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第1話「転校生に殺される」(3/3)

「……っぐ……」



 目が覚めるとそこは天国……ではなく、現校舎の保健室に備え付けられたベッドの上だった。

 俺は二度、三度深呼吸をして潰されかけた呼吸器が正常に機能していることを確かめると、身体を起こしながら見慣れぬ天井や整理された戸棚を見回し――



「――うわああぁぁ――っ!!?」



 俺を殺し掛けた張本人の顔が不意に視界に入り反射的に跳ね起きる。

 その張本人――鳴神もみじはベッドの側に座り、まるで俺が起きるのを待ち構えていたかのようにニコニコと微笑んでいた。


「おまっ、待て、やめろ――っ、 近付くな……っ!!」

「拓真くん、待って、落ち着いて!」

「落ち着けるわけないだろ!! っおい、やめろ、触るな――っ」



「……あらあらぁ~? 剣菱君、起きたと思ったらまたプロレスごっこの続きをしているのかしら~?」



 保健室の奥から近付くぽけぽけとした言葉に対し俺達は動きを止める。

 俺や鳴神のクラスの担任であり保健室の先生でもある花崎先生は、俺達の微笑ましい姿を、俺の必死な姿を見ながら「保健室では静かにね」と言うジェスチャーを口元に寄せた人差し指で示しながら静かに笑った。




 花崎先生に話を聞いたところ、どうもこの女は先程の殺人未遂を「プロレスごっこをしていた」と言う言い訳で誤魔化し通したらしい。

 その言い訳をぽけぽけと信用してしまう花崎先生も花崎先生だが、明け透けにそんな言い訳を通そうとするこの女もこの女である。

 いっそのこと「俺はこの女に殺されかけた」と先生に訴えるか……? とも思ったが、旧校舎の教室内に散乱した旧愛の巣くらいしか確たる証拠もない状況でそんな突拍子もない事を言っても、まだ「プロレスごっこをしていた」と言う言葉の方が信用されてしまうレベルだろう。



 仕方ない、今日は大人しく帰って明日以降にこの女が尻尾を出すのを粘り強く待つか……


「剣菱君も元気になったみたいだけど、今日は寄り道せずに真っ直ぐ帰宅してね。鳴神さん、剣菱君と一緒に帰ってあげて」

「はーい!」


 ……ってちょっと待て!誰がこんな殺人鬼と一緒に帰るか! 俺は一人で帰る!!


 そう息巻いていた俺に対してそいつは音もなく擦り寄り、あろう事か俺の耳元にそっと耳打ちしやがった。




(二人きりじゃない時は殺さないから、安心して)




