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第8話「自宅で殺される」(5/5)

『拓真、貴方はお兄ちゃんになったのよ』


 婆さんと一緒に退院したお袋を迎えに行った時、お袋はそう言いながら。

 親父が事故に遭ったあの日以来閉ざしていた明け透けな笑顔とは少し違う、柔らかな笑顔を浮かべていた。



『ぼくの……妹?』


 まだガキだった俺は、お袋が大事そうに抱えている()()が自分に近しい存在であると認識できなかった。


 お袋のお腹がどんどん膨らんでいって、いつか親父みたいに爆発して死んじゃうんじゃないか――。

 そんな容体がようやく治って退院できた、そんな安堵の気持ちしか無かったのを覚えている。


『そうよ。剣菱(ゆず)……この子の名前』

『お父さんの名前みたい!』

『ええ……(ゆずる)さんはこの子を最期に遺して遠い所に旅立ったの。譲さんのおかげでこの子が産まれたから、この子は譲さんの一部みたいなものなのよ』

『そうなんだ……じゃあ僕、この子を大切にするよ!』

『ふふっ……そうね。期待してるわよ、お兄ちゃん』



 お袋がまた笑ってくれたのが嬉しくて。

 またあの時のように、家族3人で過ごせるのが嬉しくて。


『柚、これから立派なお兄ちゃんになってみせるからな!』


 幸せそうに寝息を立てる妹に、俺は誓いの言葉を力強く紡いだ。







「あ、いや……違うんだ、柚……。これは……」


 そんな想い出をフラッシュバックさせつつ、俺は若干10歳の可愛い妹に対しガタガタと震えながら無様にも弁解を始める。


「――そ、そう!プロレスごっこ! お兄ちゃんはこの女の人とプロレスごっこをしてたんだよ! そうだよな鳴神!」

「う、うん! お姉ちゃんたちプロレスごっこ大好きなの!」


 顔を真っ赤にしながら笑う鳴神と共に乾いた笑いを浮かべる自分の姿は、彼女に跨っているマヌケな姿と相まって立派なお兄ちゃんの姿とは完全に反対方向のベクトルである「変態お兄ちゃん」として最愛の妹の目に映ってしまっているだろう。


 誓って狼藉を働こうとしたわけでは無い事は証明したかったが……いや駄目だ、あの時の俺は完全に狼藉を働こうとしていた。

 親父、すまない……俺は今、殺し合いのカモフラージュではなく本当の意味での(イチャイチャする)カモフラージュとしてプロレスごっこデッキを使うほどの男に成り下がってしまっている……。



「ん~~……良くわかんない! きっぺー、たっくんが何かやってるー」


 果たして俺達の必死の弁解は通じず、妹は玄関の方を向きながら事態をさらにややこしくさせる人物を躊躇なく召喚し始めた。


「あぁ柚ちゃん、タクは2階じゃなくてそっちにいるのか。おいタク――」


 大方いつものように家の近くをぶらついていた所を妹に呼び止められたのだろう、いつものように無遠慮に家に入って来たキッペーは、俺達のプロレスごっこの様子を見て大袈裟に右手を額に当てながら立ち尽くしていた。



「……はぁ~~……、せっかく俺が空気を読んで電話を無視してやったのに、こんな状況になっちゃってたとはねぇ……」


 いやいやお前が着信を無視するのはいつも通りだろ、と思いつつも今のこの状況はかつて「鳴神もみじを良いなと思う同志」として盃を交わした男に対する背任行為として猛省せざるを得ない。

