第13話「水着姿に殺される」(3/9)
「――く……」
日陰でもなお眩しさを感じる視界の中で目が覚める。
砂浜に敷かれたレジャーシートの上、仰向けに寝かされていた身体はその全身が強烈な倦怠感に、そして肺の辺りが呼吸のたびに刺すような痛みに襲われる。
これだけ苦しい、天にも昇る気持ちとは正反対の状態なのだ。
幸いにもこの身体はまだ天国には行かずに済んでいるのだろう。
――ならば、隣のサマーベッドに横たわるサングラスを掛けた美女も。
恐らくは天使でなくただの人間なのだろう。
「……お、気が付いたか」
かくしてその見慣れぬ女性は、上体を起こしながら聞き慣れた声でこちらに話し掛けてきた。
「!? お前、まさか……」
「……? 何を驚いて……」
そこまで言いかけた後、ははぁ、と合点が着いたように口元を釣り上げると。
「――もしかして、私の水着姿に見惚れたのか?」
サングラスを額まで上げて、見慣れた瞳をこちらに見せて。
彼女は――楠木すみれは、見慣れたいつもの表情で笑った。
・
「鳴神さんが君を担いで海から上がって来た時は驚いたよ」
海の家で注文したのだろうか、青色に光るトロピカルジュースを片手に持ちながら、楠木はサマーベッドに横たわった優雅な姿で語っている。
パラソルで遮られた太陽の位置を見るに、恐らく俺の気絶している間に昼飯時は過ぎていたのだろう。ジュースはさながら食後のデザートと言うところだろうか。
対する俺は地べたに敷かれたレジャーシートの上に座り込み、体調も悪い、昼食もまだ食べられていないと言う何とも惨めな状態で彼女の話を聞いている。
「幸い呼吸も脈も止まっていなかったし、横に寝かせて腹を押して、海水を吐き出させる程度の応急処置しかしていなかったけどな。 ……不謹慎だが惜しかったな、君の呼吸が止まっていれば王子様の口付けで息を吹き返す白雪姫になれたのに――」
「――ちょ、ちょっと待ってくれ! ……あいつが、鳴神が俺を救助したのか!?」
「……うん? そうだと思うが……?」
何を驚いているんだ、彼女が君を担いでたんだからそうに決まっているだろう、とばかりに楠木は多少呆れるように答える。
……おかしい。
鳴神が俺を救助したのだとしたら、鳴神が俺を殺そうとした事実と辻褄が合わない。
たまたまあのブイの側、それも海中に一般市民が紛れ込んで来て殺害を遂行できなくなったのだろうか。
それとも何らかの理由で俺を殺そうとする事情が変わったのだろうか――
「……ちょっと待て剣菱。 鳴神さんは本当に君を殺そうとしたのか?」
俺の独り言を優雅に聞いていた楠木が、突如サマーベッドから身を乗り出して問い掛けて来る。
「あぁ、それがどうかしたか?」
「ん……あぁ。 いや……妙だな、と思ってな」
何を驚いているんだ、お前らが俺を殺そうとするのは今に始まった話じゃないだろう、とばかりに大いに呆れるように答える俺に対して、今度は楠木が独り言を呟き始める。
「こんなところで剣菱を殺しても仕方ないと思うんだがな……いや、ひょっとしたら鳴神さんにはここで殺せるアテでもあるのか……?」
「まぁ、鳴神みたいに海中に俺を引きずり込んで殺すのは楠木には無理だろうな」
「――あぁいや、まぁそれもあるんだが……うん、まぁいいか。どのみち今の私に君が殺せない事に変わりは無いしな」
散々思わせぶりな事を言ったあげく、彼女は独り言を打ち切りジュースを手に取る。何だったんだ一体。
「と言うか、その鳴神はどこに行ったんだ?」
「剣菱が目覚めるまで側に居ると言って聞かなかったが……私が着いてるから心配ない、と遊びに行かせたよ。君の事をだいぶ気に掛けてたし、やっぱり殺されかけたのは何かの勘違いなんじゃないか?」
「そうか……」
レジャーシートの上に立ち上がり、浜辺の周辺を見渡す。
海水浴を楽しむ喧騒の中、うちの学校の生徒の姿もちらほらと見えるが……鳴神の姿は見当たらない。恐らくはまた沖の方にでも泳ぎに行っているのだろう。
(助けてくれた礼を言わないとな……いやいや、その前にまず俺を溺死させようとした事を問い詰めないとな)
再びレジャーシートの上に座り、楠木の様子を眺める。
海水浴を楽しむ喧騒など何処吹く風、彼女は時折ジュースを口に含みながら眠そうにスマホを弄っている。
