第五話 鮮血の長鼻
「あの鞭使いはちょっと、強すぎだよな」
「惜しかったと思うけどね」
「……もっといい手があった気がしてならない」
満島は2ヶ月に1度の同期会に来ていた。同期会といっても、満島ともう二人がただ飲みたいから集まっているだけだ。
「俺たちも負けてるから、何も言えないな」
二人とは、古長戦闘所のコンビ「バロン」だ。
武田 祐大は昨年のピーナッツの人気ランキングで1位を獲得した超人気爆発中の戦士だ。実力も伴い勝率で言えば上の上に位置する選手だ。
もう一人は伊賀 涼子。人気はそこそこ、サポートに回ることが多く、あまり目立った戦士ではないが、冷静な試合運びは戦士の間では評価が高い。
「バロン」はその人気、実力から、修羅の道踏破予想ランキングで1位だった。「セブンライト」とは注目のされ方が天と地ほども違う。
「お前たちはもう二連勝だろう?あと一勝、さっさと勝っちまえよ」
先日、魚崎戦闘所の「老若パッション」が修羅の道挑戦権を獲得し、残りは二枠となっていた。
「その一勝をする難しさはみんな一緒さ」
「そっちはどうなの?奏エちゃんとは仲直りしたみたいだけど」
「別に。仲は大して変わってねえよ。ただ、仲良くしないと綾木戦闘所がなくなるらしい」
「おおー。喧嘩の一件で上層がカンカンってわけだ」
「でも。上から言われただけにしては、この前のは結構連携とれてたじゃない」
「多分、根っこの部分が似てんのさ。あいつと俺は」
「ナイスコンビって感じだな」
「うるせえ。修羅の道が終わるまでだ。今から3連勝する前に、多分枠が埋まる。お前らと、あと、桐原さんあたりがくると思うが。そうすりゃ、俺は問題なくあいつとおさらばできる」
「寂しいこと言っちゃって」
明日の戦闘のため、仮想空間で体の同期と調整を済ませた頑と満島は戦闘所2階のオフィスにいた。3階では藤高がまだ作業をしている。
「先輩。話があります」
満島は頑の様子がおかしいことに気づいていた。いつものような生意気も言わず、そもそも、呼吸と喋ることが連動しているはずの頑が、今日は静かだったのだ。
満島は黙ったまま、自分のデスクの椅子に腰掛けた。その真ん前まで頑は迫り、半泣きで土下座した。
「……」
唖然とする満島。
「なにしてんだ?お前」
「私に、修羅の道を勝たせてください」
「頭をあげろ。事情を話せ」
頑は体を起こし、正座のまま話し始めた。
「……。健吾が。私の大事な人が死んじゃうかもしれないんです」
「心臓の病気だったか。そんなに悪いのか」
「ここ最近は良かったのに、急に……」
「それで手術が必要で、その金がとても払える額じゃない、だから修羅の道か」
「……はい」
「フィクションじゃありがちな話だが、まさか身近で起こるとはな。手術すれば治るのか?」
首を横に振る頑はもはや泣いていた。
「でも、グズッ。安静にしてれば、普通に暮らせるぐらいにはなるって……」
満島はデスクを見回し、見つけたポケットティッシュを頑に渡す。
「なるほどな。しかし、修羅の道はあまりにも現実的じゃない。俺たちの戦績を考えろ。他の方法を探した方がいいと思う。協力はする、いくらだ?」
頑はティッシュで涙を拭き、ついでに鼻もかんで、一つ決心したように言った。
「5000万……」
「……かかるな」
満島は、ある程度の額なら貸すつもりでいた。足りなければ、借金でもすればなんとかなると。しかし、限度がある。いくらピーナッツで一番悪目立ちしているコンビとはいえ、5000万は容易くない。
「……。この前、一回、心臓止まったんです。なんとか、一命をとりとめて、ズビッ。いまは、延命治療中で……落ち着いて意識もあるんですけど……。でも、いつまた止まってもおかしくないって……」
満島はため息をついて言った。
「あと4ヶ月だ」
「えっ?」
「修羅の道は、挑戦者が揃っていようといまいと、8月開催だ。そこから、選考戦より早いスパンで戦闘スケジュールが組まれるはずだから、おそらく開催から大体2ヶ月で修羅の道は終わる。その4ヶ月分の治療費は足りてんのか?」
