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第9話「健康診断で殺される」(1/3)

 剣菱家の秘密の片鱗に触れたあの日から既に2週間が経過していた。

 暦も6月に変わったものの俺の日常も体調も特に変化はなく、5月と同じように鳴神たちとの素敵で平凡な(異常な)日々を過ごしている。


「だんだんこの日常に慣れてきたのが自分でも嫌になるな……」

「ん、何か言ったかタク?」

「……いや、独り言だ」


 最近は彼女(殺人鬼)達3人の襲撃パターンにもある程度法則性が掴めて来て対応できるようになってきた……と言いたいところだが、やはり当たりどころや刺さりどころや飲まされどころが悪かった場合も何度かあり、その度に俺は保健室や自宅のベッドのお世話になってしまっていた。


「最近はちょくちょく休みがちだし、本当に大丈夫か?とりあえず今日の健診で良く診てもらえよ」

「あぁ……」


 生返事をしながら、キッペーの左隣……鳴神をはじめ他の女子も居ない教室で過ごす退屈な授業を聞き流す。


 今日は2年生の前半クラスの健康診断の日であり、女子は4時限目、男子は5時限目と2回に分かれて実施する事となっていた。なるべく体重の減る時間帯に女子の体重測定を行うと言う学校側の粋な計らいである。

 女子達は「先に健診が終わった人から昼休みに入れる」と言う、特に購買で惣菜パンを買う勢にとっては非常に有難いシステムとなっているが、男子達にとっても「掃除当番などが割り当たっていなければ先に健診が終わった人から帰って良い」と言う負けず劣らず有難いシステムとなっている。……不運にも今日が掃除当番であるキッペーにとっては全く関係のない話だが。