「――ふっざけんな……っ!!」


 反射的にベッドから飛び降りながら思わず叫びそうになる俺の挙動を、花崎先生が口元に寄せた人差し指の可愛らしいジェスチャーで必死に止めようとする。

 その姿に毒気抜かれてしまった俺は思わず直立したまま先生に対しぺこりと謝罪し、鳴神と一緒に帰る事を承諾してしまう。



「それじゃ帰ろ、拓真君! 大丈夫だから、ね!」



 そう言って俺の手をとる鳴神の笑顔に対して、俺はこの世の終わりのような笑顔で応えてみせた。







「ねぇ拓真くん、待ってよ! ねぇってば~!!」



 既に道路から見える海岸線へと夕陽が落ち切ったのを横目に捉えながら、俺は後ろから聞こえる声を無視して家路へと急いでいた。


「ほら、周りにまだこんなに人がいるから! だから、その……大丈夫だから!」


 言葉を濁しながら近付いて来る声を引き離すように歩みを速める。

 流石に彼女も下校する生徒や買い物帰りの主婦が歩き回る中では『殺さない』と言う表現を用いる事すら憚られるらしい。



「…………。」



 ……まぁ、確かにこれだけ目撃者がいる中で首の骨を折るような真似をする事はないだろう。

 俺は速めていた歩みを一旦止めて、彼女が追い付くのを待った。



「……えへへ……」


 すぐに追い付いた彼女は、俺を少しだけ追い越すように回り込みながらはにかむように笑いかけてくる。

 そのいじらしさに一瞬だけ心を許しそうになるが、すぐに心を鬼にして目の前の殺人鬼に対し平静を装いながら再び家路への歩みを積み重ねていく。



「――だいたい、だ」


 黄昏に染まる坂道を登りながら、堪えていた心の声がふと漏れてしまう。


「ん??」

「顔を近付けるな! ――その、だいたい……何で俺を殺そうとしたんだよ」



 下校する生徒や買い物帰りの主婦の目を考慮し、最後の方は消え入るようなトーンとなってしまう。

 そんな俺の声に対しふんふんと頷きながら間近で聞き耳を立てていた彼女は、その距離を保ったまま照れくさそうに口を開いた。



「――わたし、忍者なの」


「…………は??」



 雑踏が歩みを止めずに通り過ぎるなか、俺の身体と思考だけが時が止まったかのように硬直する。

 そんな俺に構うことなく、鳴神もみじは自分の身の内を取り巻く諸事情を語り始めた。 



 彼女がここから電車で1時間以上かかる場所に存在する里でひっそりと暮らす忍者の一員であること。

 その忍者は畑仕事のほかに諜報や殺しの任務も秘密裏に担っており、彼女も幼少の頃からその任務に携わってきたこと。

 そして――今回の任務である「俺の殺害」のためにこの学校に転校してきたこと。



「……ちょっと待て、それじゃあ……」


 思考が硬直したまま、考えたくもない事実が頭をよぎる。


「お前は今までも、その……。 人を…………」

「ん? うん、殺して来たよ?」


 きょとんとした顔で特に葛藤もなく答える彼女に対し、更に身体が脱力していく。

 今まで見た事のない人種が目の前にいる恐怖に、心が震えるのを感じる。



「――俺は……」

「ん?」



 心の震えを、身体の震えを押さえながら。



「俺は、絶対お前なんかに殺されてやらねぇからな」



 蛇に睨まれた蛙になりたくないあまり、必死で強がってみせただけだった。



「…………。」

 


 ――だが、彼女の反応は。



「――うん! わたしも楽しみ!!」



 彼女の気持ちは、彼女の表情は。

 蛙をいたぶる蛇のそれではなく、まるで初めて出会う対等な存在に向けられたそれのように期待と喜びに満ち溢れていた。



 そんな彼女を見て、俺は――



「……いやいやいや、その反応はおかしいだろ」


 爽やかなBGMが流れ出しそうな雰囲気に呑まれる事なく冷静に異を唱えた。



「えぇー、そうかなぁ」

「世間一般的には同級生との殺し合いを楽しみにする女子高生はおかしいんだぞ?」

「でもほら、わたし忍者だし」

「いきなり俺の知らない物差しを持ち出してくるんじゃねぇー!!」


 坂を登る足を止めて問答を繰り返す俺達の周りを、買い物帰りの主婦が距離を置きながら通り過ぎていく。

 その様子に気付きこほんと咳払いをする俺に構うことなく、鳴神もみじは独白を再開する。



「……わたしね、任務のたびに色んな学校に行って……そして任務が終わったら、すぐ次の学校に転校していたの」


 彼女が優秀なのか、それとも彼女のターゲットが未熟すぎるのか。

 彼女に課せられた任務はいつも数日で終わり、彼女はクラスに馴染む間もなくターゲットの消えた学校を去っていたのだと言う。


「拓真くん隙だらけだし、スケベだし、わざわざ誰も居ない場所まで案内してくれるし、今回もいつもと同じようにすぐ終わっちゃうかなーと思ってたんだけど……」


 ……あれ、何か俺さりげなくむちゃくちゃディスられてる?


「でも、そうはならなかった。 拓真くん死ななかったし、こうして何とも無かったかのように話し続けてくれるし、そんな人に会えたの初めてで、何だか不思議な気持ちで……」



 そこまで言って言葉を止めたあと、愉しそうに一呼吸して。



「――わたし、拓真くんとの殺し合いが、ここでの生活がすっごく楽しくなりそう!!」



 物騒な言葉を吐きながら、瞳を黄昏に反射させてキラキラと輝かせながら。

 俺の事情も顧みず、その殺し屋は憎らしいほど可愛らしく笑った。




「それじゃあまた明日ね、拓真くん! 今度は学校の違う場所を案内してね!」


 その笑顔に不覚にも見惚れそうになるのも束の間、彼女はポニーテールを弾ませながらくるりと身体を反転させて駆け出す。


「ばっ、おま……っ、誰が殺されると分かってて案内するか!!」

「じゃあ今度は他の人も誘って大勢で行こうよー!」

「それじゃ案内する意味がねぇんだよぉぉ!!」



 深刻なジレンマに苛まれた俺の叫びも届かぬまま、彼女は風のように走り去っていく。



 ひとり残された俺は、明日からの彼女にとって素敵な日常を、自分にとって最悪な日常を思い浮かべながら黄昏にがっくりと身を落とすのだった。

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