 俺は立ち上がって鳴神から離れると、改めて同志と妹の二人に向き直しジャパニーズ・正座によって誠意を示した。



「……申し訳ありません、私は母や妹や羽賀様が家に居ないのをいい事に不純異性交遊をしてしまうところでした」

「まぁそれは未遂に終わったのでよろしい。それでタク君、床に散らばった置物やガラスの破片は何かね?」

「えっと、それは拓真くんとプロレスごっこをしてたらわたしが棚に突っ込んじゃって……」


 いつの間にか隣にちょこんと正座していた鳴神は、あくまでプロレスごっこデッキを酷使し、あくまで自分の責任だと主張する。

 俺がソファーを動かしたせいで突っ込んだんだから俺のせいだろ、と耳打ちするも彼女は微笑みながらふるふると首を振って譲ろうとしない。


「あーそこ、隙を見てイチャイチャしないように。……いずれにしても茜さんの大事な置物や家具を散らかした罰は重い、タク君ともみじ君はきちんと後片付けをするように」

「するように~。打ち首ごくもん~~」


 偉そうにふんぞり返るキッペーとその隣で楽しそうに便乗する妹は。


「――まぁ、さっさと片付けて早く4人で遊ぼうぜ。俺も手伝うからよ」

「ゆずも手伝うからよ~!」


 そう言って正座する俺達に近付き、それぞれの手を引っ張り上げるように俺達を立ち上がらせた。







「……幸い茜さんのコレクションは全部無事だったけど、ブッ飛んだガラスの棚は直しようがねぇな」

「まぁ、それはどうしようもないから俺がお袋に謝るよ……」

「わたしも謝るよ、棚に頭をぶつけちゃったのはわたしだし」

「いやだから元はと言えば俺がだな……と言うか頭の傷は大丈夫か、鳴神?」

「はいはいそこイチャイチャしなーい! 謝りたければ二人で謝りなさーい!!」




「ガラスの破片はもう残ってないな? ……よし、それじゃ4人でゲームして遊ぶか!」

「ゆず、4人でゲームするのすきー! たっくんときっぺーと、えっと……」

「このお姉ちゃんはもみじちゃんって言うんだぞ、柚ちゃん」

「分かったきっぺー! もみじちゃん、ゆずと一緒にあそぼー!」

「いいよ柚ちゃん! お姉ちゃんと一緒にあそぼー!」

(鳴神と柚はすぐに仲良くなれそうだな……精神年齢が近そうだし)




「もみじちゃん、よわいー」

「うわぁぁまたビリだぁ……さっきは拓真くんといい勝負だったのに……」

「タク、お前またゲーム初心者に手加減してたのか? あれ、やられた方は結構ムカつくからほどほどにしとけよ」

(実際キッペーはそれにムカついたのか、今や本気の俺と良い勝負をするくらい上達しちまったからなぁ……)




「拓真、ただいまー。何か外で鳴神さんを探してた人が居たから連れてきた……ってどうしたの土下座して!?」

「お袋、ごめん!居間で遊んでたらガラスの棚を壊しちまった!」

「おばさん、わたしからもごめんなさい! ……って」

「……探しましたぞもみじ殿。さぁ早く巻物を返すのです、お父上が大層ご立腹でしたぞ」

「うわあぁぁごめんなさい!! その、巻物は渡すから、お父さんの所に連れてかれるのはもうちょっと待ってぇ!」

「もみじちゃんおこられるー、お尻ぺんぺんー」

「お尻ぺんぺんで済むならそれで許してぇぇ!!」

(鳴神の親父さん、どんだけ怖いんだよ……)




