第十三話 Re:全能
親父のことが嫌いだった。
今思えば、父子家庭で仕事をしながら男兄弟二人を育てる苦労は計り知れないが、目に見えるものが全てだったガキの時分には、戦闘に平気で負ける親父が許せなかった。
いつだったか俺は絶対に親父を超える戦士になると、面と向かって宣言したことがあった。そしたら親父は楽しみだって笑ってた。
学校に通い、世間ってものに触れ、戦士になるなんて幼少に思い描いていた夢のことをすっかり忘れた高校3年の夏だ。親父が死んだ。
ガキの頃に抱えていた親父への嫌悪や怒りは誓いに変わった。絶対に親父を超える戦士になる。
高校を卒業して訓練所に通い、親父と同じ綾木戦闘所でデビューした。
最初はめちゃくちゃに戦ってぼろ負けもぼろ負け、吉野さんや藤高さんによく怒られた。でも親父への誓いのために俺は死に物狂いで戦った。
徐々にほんのゆっくりわずかに、その戦闘スタイルが根性として評価され出して、今の中堅戦士の位置にいる。
だが、一体いつ親父を超えられるのか、あるいはもう超えたのか、まるでわからない。
当たり前なんだ。超えるべき背中はもうこの世にはないんだから。
諦めかけていた。見えない背中を追うことをやめようと思っていた。そんな時、修羅の道が始まった。
頑の彼氏のためになんとか勝ちをもぎ取ってきた。流れでここまで来てしまった。修羅の道を勝てば、ピーナッツ最強だ。親父を超えるチャンスが見えてきた。そう思っていたらチャンスは近づいてきやがった。
バグでレベル5の化け物になった後輩、修羅の道第四の壁。どっちも倒せば十分だろ。
見とけよ親父。息子の勇姿を。
満島の雄叫びが仮想空間に響く。
「凄まじい、満島!巨人と化した頑と互角だ!!」
「あれは番人の能力なんでしょうか……」
「ただいまレベル5乱入との報告がありました。頑のバグが暴走してあの様な形態になっているとのことです」
「バグですか。滅多にありませんがレベル5乱入時は応援を呼ぶんです。でも、あれが奏エちゃんのバグだと、バグの弊害ということで戦士側の公平は保たれません。空雄くんはこの状況を一人でなんとかしなければならない」
「厳しいですね」
「ええ、でも彼は昔から逆境に燃えるタイプですから」
「確かにそうですね。無茶をしていた若手時代。噛み付いた先輩は数知れず。隠した犬歯は健在か!」
瓦礫や肉、毛に鋼鉄。様々な素材が絡み合って構成されている頑巨人。
大きな拳を突き出して、空を飛ぶ満島を殴ろうとする。
満島はすぐさま旋回し、頑の拳を真正面からブーツで受け止める。
ッドウアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァンン!!!!!
ふき飛ばされながらも、空中で立て直し、翼で勢いを利用して頑巨人の足元に潜り込む。そこから急上昇して頑巨人の頭部を蹴り上げる。
ゴグガアシャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァンン!!!!!!!
脚力の高い鳥人間の蹴りに、ブーツが吸収した衝撃も加わり、凄まじい威力の蹴りは頑巨人の頭部を粉々に砕いた。
それでも頑巨人は動き続け、満島を叩き落とそうと拳を振り下ろす。
満島は衝撃を吸収しようとまた、向かっていき、真下から蹴り上げる様に構えたが。
ドルリヤアアアァァァンン!!
頑の拳はスライムになっており、満島の足を取り込んだ。
「くっ」
大きく振りかぶって、思い切り壁へ投げ飛ばす。
ッッダッズアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァンンン!!!!!
とてつもない力で投げられ、軌道を変えることも、体勢を整えることもできずに壁に激突した満島。そこに、
ガズザアアアアアアアアアアァァァァァァァァンン!!!!!
瓦礫の塊の追い打ち。
「みてー、私も奏エちゃんとお揃いにしてみたよー」
瓦礫を身にまとって、頑のように巨人化したマグネスの拳に殴られていたのだ。
満島を壁と拳で挟んだまま、マグネスは頑の方に振り向いた。すると頑は拳を突き出し、マグネスの腕ごと、満島に照準を合わせていた。
「えっ……、奏エちゃ」
ゴバッズザアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァンンンン!!!!!!!
