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第14話「事件調査で殺される①」(2/3)

 鹿後山の6合目、車で登れる山道の終着点となる路手(ろて)登山口。

 不必要とも思えるほどに広大な駐車場には、ここから徒歩で山頂を目指す人達が乗って来た車がぽつぽつと停められている。


「10年前はここももう少し賑わっていたんだがな」


 クーペのドアを閉めて、如月さんは懐かしそうに辺りを見回す。

 当時のレジャーブームに乗じて大々的に改装されたと言うこの登山口も、今では根っからの登山愛好家くらいしか利用していないらしい。



(長浜さんが山頂まで登った時も、ここまでは部活の顧問の車で来たって言ってたな)


 そんな事を思い出しながら、登山口の付近にぽつんと建てられたログハウス風の建物を眺める。

 長浜さんが登山の前にいつも立ち寄っている喫茶店がある、と言う話もしていたが、恐らくはあの建物がそうなのだろう。



「――ちょうどあの場所に、かつては『鹿後ノ宿』が建っていたんだ」


 俺の横に立って視線を追いながら、如月さんはしみじみと話し始める。


 レジャーブームが終わり登山客が減ったのか、それとも爆発事故の影響で人々に嫌忌され始めたのか……ともかく10年前から少しずつ旅館の客足は遠のいていき、その3年後には旅館は廃業、建物の解体もその年のうちに進められたらしい。


「当時の事故に関わる物件だし、私としては建物だけでも残して欲しかったが……流石に個人の力でそこまでの要求はできなかったよ」


 その後しばらくは駐車場以外何もない状態が続いていたが、2年前にあの喫茶店がオープンし、登山前の休憩所として細々と経営されているようだ。

 ネットの口コミも上々でこの店に来る為だけにここまで来る人もいるらしい、とは常連である長浜さんの談だ。

 おすすめのメニューは確か……。



「よし、事件の話の続きはあの店でしようか。お勧めのメニューはシカゴマウンテンパフェらしいぞ?」


 ……そう、そんな安直な名前のパフェだったな。



 恐らくその商品内容(大きさ)も安直なものなのだろうが……まぁ、店内での話は長くなるだろうし、コーヒー1杯で粘るよりは多少立派なものを注文した方が店員の目も気にせずに済むだろう。


 その時はその程度に気楽に構えながら喫茶店に入った、のだが。



「……デカ過ぎんだろ……」



 テーブルに置かれた2つのパフェを見ながら愕然とする。

 グラスと言うよりジョッキと言っても差し支えない、巨大なガラスの容器にヤケクソとも思えるほど高々と盛られたその甘味の山は、とてもじゃないが人数分注文するような代物ではない。


 ……とは言うものの、その事に関してはウェイトレスさんが「お二人で1つをシェアしてちょうど良いサイズのパフェですが大丈夫ですか?」と丁寧に説明してくれていたのだ。お店側は全くもって責められない。

