第11話「告白されて殺される」(1/3)
『剣菱先輩! そ、その……っ、私と……お付き合いしていただけますか……っ!?』
『おう。 ――って、え……えぇぇ――っ!?』
終業式を前日に控えた1学期の最終日。
昼休みの屋上で半ば定例となった鳴神、キリカ、楠木その他1名による殺人鬼サミットに参加しながら、俺は始業前に聞いた後輩の言葉を脳内でリフレインさせ続けていた。
「拓真、何か元気ないわね……いや、元気はあるけど変な感じね。大丈夫?」
「うん……拓真くん、今朝からずっとこんな感じで……」
キリカと鳴神が何か話しているが、俺はこの人生において初めて訪れた我が世の春を、大手を振ってお袋に報告できる吉報をもたらしたあの子の言葉を思い返してニヤつき、そして直後の俺の無様な反応に自己嫌悪するのに忙しいんだ。
お前達みたいな我が世に冬しかもたらさない冬将軍に用は無いから、せいぜい頑張って夏本番になりかけた今日の日照りを少しでも冷やしてくれたまえ。
「――ふっふっふ、何故タクがこんな顔をしているか、この羽賀吉平は存じておりますぞお三方?」
……そんな俺のトリップもキッペーが空気も読まず主要国たちに上申し始めたせいで中止せざるを得なくなる。
「えぇー!? キッペーくん、ほんと!?」
「本当ですとももみじ殿、今朝こいつを訪ねて1年の子が教室に来ただろ?」
「あぁー、あの子が原因なの!? なになに、何の用事だったの?」
「俺もドアの側でこっそり聞いてたんだが、なんとあの子が拓真の事をごぐはぁぁぁ――っ!!?」
「……仕方ない、そこから先は俺から話すよ」
開催国パンチでその他1名の発言権を剥奪したうえで、俺は事の顛末を鳴神たち3人に話し始めた。
『……あの、剣菱先輩、ですよね?』
始業前の教室で鳴神やキッペーと談笑していた俺は、クラスメイトづてにその子に呼ばれ廊下まで赴いた。……その時に後ろを着いてきたキッペーに気付かなかったのは失策ではあるが。
『おう、確かに俺は剣菱だけど……何か用?』
『…………。』
すぐに用件を話さずもじもじとこちらを見つめるその顔に俺は見覚えがあった。
それもつい最近、それも学校ではない別の場所で会ったような……
『……その、この前の日曜日、火災のあったデパートに居ましたよね?』
『おう。火災に巻き込まれて色々大変だったな』
『……あの、その……私もその時、2階のお店に閉じ込められて、それで……』
『おう。…………おう?』
――思い出した。
あの時はもちろん制服姿では無かったが間違いない、今目の前に居るこの子はあの時俺が救助した女の子だ。
『――おう、それは大変だったな。怪我とかは無かったか?』
『はい、おかげ様で……。 ……その、今も心配してくださって、有難うございます……』
俯きがちに話す彼女の顔がみるみる紅く染まっていく。
……本当に大丈夫だったんだろうか、やっぱりあの時の火傷か何かが原因で熱でもあるんじゃないか?
