第十一話 幻想郷の思考戦
「っていうことがあったので!!私!!頑じゃなくて志田になりますッ!!!!」
綾木戦闘所の二階、先輩にしっかり報告する頑のバカ声が響く。
両耳を塞いでいた指を抜いて返事をする満島。
「そりゃあ、よかったな」
「はい!!」
今日は沙夜が私用でいなかったため、コンビ二人で仲良くトレーニングをしていたのだ。
朝から沙夜に言われたメニューをこなし、現在夕方6時、トレーニング終了だ。
「それで……あのぅ、相談があるんですけど……」
頑は満島のデスクに一冊の雑誌を置く。
「なんだよ。結婚情報誌じゃねぇか」
「はいぃ。先輩、5000万で手術したら、残りの5000万で結婚式あげろって言ってたじゃないですかぁ」
「言ったか?そんなこと」
「それで色々調べたんですけど、ちょっと結婚式じゃ5000万って使いきれなそうなんですよね」
「そうか……じゃあ500にしとけ。残り4500万は俺がもらうから」
「確かに結婚式では使い切れないんですけど、それはそれでズルくないですか?」
「は?」
「だって私はハイラさんにお金返して、結婚式あげたら何もなくなっちゃうのに、先輩は4500万で好きなことできるって納得できないんですけど!」
「彼氏の命と豪華な結婚式の思い出が手に入るだろうが」
「だいたい、先輩4500万も貰って使うあてあるんすか?」
「うるせぇ、関係ねぇだろ」
「なんか先輩のことだから貯金して、放置みたいなことしそうで……」
「なんかのための貯金だろ。悪いかよ」
「いやぁ。悪くはないですけど」
「あと、使うあてあるからな」
「えっ!あるんですか!?」
「家、買おうと思ってんだよ。今賃貸だからよ。まあ、沙夜も退院したし、これから子供とかもできると考えたら、やっぱ戸建がいいかな、ってよ」
「……先輩。大人の男になろうとしてます?」
「もう大人の男だよ。妻帯者なめんなよ」
「なめてないですけど……。うーん、わかりました。そういう理由なら2500万で手を打ちましょう」
「バカかよ」
「だって!新生活始まるんですよ!!」
「普通、5000、5000で折半だろうが。それを譲歩して4500と5500にしてやるっつってんだよ。だいたい、もう勝った気でいるんじゃねぇよ。まだ半分だからな」
「それについては大丈夫ですよ。私、強いんで」
頑は自信に満ちた笑みを浮かべる。
「やれやれ、これから飲み会なんだ。テメェと無駄話する気はねぇ」
「お金のこと考えといてくださいよ」
「金の件は検討しない。それからその自惚れ、直しとけよ。油断は大敵だ」
そう言って満島は3階でコンピューターのメンテナンスをしていた藤高に挨拶すると、帰って行った。
「あーあ、冷たいなぁ。なんで結婚できたんだろう?」
今日の飲み会はいつもの同期会だ。
満島に頼み込まれて選考戦で脱落した「バロン」の二人、武田 祐大と伊賀 涼子は今日の飲み会代が満島のおごりだと聞いて、満島が居酒屋に到着する前から高めの料理を頼みまくっていた。
しかし、ことがことだけに満島は文句の一つも言わずさらに追加の注文をした。
「でもまあ、よかったね。奏エちゃんの件」
「浮かれっぱなしで見てらんねぇよ」
「今くらい多めに見てやんなよ」
「わかってるがよ、一日中バカ声の隣にいる身にもなってくれ。耳がおかしくなっちまう」
「まあまあ、暗いよりずっといいでしょ」
「そりゃあそうだが、テンションの振れ幅に間がねぇのが問題だ」
満島のいう通り頑は0か100か。日本人の奥ゆかしさなど皆無だ。
「はいはい、ご苦労さん。そんなことより、この前の戦闘、見たぜ」
「あっ、そうそう、奏エちゃん。強すぎじゃない?」
武田も伊賀も満島の愚痴より頑の強さを話したいようだ。
「まあ、あのバグのおかげでここ最近は異常だな」
「最初の番人はまだしも、この前の番人の時なんか、お前、何にもしてなかったろ」
