第10話「ヒーローショーで殺される」(1/4)
「おーい、タク!柚ちゃん! こっちだこっち!」
「きっぺー! こっちだこっちー!」
期末試験も終わり夏休みも目前に控えた日曜日。
俺と妹はキッペーと待ち合わせて中心街のデパートへと赴いていた。
「今年の臨海実習でもバーベキューをやるからな、網奉行として道具は完璧に買い揃えておかないといかんのだよ」
「去年もキッペーは買い物から引き受けてたのか?」
「おうよ!こんな面白いイベント、積極的に関わっていかないと損ってもんだぜ!」
「もんだぜー!」
妹とハイタッチしながらはしゃぐキッペーを見ながら、俺は去年参加する事の無かったそのイベントの面白さとやらが掴み切れぬまま愛想笑いを浮かべる。
我が校では夏休みの期間中、任意の参加者を募って郊外の海水浴場で日帰りの臨海学習を行う慣習があった。
海沿いに位置する街でありながら地域に住む若者の海離れが進む現状を憂い、生徒達に海と接して学ぶ機会を設ける……と言う建前があるものの、実際のところは学校の予算で生徒達が海水浴やバーベキューを楽しむイベントと化しているらしい。
去年はちょうどバイトの日程と重なって参加できなかったが、今年はキッペーの強い勧めもあって参加申込書にマルを付けていた。
「今年はバイトの日程は大丈夫なんだよな、タク?」
「ああ、そっちの方は大丈夫だ。……補講に引っ掛からないかどうかが心配だけどな」
「頼むぜタク……? このイベントは普段スクール水着姿しか見れない女生徒達の様々な水着姿を見ながら肉が食える酒池肉林のチャンスなんだ、お前にも去年俺が味わった感動を味わってもらいたくてな……?」
熱く語り続けるキッペーをよそに、俺は補講の心配の方に脳の容量の大半を持って行かれている。
最近は色々と、……本当に色々とあって勉強も手に付かず期末試験は散々な出来だったが、最悪補講となっても1日目で終わらせる事ができれば臨海学習の日と被る事は無いはずだ。
ちくしょう隣で語り続けるキッペーが恨めしい。こいつはバカそうに見えて勉強はかなり出来る奴だ、総合でも1桁台の順位をキープしてるし数学や化学に至っては常にほぼ満点だし、俺が一矢報いる事ができるのは国語くらいで――
「――ちなみに同志よ、今年の臨海学習にはもみじちゃんも参加する事が確認できているぞ」
同志キッペーの言葉に脳内タスクの比率が急激に変化していく。
先週行われた水泳の授業でとうとう拝見させていただく事のできた鳴神もみじの水着姿は、男女で仕切られたプールサイドから遠目で確認できる範囲でも男子生徒の大半を虜にする凶暴性を孕んでいた。
健康診断の日に彼女自身が見せてくれたあの数値が嘘偽りないものである事を否が応でも認識させられるその双丘は、学校指定のスクール水着などでは到底隠し切れぬ健康的な色香は、体育の時と同じ明朗な振る舞いも合わさって完成された芸術的な魅力であり彼女特有の無自覚な魔力だ。
トビウオのように彼女が無邪気に泳ぐたびに、エナメル質の薄布1枚だけが頼りなく覆う二つの巨大な球体が水しぶきをあげながら激しく上下に動いて。
特に男子サイドへ向けて彼女が泳いで来た時は、何故か皆プール内で直立したまま彼女の泳ぐ姿を凝視して。
スクール水着でもその有様なのに、更に露出度が高いであろうプライベートの水着を着た時には――
「――キッペー」
「なんだよ」
「俺、正直海水浴はあまり興味なかったんだよ」
「プールと違って海藻とかがうじゃうじゃしてて気持ち悪い、とか言ってたよな」
「だけど今年の臨海学習は必ず参加してみせるよ」
「……補習を乗り越えて来るのを待っているぞ、同志よ」
不思議そうにこちらを見渡す妹に構う事もできぬまま。
俺達は「鳴神もみじを良いなと思う同志」として拳と肘を打ち合い、彼女のプライベートの水着がどんなものであるか想いを馳せるのであった。
・
「それじゃ、俺は網とか皿とか色々買い込んでくるぜ。タクはこれからバイトなんだろ?」
「ああ、悪いけど柚のことも頼むな」
「妹の面倒は俺がしっかり見ててやるよ。後で一緒にお兄ちゃんの晴れ姿も見に行ってやるからな」
「ぬふふ~」