「それは、向こうのご両親とウチで、なんとか半年くらいは」
「わかった。……現状、すでに三組の出場が決定している。残りは二組、この二枠が埋まらない確率は低い。そこは祈るしかない。俺たちのやることは、まずここから3連勝することだ」
「グズズ……先輩」
「選考戦、修羅の道、合わせてたった10連勝だ。10連勝するだけで1億だ。5000万使って手術したら、残りの5000万で結婚式でもあげやがれ」
「ウウウゥ。……ブァイ!」
「さあ!始まりました。勝ちと負けしかない世界!真っ白なこの空間で今日もシノギを削る強者たち!ピーナッツ修羅の道選考戦!!」
セブンライトはこの選考戦に参加するコンビの中でも、随一の切羽詰まったコンビである。これから一度でも負ければ、修羅の道は狭い入り口を完全に閉ざすだろう。
「実況は清水 武雄、解説は吉野 優樹さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
吉野優樹は何かに秀でている戦士ではなかったが、数々の困難を乗り越え、戦士を続ける姿は見る人々に名前通りの勇気を与えた。元綾木戦闘所所属で、頑の母の同僚であり、新人時代の満島を育てた人物だ。
「さて、本日の戦闘は、前回惜しくも鞭使いオカナに敗れた「セブンライト」!!対するは、綾木戦闘所最盛期の副所長!戦績は驚異の1688戦1271勝!37年もの間、戦闘に身を投じてきた紫道 真からの刺客!天狗!現在約12000戦11敗。「セブンライト」悲願の一勝をもぎ取るには相手が悪いか!?さて、いかがでしょう。吉野さん」
「紫道さんの天狗は確かに強いんですけど、ちょっと見てください。空雄の顔。俺はあいつを新人の頃からよく知ってますが、あの顔は強い時のあいつの顔です。多分、今日はセブンライトが勝ちます」
勝たなければならない。今までの戦いとはかけているモノが違う。
「先輩……。めちゃくちゃ怖いです」
頑は声が震え、顔も引きつっていた。
「飲まれるな。飲み込め」
満島はそう言いつつ、自分もかつてない緊張に襲われていた。
「はい」
渋い顔で眉間にしわを寄せ、大きく息を吸って返事をする頑。
「前回の反省は支給品を使わなかったことと、ブースト中に攻めきれなかったことだ。よって今回はブーストを温存する。いけるタイミングでお互いに判断して使おう。俺が前に出て、お前は後ろから撃て。俺は遠隔衝撃パワーグローブをつけるから、ある程度チャージができたら合図をする。お前は相手を抑えてくれ、グローブの高火力をお見舞いする。ただ、この通りにはいかないと思う。状況に応じて、なるべく最善の指示を出すが、間に合わない場合、お前の独断でブーストも支給品も使え」
「はい……」
「コンビとして、様になってきたか?セブンライト」
「少し前に比べて、二人ともだいぶ目つきが変わりましたね」
「ええ、何か、二人の間で心境の変化などがあったのでしょうか」
「そうだと思いますよ」
「準備はいいですか〜」
藤高のとぼけた声が仮想空間に響く。
「はい。大丈夫です」
恐怖に抗い、激しい胸の鼓動を抑えるように呼吸をしながら返事をした頑に対し、満島は目を閉じながら体中を新しい空気で満たすかのように、とても深い深呼吸をして目を開く。
「……。藤高さん、お願いします。勝つぞ、頑」
胃がひっくり返りそうな緊張、動悸が激しくてうまく呼吸ができない。こんなの初めてだ。こんなに怖いのは初めてだ。こんなに必死なのは初めてだ。こんなに先輩が頼りに見えるのは初めてだ。
頑は誓いを込めた返事をした。
「絶対、勝ちます」
「では〜、戦闘を開始します」
二人の前に下駄を履き、長い赤鼻、背中には鳥の羽、手には葉の団扇。誰もが想像するいわゆる天狗が召喚された。
天狗が団扇を一振りすると、猛烈な風が吹き荒れ、満島と頑は支給品を藤高に要求する間も、変身をする間もなく、吹き飛ばされ、壁に体を打ちつけた。
ッデアアァァァンン!!!
