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第10話「ヒーローショーで殺される」(2/4)

「――っぐ、 っぁああ――っ!!」


 スーツアクターでありながら声を挙げてしまう失態を犯しながら。

 鳴神もみじの跳び回し蹴りを頭部にまともに食らってしまった俺は、ステージの壁際まで派手に吹き飛ばされる。


 頭部を覆うラバー製のマスクが緩衝材となって致命傷は免れたが……同時にそのマスクによって普段よりも遥かに狭まった視界が、回避や防御を普段よりも困難なものとしている事実を思い知らされる。


(――っ、 くそ……っ!!)


 ステージに響く戦闘のテーマやちびっ子たちの歓声を聞きながら身体を起こし、即座に前方へと視界を戻す。

 そして今までとは違う姿で、今までと同じように追い打ちを掛けようと急速に迫る彼女の姿に応えるように両腕を構え、矢のように飛んでくるドロップキックを懸命にガードする。



「ミスティルージュの戦いが始まったよ! みんな精一杯応援してあげてね~!」


 アドリブの範疇を完全に超えたミスティルージュ(鳴神もみじ)の凶行に対し、驚くべきことに司会のお姉さんは止める事もせずショーを続行しようとする。

 ミスティルージュを応援するちびっ子たちの歓声、ステージに流れ続ける戦闘のテーマ、そして執拗に迫り来るミスティルージュ……

 俺以外の誰もが、この狂ったヒーローショーを中断しようとは考えぬまま会場のボルテージを高めていく。



「くそ、おい、鳴神! もっと加減しろ――」


 小声で訴えるものの彼女は全く聞く耳を持たず、足技を中心とした華麗なラッシュで俺の死角を的確に突き続けてくる。

 攻勢に転じる事もできずその攻撃をガードし続けていた矢先。



「――――っ!!」



 不意に俺の視界から彼女の姿が消える。


 マスクによって制限された視界ではどこに消えたのか追う事すらできない。

 しかし湧き上がるギャラリーのどよめきが、彼女が()()()()()()()()()()()のかを示しているのを察し、即座に両腕をクロスさせて頭上に掲げた。



「がっ――……!!」


 直後、彼女の垂直跳びから宙返りしつつ繰り出される跳び踵落としが。

 ギャラリーのシャッター音をバックに俺のガードの上に叩き落される。


「ぐ、ぅ……っ!!」


 辛うじてマスクごと脳天を叩き割られるのを防ぎ切った俺は、ちびっ子たちの歓声やギャラリーの拍手を受けながら必死にあいつとの距離を離す。



「すごい、良く今のをガードできたね、拓真く――ウルフベイン!」

「……けっ、伊達にお前の動きを日頃から見ちゃいねぇよ、ミスティルージュ!」



 BGMが鳴りやまぬ中、互いに交わされるアドリブ(本心)の台詞に図らずも会場のテンションが更に高まっていく。

 正直なところこんなしんどい戦闘シーンは今すぐにでも中止を訴えたいが、ここまで盛り上がった舞台を、主催者の期待を……そして妹の夢中な眼差しを裏切る訳にもいかない。




(……それにしても)


 不可解なのは鳴神のアクションだ。

 あいつの何時でも全力な性格を差し置いても、繰り出される攻撃は余りにも全力過ぎる。――全力過ぎて、一歩間違えれば()()()()()()()()


 いくらあいつと言えど、これだけ衆目が集まる中で俺を殺してしまう訳にもいかないだろう。

 ショーの筋書き通りにウルフベインを倒した、と見せかけるつもりで俺を殺そうとしているのか……とも思ったが、流石にそこまで度の超えたアドリブに対して司会のお姉さんがその場を上手く取り繕うとは思えない。

 「最初は強く当たってあとは流れで」と呑気にアドリブのアクションを推奨していたお姉さんと言えど、流石に只事でない俺の様子を見ればショーを中断して119番や110番に通報するに決まっている。


