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第3話「山田に殺される」(1/3)

「おい、待てよタク! 昨日はあれからもみじちゃんとどうだったんだ?」

「どうもこうもねぇよ、お前のせいで昨日は大変だったんだからな!」

「大変ってもしかして、もみじちゃんに迫られたとか? ……っておーい! 待てってば!」


 キッペーの軽口を振り払うように速足で海沿いの坂道を下っていく。

 こいつの冗談が別の意味で半分以上当たっているのが何とも腹立たしい。


「なぁタク、お前もみじちゃんの事いいって思ってんだろ?俺も協力してやるから、もっと積極的にいこうぜ?」

「別に俺は鳴神の事そんな風には思ってねぇよ……確かに可愛いとは思うけどさ」



 そう、確かにあいつは可愛いんだ。おまけに性格も良いし、おまけにアレも思わず手を伸ばして触りたくなるくらいアレだ。

 あの時キッペーが俺達を残して立ち去った時だって、出来る事ならあいつとの会話を盛り上げて、いい感じになって、そしてさりげなく手を繋いだり腕を組んだりしたかったのは全くもって否めない。


 しかしあいつと二人きりになる事は文字通り自殺行為だ。

 気の利いた口説き文句を飛ばす前に回し蹴りが飛んでくるし、いい感じになる前にあいつの殺意がいい感じになるし、腕を組もうものならその腕をへし折られる。



 あいつは本当に良い奴だが、強いて欠点を挙げるとすれば「俺を殺そうとしている」事くらいだろうな。

 だから俺はあいつと二人きりになるのを避けるか、もしくは――


「……キッペー、むしろ俺がお前を応援する。何とか鳴神とふたりで一緒に帰って、そしてアタックチャンスをモノにしてくれ」

「お、おう……? タクがそれでいいなら俺も遠慮しないけど、後で恨むんじゃねぇぞ?」


 両手をわきわきとさせるキッペーに対し、俺は自らの命運を託すように笑顔でキッペーの肩をぽんぽんと叩く。

 こいつが鳴神に構ってくれればまぁ、ある程度はリスクも減るとして……次に処理すべきは昨晩発生したもうひとつの懸念事項だ。




「――サバイバルナイフ? ……なにそれ??」


 教室に着いた俺はとうとう用意されていた転校生用の席に座っていた鳴神を手招くと、俺の席の隣――キッペーの席にちょこんと座った彼女に昨晩の出来事を問い詰めてみた。

 ちなみにキッペーは何も言わずとも直前まで鳴神が座っていた席、昨日までみかん箱が置かれていた座席に座ってくれた。話のわかる奴だ。



「昨日おまわりさんのお世話になっちゃったのは謝るけど、それはわたしじゃないよ。昨日はあれから真っ直ぐ帰ったし……わたし、刃物の投擲はすごく苦手だもん」


 殺そうとした事は謝らないのかよ、と突っ込みたくなるのを抑えつつ俺は小声で話す彼女の事情に耳を傾ける。

 何でも彼女は里での修行の際、投げたクナイがことごとく標的を外れて師匠や同胞たちをまとめて殺し掛けた事があるらしい。それ以降彼女はクナイを持つ事は許されず、体術に特化した暗殺術を教え込まれたのだと言う。


 彼女のエピソードがブラフである可能性も否めないが、とりあえず今はその話が本当で、昨晩の犯行が彼女のものでないと仮定しよう。そうなると犯人はやはり……。



「ん……? タク、今日って音楽の授業あったか?」


 証拠品を確認するように鞄から取り出したアルトリコーダーを、キッペーに目ざとく見つけられる。


「あぁ……いや、昨晩自宅の近くで拾ったんだよ。うちの学校の誰かが落としたのかと思ってさ」

「ふーん。名前は何て書いてあるんだ?」

「山田って書いてあるな。うちのクラスの人のじゃなさそうだな」

「だな。 ……山田、 山田ねぇ……」

「やまだ……?」



 腕組みをして考えるキッペーの横で、鳴神も不思議そうに山田の名前を復誦する。

 その様子に頬を緩ませながら椅子を傾けていたキッペーが、程無くしてひとつの候補に辿り着いた。


「――確か隣のクラスに山田って子が居たはずだな。結構派手で可愛い見た目なのに山田って苗字なのが面白くて妙に記憶に残ってるわ」

「全国の山田さんに怒られそうな印象だな……まぁいい、昼休みにその子に会いに行ってみるか」

「これをきっかけに山田ちゃんと仲良くなれたら紹介してくれよ?」

「やまだ……」


 

