第2話「通学路で殺される」(2/3)
「拓真くーん!キッペーくーん! 一緒にかえろー!」
6時限目まで正座で耐え切ったキッペーを褒め称え、そのまま2人で気だるい掃除当番をこなした後。
教室に戻り荷物をまとめていた俺達を待ち構えていたかのように鳴神が現れた。
「……鳴神、おまえ陸上部の見学に行ってたんじゃないのか?」
「そうだったけど、もうすぐ拓真くん達が掃除終わると思って戻ってきちゃった!」
彼女の健気な振る舞いに、キッペーはすっかり感動しながら片肘で俺をひたすらに小突く。
俺もこれが鳴神以外の子なら同じように心で大きくガッツポーズをしていたし、何ならキッペーを放り投げて気絶させて二人きりで帰ってたんだが……。
「……まぁ、うん。帰ろうぜ、鳴神」
「うんっ!」
さりとてここで断るような気の利いた理由は思い付かないし、仮に思い付いたとしても数時間前に盃を交わした同志に失望されて後々面倒な事になるのが関の山だ。
俺は覚悟を決めて、鳴神の誘いに乗る事にした。
「それでもみじちゃん、陸上部の見学はどうだったの?」
「面白かったよ!佐藤さんや先輩の人たちも親切にしてくれたし、鳴神さんが入部してくれたら即戦力間違いなし、とか言われちゃった!」
「体育の時のもみじちゃん凄かったからな~、陸上部やバスケ部の子からスカウトが来るのもわかるよ」
「えへへ、わたし実は忍者ですから!」
そう言って笑う鳴神や釣られて爆笑するキッペーを引きつった笑顔で見届けながら、俺は一番右端、海岸線が一番良く見えるフェンス側を歩く。
中央にはキッペー、そして左端には鳴神。キッペーのアタックチャンスを演出しつつ万が一の鳴神の奇襲に備える事もできる無敵の布陣で、俺達はそれぞれの帰路へと続く坂道をゆっくりと歩いていた。
「明日はバスケ部の見学に行くって田中さんと約束したし楽しみだな~、あと鈴木さんが入ってるバレー部も気になるし、斉藤さんが入ってるソフト部も……」
「ってもみじちゃん、今日部活に誘ってくれた子の名前全部覚えてるの?」
「うん!休み時間に話し掛けてくれた子の名前もみんな覚えちゃったよ!」
まるで当然の事のように話しながら鳴神は笑う。
殺しのターゲットとしてフルネームと顔写真を教え込まれたであろう剣菱拓真の名前だけでなく、他のクラスメイトの名前まで彼女は全て覚えていたのだ。
「…………。」
談笑を続ける二人を見ながら、俺は無言のまま坂を登り続ける。
俺以外のクラスメイトの名前なんて、俺を殺し次第すぐに転校してしまう彼女にとっては本来は記憶どころか認識する必要すらない情報だろう。
それでも彼女が全てのクラスメイトの名前を記憶したのは、その「すぐに転校する」までの時間を、ほんの僅かの期間を、共に全力で楽しみたかったからに他ならない。
きっとこの学校に転校してくるまでにも、彼女は転校してきた全ての学校で全てのクラスメイトの名前を記憶し、全力で学校生活を楽しみ……そしてすぐに任務を達成し、その学校を去ってきたのだろう。
――思えば、彼女は何事にも全力で挑んでいた。
今日の体育の授業の時も、最初の自己紹介の時も、クラスメイトとの会話も、俺が校内を案内していた時の反応も――そして、旧校舎で俺を殺そうとした時も。
俺が見ていた間も、多分その前からもずっと、鳴神もみじは全力で今その時を心から楽しんでいたのだと思う。
『わたし、拓真くんとの殺し合いが、ここでの生活がすっごく楽しくなりそう!!』
昨日あの言葉を言われた場所をちょうど通りかかりながら、あの言葉の意味を反芻する。
あの言葉は威圧でも皮肉でもない、彼女が全力で俺に向けた正真正銘の歓喜の言葉だったのだろう。
「――なぁ、鳴神」
「うん?」
黄昏に染まる坂道を歩きながら、呟くように問いかける。
「……この学校で楽しくやっていけそうか?」
「――うん!!」
全力で即答する彼女に苦笑しながら海岸線を眺める。
こいつがここの学校生活に飽きるまでは死ぬわけにはいかないな、と言う奇妙な決意を抱きながら、俺は談笑を再開する二人の声をバックにゆっくりと歩き続けた。
・
「――やべ、教室に物理の宿題忘れてきちまった!」
他の学生達が賑わいながら歩く海沿いの大通り、そこからひとつ外れた小道。
俺達以外に誰も居なくなった最悪のタイミングで、このバカは突如そんな事を口走り始めやがった。
「お、おいキッペー!?そんな宿題なんていいから一緒に帰ろうぜ――」
「あの先生宿題忘れたら死ぬほど怒るのお前も知ってるだろ! じゃあなタク、今日のアタックチャンスはお前に譲るぜ!!」
引き止めぬ間もなくキッペーは小道の入り口へと駆け下りて行ってしまう。
かくして無敵の布陣は脆くも崩れ去り、後には俺と鳴神の二人だけが取り残される。
「……はは、キッペーはいつもあんな感じなんだよ」
「ふ~ん……そうなんだ……♪」
振り返るとアタックチャンスを得た殺人鬼が満面の笑みで距離を詰めてくる姿が見える。
――彼女のこの学校での生活は、もしかしたら俺の思っていた以上に早く終わってしまうかもしれない。