 ……そう、お姉さんが最初からグルでも無い限り――



(あ……)


 そこまで考えたところで、不意に俺は何時かの昼休みに鳴神と交わした雑談を思い出す。



『そういや鳴神、忍者の里ってやっぱり忍者ショーとかもやってんのか?』

『ん? うん、やってるよ?』


 それが当たり前の事であるかのようにニコニコと笑いながら、彼女は里の人達が本業(畑仕事)本業(殺害)の合間の副業として劇団のような組織を運営していること、その劇団は里の中での忍者ショーだけでなく街中の色々な場所でアクションショーを演じていること、そして鳴神自身も時々その劇団を手伝っていること……そんな事を話していた。



 そう言えばショーが始まる前、お姉さんは「劇団の同僚をピンチヒッターとして抜擢した」と言っていた。

 その言葉通り、鳴神がこの劇団の同僚であるとしたら……



(――この劇団は俺を殺そうとしてる組織に属する(忍者の里の)集団、って事じゃねぇかよ……)



 俺が劇団の主催者とやらによってウルフベイン役に抜擢された理由や、ミスティルージュ役が急に鳴神へと変更になった理由。

 その全てが繋がり合点が付いたところで、俺はステージを見回す。


 この舞台はミスティルージュ(鳴神もみじ)はもちろん、司会のお姉さんや周りを取り巻く戦闘員(仲間)すらも俺の敵である完全なアウェー・ゲームだ。

 俺が()()()しても最初からグルであるお姉さんが上手くハッピーエンドを取り繕い無事にヒーローショーを終了させて、後でゆっくりと証拠の隠蔽を行うつもりなのだろう。

 戦闘員たちはショーの体裁上こちらを裏切って襲い掛かって来る事はないものの、ステージの入口や客席側の階段をさりげなく塞ぎ、俺がショーを放棄して逃げ出す事が無いよう連携している。



(……畜生)


 かくして衆目に晒される中ミスティルージュとのヒーローショー(殺し合い)を強いられた俺は、マスクによって狭まれた視界で彼女の次の一手を



「――っぐ……っ!!?」


 視界から鳴神が消えた直後、反射的に左腕でガードした脇腹に彼女の右回し蹴りが恐ろしいほどの精度で刺し込まれて来る。

 強烈な衝撃に怯みつつも繰り出したストレートは情けなく空を切り、華麗なステップで間合いを取った直後のミスティルージュの左ハイキックが容赦なく俺の急所であるマスクと着ぐるみの境目、首筋付近を襲う。

 たまらず右腕でガードし、彼女はなおも襲い掛かってきて、俺は攻勢に移る糸口も掴めぬまま防戦一方となって……



「……くそっ……くそぉ……っ!!」


 作中のウルフベインと同じ情けない声を挙げながら、俺はミスティルージュのラッシュを必死にガードし続ける。


「がんばれー!ミスティルージュー!」

「ウルフベインなんてやっつけちゃえー!」


 相も変わらず戦闘のテーマが流れるステージに、ミスティルージュを応援するちびっ子たちの歓声が響き続ける。

 ――畜生、この舞台では観客すらも鳴神の味方だってのかよ……!!



「うるぁぁ――――っ!!」



 1発、2発あいつの攻撃をもらう覚悟で俺は鳴神の身体に肉迫する。

 ある程度の打撃であれば着ぐるみが緩衝してくれるはずだ、このまま捨て身のタックルで鳴神に組み付けば有利な状態で寝技に持ち込むことができる――



(――……っ!?)


