表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/52

第14話「事件調査で殺される①」(1/3)

「暑ちぃ……。」


 冷房も碌に効いていない蒸し暑いローカル電車を降り、すぐにその車内がまだマシな環境であった事を思い知りながら、重く圧し掛かるような太陽の光に目を細める。

 街の中心部から車で1時間、電車で1時間半かけて辿り着くこの山麓部は、遠く見下ろす海原から風が吹き抜ける中心部と比べ、より暑さが籠っている印象を感じる。



「鳴神が住んでる忍者の里もこんな感じなんかな……」


 独り言ちながら誰もいないホームを抜けて、改札に備え付けられた箱に切符を捨てて駅舎へと入る。

 扇風機が頼りなく回る木造の内装を見渡すが、窓口の奥でお茶を飲んでいる駅員のお爺ちゃん以外に人影は見当たらない。



 小さく息を吐きながら腕時計を見る。

 約束の時間は既に5分ほど過ぎており、むしろ()()の方が先にここに到着しているものと思っていたが……到着が遅れているのだろうか。



 念のため駅舎から外へと出て、再び照り付ける熱に顔をしかめながら周囲を見渡す。


 雑草が茂る駅前の広場を見渡すが、やはりそれらしい人影は見当たらない。

 当たり前だ、改札を通って来る俺を待つのにわざわざ駅舎の中でなくクソ暑い外で待つ理由はない――



(……ん?)


 駅舎の中へと戻ろうとした足を止める……と言うより、視界の隅に入ったものによって思わず止めさせられる。


 木板が敷き詰められた歩道の先、ひび割れたコンクリートの車道に横付けされた、真っ赤なクーペタイプのスポーツカー。

 牧歌的な風景にはおおよそ似合わないそのオブジェの手前、ちょうど駅舎の角からは陰となっている場所の奥から、細く青白い煙が陽光を受けながらたなびいている。



(もしかして……)


 彼女の習慣を思い出しながらその角を回り込む。


 視界の先に開けたのは、古ぼけた駅舎にそぐわぬ妙に新しいステンレス製のスタンド灰皿と……その側に立ち、ワイシャツを着た上半身の下にパンツスーツを履いた脚をすらりと伸ばしながら紫煙をくゆらせる女性の姿。



「……ん」


 程なくして、女性がこちらの姿に気付く。

 挨拶をしようと口を開くよりも一瞬早く、あちらが先にその口を開く。



「……――あぁ! もしかして()()かい!?」


 煙草を揉み消し、手のひらで煙を払いながら笑顔を見せる女性に対して。


「はい。 ……お久しぶりです、如月刑事」


 俺も笑顔で彼女の名前を――如月京香さんの名前を呼んだ。







「いやぁ、それにしても大きくなったなぁ。少年」


 ゴキゲンに冷房の効いた車内でそう話す如月さんを助手席で眺めながら、鹿後山の麓へと続く車道を走り抜けていく。


「如月さんも凄くかっこ良くなっててびっくりしましたよ」

「ははははっ!! なんだぁ少年、年上の女性を口説くなんてマセた事も覚えたのか? でもそう言う時は『綺麗になってびっくりした』って言うもんだぞ?」


 窓際に右肘を預けて片手ハンドルで運転しながら、ショートヘアーを冷風になびかせて彼女は笑う。

 目を柔らかに細めながらも前方を注視し続けるその横顔は、俺がガキの時に見かけた頃の印象よりも遥かに凛々しく、素敵だった。



 ――彼女と初めて会ったのは10年前。

 サイレンの赤い光が辺りを包む、親父の救急車の事故現場だった。



 当時まだ新米巡査だった彼女は、その日はお袋への事情聴取と俺のお守りを業務として担っていた。


『ね、ねぇ、少年? お母さんはまだお話しなきゃいけないから、お姉さんと一緒に遊んでようか』

『やだー! 早く帰ってお父さんと昨日の続きをして遊ぶんだー!!』

『そ、そっかぁ。 ……それじゃ少年、お父さんと昨日何をして遊んでたか教えて? お姉さんが代わりに続きを遊んであげる』


 ……細かい会話の内容までは覚えてないが、とにかく早く帰りたくてぐずっていた俺を困ったようにあやしてくれたのを、当時見ていたアニメのごっこ遊びを一緒にしたのを、今でも何となく覚えている。



 その後は業務としてではなく、彼女自身のプライベートとしてお袋や俺を気に掛けてくれて、細く長く付き合いが続いていた。

 俺が最後に彼女と出会ったのは7年前……親父の3回忌の時だったが、お袋とはその後も時々連絡を取り合ったり、年賀状を送り合ったり、ちょっとした会食で出会ったりしていたようだ。