頑が放った衝撃波はマグネス巨人の半身をふき飛ばし、満島には致命傷を与えた。
「頑!!満島を完全にノックアウトか!!??」
「それにしても、攻撃がいちいち強力すぎますね」
「そうですね。今のは遠隔衝撃グローブの衝撃でしょうか」
「おそらくそうだと思いますよ。その前は僕の刺客のスライムを使っていましたし、単純な力で押しているだけでなく、しっかり相手の強みを潰すような戦い方をしています。完全に暴走していて、無意識のはずなんですが」
「頑のカウンターや変身のセンスがここに来て、満島を苦しめているということですね」
「ええ、ただ苦しんでいるのは空雄くんだけじゃなくて、さっきのマグネスの反応から、マグネスも奏エちゃんを操作しきれていない可能性が高いです」
「そうなると、満島を倒した後も、頑は暴れ続けるんでしょうか?」
「二択ですね。見てわかるように、あの仮想空間で一番強いのは明らかに奏エちゃんです。空雄くんを倒して、目的達成として大人しくなるか。暴走を続けてマグネスを倒すか。このコイントスに勝たないと、セブンライトは脱落です」
満島は瀕死だ。壁際でなんとか立ち上がろうとしているが、膝をつくのがやっとだ。
マグネスは早々に頑の攻撃に巻き込まれないよう退避している。
あいつのバグはなんなんだ。体がスライムになったり、グローブの衝撃を放ったり。刺客にも戦士にもなれるってのか。
いや、あいつの体を構成しているのはそれだけじゃねぇ。まさか、これまでの挑戦者、戦士の全データで戦ってるのか。
頑は再び拳を突き出し、満島に照準を合わせる。
冗談じゃねぇよ。ピーナッツの権化じゃねぇか。
俺じゃ勝てないのか?
ッッッバツッドオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!!!
頑は衝撃波を放ったが、その刹那。瀕死で体の動かない満島の前に一人の少年が飛び出した。
少年は握った刀で頑の衝撃波を受け止め、満島をかばった。
「お前は……ロロ」
「レベルβ1乱入!!!」
β1。戦士の制約が無くなったはずだ。
「キメラ……、俺を回復させてくれ」
「え、退場させないで傷を治す方法なんてわかんないですよ……」
「じゃあ、誰でも、いいから……戦士に、変身させてくれ」
「わ、わかりました」
満島は傷だらけの鳥人間の姿から無傷の戦士の姿に変わる。
「あぶねぇ、退場ギリギリだ」
満島は立ち上がって、ロロに向き直る。
「なぜ、解体されたはずのお前がここにいる?」
ロロは満島に振り向こうとせず、遠くにそびえる頑を見つめている。
「奏エさんに呼ばれたんです。空雄さんには聞こえませんか?彼女の声が」
「声?んなもん」
助けて……。
「頑さんは僕と戦った時に死んでいます。その死亡体験が胎児の奏エさんにどういった影響を及ぼしたのか。見れば明らかです。死を通じて僕やララとつながってしまうと、バグが発生する。頑さんや桐原さんのバグです。ましてや脳が発達しきっていない胎児がつながってしまったら……。奏エさんの頭はピーナッツのあらゆるデータが詰め込まれた記録媒体なってしまっています。暴走してそれらが全て出てきてしまっている」
ロロは頑巨人を見つめながら饒舌に喋る。
「本当にピーナッツの権化じゃねぇか」
「僕はそのデータの中から独立して復活できましたから、悪いことばかりじゃない。とはいえ、このままだと奏エさんの意識がデータに取り込まれてしまう」
「それはヤバいのか?」
「奏エさんが目を覚まさないかもしれません。僕は頑さんに借りがある。奏エさんに返します」
「何をするつもりだ」
「彼女のバグを治します」
「できるのか?」
「ええ、僕が原因のバグですから。空雄さんはあっちの邪魔者を押さえておいてください」
「親父の仇の言うことを聞くのは癪だが、利害の一致だ。協力しよう」
「仇って。満島さんを倒したのは僕じゃないですよ。お元気ですか?」
「死んだ」
「それは残念」
「無駄話だ。行くぞ」
「それじゃあ、始めましょうか」
満島は強力な仲間を得た。
「レベルβ1乱入!!何が起きているんだ!!この戦闘は!!」
「あれは、ロロ?解体されたはずなのになぜ……」
「乱入したのはなんと、21年前ピーナッツ史上最高難易度とされた挑戦者ロロだ!!」
「でも、どうやら空雄くんの味方をするようですね」
「凄まじいタッグマッチとなった!!第四の番人マグネスと過去最大のバグを引き起こした頑に対するは!β1の乱入によって制約がなくなった満島と唯一のレベルβ1 ロロだ!」
「もう訳がわからないですよ」
ロロは強かった。
頑が拳を突き出し、破壊力抜群のパンチを繰り出すが、ロロはジャンプして剣でその拳を迎え撃つ。
ザッバダアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァンン!!!!!!!!!!!!!