「それは言うな。わかってるよ」
「もう、近接戦じゃ奏エちゃんの方が強いもんね」
「言ってくれんなって」
後輩が強くなってくれたことは良いことなのだが、生意気な後輩が自分より強いという状況は良くなかった。
「俺もこの前のトレーニングであのバグ使ってみたぜ」
武田が焼き鳥を頬張りながら言う。
「うまくできたか?」
「いいや、全然。バグ1・バグ2と同じ感じだ。俺、元々変身がうまくねぇからさ。自分の体から変身するのも自分の体にしてやってみたんだよ」
「それなら別にできそうだけどね」
言いながら伊賀はビールのジョッキを飲み干す。
「それが全然よ。すげぇスピードで変身と解除を繰り返してくんだけどさ、普通に動こうとすると変身の間で意識が体を置いてっちまってまともに動けないんだよ。自分から自分の変身でもこんなにムズイのに、奏エちゃんは戦車でやってるわけだろ?マジで変身はピーナッツ史上一番上手いんじゃね」
「……否めないが認めたくはねぇな」
「まあ、新人にできるのに自分たちができないのは、ちょっと悔しいところあるよね。わかるわ」
「もうちょっと風格があれば納得できるんだがなぁ」
強者の風格。
変身バグと弛まぬ努力で実力をつけている頑に足りないものである。
「今日は沙夜さんから頼まれて〜特別メニューを用意しています〜」
藤高ののんびりボイスが真っ白な世界に響く。
頑は何も知らされず仮想空間に来ていた。午前中はいつも通り沙夜とトレーニングをしていたが、沙夜から一人で綾木戦闘所に行くように言われ、お昼で別れたのだ。
「特別メニュー?一体なんですか?」
「これから現れる人物を倒してください。レベル設定はα1です」
首をかしげる頑の前に現れたのは頑 願子だった。
「!! お母さん!?」
召喚されたのはロボットではなく、頑 願子本人だ。願子はパワーグローブ・パワーブーツを装備して奏エに構えた。
「さっ、やろうか、奏エ」
「やろうって……。藤高さん、これはどういう」
「前々から沙夜さんが「もう自分では奏エちゃんの相手としてふさわしくない」と言っていたので〜、頑さんに勝てる相手はやはり頑さんしかいないと思いお呼びしました〜」
「……わかりました。じゃあ、お母さん。本気でいいんだね?私、勝つよ?」
「ママン、なめんな」
奏エは人の姿で願子に殴りかかるが、願子はたやすくクロスカウンターを決めにくる。しかし、奏エは一瞬で戦車に変身し、車体を低く願子の拳をかわし、
ダッツパアアアアアァァァァン!!!!
下から強烈なアッパーを決める。
重い一撃で体が浮いた願子の足を払い、着地を妨害し、倒れた願子に対し、瞬間変身によるラッシュを決める。
ッダドダダダダダダダダダアアアアアアアアァァァァァァン!!!!!
奏エの成せる攻撃。パンチ、キック、砲撃、その全てがほぼ同時に願子を襲う。凄まじい猛攻に願子は抵抗すらできない。
ラッシュの中で蹴り上げが決まり、願子は上空に飛ばされる。奏エは戦車に変身しジェットで追いかけ、
ッバッドオオオオオオオオォォォォォォンン!!!!!
アームで願子を叩きつけた。
「うう……。さすがに修羅の道に出ているだけはあるな」
「お母さんじゃ無理だよ。私、強いもん」
願子はなんとか立ち上がり、空から降りてきた奏エを見据える。
「でも、私の方が強い」
「決着ついてるよ。降参したら?」
閃光。
ガッサアアアアアアアアアアアァァァァァァァンンン!!!!!!
願子の鋭いアッパーが奏エの車体を浮かせ、
バルギャアアアアアアアアァァァァァァァァァンンン!!!!!!!
次の瞬間にはかかと落としが決まり、奏エが何が起きているのか理解する間も無く、
ドガッシャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァンンンン!!!!!!!
