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第10話「ヒーローショーで殺される」(3/4)

「……ど、どうしよう、拓真くん……?」


 逆さまとなっていた視界をこちらに戻しながら、鳴神が困惑した顔で耳打ちする。

 その様子に彼女が俺の殺害依頼よりも一般人の生命を優先する姿勢を崩していない事実を再確認し安心する……が、それだけで安心しきれる状況では全くない。


 下の階を起因としているであろう異常(火災)に気付いているのは、恐らくこのフロアではまだ俺達だけの様だ。

 しかしこのまま黙っていればその異常はすぐにでもこのフロア中に広がり、このフロアに居る客たちは、特にちびっ子たちはパニックに陥ってしまうだろう。



「……鳴神、俺に考えがある」


 言いながら俺は、アニメの第40話、Bパートでウルフベインが行っていた行動を思い出す。


「合図をしたら俺を跳ね除けろ。そしたら俺がちびっ子たちを怖がらせるから、お前(ミスティルージュ)がちびっ子たちを逆方向の階段から避難させてくれ」

「……う、うん。わかった……。 でも、怖がらせるって、どうやって?」

「それは俺に任せてくれ。 ――いくぞ、いち、にの……さん!」



 合図と共に俺は鳴神に補助されながら跳ね起き、概ね回復した全身をそそくさと鳴神の背後――遠くで炎が燃え盛る階段を背に向ける位置まで移動させる。


 予想外の展開に混乱していた楽屋の操作により、ステージに流れていた勝利の(間抜けな)テーマもようやく中断される。

 ……今ならマイクを通さない俺の声でも最後尾のちびっ子まで聴き取ってもらえるはずだ。

 台本には無い、練習なんかもちろんしていないが――やるしかない。



「――ウル、アッハッハッハ! ……この俺様のフォールを跳ね除けるとはやるなぁ、ミスティルージュ……だが、次の攻撃はどうかな?」


 慣れない高笑いの拙さに自ら頭を抱えつつも、俺は次の台詞を……あの時にウルフベインが放っていた必殺技の名前を必死で思い出しながら反芻する。


「後ろの炎が見えるか、ミスティルージュ? ……そうだ、俺の必殺技、ワイルドフレイムハリケーンだ! このままだとお前もちびっ子どもも丸焦げだぞ、どうする!?」



 我ながら迫真の演技だった……が、当のミスティルージュ(鳴神もみじ)はピンと来ない様子のまま仮面の下できょとんとした表情を浮かべている。


 ……お、おい、頼む、お前にアドリブ能力は微塵も期待していなかったがせめてこの場面はちょっとだけ空気を読んで俺の演技に合わせてくれ――



「……あぁ~~っ! 大変だぞ!? ウルフベインのワイルドフレアタイフーンがこのステージまで燃やしちゃう! ミスティルージュ、みんなを安全な場所まで連れて行って!!」


 俺の背後を見て事態を察したお姉さんが、俺のアドリブの意図を察してくれたプロの司会たるお姉さんが。

 俺の拙い記憶力から放たれる技名をさりげなく訂正しながら、鳴神にこの舞台の主人公として次に行うべき行動を示唆してくれる。



「――あ、あぁ! えっと……ちびっ子のみんな! ウルフベインはこのステージごとみんなを焼き殺すつもりだよ! わたしと一緒に逃げよう!」


 ギャラリーや保護者が遅れて事態に気付きざわつく中、ようやく俺の演技の意図に気付いてくれた鳴神はたどたどしくも妙に物騒な表現でちびっ子たちに避難を促す。

 ある子供ははしゃぎながら、またある子供は怯えながらも保護者に手を引かれながら、司会のお姉さんやミスティルージュ(鳴神もみじ)に先導されて反対方向、東側の階段へと駆け出していく。



ウルフベイン(たっくん)も逃げようよ! 自分の技で焼け死んじゃうなんてカッコ悪いよ!」

「ウルァッハッハ! 最後まで逃げないとは度胸のある子だ、早く逃げないと俺様の技で燃やしちまうぞ!」


 食い下がる妹に対して頭を撫でながら避難を促しつつ、側に居るキッペーに妹の事を任せる。普段はバカだがこう言う時は頼りになる奴だ。



 若干抵抗しつつも大人しくキッペーに連れられた妹や、フロア内の他の客たちが階段に向けて避難していくのを見届けていく。

 ――そして、俺は最後に残った戦闘員のおっちゃんと会話を交わした。



「上手くやったな、少年」

「ええ……ショーも大事ですが、皆の無事が何より大事ですので」

「いや、ショーの方もあんたが一枚上手だったよ。良いショー(死合い)だったし、嬢ちゃんが許すなら俺があんたと()りたかったぜ」

「……機会があれば、何時かやりましょうか」

「ふっ……まずはお互い生きてここを脱出できてからだな」


 拳を打ち合った後、一足先に階段へと消える謎のおっちゃんの背中を見ながら。



(…………いや、そもそもおっちゃんは何者だよ……?)