ズビッタアアァァンン!!!
「うっ。近寄れない。厄介な団扇だ」
すぐさま起き上がる満島と頑。
「近接戦闘戦車に変身」
頑は戦車に変身した。
飲み込め。こいつを倒すまで止まるな。
「お前はジェットで風の中を進め、あいつを捕まえてくれ。俺は銃で援護する。グローブの衝撃波が溜まったら、奴の団扇を吹き飛ばす」
「はい!」
頑はジェットを使い、天狗に一直線で飛んでいく。
「遠隔衝撃パワーグローブを」
満島は召喚されたグローブをすぐさま装備し、衝撃波を溜め始めた。
遠隔衝撃パワーグローブはレベル3以上から一部の戦闘所で特殊武器として必ず支給されるもので、綾木戦闘所では支給されないが、他の戦闘所に助っ人としてよく出張していた満島は、この武器の使い方、特性を心得ていた。
この武器は腕力や握力が強化され、さらに名前の通り、拳部分から衝撃波が放てる。しかし特筆すべきは意識と連動しており、感覚だけで衝撃波を溜めることも、放つことも可能で、手元の操作が一切必要ないという最大の強みだろう。よって、満島はグローブ装備後、衝撃波のチャージをしながら初期支給武器のアサルトライフルを天狗に向かって乱射する。もちろん、射線には頑戦車がいるが、銃程度なら装甲がはじくため、満島はとにかく撃った。
ババババババババアアン!!!
「チッ、頑が邪魔で当たらねえ」
天狗は様子を伺っている。団扇を一振りして、再び風を巻き起こすと、頑の進撃は風の衝撃により一瞬だけ止まるが、またすぐにジェットで間合いを詰めにかかる。一方満島は、
ズバビッタアアアァァン!!!
壁に打ち付けられた。
くそ、わかっていれば姿勢を低くして踏ん張れると思ったが、ただの風じゃねぇ。下から吹き上げてきやがる。団扇の振り加減で風の強弱が調節できるなら、浮かせてボコボコが奴の狙いだな。ということは空中戦に付き合うのは分が悪いな。この読みが外れなら、奴は飛ばない。それなら遠距離で延々衝撃波溜めて、終わりの一撃を当てるだけだ。
「なかなか、激しい立ち上がりとなった!しかし、天狗には余裕が見える!」
「空雄が後衛なんて、結構な賭けに出てますね」
「そうですね、新人の頑に前衛を任せる形です。不安はありますね」
「それだけ、今日は信頼関係がしっかりしているということでしょうね」
「砲撃!砲撃!砲撃!砲撃!砲撃!砲撃!」
頑が天狗に砲撃を開始すると、天狗は頑に向かって一足の俊足で風のように間合いを詰め始め、砲弾に当たる直前で地面を蹴って飛び上がった。その速さは凄まじく、頑が反応し急上昇して追いかけ始める頃には、もう仮想空間の天井に到達していた。そして天井を蹴り、頑に向かって急降下。頑はそれを迎え撃つ構えだ。
「頑!!!!真正面からやりあうな!!!!」
頑に負けず劣らずのバカ声で満島が忠告する。それを聞き、頑は天狗とかち合う寸前でジェットの逆噴射で急降下を開始した。
頑と天狗の空中での機動力はいい勝負で、急降下は同じ速度で落ちていった。
「変身解除!火炎放射器を!とびっきりの大火力で!!」
人に戻った頑は落ちながら、手元に現れた火炎放射器を天狗に向けて、引き金を引いた。
「燃えろおおおぉぉぉ!!!!」
ボグオオオオォォォォ!!!!