にんまりと笑う妹を連れてキッペーは1階東の雑貨売り場へと立ち去っていく。
その姿を見送り、俺は時間を確認しながら今日の仕事場である4階の多目的ホールへと向かった。
「お疲れ様でーす」
「おつかれさま剣菱君!今年もよろしくね」
多目的ホールに設営されたステージの横、スタッフ用の楽屋に入った俺は去年と同じスタッフのお姉さんに気さくに出迎えられた。
俺が去年からこのデパートで行っているバイトはスーツアクター、いわゆるヒーローショーの演者だ。
去年は初めての舞台と言う事もあって簡単な戦闘員を演じていたのだが、その時の迫真の演技が主催者の目に留まったらしく、なんと今回は主人公のライバル役に大抜擢される事となったのである。
「主催者はいつも突拍子もない事を言い出すからねぇ……普通の人はびびって辞退しちゃうんだけど、剣菱君は度胸あるわね」
「いやぁ……僕も辞退したかったですよ。でも今回の題目はちょっと思い入れのある作品でして」
「なに、剣菱君が好きな作品なの?」
「――妹が大好きな作品なんですよ」
言いながら俺は、自分が着る事となる狼の顔をした被り物を手に取って見つめる。
今回俺がヒーローショーを演じる題目は女の子向けアニメである『怪傑ミスティルージュ』。
赤ずきんをモチーフとした魔法少女・ミスティルージュが徒手空拳や切り札の猟銃による複合格闘術によって敵を蹴散らしながら宿敵・ウルフベインやまだ見ぬ悪の幹部に立ち向かう冒険活劇である。
「女の子向けアニメなのに主人公の女の子に肉弾戦をさせる」と言う斬新な切り口が予想以上に女の子達に好評を博し、「女の子向けアニメの割にコケティッシュな主人公の衣装デザイン」や「愛憎混ざり奥深い主人公と宿敵との関係性」が男女問わず大きなお友達にも受け入れられている人気アニメ……らしい。
我が妹もこのアニメの大ファンで、中でも大好きなのが主人公であるミスティルージュ……ではなく宿敵であるウルフベインだと言う。「たっくんと一緒でにくめないやつなんだよね、ウルフベインは」との事だ。
俺はこのアニメのファンでも何でもないのだが、妹のお気に入りの回である第40話「最大のピンチ!集結・最悪・四天王!」だけは録画したものを一緒に何度も見させられたおかげでその内容を完璧に覚えてしまったし、ウルフベインの良さも何となく分かったような気もする。
『ほう……無印ミスルジュ40話がお気に入りとはなかなか見所のある妹さんだな、剣菱?』
『……なんだって、楠木? 無印……みするじゅ……?』
『あの話はAパートでは今までと同様ウルフが御都合主義でルージュにとどめを刺さずに見逃していたのだが、実はそれが伏線でBパートで一斉に現れたダーク・バァチャン四天王の攻撃を受け切れずに倒れそうになったルージュを逃走路から四天王を不意打ちする形でウルフが助けて』
『楠木さん?』
『その時の『覚えてろよ、と言っただろ?』と言う台詞がそれまで35回同じ台詞をリアタイで聞き続けてきた視聴者にとっては非常に……非常にエモくて、そこから初の共闘や初の合体必殺技など怒涛の展開がBパートに詰まっていて、特に猟銃を構えるルージュを背後から支えるウルフの表情が……そう、あの表情がだな、神作画も相まって今でも私含めたウルージュ界隈の間で語り継がれていて』
『楠木さん???』
……そんな感じで楠木にも恐ろしいほどの早口で第40話について語られた事もあったが、残念ながら1ミリもその内容を覚えていない。
ともかく妹が大好きなアニメの、それも大好きなキャラであるライバル役・ウルフベインを演じられるのであれば怖気づいて辞退するわけにもいかない。
俺は事前に渡された台本をテスト期間にもかかわらず必死で暗記し、ただでさえ絶望的だった期末試験をも犠牲にして妹に見せても恥ずかしくない役作りを目指してきた。
とは言うものの俺が演じるのはあくまでちょっと台詞が増えたやられ役だ。
妹を除く大半のチビっ子たちは主役であるミスティルージュの演技に注目してくれるだろうし、そう言う意味ではある程度気楽ではある。
「ミスティルージュ役のアクターさんとも一度打ち合わせしてますし、まぁ何とかなりますよ。頑張ります」