 いつものように軽口を叩くキッペーの隣で、鳴神は俺やキッペーや自分自身を交互にきょろきょろと見回しながら山田の名前を呟いていた。







 そして昼休み。いつもより早めに弁当を平らげた俺は、目的の子が別の場所へ行ってしまう前に隣のクラスへと向かった。



「あの、ちょっといいかな?」


 引き戸を開けた瞬間に襲い掛かる他クラス特有の強烈なアウェー感に耐えつつ、俺はすぐ側の席で本を読んでいた黒髪の子に話し掛ける。


「……ん?」

「その、このクラスに山田って子が居ると思うんだけど……」

「…………んふっ」


 俺の問いに対してその子は長い髪を揺らしながら噴き出すように笑う。

 ……俺、なんか面白い事言ったか??



「……あぁいや、ごめん。 山田ね、居るよ。ちょっと待ってて」


 かけていた眼鏡を直し、本にしおりを挟んでぱたんと閉じると、その子はおもむろに立ち上がり教室の中央に向かって大声を張り上げる。



「山田~~っ! お客さんだぞ~~っ!!」



「――山田って呼ぶんじゃないわよバカ――ッ!!!」



 すぐに返ってくるヒステリックな反応にけたけたと笑うと、その子は俺に振り返り小さく背伸びしながら耳打ちする。


「……と言う感じにあの阿呆は苗字で呼ぶとすぐキレるんだ。気を付けなよ」


 そこまで言って顔を離したその子と入れ替わるように山田と呼ばれた子がずんずんと俺に近付き、そのまま教室の外へと俺を押し出すように迫り続ける。

 どうやら今の一件のせいで相当ご立腹のようだが、だからと言って無実で無関係な俺に怒りをぶち撒けられてもそれはそれで困る。



「――で、あたしに何か用?」


 両手を腰に当て、お世辞にも大きいとは言えない胸を張り、ツインテールに束ねられた金髪を振り払いながら、彼女は分かりやすく高圧的な態度でこちらに用件を伺ってくる。

 確かに山田さんっぽくは無い出で立ちだな、と思いつつも、まずは彼女の逆鱗に触れぬようコミュニケーションを取る手段を模索する。


「あー……俺はその、拓真って言うんだけど。君の名前は?」


 あえて苗字を名乗らずファーストネームだけを名乗る事で、相手にもファーストネームだけ意識させると言うファインプレーだ。


「山田桐香(きりか)よ。桐香でいいわ」


 ……まぁ、フルネームを名乗る事は大事だな、うん。


「言い忘れていたが俺の苗字は剣菱だ。 ……それで、だ。昨日帰り道でこれを拾ったんだが……これ、桐香さんのじゃないか?」


 そう言って鞄からアルトリコーダーを取り出す。

 彼女はそれを手に取り、裏に書かれた名前を含めてひと通り見回し。



「……悪いけどあたしのじゃないわ。確かに苗字は同じだけど」


 ――怪訝そうな顔でアルトリコーダーを俺に返してきた。



「そうか……まぁ、君のじゃないならそれでいいんだ」


 そう言って鞄の中にアルトリコーダーをしまう。

 まぁ、他のクラスの山田さんが落とした可能性もあるだろうしな。



 ――しかし。



「用事はそれだけ? だったらあたしはこれで――」


「じゃあ、これはどうだ?」



 そう言って鞄の中から、ごく普通の学生鞄の中から刃渡り15cmのサバイバルナイフを唐突に取り出す。


 それを見た彼女の目線が、物騒で珍しい得物を前に注視する事なく一瞬だけ逸らされたのが確かに見えた。



「……あたしの物なわけないじゃない」



 一呼吸置いてから俺の問いを一蹴すると、彼女は踵を返し、



「そんなもの持って来て、校則違反よ」



 そこまで言って背中を向けると、そのまま教室の中へと立ち去って行った。

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