 突進する俺に対し応戦する事なくバックステップで退いた鳴神は。

 ステージの端に追いつめた――そのつもりでいた俺のタックルを床に貼り付くように伏臥して回避する。


「おわ……っ!?」


 勢い余って壁に突っ込みそうになる俺の真下をくぐりながら、鳴神がステージの端に置かれていた何かを手に取るのが見える。

 そのまま彼女は、身体をバネのように捻りながら一回転させて――



「――ぐはぁぁ――っ!!?」


 手に取った猟銃――長身の散弾銃(レミントンM870)を振り回しその銃身をこちらの後頭部に容赦なく叩きつけてきた。



 ほぼ密着した距離から遠心力の加わった銃床による打撃をまともに食らい、たまらず俺はステージの背景となる壁へと吹き飛ばされる。

 味方の振りをした戦闘員たちは俺を庇う事もなくステージの反対方向へと散り散りとなり、俺は背景の壁を背にひとり鳴神と向き合う形となって――



「――――っぁ」



 躊躇なく向けられた銃口。


 一直線に死を連想させられるその光景に全身の毛が逆立つのを感じながら、

 軋む全身を総動員して全力で真横に飛び跳ねる。



 ――直後、風船が弾け飛ぶような乾いた轟音と共に。

 さっきまで俺が居た場所の背景の壁が跡形もなく吹き飛んだ。




「…………嘘だろ」


 発砲の反動でよろめくミスティルージュ(鳴神もみじ)を見ながら思わず呟く。



「すごーい!! かっこいいー!!」


 無邪気に喜ぶちびっ子たちの後ろで、大人のギャラリー達も場末で行われているヒーローショーとは思えぬ演出に固唾を飲んでいる。

 彼らは恐らく「アニメと同じように実銃の音や威力を忠実に再現したリアルな演出」だと感心しているのだろう。

 ……リアルな演出に見えるのは当たり前だ、こいつはたった今()()()()()をぶっ放したのだから。



(ふざけんな……何で、どうしてこんな……)


 圧倒的な武力差を前に戦意が急速に喪われていくのを感じながら、俺はポンプアクションで薬莢を排出しつつこちらに向かって来るミスティルージュ(殺人鬼)に対し否応なく対峙させられる。


 着ぐるみ程度では到底防げぬ殺傷武器をちらつかされて動きを制限され、誘導された場所に置くように放たれた強烈な回し蹴りを直撃する。

 跪く隙もなく向けられた銃口に対し逃げ惑い、回転しながら薙ぎ払われる銃身が側頭部を直撃し、更に膝蹴りが鳩尾にまともに入り――



「……が、ぁ……――」


 もはや攻防とは言えぬワンサイド・ゲームに晒され、ちびっ子たちの歓声や陽気なBGMが響き続けるステージでひとり生き地獄を味わう。


 マスクによって制限された視界は更にぼやけ、気が付けば全身は床に五体投地し、起き上がる気力も既に尽きてしまう。



《これで終わりだよ! ――君の悪の(ハート)、撃ち抜いてあげる! ミスティ・スカーレットスプラーッシュ!!》


 これで仕舞いだと判断したのか、楽屋の裏方(共犯者)がミスティルージュの台詞と勝利のテーマをステージに流し始める。


 ――40話の後半で何度も見たミスティルージュの必殺技の名前だ。

 うつ伏せの体勢では見る事も叶わないが、鳴神はあのシーンと同じように壁を蹴って空高くジャンプし、俺に文字通り必殺の猟銃を撃ち下ろすのだろう。




(……だめだ、もう、動けねぇ……)


 全身を走る激痛に苛まれて跳ね起きる事も叶わない。


 ……畜生、俺はこんな場所で、誰に応援される事もなく、皆に望まれる形で死んでしまうのか――




「……ウルフベイン(たっくん)!! がんばれぇ――っ!!」




 悲痛にも似た、涙声の混じった、ただひとり俺を応援する声が。

 湧き上がるギャラリーの中、微かに、しかし確かにはっきりと聞こえた。



(――……柚……!!)