 責めるべきなのは「我々はそう言う間柄では無いのでね、ひとつずつ戴くよ」などとすまし顔で固辞した対面のイケメン刑事だろう。



「で、如月さん。食べきれますかこれ……?」


 自分でもぎりぎり食べきれるかどうか微妙な物量を前に、俺はその向こうでだらだらと脂汗をかいているイケメン刑事に問い掛ける。


「あ、あぁ……食べきれない、事は無いとは思う……が、流石にこの量だとカロリーが凄そうだな。また香にお腹の肉を馬鹿にされてしまう……」

「えぇ……? 如月さん別に太ってないと思いますけどね。花崎先生はそんな所まで見てくるんですか?」

「――っ、あ、いや……あいつは、結構鋭いからな。 こうして服を着ていれば分からない事でも――じゃない、内面まで結構見てくるんだ」

「へぇ……? まぁ、あれでも保健の先生ですからね。やっぱり健康には人一倍厳しいのかもしれませんね」

「う、うん、そうだな」


 ぼそぼそと呟きながら何故か脂汗の量が増していくイケメン刑事を尻目に、窓の外のテラスから野良猫が俺達のパフェを狙うようにじっと見つめている。


 この物量を食べきるには猫の手も、いや猫の口も借りたいところではあるが、生憎このパフェにはチョコも多分に混じっているようだ。彼女に協力を頼むのは酷な話だろう。

 俺は野良猫とパフェの姿を撮影し、如月さんに少し失礼してそのままスマホの操作を続ける。



「……ん、どうした少年? 彼女にでもパフェの写真を送ってるのか?」

「ち、違いますよ。知り合いにこの店の常連が居るんです」



 弁解しながら長浜さんに2枚の写真を送り、手早くLINEの画面を閉じたところで――ホーム画面に置かれたひとつのアプリが目に留まる。


 俺が殺される立場となってから、殺そうとしている奴を追う立場となってから。

 いつでも起動できるように、ホーム画面の一番目立つ場所に置かれている自衛道具。



「……如月さん、すみません」

「ん?」

「如月さんとの会話、スマホで録音させてもらっても構わないですか?」



 その道具の起動画面を見せながら問い掛けた俺に対して。



「――ああ、構わんよ。少年にとって当然の権利だ」



 彼女は、何も問題が無いかのように快く頷いてくれる。



「今後も私との会話はいつでも録音してくれて構わないし……何なら、後で私のスマホにも録音データを送って欲しいとも思っている。捜査記録は多い方が良いからな」

「有難うございます。データの送信はLINEでも大丈夫ですか?」

「……これは公務じゃなくて私用の捜査だからな。それで構わないよ」



 彼女とLINEを交換し、スマホをテーブルの上に置く。


 録音開始のボタンが押され、気の抜けた起動音が鳴った瞬間。

 如月刑事の表情が、その場の空気が、パフェなど場違いであるかのように鋭く張り詰めていくのを感じた。







「では、本題に入ろう」


 短く言って、彼女は1冊のスクラップブックを鞄から取り出す。

 レトロな色彩の表紙が、そしてその表面に施されたラミネート加工が日に焼け掠れている様が、彼女がそれを何度も開き、見返し、編纂していった10年間の歳月を彷彿とさせている。


「まずは当時の事故が報道された新聞記事だな……とは言っても先程話した以上の内容は載っていないが」


 そう言いながら指し示された新聞記事――10年前の日付が記された社会面の記事は、第一報こそ写真付きで大きく報道されているものの、その後の報道は目に見えて小さくなって行き、数か月後の日付が記された「捜査本部、本件を事故と断定」と言う短い記事の切り抜きを最後に更新が止まっている。



「当時の週刊誌の該当記事も一応綴じているが……まぁ、見る価値はない内容だろう。次を開いてくれ」


 オーバーな見出しの記事を読み飛ばしてページをめくると、古ぼけた2階建ての建物が写った写真がまず目に付いた。


「これが当時の『鹿後ノ宿』を正面から写した写真だ。この駐車場のラインがちょうどあそこのラインと同じで……だいたいこの喫茶店と同じ位置に建っていたのが分かるだろう?」


 窓の外と写真を交互に指し示す彼女に頷き、再びページの上へと視線を落とす。



 写真は建物の正面写真だけではなく、建物の側面や周囲の状況、正面扉の近影、館内の廊下や窓や天井の様子、食堂や厨房の様子、客室内の様子や備品(アメニティ)の設置状況……など、旅館に関する様々な写真が数ページにわたり綴じられていた。

 ……恐らくこの旅館が取り壊される事が決定した後、彼女は何度もここに赴き、何枚も写真を撮って、事件解決のための検証材料を懸命に遺そうとしたのだろう。



「どこまでが事件と関係あるかは分からないが……少なくとも当時の情景は伝わるだろう? ――じゃあ、次を開いてくれ」


 彼女に促され、名残惜しくもページをめくる。

 そこには手書きながらもそれなりの緻密さが伺える平面図が綴じられている……どうやらこれは旅館の簡単な間取り図らしい。



「まず1階の正面扉から入ってすぐ前方に受付があり、そこから2階への階段や1階の食堂、客室へ続く廊下へと左右に繋がっている」


「2階も1階も廊下がぐるりと一周する構造となっており、その廊下の途中、旅館全体で見てちょうど正面受付の反対側にも2階と1階を繋ぐ階段がある。階段は正面と反対側のふたつ存在していたわけだ」


「だがこの旅館には裏口は存在しないため、旅館を出入りするには正面受付を必ず通らなくてはならない。……ここまではいいかな?」


 視線を上げる彼女に対して再度頷く。



「当時この旅館にはふたつの公衆電話があった。ひとつは正面受付のカウンターそばに備え付けられたもの」


「そしてもうひとつは反対側の階段そばに備え付けられたもので……当時あの救急車を呼んだ119番通報は、こちらの方の公衆電話から掛けられた事が判明している」


 図面を指さしながら紡がれる彼女の言葉に、新聞記事やインターネット百科事典では知る事のできない情報の片鱗に、小さく息を呑む。



「……それじゃあ、旅館に居た誰かがその公衆電話を使って、親父の乗っていた救急車を呼んだって事ですか?」

「最初は警察もそう考えていた。――だが、最終的には旅館に居た者は()()()()()()()()()、と言う結論となったんだ」

「……!?」



 そこまで言うと彼女は再び視線を上げて、警察がその結論に至った経緯をゆっくりと説明し始めた。



「まず第一に、旅館には急病人など出てはいなかった」


 旅館に急病人が発生した、と言うのが後に警察が取得した通報の内容だったらしい……が、その内容に反して旅館には怪我人も病人も発生しておらず、受付の人も事情聴取が行われるまで救急車が呼ばれた事すら知らなかったと言う。