 名も知らぬ渋いモブ顔のおっちゃんに只々困惑するのであった。







「さて、と……」


 ちびっ子や他の劇団員たちの避難が完了し、他に誰も居なくなったステージの上。

 燻るような臭いが強くなっているのを感じながら、俺は自分も避難するための準備を進めていった。


 まず楽屋に戻り、机に置いていた自分の鞄を取ると、側に置いていた飲みかけのペットボトルや脱衣カゴの中にある普段着(一張羅)を手に取って鞄の中に詰め込む。

 できればここで着替えも行いたかったがそこまでの余裕はなさそうだ。俺はウルフベインのマスクだけを脱いで着ぐるみ姿のまま楽屋内を歩き、他の劇団員が持ち出し損ねてしまったであろうスマホや貴重品を可能な限り探し出し、後で渡すために回収する。


(あいつの持ち物は……)


 楽屋の奥、準備の時には入れさせてもらえなかったメイク室に入る。

 部屋の隅には綺麗に畳まれた服やスカート、そしてその脇に置かれた見覚えのある――自宅にあいつが持ち込んで来た事もあるショルダーバッグがあった。恐らくあいつの貴重品はここに全て入っているだろう。


(服も回収すべきか……いやいや、人の着替えに手を着けるのもアレだし避難の時は必要最低限の持ち物だけ持ち出せばいいか……いやいやいや、俺のようにこの服があいつの一張羅である可能性も……)


 悩んだ末に服やスカート、靴下も全てショルダーバッグに押し込み、そして鞄と一緒に背負った俺は楽屋を後にする。

 他の皆が下りていった東側の階段へと向かいながら西側の階段――俺や鳴神が最初に異変に気付いた場所を見ると、そこは既に一目で脱出が不可能である事が分かるほどの炎と熱で埋め尽くされていた。



 急いで階段を下りて3階へと辿り着く。

 西側の階段付近は4階のその場所よりも激しく炎が燃えているが、喫茶店や食器売り場が点在するフロア全体を見渡す限りではまだそこまで燃え広がっている様子はない。


(……となると、出火元は更に下の……)



 嫌な予感を感じつつ、更に階段を下りて2階へ辿り着いた俺を待っていたのは。

 既に火の手がフロア全体へと回っている光景だった。



(このフロアが出火元か……)


 確かこのフロアには洋服店と本屋、それに妹の大好きなドーナツ屋があったはずだ。

 恐らくはドーナツ屋の厨房で発生した火災が隣の本屋の方まで回り、数多の本に引火する事によって一気に燃え広がったのだろう。


 フロア内は危険な状況であるものの、幸い出火元から一番遠い東側(ここ)の階段まではまだ危険が及んでいない。

 ここを下りてしまえば後は1階フロアだ、正面口や東口、裏口と脱出できる出口はいくらでも――




「……けて! だれか…… たす……て……!!」



 ――なんてこった。

 既に炎が広がっているフロアの壁側中央付近、洋服店エリアの方から微かに、しかしはっきりと女性の声が聞こえてしまった。



(……どうする……?)



 自分の脱出を優先するか、その女性の救助を優先するか――



 ――そう思った次の瞬間。

 俺は一瞬でも()()()()()()()恥じながらフロア中央へと駆け出した。



「――助けに来たぞ! 返事をしてくれ!!」



 今はこんな着ぐるみを着てはいるが俺は悪役(ウルフベイン)じゃない……そしてヒーロー(ミスティルージュ)なんかでもない、ただのモブ役の一般市民だ。

 しかしそんな一般市民でも同じ一般市民をひとり救う事くらいは出来るはずだし――その可能性を放棄して自分だけ逃げたなんて事がバレたら、俺は俺を見守ってくれている剣菱譲(親父)に怒鳴られちまう。