打ち合った拳と剣。一瞬で頑の腕は爆散する。
ロロは飛び上がった状態から剣を振りかざし、
バアッスアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァンン!!!!!!!!!!!!
頑巨人を頭から真っ二つに切り開く。
右半身と左半身はゆっくりと瓦礫の上に倒れる。間から腕やアームが無数に生えている人間大の黒い塊が現れた。
「あれが本体か……」
ロロが呟いた途端、塊はロロの方へ猛スピードで飛んできた。
しかし、ロロに到達する前に閃光が塊を襲う。
ドッダアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァンンンン!!!!!!!!
ロロの鋭い膝打ちが塊を凹ませている。容赦ない追撃。ロロは剣を突き刺し、切り裂いた。
塊は反撃しようとアームを突き出してくるが、ロロはたやすく避けて左ストレートでカウンターを決めようとする。が塊は瞬時に変身を繰り返し、形を多様に変えながら、ロロのカウンターに対しカウンターを決めたが、その攻撃はロロの体をすり抜けた。
「僕に攻撃は効きませんよ」
隙ができた塊に対し、ロロは軽く二三の斬撃を浴びせ、攻撃力上限ぴったりの力で蹴り飛ばした。
バッツドアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァンンン!!!!!!
塊は壁に打ちつけられ、瓦礫の上に落ちた。
「なんという強さだ!!!ロロ!!バグを起こし、手がつけられなくなったかのように思えた頑を圧倒している!!」
「理不尽な強さは健在ですね」
「河合さんもロロとの戦闘は経験されてますよね?」
「ええ、忘れもしませんよ。あんなに無力を感じたのは、後にも先にもロロと戦った時だけです」
「常勝の河合 優也にこれほどまでの敗北感を植え付けた化け物。ロロ、このままこの戦闘を終わらせるのか!?」
満島は頑とロロの激闘を遠くで静観しているマグネスの元へ向かっていた。
「キメラ。なんでこの戦士にした?」
「えっ、満島さん自分じゃ顔、見えないのにわかるんですか?それとも体に馴染みませんか?」
「この声、肌、体型。沙夜だろ」
そう、満島が変身した戦士は、紛れもない自身の妻、沙夜だったのだ。
「すごい……。さすがは愛妻家」
「よりによってなんで沙夜なんだよ」
「勝手にデータを使っても、一番穏便に済むじゃないですか」
「変なところばっかり機転、利かせやがって。この体でヘマすりゃあ、俺があいつに殺されちまうよ」
「ヘマしないでください」
「無茶苦茶言うぜ……。β1がいるんだ。常にブーストを発動しろ」
「わかりました」
ユイーン!
まったく、体が軽すぎる。どんな飯食って、どんなトレーニングしたらこんな体になるんだよ。
アイツ、強すぎだろ……。
その瞬間、瓦礫が満島の周りをドーム型のようにして囲った。
小さなドームの中にはマグネスが立っている。
「空雄くん……。お話、聞いてくれるかな?」
「断る」
満島は問答無用でマグネスを殴ろうと迫るが、それより早くマグネスは満島に抱きついた。
「今は、戦うべきじゃないと思うの。脅威を考えて?あの乱入者は強力よ。奏エちゃんはもう狂っちゃったみたいだし。私たちはあの二人ほどの力はないわ。だから今は組んで、一緒に二人をやっつけて、それから決着をつけるべきだと思うの」
マグネスは満島の胸に顔を押し付けてから、顔を寄せて唇を狙う。
「ねっ?」
しかし、満島は容赦なくマグネスの髪の毛を掴み、顔を引き離す。
「悪いな。嫁の体で不倫はできねぇよ」
ブースト状態の満島の拳がマグネスの頬を粉砕する。
ボグヂュウワアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァンンンン!!!!!!