「あー、その事なんだけど……実はそのアクターさん、ちょうど別地区の大規模イベントと日程が被っちゃって今日は来れなくなっちゃったの」
「……なんですと?」
お姉さんの言葉にいきなり暗雲が立ち込め始める。
何でも俺が今後何度か演じる他の日程は空けられたものの、初日である今日だけはどうしても都合がつかなくなってしまったらしい。
そこで急遽そのアクターさんやお姉さんも知っている劇団の同僚をピンチヒッターとして抜擢した……との事だ。
「台詞部分の振り付けや絡みは覚えてもらったから進行に影響はないはずよ! 戦闘シーンはちょっとアドリブが入っちゃうかもしれないけど、最初は強く当たってあとは流れでお願い!」
「な、何とか頑張りますが一度その人と打ち合わせをしたいです!どこにいるんですか!」
「今は隣の部屋でメイク中なの、衣装合わせもしてるから剣菱君には会わせられないわ!」
「メイク? 衣装合わせ!? ミスティルージュの着ぐるみを着るだけじゃないんですか!?」
状況が掴めぬままお姉さんと問答を繰り返していると、不意にステージの方から軽快な音楽が鳴り始めるのが聞こえる。
「――そろそろ始まるね、私も司会役だからもう行かなきゃ! 剣菱君も早く着替えて台本通りステージに出てきてね!」
そう言い残してお姉さんはステージの方へと駆け出して行ってしまった。
正直なところ不安要素しか感じないが……ここまで来たら後戻りはできない。ステージに見に来てくれているであろう妹や他のちびっ子達の笑顔のためにも、失敗は許されない。
「……まぁ、こう言うアクシデントは良くある事さ、少年。 ステージで何が起こっても俺達がフォローしてやるから、お前さんは思う存分主役の嬢ちゃんとの舞台を楽しんできな」
戦闘員の覆面を磨きながら静かに語り掛ける謎のおっちゃんに対して無言で頷きながら、俺は目前に迫った自らの晴れ舞台を待ち続けた。
「良い子のみんなー! こんにちは~~!!」
楽屋の出口の向こう、ステージの方からお姉さんの声やちびっ子たちの歓声が小さく聞こえてくる。
俺は最後にもう一度だけ台本を確認してからテーブルに置き、首まで着込んだ着ぐるみに問題がないか鏡で確認した後――最後にウルフベインのマスクを被った。
(柚に見られても恥ずかしくないよう、頑張らないとな)
鏡に映った自分の姿を見ながら小さく気合いを入れて、楽屋の出口そばで待機する。
お姉さんの司会はちょうど俺の出番の直前まで進行していた。
「それじゃあ、お姉さんと一緒にミスティルージュを呼ぼうね? せーの……ミスティルージュ~~!!」
お姉さんやちびっ子たちの声に合わせてステージの上へと躍り出る。
壇上を照らす照明の明るさに目がくらみつつも、俺は客席に詰めかけたたくさんのちびっ子や保護者、そして客席から少し距離を置いて物珍しそうに見物する買い物客や仰々しいカメラを構えて待機する男性――ともかく、予想以上に多くの目線が集まる中で精一杯の決めポーズを取った。
《ウルァッハッハッハ!! 待たせたなちびっ子ども!ウルフベイン様のお出ましだ!!》
スピーカーから流れるウルフベインの台詞に合わせて、大袈裟な振り付けでちびっ子たちにアピールする。
「あれ~!? ミスティルージュじゃなくてウルフベインが来ちゃったぞ~??」
《ミスティルージュ~~?? あんな奴のショーなんか見ても面白くねぇぜ、今日はウルフベイン様のヒーローショーをお前らちびっ子に見せてやる!!》
お姉さんの合いの手やそれに対応した台詞、そして第40話の最初の方で何度も聞いたウルフベインのテーマがステージに流れる中、俺はノリノリでちびっ子たちにアピールする。
……とは言うものの、呼ばれてもいないのに勝手に登場した悪役や戦闘員たちがいくらアピールしたところでちびっ子たちが喜ぶわけがない。
唯一約1名、我が妹だけが目を輝かせながらこちらを見てくれている以外は何とも困惑した空気が漂っている。
いやむしろ困惑している程度で留まってくれているちびっ子たちが偉いなこれは。俺がちびっ子だったら悪役や戦闘員のダンスなんか見せられたら泣いちまうぞ?