何度かキッペー特製の焼きそばについて言及していたとおり、彼女は泳ぐ事よりも食べる事の方が楽しみでここに来ているのだろう。
――それにしても、だ。
「すまない、剣菱。このスマホで私の姿を何枚か撮ってくれないか? 親父様に催促されてしまった」
「あ、あぁ」
撮影アプリが起動しているスマホを受け取り、ファインダーを合わせながら思う。
――制服姿も私服姿も地味な印象なのに、水着を着るだけでここまで印象が変わるものなのか。
普段は真っ直ぐに下ろされたストレートの黒髪は、今は団子状に束ねられて活発な印象を与えて。
ビキニほどの過激さは無いものの、胸部分と腰部分に分かれたセパレートタイプの水着はワインレッドの色調も相まって彼女の着痩せした体型を引き立たせて。
右手首にあしらわれた大きめのフラワーシュシュは、泳ぐ事を放棄する代わりに水着に付いたフリルとの相乗効果を引き出していて。
そんな普段見せない彼女の魅力が、彼女がポーズを変えるたびに、スマホのシャッター音が響くたびに表情を変えながら映し出されていく。
そして何より――
「さっきから思ってたが……楠木、眼鏡はどうしたんだ?」
「流石に今日はコンタクトにしているよ。水着を着ている以上は泳ぐ機会もあるかもしれないしな」
「そうか。……その、眼鏡があるか無いかで大分印象が変わるもんだな。……正直、掛けてない方が俺は好――」
「――おっと、そこまでだ剣菱。それ以上は決して小さくはない勢力をまとめて敵に回す事になるぞ?」
そう言うと楠木は、片手で眼鏡を掛けるジェスチャーをしながらけたけたと笑う。
……いくら印象が変わっても、この声色は、この笑い方は楠木すみれのままなんだな、とどこか安心する。
「うん、見た感じこの写真が一番良く撮れているし、これを適当に送っておけばいいか。有難う」
「どうせなら全部送ればいいんじゃないか?多分お前の親父さんなら全部保存するだろ」
「……それもそうだな」
少し面倒くさそうにポンポンとスマホを操作し、そして台に置くと再びサマーベッドの上に全身を横たえる。
すぐさまスマホから物凄い勢いで通知音が流れ続けるが、彼女は特に気にする事もなく残り少ないジュースをちびちびと飲んでいる。……いつものように意味不明な単語を返信する気も無いのは流石に可哀想じゃないか?
「便りが無いのが良い便り、とも言うしな。無理に毎回返事を送る事もないだろう」
その使い方は間違っているんじゃないか、と思わせながら呑気に寝転がっていた彼女だったが――
「――あぁそうだ、ついでと言ってはなんだが、ちょっと私に日焼け止めを塗ってくれないか?」
何を血迷ったか、突然そんな事を言い始めたのである。
「……は、はぁ!? おま、塗るって、お前……」
「いやぁ、剣菱が起きたら頼もうと思ってたんだよ。鳴神さんや山田は海に遊びに行ってしまってるし、羽賀は夕食用の肉の買い出しに行ったまま帰って来ないし」
「いや、お前、そう言う事じゃなくて」
「あぁいや、君もすぐに泳ぎに行くのなら構わないんだが」
「あぁ、い、いや、それは別にいいんだが、お前、その」
挙動不審となった俺に構わず、サマーベッドから下りてレジャーシートの上、俺のすぐ隣へと座り込む彼女。
その柔肌が、水着の赤色と対照的に映える白色が、俺の目の前に無防備に晒されている。
……この肌に、俺が、直接触れると言うのか?
それは何かの法律には触れないのか?
「楠木、その……本当に俺でいいのか?」
「なんだその含みのある言い方は。 今話したとおり君にしか頼めないんだよ、自分でやるとどうしても背中の部分に塗りムラができてしまうしな」
こちらの懸念など汲み取ろうともせず、楠木は俺を押し退けるようにレジャーシートの中央へと陣取る。
そして持っていたチューブ式の日焼け止めクリームを俺に手渡し、先程までサマーベッドの上でそうしていたように優雅に仰向けに寝転がって……。
「――まぁ、適当にやってくれよ。満遍なく塗られていればそれでいいからさ」
その撫で肩や鎖骨を、お腹や臍を、太ももや足裏を……そして水着のフリルが捲れて露わとなった3ヵ所のプライベートゾーンの膨らみを。
それらを他意なく俺に見せつけながら、彼女は気だるそうに笑った。