天狗に向けて、巨大な炎が燃え上がる。しかし天狗は一つも動じず、団扇を一振りして吹き返し、頑は烈火に包まれる。
「頑!!!!」
満島は銃を握りしめ、二人の方へ走り出した。
「テメエの彼氏だろうが!!!テメエがくたばってんじゃねぇぞ!!!」
満島の叫びと同時に炎の中から一台の戦車が飛び出し、不意打ち気味に天狗の腰を両アームと車体でしっかり掴んだ。
「くたばってません!!!!!先輩!!捕まえました!!!!!」
走りながらその様子を見ていた満島は思わず笑った。
「歌バカが!!!ナイスだ!!!そのまま連れてこい!!!」
「頑の奇襲が決まる!!天狗危うしか!!」
「いいフェイントでしたね。奏エちゃん」
「そうですね、相手のカウンターを読んでの行動でした。今日のセブンライトはいつもと何かが違いますね」
「空雄が彼氏云々言っていたので関係あるんですかね?」
頑は方向を変え、満島の方へ斜めに落下している。
天狗は暴れているけど、なんとか押さえられる。力はそんなに強くないのかな。
今、ブーストを使えば勝てるんじゃ……。だめだ、岩人間の時はこれで負けたんだ。この天狗がブーストに耐えたら、私たちは負ける。健吾の命を救えない。今じゃない、攻めるのは今じゃない。
天狗は抜け出そうと暴れるのをやめ、頑の車体を膝打ちで蹴り上げた。
ガッザアアアァァァァァンン!!!!!
一撃は重く鋭く、簡単に頑の装甲が破られる。そんなのを無視し、頑は天狗を掴んだまま満島の元へ降下を続ける。
満島はアサルトライフルを片手に、頑と天狗めがけて大跳躍した。
軌道的には満島と頑はバッチリかち合うが、満島はその前にグローブの衝撃波で攻撃を仕掛けるつもりで、拳を天狗に向ける。
天狗は頑に膝蹴りを何度かくらわせ、拘束が緩くなったのに気づき、団扇を一振りし、頑を風で引き剥がし、床に叩きつける。
ブワアアアアアァァァァァァァンン!!!!
次の瞬間、振り切った団扇を持つ手が、満島のグローブの一撃で吹き飛んだ。
バッッツアアアアァァァァァンン!!!
片腕を失った天狗はすぐさま空中を蹴って、団扇を拾いに向かう。
「頑!!!団扇を取らせるな!!!」
空中での自由がきかない満島は、落下の間に体をひねって、グローブのもう一撃を天狗に当てようと狙いを澄ます。
頑は団扇に向かって一直線の天狗の進路を砲撃で邪魔しながら、ジェットの最高速で団扇に先回りして、天狗が団扇を取る寸前でもう一度、捕まえるつもりだった。
しかし、天狗は決して甘くなかった。団扇まであと数メートルだが頑が迫っていることに当然気づいていた。天狗は瞬時に空中で向きを変え、頑の方に飛び、反応しきれなかった頑は凄まじい威力の蹴りに車体を貫かれた。
ズギャオオオオオオオォォォォォォォォォォォンン!!!!!
「頑!!不意を突かれた!!鋭い飛び蹴りが戦車の装甲を貫いた!!!」
「ここから動けばネコさんの娘ですね」
吉野 優樹の言う通り、この頑 奏エは幾度となく瀕死から勝利を手にしてきた頑 願子の娘なのである。
「天狗が動かない?頑が掴んでいる!!貫かれながらもしっかりとその両アームで天狗を掴んで離さない!!」
「やっぱり、今日は強いですね」
着地した満島は全力で団扇に向かって走りながら、グローブの一撃を頑ごと天狗に撃ち放つ。
ッダドッアアアアアアアァァァァァァァンン!!!!!
頑と天狗は凄まじい威力の衝撃波で、壁まで吹き飛ばされた。さすがに瀕死の頑は衝撃で天狗を離したが、天狗もかなりのダメージを負っていることが立ち上がろうとふらついている様子でわかる。
天狗はなんとか立ち上がると、さっきと変わらぬスピードで風に乗ったように、団扇を手にした満島へ向かう。
「頑!!!撃て!!!」
満島が掲げる団扇に瀕死の頑が砲撃を撃ち込む。
バホオワアアァァン!!
団扇は砲撃によって木っ端微塵となった。
これでようやく近接ができるな。と満島が思った矢先、天狗は飛んできた勢いのまま満島に飛び蹴りを繰り出した。紙一重で満島はかわし、銃を捨て腰に携えた剣を抜きながら振り向いた。
天狗の飛び蹴りの追撃がすぐさま襲ってきた。満島は剣で真正面から受け止めたが、天狗の下駄には傷一つつかず、受けた満島があまりの威力に吹き飛んだ。
ッガッドオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォンンン!!!!!