 ――そうだ、俺は約束したはずだ。


 もう二度とお袋を……そして妹を泣かせるような真似はしないと。




「――うるぁぁぁ――っっ!!!」



 俺は気合いを振り絞り、しかし動こうとしない全身を無理やり真横に転がす。

 そしてそのままステージの下、ちびっ子たちがはしゃぐ観客席の元へと全身を落下させた。



「――――っ!?」


 必殺の猟銃を構えつつも驚いた表情を見せる鳴神の姿を、仰向けに転がった状態で懸命に上体を起こしながら見上げる。


 その銃口はなおも確実に俺を捉えているが、彼女は落下したまま引き金を引こうとはしない。

 ――当たり前だ。さっきまで俺が倒れていた位置ならともかく、今この角度であいつが散弾銃の引き金を引けば俺だけでなくちびっ子たちもただでは済まない。

 彼女が罪もない一般人を巻き込むような真似をしない正義の味方(ミスティルージュ)である事は俺が一番良く知っている。



 かくして勝利の(間抜けな)テーマが流れる中、鳴神は何も出来ずに先程まで俺が居たステージの端へと着地する――その隙を見逃すほど俺は出来た悪役じゃない。



「――うわっ!? ちょ、待っ……きゃああぁぁ――っっ!!?」


 俺は懸命に腕を伸ばして鳴神の足首を掴み、そのまま力任せにステージの下へと引きずり落とす。

 そして首尾よく俺の手元に転がって来た猟銃を後方へ跳ね除けながら、死に体となった鳴神に覆い被さるように襲い掛かる。


「や、やだ! 離してよ、拓真く……ウルフベイン!」

「うるせぇ! お前は俺を殺……やっつけようとしたんだ、俺だって本気でお前を喰っちまうぞ!」

「だ、だからって、これじゃやっつけるんじゃなくて……もう、やだ! スケベ! スケベ拓真く――スケベイン!!」



 スケベインって何だよ、と心の中で突っ込みながら俺はじたばたと暴れる鳴神を完全に組み伏せる。


 激しく両脚をばたつかせたせいか、彼女の真紅のミニスカートは完全にめくり上がり可愛らしいフリルのあしらわれたアンダースコートが丸見えとなっている。

 いくら本物の下着でないとは言え、両脚の付け根がくっきりと浮き立つそれはちびっ子の教育に良くないのである程度堪能した後に俺の身体でしっかりと覆い隠す。

 そして真紅の上着から完全にこぼれ落ちた双丘……白いシャツ越しとは言え、その凶悪な形状もちびっ子にとってはアンダースコート以上に興味の対象となりもちろん教育に良くない。だから俺以外が見る事のないようウルフ頭でしっかりと覆い隠す。

 ……全体的に見ると余計教育に悪い絵面になっているような気もするが、まぁ誤差の範疇だろう。



「ひきょうだぞウルフベインー! 正々堂々とたたかえー!!」

「そうだぞー! やらしいぞスケベインー!!」


 ちびっ子たちの容赦ない罵声が少なからず心に刺さるが、流石にここで鳴神を解放して再び殺されかけるわけにもいかない。

 今の俺にできる最善手はこのまま舞台の場外でショーを台無しにし続け、司会のお姉さんや他の劇団員にこれ以上のショーの続行をあきらめさせて――




「……――?」



 不意に、違和感を帯びた()()()がツンと鼻をつく。



 はじめは鳴神から発せられているのかと思ったが、目の前の谷間から感じられる匂いは自宅で感じた時と同じ爽やかな香りだ。

 ならばこの(くすぶ)るような臭いは一体どこから――




「――……おい、鳴神。 まずいぞ」


 鳴神の頭越し、ステージの遥か後方にその臭いの原因を突き止めた俺は。

 なおも暴れる彼女に耳打ちして状況の確認を促す。



「もう、離して!離し……、って、 なに、どうしたの……?」


 俺の声色に尋常でない雰囲気を察したのか、鳴神は素直に抵抗を止めながら顎を上げて頭を後ろに向ける。




 俺の視界の先には、そして逆さとなった鳴神の視界の先には。


 4階フロアの隅、階段の下から炎や黒煙が立ち昇る光景が映し出されていた。


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