのか!?」


 ロボットは猛スピードで沙夜に迫り、左拳をわずかに引いてストレートのフェイントから、ジェットを使った右ハイキックを繰り出した。

 しかし、沙夜は自分の左目が潰れているため、相手は死角を狙って右ストレートか右ハイキック、他にも選択肢はあるが右からの攻撃しかこないと読んでいた。

 そのためフェイントに引っかかることはなく、ロボットの右ハイキックに自分も右ハイキックを合わせ、衝撃を吸収し、すぐさま姿勢を低くし、飛び上がりながら蹴り上げる後ろ回し蹴りをロボットの顔に入れる。

 ツダアアアアアアァァァァァァァンンン!!!!!

 ロボットは片腕でガードするが、ブーツはハイキックの打ち合いで吸収した衝撃を放ち、凄まじい重さでロボットのガードしきれず、蹴りをくらい、頭の兜が吹き飛び頭が露出する。

 沙夜は飛び上がる勢いに任せ、露出したロボットの首元を刀で斜めに切り上げた。

 ズッバスッッッ!!!

 沙夜は着地し、ロボットは首から血を流し倒れた。

 ブザーが鳴った。


「決まったああぁ!!!大野沙夜!!戦士たちに勝利を送った!!」

「まさか、ブーストを使わず倒すなんて。あの状況から動けたのもすごいんですが、その動きが相手を倒すための無駄のない動きだったのが技術の高さを感じます」

「そうですね、序盤の打ち合いといい、どちらの技も光る戦闘でしたね」

「ええ、こんなにハイレベルな戦闘を修羅の道の前にやってしまっていいのか?って感じですよ」

「確かにそうですね。これから始まる修羅の道でもここまでの戦闘はなかなか見れないかもしれませんね」

 画面が切り替わり、映し出されたのは砂の舞う砂漠。一人の女性が背を向けて佇んでいる。

 女性が空へ手をかざすと、舞っていた砂が一瞬にして地面に落ち、砂漠には静寂が訪れる。

「修羅の道、魚崎 ハイラが作り出した第一の番人「タテ」死闘が始まる」

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