「……っ!! こ、こっちです! たすけて……!!」


 今度ははっきりと聞こえた声の方向、若者向け洋服店の方を向くと。

 燃え広がりながら倒れて積み重なる衣類ハンガーに行く手を阻まれながら、俺と同じくらいの歳の女の子が悲痛な表情でこちらを見つめていた。



「良かった、すぐに見つかって――今助けるから、離れててくれ」


 言いながら鞄からペットボトルを取り出し、中身を全て頭からかぶる。

 そしてその水分が乾かぬうちに――呼吸を止めながら燃え盛る衣類ハンガーの側まで飛び込み、そしてラバー製の着ぐるみによって保護された両手でそれらを一気に跳ね除ける。


「さぁ、もう大丈夫だ!ハンガーが崩れ落ちないうちにこっちへ!」

「あぁ……! ありがとう……ありがとうございます……っ!」


 必死に駆け寄るあまり足がもつれそうになった彼女を着ぐるみ姿で抱き留め、そのまま比較的安全な通路上へと彼女を誘導する。

 店内には他に逃げ遅れた人はいないようだ。恐らく彼女だけがトイレか試着室に居る間に取り残されてしまったのだろう。



「東側の階段はまだ安全だからそこまで一緒に行こう、煙を吸い込まないよう慌てずゆっくりと着いて来てくれ」

「はい……っ!」


 緊張が解けて破顔する彼女に頷き返し、俺はゆっくりと東側階段へと引き返す。

 先程よりもフロア全体に火の手が回っているがまだ階段付近までには達していない、このペースでも充分に階段に辿り着き、1階まで下りる事は可能だろう。



 ――そう言えば妹やキッペー、鳴神たちは無事だろうか。

 俺たちが最後の避難者になっていればいいんだが……。



《――~~♪》



 そんな思案を見透かしたかのように、聞き慣れた着信音が自分の背負った鞄から聞こえる。

 自宅でお袋からの着信と間違えて痛い目を見たあの日に着信音を設定し直したからすぐ分かる、このイントロはキッペーのガラケーからの着信だ。



「…………っ」


 脱出を優先し着信を無視しようかとも思ったが、妙な胸騒ぎを感じ鞄からスマホを取り出して応答する。



『もしもし、タク! 無事か!?』

「なんとかな……もうすぐ東側の階段から1階まで下りれそうだ。 柚や他のみんなは無事か?」

『あぁ、俺も柚ちゃんももう外に居るが……』

「……? どうした?」

『あぁ、いや……』


 歯切れの悪い応答に胸騒ぎが大きくなる。


「――鳴神は無事か? そこに居るなら代わってくれ」

『い、いや、ここには居ない。 ……タク、いいから早く避難してくれ――』

「……おい……もしかして、鳴神はこの中に引き返して来てるのか!?」


 声を荒げながらも避難を進めるうちに、やがて俺達は東側の階段へと無事に辿り着く。

 いつでも1階に下りられる状態で足を止めながら、女の子が側で心配そうな顔をこちらに向けている。



『…………あぁ、そうだ。 ……お前がまだ残ってるからって、それで俺達が止めるのも振り切って……』

「……なんでだよ……」

『タク、落ち着いてくれ……もうすぐ消防車が来るはずだから、もみじちゃんはそっちに任せてお前は――』

「――なんで、なんでお前は死ぬ気で鳴神を止めなかったんだよ!!」



 そこまで激昂したあと、俺は一度通話を中断して傍らにいる彼女にひとりで1階まで避難するよう促す。

 こちらを心配しつつも意図を汲んでくれるように階下へと立ち去っていく彼女を見届けた後、俺は薄情者の同志に向けて通告する。


「キッペー、俺は3階か4階で鳴神と合流してからそっちに戻る。消防車が来たら3階か4階に要救助者(俺達)が残っていると伝えてくれ」

『お、おい、やめろ、タク!! お前が焼け死んじまったら俺は――――』


 キッペーの懇願を打ち切るように通話を切り、階段の上を見上げる。



 鳴神が俺と合流する為にデパートの中まで戻って来たのだとしたらこの階段を上ってくる可能性が高いが……もしかしたら既に3階か4階まで上ってしまった後かもしれない。

 階段(ここ)から一目見るだけでも2階フロアは既に火の手が広がり切っている。まさかここで俺が寄り道(救助活動)をしているとは夢にも思わないだろう。


「まずは4階から探してみるか……」


 着ぐるみに籠る熱によって額に噴き出す汗を腕で拭いながら、俺は鳴神が最初に俺を探すであろう4階のステージを目指して階段を上り始める。



 ……思えば、この時の俺はまだ。


 今から4階に戻って、首尾よく鳴神と合流して、再びこの階段を通って1階まで下りる事ができる。

 そんな都合の良い展開を思い描いていたのかもしれない。




「――――っ!!?」




 果たして物語のヒーロー(主人公)にだけ許されたその楽観的な展開は。


 3階まで辿り着いた瞬間、階上で響き渡る爆発音によって無情にも拒絶された。


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