奏エ戦車を蹴り飛ばす。
「なに……今の」
「奏エのとはちと違うけど、これもバグだよ。さっ、やろうか」
奏エは実の母の強さに冷や汗をかく。
頑 願子には強者の風格があった。
「さあ!やってまいりました!激熱!怒涛の大接戦!ピーナッツ修羅の道!!」
参加する戦士たちは公平を期すために、修羅の道の情報は遮断されているが、さらなる公平のため、順番変えがなされ、今回の第三の番人はセブンライトがトップバッターだ。
「実況は清水 武雄。解説は河合 優也さんです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「本日は修羅の道、古長 進一が作り出した第三の番人「トニトルス」との初戦になります。これまでと戦う順番を変え、「セブンライト」が一番手、二番手に「アイワンパンチ」最終戦が「victory fighter」となっております。なお、今回の番人に関しましては一部の能力情報の開示がなされています。手元の資料によりますと、トニトルスは攻撃力上限の光線を放つ、とあります。回数に制限があり、一度の戦闘で一回しか撃てないそうです。この情報は戦士たちに共有されています。河合さん、この情報開示というのはやはり、レベル調整が目的なんでしょうか?」
「おそらくそうでしょうね。レベルα1でも、無茶苦茶な強さにしてしまうと5に上がってしまいます。そのギリギリを攻めるために、レベル設定に考慮されるあらゆる手段を使ってるんだと思います」
「つまり、この光線以外に恐ろしい能力があると?」
「ええ、何か戦闘の要になる能力があるはずです。それも戦士が抵抗できないような」
「なるほど、セブンライトの方はどうでしょう?」
「前回の戦闘で奏エちゃんが極まってたので、あれが修羅の道でどこまで通用するのかって感じですね。確かに強いんですが、赤丸部隊の方々が単純な戦闘技術だけを要求してくるとは思えないんですよ。全体のバランスを考えて、それぞれこういう戦士はここで狩る、こういう戦法はここで狩るってしてると思うんです。セブンライトの一辺倒な戦法だといずれ、って感じがしますね」
河合の言う通りであった。
赤丸部隊はそれぞれ自らの特徴を知っている。その上で自分の役割を理解している。弱点を補い合い、長所で戦う。ピーナッツのチームとして完璧に完成された戦士たちなのだ。
現役時代からのチームワークが修羅の道にも活きている。
ただ強いだけではこの道は登れない。あらゆる戦法を高いレベルでできてこそピーナッツ最強を名乗れるのだ。
「今日もガンガン行きますよー!!!」
仮想空間に頑のバカ声が響く。
「だから油断すんなって」
「大丈夫ですよ!これは油断じゃないです!この前、お母さんにボコボコにされて反省してるので!」
「じゃあ、なんなんだよ。そのテンションは」
「花嫁テンション?」
頑のウザさが爆発し、満島はスルーした。
「藤高さん、戦闘開始お願いします」
「は〜い。頑さんもいいですか〜?」
「大丈夫です!!」
二人の前方に一人の青年が召喚された。
「攻撃力上限の光線があるらしい、が一発打たせればこっちが大きく有利になるはずだ。他の能力がわからない以上、迂闊に動けない。光線には最大限警戒しろ」
「了解です。近接戦闘戦車に変身。でも、こっちに来ないですね」
青年は棒立ちのままだ。二人の方を見てもいない。
「遠距離。探るか。援護を頼む」
相手に向かって走る満島をジェットで追い抜いていく頑。
「私が行きますよ。そういうのは後輩の仕事ですから」
「そうか……。遠隔衝撃グローブを」
後衛に回るためグローブを装備し、背中の銃を構える満島。
不気味だ。今までのやつとはまるで違う。何を隠している?
ジェットで向かっていった頑はトニトルスの目の前まで来ていた。ジェットの勢いのままアームで右ストレートを繰り出そうとするが、
ッバッッシュウウウゥゥゥゥ!!
見えない何かで上空高くにふき飛ばされた。
ジェットで体勢を立て直し、トニトルスの方を見れば目の前に輝くちりが見えた。
スウアァン!!!!!
次の瞬間、眩い光線が頑の車体を無に帰していた。
「!! 頑ああぁぁ!!!!!」
今のが光線か。
満島はトニトルスに視線を戻したが
「いない……」
頑は跡形もなく消え去り、トニトルスもどこにもいない。
真っ白な仮想空間の中に満島は一人。
「何が起きているんだ……?」
「これは!幻覚だ!!」
「どエライ能力ですね」
「現在、満島視点と第三者視点を同時に放送しております」
第三者視点では戦車の状態で気を失っている頑とその前方で戸惑う満島。そしてさらに前方から二人を眺めているトニトルスという形だ。
「奏エちゃんは何もできずに倒れましたからね。おそらくこのトニトルスの光線以外の能力は幻覚を見せる能力と、意識を奪う能力。幻覚を見せて気を失っている仲間を敵だと思わせ、仲間割れを起こし、残った方へトドメの光線。完璧な設計です」
「これはセブンライト万事休すか!?」
満島があたりを見渡すと、トニトルスを見つけた。
相変わらずそっぽを向いて棒立ちだ。
なんなんだこいつ。姿を消す能力か?瞬間移動か?どっちにしろ光線一発では戦えないだろう。何か別の能力があるのか。ひとまず、
バババババババババッ!!
