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第9話「健康診断で殺される」(2/3)

 かくして昼休みも終わり男子の健康診断が始まったわけだが、俺の身長がめでたく1cm伸びた事くらいしか特筆すべき点はない。

 体重やら胸囲やらの話題はここで詳しく話したところで誰が気にするものでもないだろう。


「キッペーの身長は去年と変わらずか。どうやら成長期は終わったようだし、これは俺が追い付くのも時間の問題だな」

「つってもまだ4cmも差があるだろ? 拓真君は今が成長期なんだから、もみじ君に追い付かれないよう精進してくれたまえ」

「そう言や鳴神とも4cm差なんだよな……うかうかしてられん」


 購買前の自動販売機で買った牛乳を飲みながら問診を行う部屋へと移動する。


 これが終わったらキッペーの掃除が終わるまで適当に時間を潰して、鳴神たちを牽制しつつ一緒に帰宅すれば今日も無事に終わらせられる――そう思っていたのだが。



「そういや、今年の問診は外来の先生だけじゃなく香ちゃんも担当するらしいぜ」



 キッペーから突如告げられた刺客の情報に牛乳を噴き出しそうになる。


「――んな、なんでだよ!? 去年は2人とも外来の男の先生だっただろ!?」

「何か急患だか何だかで午後の担当の先生が1人しか来れなかったんだとさ。で、午前中に女子の問診を担当してた香ちゃんが午後も担当する事になったらしいぜ?」


 逆はともかく男子の問診を女性の先生(花崎先生)が行うならそこまで問題はないだろう、と学校側は判断したらしい。

 男女差別も甚だしい、と抗議したいところだが横で鼻の下を伸ばしている一般的男子(キッペー)の気持ちが分かるのも確かではある。


「問診なんてダルいだけだったが香ちゃんが相手なら何時間でも話せそうだな……タク、お互い外来野郎か香ちゃんかの二択を勝ち取ろうな」

「お、おう」


 去年まで、いや先々月までなら俺もそう思ってたんだがな、と言う本音を噛み殺しながら同志キッペーと拳を打ち合う。


 組織の縛りもない殺し屋と密室で対峙させられるなんて状況はまっぴらごめんだ。

 俺は何とか外来の先生の方に当たるよう祈っていた……が。



「はい次の方~。 ……あら剣菱君~! どうぞどうぞ~~」



 こう言う肝心な時の二択は得てして外して(当たって)しまうものだ。

 俺は今すぐにでも部屋を出てキッペーと代わりたくなる気持ちを抑えつつ、覚悟を決めてぽけぽけとした呼び声に応えることにした。



「はい座って座って~? ふふ、こうして剣菱君と二人で話すのも久しぶりね~、この間までは毎日のように保健室に来ていたのに」

「いやぁ……先生に言われて、なるべく怪我しないように気を付けてますので……」

「うんうん、その心掛けは大切よ~~?」


 貴女に殺されるのが怖いから怪我をしても(殺し合っても)なるべくは保健室に行かないようにしている、とは言えず愛想笑いと適当な嘘でごまかす俺に対し、花崎先生はぽけぽけと笑いながら俺の頬に両手を添えて顔を近付ける。


「……うん、目に異常はなし、と……。最近は身体に異常はない?」

「えぇ、おかげさまで」

「よしよし~。 それじゃ次は聴診をするからシャツを捲り上げて~?」

「えっと、ワイシャツだけじゃなくTシャツもですか?」

「うん、お願い~」


 促されるままにシャツを捲り上げ、たいして鍛えてもいない胸板を先生に全て曝け出す。

 男にとってプライベートゾーンとは言えない箇所ではあるものの、大人の女性にその部分を晒すのは少なからず抵抗があった。



「……うん、うん……ちょっと脈が速いけど異常なし、と……。 やっぱり肌に直接当てた方が聴きやすくて助かるわね~」


 ぺたり、ぺたりと聴診器が胸板に当たるひんやりとした感触を感じつつ花崎先生の感想を反芻しながら、


「女子相手には肌に直接聴診器を当てる事はないんですか?」


 思わず、そんな思い付いた疑問が口について出てしまう。


「そうね~、やっぱり恥ずかしがる子が多いしシャツとか下着越しに聴診器を当てる事が多いかな? 鳴神さんみたいに下着も全部外してくれると男子と同じくらい聴きやすくて助かるんだけどねぇ」


(――っぶ……!!)