 ……そんなこんなで、既に西日が薄紅色に草木を照らしている庭の最奥で。

 お袋が無事見つけてくれた鍵を手に、俺達は石造りの倉庫の前に4人立ち並んでいる。



 当初の予定とは違いキッペーや妹も探索者に加わっているが、まぁ大した問題ではないだろう。

 俺は巨大な南京錠のような錠前に鍵を差し込み、回しながら錆び付いた掛け金を慎重に外す。

 そして掛け金や扉にまとわりついた鎖を解き、取っ手に手を掛けて重々しい扉を引き開けると――埃とカビ臭さの混じった、雑然とした空間が内部に広がっていた。


「結構ほこりっぽいね……あまり使われてない倉庫なの、拓真くん?」

「あまり、と言うかほとんど使ってないな……俺も中を見るのは初めてだ」


 辛うじて生きていた裸電球のスイッチを入れながら呟く。



 お袋と婆さんが藤堂家について話してたのが確か5、6年前。お袋の記憶が確かであれば、その時に預かった書物の入った箱をこの倉庫にしまった事になる。

 通常の倉庫であれば5、6年も経てば次々と新たにしまわれる別の物に埋もれてしまいどこにしまったか分からなくなるが、ここの倉庫であればそんな心配もないだろう。


「――タク、これじゃねぇか? 中に古い巻物と本が入ってるぜ」


 首尾よくも予想通り、目的の箱は積み上げられた使い古しのタイヤの裏、比較的手前の木棚に積まれた状態ですぐに見つける事ができた。

 キッペーの後に続くように箱の中を見ると――1本の巻物と、2冊の本が納められている。



「あれ、この巻物って……」


 何かに気付いたように、何かを思い出したように鳴神が巻物を手に取る。

 そして俺に承諾を得てから、留め紐を丁寧にほどいて中身をゆっくりと広げて――


「――やっぱり!」


 巻物の中に記された()()()()()()()を見て感嘆の声を挙げた。

 鳴神の家にあるものとは違い保存状態は極めて悪いものの、その巻物は装丁や留め紐、そして内容に至るまで全く同じものだったのである。


「……んん? どう言うことだタク、もみじちゃん?」

「さっきお袋が連れてきた人に鳴神が巻物を渡してただろ? あの巻物とこの巻物が全く同じものだったんだよ」

「――って事は、やっぱりわたし達のご先祖様が同じ殿様から同じ巻物をもらった……って事になるのかな?」


 鳴神の言葉に頷きながら、劣化して千切れそうな巻物の中身を慎重に広げつつ確認していく。


 正確には内容に関しては鳴神家の巻物と全く同じと言うわけではなく、剣菱家の事が爺さんの名前まで書かれてたり、反対に鳴神家の事はほとんど名前が書かれていなかったりしている。恐らくそれぞれの先祖が独自に書き足していったのだろう。

 しかし藤堂家を筆頭とする組織図の全容は先程見たものと同じであり、俺と鳴神の祖先が同じ情報を共有し、同じ主君の下に仕えていた事をより強く示す根拠となる事は間違いない。


「ほら、こことここに鳴神や剣菱の苗字があるだろ」

「羽賀の苗字は無いか!?俺もどこかでもみじちゃんと繋がってないか!?」

「キッペーの苗字は無かった気がするな……えっと、一ノ瀬だろ、二ノ宮だろ、それと……あれ?」



 巻物を広げて指差しながら羽賀(バカ)の苗字を探していた俺は。

 組織図の中でひとつだけ、大きくバツで塗り潰された苗字があるのを見つけた。



「なんだ、これ……?」


 苗字だけではない、その下に続く家系の者の名前全てが文字通り末代までバツ印で塗り潰されている。

 墨色で書かれた組織図の中でそのバツ印だけが血のような紅色の顔料で書かれており、まるで恨みとも取れる強烈な印象を放っている。


「鳴神の巻物ではこんな風になってなかったよな……?」

「うん……こんなバツ印は無かったと思う。誰の苗字が塗り潰されているんだろ」

「ひょっとして俺か!? 俺の存在がもみじちゃんとの繋がりごと消されたのか!?」

「羽賀って文字では無かった気がするなぁ……確かもっと難しそうな漢字だった気が……」


 鳴神家の方の巻物を見ればそこに何の苗字があったのかをすぐに確認できたのだが、残念ながら先程鳴神が忍者の里の使いに返してしまっている。


「鳴神、家に帰ってからもう一度巻物の中身を――」


 そこまで言ったところで、小さく震えながら涙目でぶんぶんと首を振る鳴神の姿に気付いて依頼を打ち止める。

 既に彼女はお尻ぺんぺん以上の過酷な罰が確定しているのだ、これ以上罪を重ねるような依頼はとてもじゃないが言い出せなかった。




「――まぁ仕方ない、次はこの2冊の本を見てみるか」


 巻物を箱の元の位置に戻し、平積みの形で2冊納められた本を手に取る。

 上に積まれていた1冊目の本の表紙を見ると、隅に「上巻」の文字が記されていた。


「うっ……こっちの本も結構ボロボロだな」


 めくろうとした表紙がバリバリと乾いた音をたてる。巻物と同様、こちらの本も相当傷んでしまっているようだ。


「なになに……『此の書、…菱の……に……閲……を禁ずる』……」

「剣菱家の人以外は閲覧するなって事か。タク、いいのか?」

「あー……まぁ、昔の書物だし多分もう大丈夫だろ」


 湿気による変色や虫食いにより、頁に記された文字はその半分以上が判別の難しい状態となってしまっている。

 俺達は知識と閃きを総動員してその書物の解読にあたった。



「『剣…の……、男のみ……益荒……成りて…………力を……』、か……。益荒ってなんだ……?」

「たぶん益荒男(ますらお)の事じゃないかな? お父さんが忍じゅ……空手の門下生に教えている道場で『益荒男たれ』みたいな掛け軸を見かけたような」

「剣菱家の男が益荒男になったら力を得る……みたいな感じか。タク、お前なんか力を得たのか?」

「俺は益荒男でなく()弱いモヤシ男だから何とも言えんなぁ……」



 その書物には他にも「この力によって剣菱家は戦争を切り抜け主君に重用されてきた」「主君と剣菱家のため、男系の血は絶やしてはならない」などと言った剣菱家の男性が持つ力の影響力について書かれていた。