天狗は標的を変え、今度は頑の方へ向かった。
風のように速く、そして鋭く重い飛び蹴りが頑にトドメを刺そうと繰り出されるが、頑はなんとかジェットで飛び上がり、天狗の足をアームで横から払っていなし、ジェットで少し前進しアームにしっかり重さを乗せた見事なカウンターを天狗の顔に決める。天狗は仰け反りながら吹っ飛ばされたが、地面すれすれで浮くとその体勢のまま自分の体を浮かび上がらせ、再び勢い良く頑を蹴る。
ゴズアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァンンン!!!!!
戦車の装甲は完全に打ち砕かれ、頑はトドメを刺された。
「頑!!ここで退場だ!!残るは満島、どう戦うか!?」
「見物ですよ。久々に本気の空雄が見られそうです」
頑は転送機のベッドの中で泣いていた。
負けちゃいけなかったのに……。健吾の命がかかってたのに……。
「頑さん。満島さんの戦闘、見なくていいんですか〜?あれ?どうしたんですか!?なんで泣いてるんですか!?」
頑は藤高に事情を説明した。
「……。満島さんなら大丈夫です。ほら〜」
頑はモニターを見た。
天狗の鋭い蹴りが満島を襲う。後ろに下がりながら剣でさばき、カウンターを狙っているが、浮き上がるような天狗の奇妙な挙動で決まりきらない。さらにはその浮遊から低空の怒涛の蹴りが飛んでくる。
満島は一歩、大きく下がって、追ってきた天狗に水平に斬りかかるが、下をくぐられ腹から胸にかけて蹴り上げられ、拍子に剣を落とし、壁際まで吹き飛び、壁にもたれ座っているような体勢になる。
冗談じゃねえ。団扇がなくてもこの強さかよ。クソが、やられてたまるか、人の命がかかってるんだよ!
なんとか立ち上がろうとする満島の腹部を天狗の蹴りが貫く。
ズザアアアアアアアアアァァァァァァァァァンン!!!!
「ブフゥッ……クッ……」
食いしばる歯は砕け、額に浮き出た血管は破裂し、口や腹からの血も混じり、血まみれの満島はそれでも腹を貫かれたまま立ち上がる。
目を閉じたら終わる。この目を閉じたらブザーが鳴っちまう。そしたら二度と目を開けられなくなる人がいる。
喉の奥から血が迫ってきて、呼吸の邪魔をしやがる。力が入っているからか、腹に空いた穴よりも握った拳が異様に痛え。だが今は、こいつを倒すまで止まるな。
溺れたような断末魔の叫びを響かせ、満島は天狗の顔を叩きつけるように殴る。
バツウゥゥンン!!!
天狗は体勢を崩し倒れる。腹を貫かれたまま満島はマウントポジションだ。
気力だけで天狗の顔を殴り続ける満島。
ドオズウゥン!!!ドオズウゥン!!!ドオズゥゥン!!!
しかし、天狗はもう片方の足でさらに満島の腹部を貫く。
ゴギュウウウウウウゥゥゥゥゥゥンンン!!!!
「ゴブブブゥッ……」
もう満島に意識はなかった。戦える身体もなかった。無論、ブーストを使うなんて考えも、発動を申請する言葉すらなかった。ただ一つ、果てない闘志だけがあった。
「先輩……」
頑は泣いていた。
今まで、自分勝手で、口が悪くて、すぐ怒る最悪な先輩だと思っていた人が、自分のためにここまで必死に戦っている。初めてこの人が味方なのだと気付いた。
ブザーが鳴った。
満島の血にまみれた天狗は顔が潰れていた。
「満島!!!恐るべき執念!!!セブンライト!!初勝利をおさめました!!」
「やっぱり、今日のセブンライトは強かったですね」
「ええ、ですが、満島の怪我は普通なら退場になるような重傷だと思うのですが」
「それでも戦えるから強いんですよ、あいつは」
「凄まじい闘志ですね。さて明日の戦闘は奈良戦闘所所属、現在2連勝中で修羅の道へリーチをかけている「アイワンパンチ」!!対するは猛威を振るう番狂わせの魔人!宮原 神奈子からの刺客、鞭使い オカナ!!修羅の道へたどりつくのか!?それともまた番狂わせが起きるのか!?」