『……私、あの時助けてくれた狼の着ぐるみを着た人のことが忘れられなくて、夢にまで見て……』
『お、おう』
そりゃまぁあんなふざけた格好の奴に救助されたら夢にも出るだろう。
『あの人は誰だったんだろう、と思ってたんですが……おととい、SNSでその人が女の人を背負って壁を下りる写真を見かけて……』
『お……おう……』
――この間楠木が見せて来たSNSで話題になっているらしい写真の事だ。
『ウルフベインが好きな妹さんにも教えてやってくれ、これはウルージュ界隈に新たな福音をもたらす奇跡の写真だ。ほら、これをミスルジュ本編っぽく描いたイラストもあるぞ?』などと早口でまくしたてる楠木を尻目に、俺と鳴神で顔を見合わせながら壮絶な愛想笑いを浮かべていた覚えがある。
『その写真は顔がスタンプで隠されてる写真だったんですが、私なんとかその人の顔が隠れていない写真を見つけて、その人が誰なのか探して……そして、2年生の剣菱先輩に似てる、って友達から聞いてここに来たんです』
『……おう』
『――こうして会ってみて確信しました。 先輩があの時助けてくれたんですね』
『お、おう……まぁ、な』
別にお礼を言われたくて助けたわけじゃないが、だからと言ってここでわざわざ人違いだと嘘を付く理由もない。
少し照れつつも肯定すると、俯いていた彼女が突然キッと真摯な表情でこちらを睨み付けてきた。
『会いたかった、本当に……――あ、あのっ! 剣菱先輩!!』
『お、おう?』
「――それで、その子に告白されて素っ頓狂な声を挙げたってわけ?」
「おう……」
事の顛末を聞きながら溜め息をつくキリカに対し、俺はその後輩に対してそうしたように情けない声を挙げる。
あの日彼女を助けた時はまさかこうなるとは思わなかったんだ、朝一番に晴天の霹靂を直撃した俺の心中も少しは察して欲しい。
「え、え!? それじゃ拓真くん、あの子と付き合うって事!? すごーい!! おめでとう~~!!」
目を輝かせながら俺の話を聞いていた鳴神はまるで自分の事のように喜んで祝福してくれる。……いやまぁまだ付き合うと決まったわけではないのだが。
「まったく、こんなスケベで唐変木な男に惚れちゃうなんてその子もツイてないわね」
キリカは変わらず辛辣に的確に俺を罵ってくる。半分くらいは当たっているので俺としても迂闊に反論できたものではない。
「でもまぁ、剣菱としても告白されて悪い気はしなかったんだろう? ならいいじゃないか、その子を確実にモノにする為に惚れ薬でも作ってやるか?」
さりげなく物騒な事を言いながら楠木はけたけたと笑う。……狼の着ぐるみやSNSの箇所はぼかして話したので、こいつの崇拝するあの写真の主が俺と鳴神である事は多分感付かれてはいないだろう。
「俺も見た事ない子だったから調べてみたんだけどよ、1年の長浜美奈ちゃんと言えば山岳部の期待の新人、気立ても良くて1年生はもちろん2年生や3年生にも大人気の子らしいぜ?」
「お、おう。確かに可愛いよな、長浜さん」
唐変木な俺の返答にキッペーはニヤつき、鳴神はニコニコし、キリカは不機嫌そうに首を傾げ、楠木はそんなキリカと俺を見ながら愉しそうに笑っている。
畜生こいつら他人事だと思って楽しみやがって、こいつらが他の誰かに告白されたら同じように笑ってやる。
「美奈ちゃんは休日も登山に行くほど山が好きらしいぜ。タク、今度の夏休みに郊外の鹿後山に登山デートでも行ったらどうだ?」
「うーん、登山は苦手だし鹿後山にはあまりいい思い出がないからなぁ……」
キッペーの提案はともかく、まずはその長浜さんと行く事になった直近のデートの事について考えなくてはならない。
『付き合うかどうかの答えはすぐじゃなくてもいいです。 ただ……良かったら今度一緒に遊びませんか?』
最初は夏休みの初日か二日目か……ともかく早い段階に遊びたい、と提案されたのだが、生憎夏休みに入ってしばらくは散々だった期末試験の代償として補修を受けなくてはならない。
なので午前中で終わる明日の終業式のあと一度帰って、それから駅前に集合して軽く遊ぼう、と言う話になったのである。
「昼からだと郊外の登山デートはちょっと無理だな。どこかでランチを食べて映画館かゲーセンにでも行けばいいんじゃないか?」
「わたしの家……の近くにある忍者の里、凄く楽しいよ!デートにもお勧めだよ!」
「電車で1時間以上かかるし厳しいんじゃないかしら……? あたしは普通に買い物を勧めたいわね。その子、前の買い物は火災で台無しになっちゃったんでしょ?」
「私も山田に賛成だな。駅前で登山用品が豊富な店と言えば――」
いつしか殺人鬼サミットは明日の俺のデートを案ずる保障理事会と化し、末席の俺はキッペー総書記たちを頼もしく思いながら議論に耳を傾ける。
かくして会議時間いっぱいまでかけて練りに練られたプランを託された俺は午後の授業や帰宅後の時間をウキウキで過ごし、そして明日の午後を楽しみにしながら幸せな眠りにつく。
――その時はまだ、翌日のデートが凄惨な結果に終わる事など文字通り夢にも思わなかった。