 ……自覚は無いが、この書物の言葉が正しければ俺にもその力がいずれ宿るのだろう。



「――それじゃあ、次はこっちの本か」


 先程の書物の最後には「詳細は下巻に記す」と言った趣旨の文字が記されていた。

 あちらが上巻なのだから当然こっちの本が下巻なのだろう。すべからく表紙には「下巻」の文字が……


「……あれ?」


 あるべきはずの「下巻」の文字がない。

 そればかりか2冊目の本は、1冊目と比べて装丁も綴じ方も違う、比較的ではあるが新しい時代に作られた書物であるかのように見えた。


「この本は下巻じゃないのか……?」


 疑問に思いながら、慎重に表紙をめくる。

 ――最初に記されていたのは、まさしくこの本が下巻で無い事を理解させられる内容であった。



『●●家の者……我が……下巻……盗み……、 家臣……殺され………』


『かの者……相容…ない…………二度と……菱家の……立ち入る……禁ずる』



 巻物に書かれたバツ印と同じ、紅色の顔料でその文字は書かれている。

 その一文字一文字は血が滴るように滲んでおり、肝心の下巻を盗んだ犯人の苗字も複雑な漢字が潰れていて読み取れない。



「何て書いてあるんだこれ。 ……夢、か……?」

「二文字目は料、かな。『夢料家(ゆめりょうけ)』……?そんなロマンチックな苗字なんてあったのかな?」

「一文字目は葱にも見えるな。ネギを作ってた家系でもあったのか?」

「惣菜の惣にも見えるかも!」

「あのなぁ……」



 俺の先祖はネギや惣菜を恨んでたのか、と心の中で突っ込みながら俺は頁を読み進める。

 2頁目からは通常の墨色で文字が綴られており、「再び剣菱家の力の秘密を知られる事のないよう、下巻の内容を書物に書き留める事は今後禁じる」ことや「下巻の内容は口頭によって男系の子孫へ受け継いでいく」こと。

 ――そして「かの者は剣菱家の力を狙う、その手に掛からぬよう気を付けろ」と言う子孫への警告で締めくくられていた。



「鳴神」


 俺はキッペーに聞かれぬよう、小声で鳴神に問い掛ける。


「ん?」

「依頼主からは()()()()()()()()()()は聞いてるのか?」


 さりげなく核心を突いたつもりの質問に対して、鳴神は申し訳なさそうに首を振る。


「今回もそうだけど、わたしやお父さんが依頼主から理由を聞かされる事はほとんど無いよ。わたし達には関係のない情報だし」

「そうか……」


 真面目で嘘をつくのが苦手な彼女の性格も踏まえると、そのドライな回答は恐らく真実なのだろう。

 この書物に書かれている通り、その「かの者」が俺を、剣菱家の命を狙おうとしているのかもしれない……そんな俺の思い付きを確認する事はまだできないらしい。




 ……かくして、剣菱家の祖先が遺した言葉の探究はひとまずの終結を迎えた。


「――何か、色々怖い事書いてあったけど結局良く分からなかったな、タク」

「そうだな……でもご先祖様の言葉だし、心に留めておく事にはするさ」


 2冊の本を丁寧に箱に戻し、蓋を閉じて再び木棚へと納める。

 せめて下巻もここにあればもう少し色々と分かりそうなものだが、今となってはその内容を知る術は無い。



(…………。)



『下巻の内容は口頭によって男系の子孫へ受け継いでいく』


 その記述とは裏腹に、俺は親父から何も聞かされていなかった。

 ――親父が話そうと思ってくれるまで、俺はまだ成長していなかった。



(10年前、もう少し俺がガキじゃなかったら――親父は話してくれてたんだろうか?)



 居間に飾られた写真の中でぎこちなく笑っている親父。

 その心中を知る術も最早無く、俺は倉庫の天井を仰ぎ見て――



「ゆず、ここつまんない! お部屋でゲームしたいーー!!」



 ――妹の言葉が倉庫の中に響き、重かった空気が弛緩していく。


「あぁ……そうだな柚、家に戻るか」

「柚ちゃん、またお姉ちゃんとゲームやろ!」

「うんっ!」


 元気良く答える妹の頭をくしゃくしゃと撫でる。



 あの書物の内容が確かならば、●●家とやらに狙われるのは男である俺だけのはずだ。

 その事と鳴神達に殺されかけている事が関係あるかどうかまではまだ分からないが……少なくとも、妹やお袋は狙われる事はない。狙われなくていい。



 ――狙われるのは、戦うのは俺だけでいい。

 もう二度と、お袋にあんな顔はさせたりはしない。



 妹や鳴神、キッペーが先に出てひとり残された倉庫の中で。


 祖先の遺した書物の箱をもう一度見つめ、俺は誓いの祈りを力強く紡いだ。


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