第1話「転校生に殺される」(2/3)
「……んな――――っ!!?」
予想していた、期待していた展開とは全く違う光景を前に、俺は反射的に防ぐ事すら叶わず彼女の蹴りを側頭部にまともに受ける。
――瞬間、聞いた事もないような鈍い音と共に視点がぐるりと180度反転させられながら。
俺は丁寧に並べた机もろとも教室の隅まで吹き飛ばされた。
「――痛っ……てぇぇぇ――っっ!!!」
死にそうなほどの痛みに叫びながらも懸命に視界を戻す。
そこには右足で綺麗なフォロースルーを描きながら優雅に着地する鳴神もみじの姿があった。
「――嘘ぉ!? すごい! 完璧に入ったし絶対即死だと思ったのに!!」
先程までの彼女が――いや、年頃の女子高生が発するとはとても思えない物騒な台詞を吐きながら。
くるりと身体を反転させてこちらに向き直ったあいつは、まるで対戦ゲームで思わぬ強敵と出会ったかのようにその瞳を輝かせていた。
「ふざけんな、俺も絶対死んだと思った……っうわぁぁぁ!!」
抗議の声を挙げる間も無くあいつは軽快に床を蹴ってこちらに飛び掛かってくる。
無我夢中で身体を投げ出し、辛うじてあいつのストンピングを回避した――と思った次の瞬間、再び床を蹴ってこちらに向けて正確に繰り出される跳び蹴りがガードもままならない脇腹にまともに入ってしまう。
「が、あ――……っ!!」
先程の死にそうな痛みとは違う、内臓に鉄槌を叩きつけられたかのような鈍い激痛を浴びながら教室の反対方向まで吹き飛ばされる。
いや、そもそも一体何が起こっているんだ?
つい先程まで俺はこいつと凄く良い感じだったはずじゃないか?
それが何で、首を折られかけて、脇腹を抉られて、殺されかけて――
「――ふっっ……ざけんなっ!!!」
先程まで抱いていた邪な気持ちはもはや毛頭も無く。
俺は目の前に迫った窮地を脱する為に脇腹の激痛と首筋の僅かな痛みを引きずりながら必死で全身を動かす。
起き上がりながら手にしたのは、俺達の愛の巣となるはずだった机の脚の先端。
「うおぉぉぉ――っ!!」
それを掴みながら全身を力一杯ひねり、すぐ後方に迫っているであろうあいつ目掛けて放り投げる。
そして視界の隅であいつが僅かでも怯んだのを確認しながら、そのまま身体を反転させて教室の外へ逃れようと懸命に動かす。
「誰か!! 誰か助けてくれ……っ!!」
辛うじて廊下まで脱出できた俺は、声を張り上げながら現校舎へと必死に駆け出す。
しかし当然ながら旧校舎には俺達以外に人の気配は、俺を救ってくれる存在の気配は全く感じられない。
畜生、せめて現校舎の体育倉庫であいつを誘って、そこであいつの本性を暴いていればすぐに助けを求められたのに……!
「拓真く~ん! 待ってよ~~!!」
教室の引き戸を開けるけたたましい音と共に、可愛く恐ろしい声が背後から響く。
その死刑宣告を聞きながら、声の遠さで距離を測りながら、背後を振り返る余裕もないまま走り続ける。
階段を転げ落ちるように降りて、立ち入り禁止の看板が掛けられたトラロープを飛び越えて、渡り廊下を走り抜けて――
「……よしっ! 現校舎だ――っ」
視界の奥の奥に下校途中の生徒の姿を確認した直後。
俺の視界は衝撃と共に歪み、そのまま床へと叩き付けられた。
「つーかまえ――たっ!!」
無邪気な声が聞こえたと同時に、俺の呼吸が急速に阻害される。
彼女が俺の背中に跨ってきたまま、躊躇なく首を絞めて来たのだ。
「――っが……っ!! ぁ…… がぁぁ……っ!!」
首に纏わりつく両手を反射的に振り払おうとするが、うつ伏せに組み敷かれた体勢がたたり力が出ない。
全身を捻って体勢を崩そうとしても、背中にがっしりと圧し掛かられた彼女の豊満な身体を動かす事すら叶わない。
「ごめんね?……拓真くん、ごめんね?」
まるで冷蔵庫のプリンを勝手に食べたかのような軽い謝罪を吐きながら、彼女の両手から首へと伝わる力が更に増していく。
おおよそ年頃の少女のそれとは思えないほどの強さと殺意が込められた握力は、俺の視界と意識を確実に失わせていく。
「……っぐ、 ぁ……。 ……ゃめ…………」
――だめだ――終わった。
薄れていく意識の中で、そんな無念の思いと、
「――……くん? ……さん? ……んな所で…… ……やってるの~……?」
天使の呼び声のようなぽけぽけとした言葉が、俺の頭の中に響いた。