「番人は倒したが、まだ戦闘終了にはならないんだな」
「ロロと奏エさんの敵対反応をなんとかしないと終われません」
「厄介だな」
迫ってくるロロに対し、頑塊は一本のアームを突き出した。
バッツビリバリイイイイイイイイイィィィィィィィィィ!!!!!!!!!
アームから稲妻が放たれロロを襲う。
電撃はあらゆる攻撃を透過するロロの唯一の弱点であった。
「過去のデータから電撃が有効だと判断したんですか?」
しかし、ロロは解体される直前の戦闘において電撃を克服していた。
「残念ですが、僕を攻撃する手段はもうありません。電撃も、解体された時の僕特攻のウイルスも克服しました。僕が死ぬのは奏エさんのバグが治り、記録媒体とのリンクが切れた時です」
ロロは喋りながら、剣を構えて頑に迫る。
閃光。
一瞬で間合いを詰め、重い斬撃を食らわせようとするロロだったが、
ッドッツダアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァンンン!!!!!!!
頑の拳のカウンターが決まっている。
「すり抜けない……!」
体勢が崩れたロロに、頑塊はラッシュを仕掛ける。
なんとか応じるロロだが、塊の猛攻は鋭く速く、それでいて止まらない。
閃光。
肉眼では捉えられない速度で満島の元へ逃げたロロ。
「空雄さん。邪魔者はやってくれたみたいですね」
「そういうお前は逃げてきたのか」
「想定と違います。奏エさんは強すぎる……」
満島は遥か前方で瓦礫を撒き散らして暴れている頑を眺める。
「僕はあらゆる攻撃をすりぬけるはずなんですが、奏エさんの攻撃はすり抜けられなかった。おそらく、記録の中から僕の体のデータを引き出して使っています。僕の体ならすり抜けないのは当たり前です」
「なるほど……β1をもってして打つ手なしか」
「いえ、想定と違っただけです。奏エさんの攻撃を捌きながら、バグの修正を進めようと思っていたんですが、奏エさんが強すぎて修正どころじゃなくなりました。僕は修正の方に集中するので、空雄さんは奏エさんの注意を引きつけておいてください」
「了解だ」
「それから、多分、僕が復活できたということは……」
ロロが空中を抱きしめるようにすると、ロロの腕の中に一人の少女が現れた。
「やっぱり。……会いたかったよ、ララ」
「……ロロ?」
21年前、このララとロロの乱入がβ1というレベルができるきっかけになった。奏エの母や桐原や河合の活躍があり、なんとか戦士の勝利に収まったが、ララとロロは過去最大の敵とされている。
そんな二人が満島の味方についた。
「状況はわかっているね?僕らを再会させてくれた奏エさんを助けに行こう」
「うん……」
ララはムンギュッとロロのことを抱きしめ返事をすると、離れて頑塊の方を見つめた。
「ララは空雄さんと一緒に奏エさんを引きつけて、僕はあのバグを治す。いい?」
「うん……」
「それから、この剣は返すよ。ララが持つべきものだ」
ロロの剣を受け取ったララは視線を満島に移す。
「ララと一緒にお願いします。空雄さん」
「ああ、わかった。キメラ、日本刀を頼む。折れないヤツだ」
「はい!えーっとちょっと待ってくださいね。はい!出しました!」
満島は目の前に召喚された日本刀を腰に帯刀した。
「やるか……」
満島とララは同時に頑塊の方へ駆け出した。
「これはすごい共同戦線となった!ララとロロの復活!しかし、満島には光明か!!」
「心強い味方ではありますが、奏エちゃんは既にロロを攻略しています。攻略までのスピードも早かった。空雄くんとララで抑えきれるのかどうか……」
「確かにそうですね。もしかするとこのまま、頑がバグを起こした状態で三人を倒して戦闘終了ということも?」
「十分にあると思いますよ」
「その場合、勝敗はどうなるのでしょう?番人は先ほど満島が倒していましたが……」
「奏エちゃんが一人残ったとしても、敵対反応が消えていなければ戦士の負けです」
「となると、やはり満島は頑のバグをなんとかするしかないんでしょうか?」
「そうですね。ロロ任せになりますかね。一応、β1の乱入で戦士の制約が解かれているので、なんでもありにはなっているはずなんですが、なにせまだマスターが新人ですから、どこまで対応できるのかって感じですね」
満島とララは塊の猛攻を浴びていた。しかし、満島は気付いた。
こんなに腕やアームが絡んだめちゃくちゃな見た目くせに、攻撃のパターンが頑のままだ。
頑の最大の強みはカウンターだ。避けるだけなら、そこまで難しくない。
塊は凄まじい速さでパンチや砲撃を繰り出すが、満島は見事に捌ききっている。
そこにララが空中から剣を振り下ろす。
バジズウウッ!!!!