「……タク、俺達友達だよな?俺が掃除終わるまで待っててくれるよな~??」

「お……おう……」


 ……俺にとっても全く関係のない話になりそうだが、帰宅時の安全を確保する為にはやむを得まい。

 渋々ながらも俺は承諾し、昼休みの開始を告げるチャイムと同時に屋上へと向かった。







「――おおぉぉ……っ! これが幻とまで言われた購買の伝説メニュー、スペシャル生ベーコンエッグバーガー……!!」


 いつもは昼食後に待ち合わせる屋上で、彼女(女の子)達3人は俺達が頼んでいた戦利品を先に食べずに待っていてくれていた。


「あたしが一番最初に健診終わったけど、購買に着いた時にはもう2つしか残ってなかったわ。感謝しなさい、拓真」

「ありがとうございますキリカ様!!」

「――え、吉平もこれ食べたかったんだっけ……?」


 突然狼狽し始めるキリカの両手にはスペシャル生ベーコンエッグバーガー2個と普通の焼きそばパン1個が抱えられている。

 既に鳴神と楠木の手にはそれぞれ別の惣菜パンが握られており、それら3つのパンを俺達とキリカの3人で分配する事になるのは明白だった。


「ん、キリカもそれ食べたいのか? 俺は焼きそばパンでもいいから一口だけくれないか?」

「だだだ誰があんたが口付けたバーガーなんて食べると思ってるの!?」

「そりゃまぁそうか……んじゃキッペー、一口くれ」

「おういいぞ。ほれ、あーんしろ、あーん」

「ちょちょちょっとやめなさいよ!? あ、あたしは最初から焼きそばパンを食べたかったんだからあんた達二人で食べなさいったら!!」


 良く分からないが予定通り目的のバーガーにありつける事ができた俺達は、入学以来初めて口にするその芳醇で豊潤な食べ応えに顔を見合わせて感涙に咽ぶ。

 今さら至極羨ましそうな顔をしても駄目だぞキリカ、これはもう俺が口を付けてしまったのだから俺のものだ。



「そういや、3人とも健康診断の結果はどうだったんだ?」

「どうって……別に普通よ。女の子にそんな事聞くなんてデリカシーが無いわね」

「そうだな。剣菱は羽賀以上に思慮に欠けると思っていたがこれほどとは」

「えぇ……」


 何気なく聞いたつもりがキリカと楠木に執拗に叩かれて委縮しながらバーガーを頬張っていると。


「よくぞ聞いてくれました拓真くん! 実はわたし、今年も視力2.0をキープできたのです!!」


 カツサンドを頬張っていた鳴神が突如こちらに身を乗り出しながら、興奮ぎみに健康診断の結果が書かれたシートを広げて見せつけて来る。

 そこには確かに「左2.0 右2.0」と書かれた数値と……その、他にも色々と鳴神を計測した結果が全て記された数値が書かれていた。


「あ、あぁ……凄いな、鳴神」

「そうでしょそうでしょ! わたし、視力だけはずっと自信があるんだから!」


 口元にソースや食べかすを残しながらドヤ顔でふんぞり返る鳴神を尻目に、「鳴神もみじを良いなと思う同志」であるキッペーがすかさず俺に耳打ちする。


「……タク、見れたか?」

「もちろんだ同志よ。 ……何とは言わんが、170、52……92、と書いてあった」

「……驚異的な数値だな」

「ああ。胸囲だけにな」


 互いに頷き合いながら拳と肘を打ち合う。

 最近は健康診断で胸囲を測定する学校はほとんど無くなったとも聞くし、今この瞬間までは俺もそんな数値を測定をする意味は無いだろうと思っていた。

 しかし今は、今だけは鳴神のあの暴力的とも言える身体的特徴を可視化する機会を与えてくれた我が高校の制度に平身低頭して感謝せざるを得まい。



「裸眼2.0は凄いな……私は矯正視力でも1.0、裸眼だと多分0.1以下だよ」

「あたしは裸眼でちょうど1.0だったわね……眼鏡をかけてようやくあたしと同等とか、その辺りがバカの限界ね」

「ん、裸眼で0.9程度の差なのにそんなに喜ぶのか?」


 同志二人で鳴神の良さを確かめ合っていると、不意に話題が楠木とキリカへと飛び火して二人の小競り合いを勃発させてしまう。


「私は体重も山田より2kg少なかったからな。いやぁ、視力も体重も負けて悔しいなぁ」

「……なに、あんたあたしが太ってるとでも言いたいわけ? あたしはあんたより2cmも背が高いんだから体重が多いのは当たり前じゃない!」

「せっかくの身長や体重も行くべきところに行かないと意味が無いよな? 確か私と山田の胸囲はその身長差の4倍くらい差があったんだったかなぁ」

「――~~~っっ!!! 殺す、殺してやるぅぅ!!」


 食べかけの焼きそばパンを放り投げて懐から数本のカッターナイフを取り出すキリカを見て、たまらず俺とキッペーは仲裁に入る。


「お、おいやめろよキリカ!そんな数cm数kgの話でそんなもん取り出すな!」

「そ、そうですそんな物騒なものはお納めくださいキリカ様!!」

「いや、ちょっと、離して! はーなーしーてー!!」


 俺とキッペーに両腕を押さえられてじたばたと暴れるキリカに対し、傍観していた鳴神が楽しそうに便乗するように俺達3人に抱きつく。



「そうだよ気にしないでキリカちゃん! わたしはすみれちゃんよりどの数値もぴったり10ずつ大きなデカ女なんだし、わたしに比べたらすみれちゃんもキリカちゃんも女の子らしくて可愛いよ!」

「「え――」」


 「ぴったり10ずつ」と言うワードを言いたかっただけであろう純粋な鳴神の言葉に、楠木とキリカが揃って呆けた声を挙げる。



「――同志よ」

「おう……!」


 同時に俺達もすかさず計算を始める。今聞いた情報を全て統合すれば楠木とキリカの個人情報も全て求められるはずだ。

 そう、二人の個人情報をx,yと置いて鳴神の数値を代入すれば簡単に解が出る中学生レベルの二次方程式の――



「――なにそこで人の体重を計算してんのこのドスケベども――っっ!!」


 

 およそ普通の女子高生とは思えぬ身体捌きで俺達3人による拘束は潜り抜けられ。

 そのまま身体の回転に任せて投げ放たれたキリカによる凶刃は、俺やキッペー、鳴神の食べかけのスペシャルバーガーや惣菜パンを的確に捉えながら屋上の柵を越えて校舎の外へと消えていく。



「今あたし達やもみじが言った事は、特に数値は!忘れなさい! いいわね!」


 直立不動で俺達を見下ろすキリカと、


「山田に同調するのは癪だが、私からもお願いするよ。……特に鳴神さん、あまり自分を卑下し過ぎない方がいい」


 片手を眼鏡に当てながらいつになく迫力ある雰囲気で俺達を見つめる楠木に対し、



「…………ごめんなさい」


 俺とキッペーは、ついでに鳴神はひたすらに平伏して謝り。

 俺は鳴神の数値以外の方程式を全て記憶の彼方に葬り去る事を固く誓ったのだった。


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