 花崎先生の言葉を聞いて反射的に想像(妄想)してしまう。


 ……あの鳴神のことだ、先生に言われるがまま無邪気に無警戒にブラジャーを脱ぎ去る様子が容易に想像できる。

 楠木より10cm、キリカより18cmもデカいそれが惜しげも無く晒されつつも重力に抗う様子に花崎先生はぽけぽけと感嘆して、そして愉しげに、しかしあくまで事務的に聴診器をふくよかな丘に片方ずつ押し当てて。

 鳴神はワイシャツを両手で捲り上げながら聴診器の冷たさに細やかに身震いして、脂肪の厚みに阻まれて聴きづらいのか先生は丘の形が歪むほど聴診器を強く押し当てて。

 その感触に身じろぎする鳴神に構わず、やがて聴診器は次第にその丘の頂へと……



「……剣菱君? 大丈夫?? 何か急に脈が凄く速くなり始めたけど……」


「――んな、あ、いや、大丈夫ですはいっ!!」


 聴診器を当てながら動揺する先生の声を聞き、慌てて動揺しながら我に返る。



「うふふ、もしかして鳴神さんの事を考えてドキドキしたのかしら~? ……でもそれだけとは思えないくらい脈の速さね……本当に大丈夫?」

「え、えぇ、はい。大丈夫です……多分」


 こちらの返答にニコニコと微笑みながら、先生は聴診を続ける。

 レースのカーテンを通して柔らかな日差しが差し込む室内に、白衣の衣擦れの音やぺたぺたと聴診器の貼り付く音が響いている。



「……。」


 ――こうして見ている限りは、花崎先生はただのおっとりとした素敵で無害な女性だ。とても隙あらば俺を殺そうとしている人物には見えない。

 確かにあの日の先生は妖艶で淫靡な雰囲気に豹変していたが……それでも、鳴神の言うような殺気は俺には感じられなかった。



「…………。」


 「花崎先生が俺を殺そうとしていた」と言う推論も、その証拠としてキリカや楠木が存在を指摘した注射器(劇薬)も、あの三人が提示してきた根拠なき情報に過ぎない。

 その証拠を見たわけでもないのに、その推論が本当であるかどうかの検証をしたわけでもないのに、俺は一方的にあの三人の情報を信じ花崎先生を危険視してしまっている。



 ……逆に言えば、あの三人の情報が本当でない事を証明できれば花崎先生を危険視する必要はなくなると言うことだ。

 そうすれば俺にとっての脅威が1人分減るだけでなく、気兼ねなくあの日の先生との行為(大人の階段)の続きを再開できる。俺にとって良い事尽くめのハッピーエンドだ。


 放課後の保健室と違い、今ならあの三人の横槍が入る心配もない。

 それなりのリスクは伴うが、彼女達の情報の検証を今ここで行う価値は充分にある。



「よし、腹部の異常もなしと……。 ――拓真君? どうしたの?」


 いつの間にか聴診が終わり腹部の触診に移っていた花崎先生は、珍妙な顔で沈黙していたであろう俺を心配そうに覗き込む。


「あ、あぁいや、平気です先生。 ……ただ、ちょっと気になる事がありまして」

「なぁに、体調のこと? 心のこと? これは問診だし、せっかくなら話してくれると嬉しいわね」

「あぁいや、はい。 ……両方、ですかね……?」


 雲行きが怪しくなればすぐに誤魔化しながら話を打ち切れるよう、「殺す」の一語を使わずに花崎先生の殺意の有無を探る為のシナリオ。

 その有効性も検証できぬまま、見切り発車による俺の一芝居が始まった。



「……実は、最近気になる女性がいるんです」

「うんうん、それは男の子として健全なことよ……同じ学年の子?」

「いえ、その……ちょうど()()()()()()()女性でして……」

「……ふんふん」