塊の上部からアームが飛び出してカウンターを決めようとしたが、ララはそれを避けている。着地して、深い踏み込みから塊を斜めに切り上げる。
バアズザアアアアアアアァァァァァァァァァァァンンン!!!!!!!
切り開かれた塊だが、気にもせずララに拳を突き出すが、その拳は満島に蹴られ、そのまま水平切りを食らう。
ザアアズアアアアアアアアアァァァァァァァァァァンンン!!!!!!!
塊の動きが一瞬止まるが、開かれた傷はすぐにふさがり、再び暴れ出す。
「きりがねぇ」
「攻めきる」
「チッ。……おお」
満島はララの一歩も引かない姿勢に仕方なく付き合う形となった。しかし、ララは強かった。
塊だけでなく、満島の動きまで把握し、満島の意図とは関係なく、完璧な連携を見せた。
塊の拳に対し、カウンターで刀を振るう満島だが、塊には変身で避けられ、アームで殴られる。
ガアオオオオオォォォォォォォンン!!!!
ブーストが発動しているはずの満島でもダメージを受けるほど、塊の攻撃は強力だった。しかし、満島を殴ったアームはララに掴まれている。
その隙を見逃さず、満島は塊を水平にぶった切る。さらに勢いのまま、一回転して後ろ回し蹴りを繰り出そうとする。塊は掴まれているアームからララに向かって砲撃を放つ。ララはかわしたが拘束が解かれたことによって塊は満島を殴ろうとする。
バッツザアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァンン!!!!!
塊の拳は満島に届く前にララによって断ち切られ、ララのハイキックと満島の後ろ回し蹴りが同時に決まる。
ゴガッツドオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォンンン!!!!!!!!
塊はふき飛ばされる。
「まだ」
一つ息を吐いていた満島を置いてララは塊を追いかけた。
「おお」
満島も後に続いた。
一方、ロロは頑のバグ修正に神経を費やしていた。
「……セキュリティーが固すぎる。マスターさん、聞こえていますか?」
「ぼ、僕ですか?」
ロロには蛇川の協力が必要だった。
「ええ、奏エさんのバグを治すのはあなたの仕事でもありますよね?」
「は、はい。一応さっきからいろいろ、挑戦者のバグの対応マニュアルをなんとか頑さんに当てはめてやっているのですが、どうにも……」
「奏エさんの意識体に干渉する権限を開放してください」
「そんなのダメですよ!意識が戻らなくなるかもしれない」
「それは今も同じです。あのバグ……、記録媒体は徐々に奏エさんの意識を侵食し、表に出ようとしています。ここままでは奏エさんの意識はピーナッツの歴史に飲み込まれてしまいます」
新人 蛇川にとって、あまりに重大な決断だった。
意識体とは現実の意識を仮想空間の動きに反映するもので、バーチャル空間に入るには欠かせない機能である。市販のバーチャルゲーム機では当然、改造されないよう厳重なロックがかかっているがピーナッツにおいては、レベルβ1の戦闘時のみ、このロックが解除される。
蛇川の決定で意識体に干渉することが可能になるが、万一、意識と仮想空間のリンクが切れた場合、意識は仮想空間を永遠にさまようことになる。簡単な決断ではなかった。
「でも、やっぱりダメです。リスクが大きすぎます。だいたい、あなたは乱入者だ。信用に値しない」
「奏エさんの意識がなくなってしまうとしても?」
「ええ、他の方法を探すべきです」
「マスターさんは現状、なんの成果もあげられていないし、僕ももう手詰まりだとしても?」
「まだ全ての方法を試したわけじゃありません」