「――しかし、少年があの事故を詳しく調査したがっている、と香から聞いた時は驚いたよ」


 あの頃と同じ呼び方で俺を呼びながら、如月さんは横顔のまま話し掛ける。


「俺は如月さんと花崎先生が知り合いだった、と言う事に驚きましたよ」

「ふふ、私も香が少年(きみ)のクラスの担任教師だって聞いた時は驚いたなぁ。世界は狭いもんだ」


 数奇な縁の巡りの末に再開した二人は、その縁を互いに祝うように笑い合う。



 如月さんと花崎先生(香さん)は高3の頃の同級生であり、当時は多少仲が良いくらいの関係だったと言う。

 卒業後は警察署へ就職した如月さん、大学へ進学した花崎先生とで進路が分かれ、その後しばらく二人の接点は無かったが……1年前に偶然再会し、その後はしばしば連絡を取り合う関係となっているらしい。


「それで、先週会った時に花崎先生から俺の事を聞いたんでしたっけ?」


 俺の問いに対し彼女は微笑みながら頷く。

 ちょうど1週間前、臨海学習が終わった翌々日の夜……俺の自宅に掛かって来た電話で彼女自身が言っていた話だ。



「刑事としてあの事故について何か知らないか、と香に尋ねられてな」


「――良く知っている、と伝えたら、少年への協力をお願いされたんだ」



 花崎先生としては思い付きで尋ねたらしく、如月さんが事故当時に巡査として関わっていたこと、その縁で剣菱家と今でも繋がりがあることについては全くの想定外だったらしい。

 半ば興奮ぎみに花崎先生に促されて、すぐに俺宛てに電話を掛けて来て、こうして出会う算段を一気に立てる事となった……それが、これまでの経緯だった。



「人がせっかく気持ちよく寝ていたのに、あいつに突然叩き起こされながら質問されてな。いつも身勝手だし強引だし、まったく……」


 花崎先生への忌み事を呟きながら、しかしどこか楽しげな表情のまま、如月さんは登山口前の信号機に従い車を停止させる。

 1年前に再開してから、彼女達は同窓生として仲良くやっているらしい。



「……あれ、でも如月さん、電話で話してた時は花崎先生と二人で飲んでるって言ってませんでしたっけ?」

「――ぅえっ!?」


 ふと思いついた何気ない疑問に対し、彼女は素っ頓狂な声を挙げながら俺の方を向く。

 ……あれ、そんなに驚くような質問だったか?



「……あ、あぁ、そうだよ。居酒屋で香と飲んでて、私がつい眠ってしまって……そうしたら叩き起こされたんだ」

「え、でも如月さん、自宅の電話から掛けてきてましたよね?お袋が着信時に確認してましたし」

「――あ……、いや、そうだったかな、うん。 居酒屋じゃないな、私の家で飲んで、それで眠ってしまったん……だったかな?」


 先程までのクールな横顔から一転、如月さんは10年前の彼女のようにわたわたと慌てながら弁解を続ける。


 別に初めから「花崎先生と家で飲んで寝ていた」と言えばいいのに、あっさりとバレる嘘を付きながら必死に事実を隠そうとしているのは何なんだろうか。

 何か知られたらまずい事実でもあるのか……?



「あ~……、その、少年。今のやり取りは忘れてくれ。特に……香には内緒にしておいてくれ」

「花崎先生に? ……如月さん、何か俺に隠し事をしているんですか……?」

「い、いや、少年に不利益となるような隠し事はしていない、それは誓ってもいい。ただ……」

「ただ?」


「……私が、香にからかわれるのが恥ずかしいだけだ」



 顔を紅潮させてハンドルの上に項垂れる彼女に対し、俺もそれ以上言及するわけにもいかず言葉を止めてしまう。


 奇妙に微妙に気まずい空気が流れる中、車の窓から見える横断歩道を野良猫がのんびりと横断していた。







「――さて、着いたぞ」


 駅から車で5分、鹿後山の登山口からそのまま車道を走っておよそ15分。

 4合目付近に差し掛かる山道の路肩に車が寄せられ、そして完全に停車する。

 如月さんと共に車を降り、重苦しい熱気に早くも車内に戻りたくなるのを堪えながら……辺りをゆっくりと見回す。



 この場所に来るのも実に数年ぶりだが、その頃から――いや、10年前から何も変わっていなかった。

 見渡しの良い直線道路も、側面に切り立った岩肌も、ガードレールの外に広がる吸い込まれそうな木々萌える崖も……そして、道路の脇にぽつんと建てられた木製の小さな慰霊碑も、何もかも変わってはいなかった。


 

 慰霊碑ではちょうど壮年の男性が花を添えており、振り返ったところでちょうど俺達と視線が合う。

 思わず会釈をすると、相手も穏やかな表情で会釈を返しながら自分の車へと乗り込み、そして山道を降りるように走り去っていった。



「10年経っても、まだ献花をしてくれる人がいるんだな」

「ええ……有名な事故ですからね」


 慰霊碑の側まで近付き、供えられたばかりの黒く美しい百合の花を見下ろしながら呟く。



 ――鹿後山山麓・救急車爆発事故。

 当時は新聞の社会欄や全国ニュースでも大々的に取り上げられた事故であり、今でもインターネット百科事典の「鹿後山」「救急車」の項目の末端にその概要が記される程度には有名な事故だ。