満島は銃をトニトルスに向かって撃った。
数発命中したはずだが、トニトルスは微動だにしない。
効いてねぇのか。
満島はゆっくりトニトルスに近づいていく。
考えろ。何かがおかしい。一発だけの光線をあんなにたやすく使うか?頑はふき飛ばされていたな。あの衝撃波で戦うつもりか?
瞬間移動と衝撃波。しかし、ふき飛ばされた時、頑は大して傷ついていなかった。ダメージはそうでもないんじゃないか。だとすればまだ何か隠しているはずだ。くそ、探りが足りねぇ。
私が行きますよ。そういうのは後輩の仕事ですから。
満島は足を止めた。
頑がそんなこと言うか?
言うなら、「先輩はそこで見ててください。一瞬で終わらせてきますから」とかじゃないか。
……あれは頑じゃない。見えないだけでまだどこかにいる。
幻覚だ。あの頑も光線も。
満島は前方に佇むトニトルスを見つめる。
敵の狙いは一つ、俺に頑を倒させて、俺は光線でトドメ。なら、
満島はトニトルスに向かって走り、
ガシャアッシッ!!
トニトルスを掴んだが、その大きさ、感触は明らかに頑の戦車だった。
大きく息を吸い込み、
「頑あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「満島の大声で頑!目を覚ました!」
「幻覚だと見破ったようです。さすが空雄くんですね」
「経験がものを言ってますね。頑の画面では第三者視点と同じ状況ですね」
「もしかしたら、幻覚は片方にしか見せられないのかもしれません。意識を奪う能力もどちらか一方。両方できたらそれだけで戦闘が終わってしまいますからね」
「無駄のない完璧な作りというわけですね」
先輩?
目を覚ました頑は満島に掴まれている状況に少々困惑したが、目の前に輝くちりが見え、とっさに満島をトニトルスの方へ高く投げた。
スウアァン!!!!!
次の瞬間、眩い光線が頑の車体を無に帰していた。
「頑!最強の光線を前に退場!」
「空雄くんを投げて二人同時退場を回避しています。判断もよくなってきましたね」
満島は飛ばされていた。
頑が投げたんだ。この先、何も見えないが、必ず奴はそこにいる。
空中で体をひねって体勢を整える。
「会話体を分けてください」
「分けました〜」
俺が幻覚を見ている間、頑は何もしていないようだった。おそらく身動きが取れない状況だったんだろう。俺もその状況にしてくるはずだ。
「ブースト発動!!」
ユイーン!
手榴弾を。
満島の手の中に手榴弾が召喚される。すぐさま満島は片手でピンを外し、レバーをはなす。
ゾアン!
満島の意識が途絶えた。
「満島!惜しくも意識を失いトニトルスの眼前に落下!!」
「意識を奪ったまま、ブーストが終了するのを待って、空雄くんのグローブを奪って戦闘終了ですかね」
ッッドアアオオオォォォォンン!!!!!
満島の手榴弾が爆発し、トニトルスはふき飛んだ。
ブザーが鳴った。
イーユン!
ブースト中だった満島は無傷で目を覚ました。
「満島!!幻覚に囚われながらもトニトルスの能力を読んでいた!これが規格外と呼ばれた男だ!!」
「情報量は相当少なかったはずですが、よく読み勝ちましたね」
「セブンライトは頑だけではないと、思い出させてくれましたね」
「そうですね。ここ最近は奏エちゃんの影に隠れてましたが、空雄くんも間違いなく実力のある戦士ですからね」
「さあ、次回この番人を相手にするのは圧倒的な戦略と圧倒的な爆発力を兼ね備え、修羅の道踏破に最も近いといわれているコンビ「アイワンパンチ」だ!!戦慄の一撃が幻惑にも決まるのか!?」
その後、「アイワンパンチ」は勝利し駒を進めたが、「victory fighter」は持ち味の容赦のない速攻が味方に決まる形となり、第三の番人に狩られた。
セブンライトの二人は変わらず、各々トレーニングを続けていた。そんなある日の深夜。頑の元に電話がかかってきた。
ベッドの上で少々イライラしながら出ると、電話の主は満島だった。
その声色は焦っているようで、いつも冷静な満島とは様子が違った。
「頑、夜遅くにすまないな」
「なんですか?こんな時間に。寝不足は明日の走り込みに響くから嫌なんですけど」
「大至急、松浦大学病院に来てくれ」
「話、聞いてました?寝たいんですけど?」
「藤高さんが……亡くなった」
「は?」