「と言う事は、誰かが救急車を呼び寄せる為に嘘の119番通報をした可能性があるって事ですか?」

「ああ、そうなるな。 もちろん単なる悪戯と言う可能性もあるが……通報者の姿を見る限り、とても悪戯をしそうな年齢には見えなかったな」

「通報者の姿、って……写真か何かに写ってたんですか!?」

「そこまで鮮明な画像ではないけどな」



 俺の疑問と驚愕を即座に解決するべく、彼女はスクラップブックのページをめくる。

 そこには、階段の側に立つ長身の男の後ろ姿が写し出されたモノクロ写真が綴じられていた。



「これは写真ではなく、当時の防犯カメラの映像を印刷したものだ」


 当時旅館には正面受付と裏側階段の2つ、つまりちょうど公衆電話が置かれた位置に防犯カメラが備え付けられていたと言う。

 

「左上に日時が印字されているだろう? この日時は119番通報の日時とぴったり一致しているんだ。――この男が通報した張本人である事は間違いない」

「じゃあ、その日の旅館の宿泊客と照らし合わせれば――」

「もちろん真っ先にその調査は行われたよ。……そしてその結果、宿泊客の誰にも該当者は存在しなかったんだ」



 警察はまず宿帳に書かれた宿泊客のうち、画像の男の身体的・年齢的特徴と合致する男性の宿泊客の調査を行ったが……通報が行われた当時は全員登山に出掛けており、旅館には居なかったらしい。

 彼らが旅館に戻り次第順次調査は行われたが、どの男性にも「登山中である事を証明する家族や登山仲間の証言」と言う完璧なアリバイがあったそうだ。


「それ以外の宿泊客は……まぁ調べるまでも無かっただろうな。女子供にご老人、どれも画像の男とは見た目や性別が違う」

「宿帳に嘘の年齢や性別を書いた宿泊客がいた、なんて事は……?」

「受付の人の目の前でそんな事をしたらすぐばれてしまうだろう?」


 そりゃまぁそうだ、と自分の発言を諫める。



「年齢や性別だけじゃない、連絡先や名前も全員が正規の内容をきちんと宿帳に書いていた」


「事件当日に全員……と言うわけでは無かったようだが、最終的には全員と連絡がとれて『画像の男ではない』と言う事が証明されたよ」



 彼女の話を統合すると、少なくとも宿帳に書かれた宿泊客は誰も119番通報をしていない、と言うのは間違いないらしい。


 ……となると、宿泊客以外の人物がさりげなく旅館に侵入して、裏側の公衆電話で119番通報を行ったって事か……?



「――ところが、当時外部の人物が旅館に侵入した形跡はない、と言う事も正面受付の人の証言や防犯カメラの映像で明らかになっているんだ」



 ……なんてこった。



「登山前の腹ごしらえとかトイレとか、宿泊以外の目的で旅館に立ち寄る客も日中であれば確かに居るそうだが……通報当時は夕方だった事もあって、そう言った外部の客が旅館に来る事は一切無かったそうだよ」

「……じゃ、じゃあ、昼間に旅館に入って、そのまま夕方まで旅館のどこかに潜んでいた可能性は……?」

「誰にも見つからずに潜伏し続けるのは難しそうだが……一応は警察もそのセンは考えて、日中に受付の防犯カメラに写った全ての外部の客を調べたらしい。結果、どの客も1時間以内に旅館を出る姿が写っているのを確認したそうだ」



 こちらの思い付きが、当時から捜査を続けている彼女によって当たり前のように否定されていく。



「……つまり、その時119番通報をしたのが誰なのか、ここに写っている男が誰なのかは……」

「――あぁ。()()()()()()、と言う事になるな」



 無念そうに、そして半ば自嘲気味に、如月刑事は苦笑した。



「うぅ~~ん…………」


 彼女の表情に釣られるように、当時の彼女の心境とシンクロするように、俺は上体を大きく反りながら唸ってしまう。

 流石に当時の警察が匙を投げた事故(事件)だ、第一歩目からなかなか一筋縄ではいかない。



「……だが、少年の発想はいいセン行っていたと思うぞ。あらゆる可能性を疑うのは刑事の素質があると思う」


 その気があるなら上司に推薦するぞ、と小さく笑う彼女に再び釣られるように、俺は照れながら小さく笑う。

 張り詰めていた空気が、少し柔らかくなるのを感じる。



「――いったん休憩するか。こちらの方もいただかないとな」



 少し溶けかけてしまっているパフェのグラスを手元に引き寄せて。

 ひと口すくったスプーンを口元に運びながら、如月さんは歳相応の女性の表情で柔らかに笑う。



「……ええ、話してばかりだと気疲れしちゃいますからね」


 彼女に合わせて、同じく溶けかけのパフェをひと口すくって口の中に放り込む。



 ――厄介な事件である事は分かり切っていたはずだ。

 のんびりもしていられないが、慌てるあまり気が滅入るハメになる事もない。


 溶けかけのパフェをゆっくり、ゆっくりと口へ運びながら。

 俺は次に提供される情報に備えて、彼女とのひと時を静かに愉しむのだった。


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