 事故が起こったのはちょうど10年前、色めく紅葉が山麓の道を包む秋の夕暮れ前。

 鹿後山の6合目、車で登る事のできる最上部にて当時営まれていた登山客用の旅館、「鹿後ノ宿」からの119番通報を受けて出動した救急車が4合目まで登った山道――俺たちが今立っているここで突如爆発を起こし、付近を走っていた軽自動車1台を巻き込みながら炎上、大破した……()()()()事故である。



「車両の爆発事故自体はそこまで珍しくも無いんだ。 ……ただ、この事故は()()()()()()()()()事が一番の特徴であり、問題だった」



 そう、この事故は爆発の瞬間はもちろん、その前後数十分に渡り目撃情報が全く無い事故だった。


 ……親父をはじめ、救急車の乗員は全員死亡。

 巻き込まれた軽自動車の乗員も全員死亡しており、現場付近を通行しようとして最初の目撃者となった車の運転手が警察に通報した時は、既に2台の車両は遺体ごと炎に包まれている状態だったと言う。



「警察が――私が到着した時には、既に現場は日が暮れていて初動捜査が難しい状態となっていた」


「だが、それでも……車内にいた人達が、みんな手遅れである事だけははっきりと分かった」



 まだ成り立ての巡査だった頃……まだ俺と同じくらいの歳だった頃に見たであろう光景を思い出しながら、彼女はきゅっと目を閉じる。


 警察は事故と事件の両面で捜査を開始し、救急車や軽自動車の状態の調査、救急車の整備記録の調査、旅館の関係者への事情聴取、救急車の乗員の身辺調査などを進めていった。

 お袋もその日のうちに呼び出されて……親父の人付き合いとか、最近何か変わった事を言ってなかったかとか、そんな事を俺がぐずり出すまで何度も聞かれていたのを何となく覚えている。



「――だが、警察(我々)は遂に事件性を見出すことはできなかった」


 慰霊碑から離れ、道路の上を歩きながら彼女は淡々と語る。


 爆発の瞬間の決定的な目撃情報を得るのが絶望的な中、当時の警察は「救急車が爆破される理由」を様々な側面から必死で見出そうとしたが……結果として疑わしき理由は見つからず捜査は行き詰まり、「救急車が原因不明の爆発事故を起こした」と言う結論が下される事となった。


 インターネット百科事典にも、この事故については事故の概要とその結論だけが淡々と記されている。

 当時の人達にとっても、そして今の人達にとっても……この事故は、正真正銘、ただの事故として認識されていた。




「――さて、少年」


 ゆっくりと振り返りながら、彼女は俺に質問する。


「少年はこの一連の出来事を、ただの事故だと思うか?」




「…………。」



 真っ赤なクーペのハザードランプが、時を刻むように点滅し続けている。


 その明滅から目を逸らすように一度目を閉じて。

 そして、ゆっくりと開きながら彼女を見つめる。




「…………そうは、思いません」



 今年の春から、鳴神を始めとする様々な殺し屋に命を狙われ始めて。

 その依頼主が恐らく同一人物である事を察して。

 自宅で偶然見つけた巻物と書物によって、親父や祖先が恨み恨まれる人物の存在を知って。

 健康診断の時に、花崎先生との問答によってその人物とこの事故がおぼろげながらもはっきりと繋がって――。


 そんな一連の出来事によって強固となった想いを、ガキの頃から心の片隅に抱いていた想いを。

 俺は真っ直ぐに、彼女に向けて打ち明けた。



「…………。」



 ざあ、と木々を揺らす風が二人の間を通り抜ける。


 その風に揺れるショートヘアーに片手を添えながら――彼女は柔らかく微笑む。



「――……私も、10年間そうは思わないで(そう想って)いたよ」



 乱れた髪の毛を直し、凛とした表情で俺を見つめ返しながら、彼女は静かに、雄弁に語り始める。



「原因が分からないから事故扱いとする、と言うのは組織(警察)の都合で下された身勝手な解釈だ」


「その解釈によって同じ型式の救急車は『原因不明の爆発を起こす欠陥品』の烙印を押されて、被害者はただの不運な人物と見なされて――そして何より、遺された(少年)達がこうして疑念に苦しめられている」


「その無念を晴らすため、私は個人()としてこの事故――いや、この事件をずっと追っていた」



 そこまで話して、彼女は大きく天を仰いで。

 そして、再び俺の目を見つめながら右手を差し出す。



「私でよければどんな事でも力になるよ。――これからよろしく、剣菱拓真君」


「はい。――よろしくお願いします、如月刑事」



 差し出された右手を強く握り返す。


 その右手に篭められた熱は。

 今なお照り付ける真夏の陽光よりも熱く、そして力強く感じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