 こちらの話を真摯に聞きながら、先生は次の診察のために俺を診察台に促してくる。


「仰向けでの触診もするから、ここに横になって気を付けの姿勢になってね。 ……それで拓真君、その女の人がどうしたの?」

「えぇ……去年まではただの素敵な女性だと思ってたんですが、先月保健室で急に迫られてしまいまして」

「あら~、大胆な女の人ねぇ……」


 次の診察の準備のためか、先生は横になった俺を尻目に立ち上がり部屋の入口や戸棚の方へと歩いていく。

 その間に俺は次の芝居を、何とか婉曲的にこちらが聞き出したい事を伝えるための言葉を考える。



「……それで? 拓真君はその女の人とどうしたいと思ってるの?」

「どうしたいと言うか……その人の気持ちが分からないんです。……その、このままその人に迫られたら()()()()()()()()で」

「ふーん……?」


 いまいち要領の得ないような顔を浮かべながら、先生は左の脇腹を両手で丹念に押し付けるように触診を行う。


「――拓真君は、その女の人に迫られて嬉しいのかしら?」


 診察台の横からでは右脇腹に届かないのか、先生はゆっくりと診察台に上がり俺と向き合う形で触診を続ける。

 腹部を圧迫される感触と、太股に僅かに掛かる先生の体重が妙に心地良い。



「嬉しい、と言えば嬉しいですが……もちろん死にたくはないです。だから、その人の本当の気持ちが知りたくて……」

「……そうねぇ……」



 相変わらずピンと来ない様子で、先生は俺の身体に跨るような体勢で触診を続ける。

 ここまで言ってもこちらの意図が伝わらないのであれば、やはり先生はシロであると見なしてしまって良いのではないか――



(――いや、待て……)



 ……何かおかしい。


 先ほど俺が口走った「先月保健室で急に迫られてしまった」と言うくだりは、先月の先生の行為をそのまま具体的に回顧してしまった俺の失言だ。

 仮に先生がシロであるならば、あの時点で「もしかしてそれは自分の事かしら」と問い詰めてくるか、そうで無くとも何らかの反応を見せたはずである。



 それを完全に、まるで他人事のようにスルーした理由は。


 彼女が致命的なほどの鈍感であるか、もしくは――




「――先生、すみません! 今の話はこれでおしまいに――」



「つづけて?」




 話を打ち切ろうとした俺の意志を制するように、彼女の両手が俺の喉笛に素早く回される。



「――っぐ……――っ!!」


 呼吸を乱され思わず暴れるように動かした両腕が、挟み込むように押し付けられた彼女の両太股によって完全にロックされている。

 全身は不自由な体勢のまま彼女の軽くはない体重に押さえ込まれ、両脚をバタつかせる程度の抵抗しか叶わない。



 いつからだ?

 いつから、雲行きは怪しくなっていた?

 俺はどこで、彼女の殺意を感じて話を打ち切る事ができたんだ?


 彼女が診察台に上がった時か、彼女が入口まで歩いて行った時か、俺が失言をしてしまった時か……。


 ――それとも彼女はこちらの意図など初めから気付いていて。

 俺が気付く事のないよう、ゆっくりと俺を絡めとっていたのではないか――?



「先生、今の話すごく興味があるわ。拓真君がその人の事をどう思っているのか、その人が拓真君をどうするつもりなのか……」


 カーテン越しの日差しが雲に陰る問診室の中。



「だから、ね? もう少し先生と問診(おはなし)しましょう?」


 獲物を捕らえた女郎蜘蛛のように、彼女は妖しげに笑った。


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