(……まぁ、この空気も主役が登場すれば一変するだろ。頼むぞ……)
期待しながら俺は戦闘員たちと共にステージの端に移動し、今度こそ登場してくれるであろうミスティルージュの出番を待つ。
かくしてウルフベインのテーマがフェードアウトし、ちびっ子たちも釣られて歓声を抑える中。
台本ではステージにミスティルージュの台詞が流れ、それと同時に主役のアクターが登場するはずだ――
「待ちなさ~~いっ!! どうして貴方のその心は――」
……スピーカーから台詞が流れるよりも一瞬早く、台本の決め台詞を自分で叫びながら女性がステージに飛び出し、
《待ちなさーーいっ!! どうして貴方のその心は、悪の心は大きいの? 良い子の心を惑わし食べる、そんな悪事は許せない! 怪傑!ミスティルージュ!!》
……当然ながらスピーカーから本物のミスティルージュが収録した同じ台詞が遅れて流れて来る。
しまった、と言葉に出てしまいそうな動揺を身振りや装飾仮面越しの表情に見せながら、その女性――着ぐるみではなく衣装やメイクによってミスティルージュに扮した女性はわたわたとポーズを決める。
《来やがったなミスティルージュ! 今日こそお前を喰っちまうぜ》
撮影であれば明らかにカットされる状況だがこれは演劇の舞台、途中で止めるわけにもいかない。
俺は心の中で頭を抱えながら、予定通りスピーカーから流れ続ける台詞に合わせてその女性と対峙する。
《ウルフベイン!今日こそは改心してみんなと仲良くなってもらうわよ!》
台詞に合わせてたどたどしく身振り手振りを行うその女性は、他のアクターと違い着ぐるみを着ていない事もあって良くも悪くもかなり目立っていた。
仮面を着けていても分かる整った顔立ちに、頭巾の片側から垂れる美しい長髪。
アニメキャラの仮装にも映える長身に、ミニスカートからすらりと伸びる長い脚。
そしてこのキャラには少々相応しくない、衣装から溢れ出しそうなほどの胸。
先程からちびっ子たちの後ろで大人のギャラリーがざわついているのも無理はないとは思う。
……そしてその体躯に既視感のある俺は、恐らくギャラリーよりも遥かに心がざわついていたと思う。
《うるせぇ! いいからかかって来な!!》
戦闘シーンの合図となるその台詞に合わせ、その動揺を振り払うように大きく構えを取る。
……思い返せばさっき聞こえたこの女性自身の声にも強烈な既視感があった。
いやしかし所詮は他人の空似だ、俺は今日は代役とは言え劇団員の人と楽しく殺陣を行い妹にちょっと良い所を見せつつも楽しくやられる予定なんだ。その劇団員があいつである事などあるはずがない。
………うん、大丈夫だ、打ち合わせ通りであればミスティルージュは最初に大振りの正拳突きを繰り出してくるはずだ。
それを軽くいなして、次に俺が大振りの右フックを――
「――いくよっ!!」
――果たして俺の祈りは既視感のある軽快な掛け声と共に打ち砕かれて。
その女は、嫌と言うほど既視感を感じさせる跳び回し蹴りを殺す気で繰り出して来た。