「……藤高さんなら即決しましたよ」
「!!」
ロロの言葉は蛇川の心を貫いた。
「わ、わかりました。その代わり、絶対に治してください。失敗はなしです」
「もちろん」
「……今、奏エさんの意識体の権限を開放しました」
「では、始めます」
頑が人の姿で立っている。
あたりには何もない。真っ白なだけの空間。
突如として恐竜が現れる。頑が棒立ちのまま見ていると、一人の戦士が恐竜と戦闘を始め、すぐにどちらも煙となって消える。
次に現れたのは目から光を放つ女性。七人の戦士たちが光を避けながら戦いまた双方消える。
頑の母が近接戦闘戦車と戦っている。また消える。
藤高が能力者 エモナと戦い、消える。
満島と沙夜が鋼鉄の大魔神と戦っている。そして消える。
そんな風に何度も数多の戦闘が繰り返された。
「ピーナッツの歴史見学はそんなに面白ですか?」
いつも間にか頑の隣にはロロが立っている。
頑は虚ろな目でロロを見つめる。
「帰りましょう、奏エさん。満島さんもマスターさんも心配していますよ」
「帰っても藤高さんはいない。ここなら藤高さんに会える」
二人の前で繰り返される戦闘の中に、時折藤高の戦闘が混じっている。その瞬間だけ頑の瞳は光を取り戻した。
ロロは頑の発言を聞き、初めて藤高が亡くなったのだと察した。同時にそれが暴走の引き金だとも。
「ここ以外でも会えますよ。奏エさんはまだ修羅の道の上です」
「……」
「頂上で待っているのは誰ですか?」
「!!」
頑の瞳が光を取り戻す。
「帰りましょう」
「うん」
塊の動きが完全に止まった。
満島とララが攻撃をやめ、様子をうかがっていると、
「終わりました、満島さん。ご苦労だったね、ララ」
ロロが二人の元にやってきた。
「治ったのか?」
「ええ、奏エさん内に刷り込まれたデータをすべて削除して、システムへのリンクを切りました。もうじきこの塊も元の奏エさんの姿になります」
「そうか……。感謝する」
「でも、多分寝ているので、満島さんが起こしてあげてください」
「わかった」
ロロはララを連れて満島のそばを離れた。
「もうすぐ僕たちのリンクも切れる」
「また、さよなら?」
ロロはララを抱きしめる。
「いや、さよならじゃない。一緒に消えるだけだよ」
ララはロロを抱きしめ返す。
「なら、良かった」
二人は煙となって消えた。
その様子を見ていた満島が、塊の方に視線を戻すと頑が寝たまま突っ立っていた。
「やれやれ。迷惑しかかけねぇな、こいつは。……キメラ、変身とブーストを解除しろ」
「えっ、でも変身解いちゃうと満島さん瀕死ですよ」
「いいから、俺の姿でこいつに言いたいことがある」
「わかりました」
ユーイン!
ブーストが解かれ、立つのもやっとな瀕死の満島になる。
「はあ……はあ……。頑、よく聞け。その別れはテメェだけのもんじゃねぇ。……独り占めしようとすんな。歌、バカが……」
満島は最後の力で頑をぶん殴る。
「……先輩」
殴られた拍子に頑は目を覚ましたが、満島は退場していた。
ブザーが鳴った。
「なんたる死闘!!制したのはセブンライトだ!!修羅の道をのぼっていく!!」
「あまりにアクシデントが多すぎましたね」
「確かにこれほどまでに様々なこと巻き起こる戦闘は滅多にないですもんね。セブンライト、よくやりましたね」
「ええ、特に空雄くんですよ。第四の番人、バグを起こした奏エちゃん、ララとロロ。こんな化け物たちに囲まれていながら、最後まで立っていましたから。さすがですね」
「そうですね。さあ、次に第四の番人 マグネスと戦うのは修羅の道踏破、最有力候補の「アイワンパンチ」だ!瓦礫の上でも一撃必殺が見られるか!?」