第8話「自宅で殺される」(4/5)
「え、えぇ――っ!? うそ……っ!?」
淡々とゼロへと近付くカウントダウンの文字に対し、鳴神は半ば混乱しながら上体を思い切り傾けスマホに向けて手を伸ばす。
そうはさせるか、とばかりに俺は自由になった両手を彼女の腋の下にあてがい、そのまま彼女の上体が傾いた方向に思い切りひっくり返した。
「きゃああぁぁ――っ!?」
完全にバランスを崩して派手にベッドの上に転がりながらも、鳴神はその見事な反射神経で俺のスマホを手に取り、カウントダウンの文字の下に映し出された通話キャンセルの表示に触れてしまったようだ。
そのまま警察に繋がってくれるのが理想だったが仕方ない、ともかく彼女を跳ね除けることに成功した俺はそのまま部屋を飛び出した。
スマホが奪われたならば居間の電話を使って通報するしかない。
「――駄目! 待って……っ!!」
背後から必死に叫ぶ声を無視して階段へと駆け出す。
足を滑らせぬよう慎重に、しかし性急に1階へと続く段差を駆け下り、角の踊り場まで到達して――
「待ってってば!!」
――真上からの声に見上げると、階段と言う概念を無視して2階から飛び降りて来る影が見えた。
「ぐっ……!!」
惜しげもなく舞い上がったフレアスカートの下で咲き誇る満開の桜色を凝視する間もなく、俺は鳴神の落下地点から逃れるように階段を転げ落ちる。
直後、直前まで俺が立っていた場所にけたたましく着地音が響くのが背後から聞こえる。
「おまっ――俺の家を壊す気か!?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!!」
たった今俺の肉体を壊そうとするストンピングを放ったとは思えない口振りに呆れつつ、俺は彼女が着地の衝撃を和らげている隙に転げ落ちた勢いのまま再び駆け出す。
あいつのショートカットによって若干距離は縮まったものの、このまま行けば先に居間の電話まで辿り着けるはずだ。
階段の角に打ち付けた膝や肘をかばいつつ、俺は居間へと続くドアを開けて
「ぁが―――っ!!」
背中に強烈な衝撃を感じながら居間の中へと吹き飛ばされる。
狭い屋内にも関らずあいつが跳び蹴りを繰り出してきやがったのだ。
「――っ! くそっ……!!」
ソファーの背中にぶつかり停止した俺が慌てて電話の方を向くと、そこは既に俺を追い抜いた鳴神もみじに占領されてしまっていた。
「拓真くん、この電話はアレクサと繋がってる?」
「……生憎そんな機能はねぇよ」
「そっかぁ」
にっこりと微笑んだあいつは、電話の受話器を、そして俺のスマホを左手に携えながらこちらに近付いてくる。
警察への通報の手段があいつに押さえられてしまった以上、もはやあいつをタイマンでねじ伏せる以外にこの窮地から逃れる術は無い。
――これが教室や通学路であればこの戦いはあいつのワンサイドゲームになっていただろう。
だがしかし今は文字通り俺のホームゲームだ、地の利はこちらにある。
「――行くよっ!!」
心底愉しげな掛け声に乗せて鳴神は軽く床を蹴り、瞬時に距離を詰めながらあいつの十八番の跳び回し蹴りを放ってくる。
しかし俺とてこの蹴りを何度繰り出されたか分からない、流石にその軌道にも速度にも慣れているとばかりにしっかりと側頭部をガードしてやり過ごす――
「――ぅぐ――っ!?」
虹色の変化球のように直前で軌道の変わった彼女の蹴りが、俺のガードを華麗にかわして脇腹にまともにヒットする。
靴も履いていない裸足とは言え充分に体重の乗せられたその蹴りが重くないわけがない、たまらず屈み込む俺に対し彼女はすかさず首を極めようと掴みかかって来る。
「くっ……!!」
脇腹に走る激痛を堪えながら必死で彼女の腕を振り払い、そのまま無様な足さばきで後ずさりながら彼女との距離を離す。
――そして予定通り、俺はお袋の収集物が納められたガラス戸の棚に背を向ける位置へと陣取った。
「――ん……。」
予想通り、いつもなら畳みかけてくるはずの鳴神の動きが目に見えて鈍くなる。
『彼女に狙われたら壊れやすい盆栽にでも隠れると良いんじゃないか?』
あの喫茶店で楠木が話していたとおり、そして先程の階段でのやり取りが証明しているとおり、鳴神は俺を殺す事よりも俺の家を散らかす程度の事の方を遥かに恐れている。そのくらいあいつは良心的な奴なのだ。
俺の背後にいかにも脆そうなガラス製の戸棚がある限り、あいつは得意の回し蹴りを不用意に放つ事もできないだろう。
「……――っ!」
そうなるとあいつは極め技だけで俺を殺すため、牽制技も見せられぬまま距離を詰めざるを得ない。これも予想通りだ。
そして最短距離で距離を詰めるために俺の目の前にあるソファーを乗り越えて跳びかかって来ること、それも予想通りだし――
――何より俺が俺の家を大事に扱わないなんて事は。
良心的なあいつにとっては絶対に予想外なはずだ。
「うらあぁぁ――っっ!!」
彼女がソファーに片足を乗せた瞬間。
俺はソファーの背もたれに飛びつき、そのまま全体重をかけてソファーを大きく手前に引き倒した。
「――ちょ、ゃ――きゃああぁぁ――――っ!!?」
自分が踏み越えようとしたソファーの着座部分がてこの原理で大きく反転し、鳴神はたまらずバランスを崩したままソファーの背もたれ側――俺と戸棚の方向へと跳び込む。
ソファーを倒した体勢のままの俺に無様な突進を避けられた彼女はそのまま戸棚へと頭から勢い良く突っ込み、ガラスの割れる派手な音を立てながらお袋の収集物を辺りに巻き散らかせる。
「……痛っ……! っあぁ……っ!」
脳天への衝撃とガラスによる軽い裂傷を受けて朦朧となりながら床へと倒れ込む鳴神をすかさず組み伏し、そのままマウント・ポジションの体制に持ち込む。
「俺の勝ちだ、鳴神――っ!!」
下腹部に跨り、両手首を床に押さえ付けながら。
俺は初めての勝利に湧き上がるアドレナリンにあらがわず咆哮した。
・
「――っ! うぅ……んっ!!」
床に組み敷かれた鳴神は何とか逃れようと全身をよじらせるが、俺の両手に両手首を、俺の腰に下腹部を、そして俺の両脚に両脚を押さえ付けられた完全なホールドに対し為す術もない。
対する俺も彼女に身体を抜けられたら最後、その類いまれなる体術によってたちまち形勢を逆転されてしまうだろう。
「……ヘイSiri、110番! ……ヘイSiri……、くそっ」
彼女の手から離れて転げ落ちたスマホに対して呼びかけるが、スマホは既に電源が切られており光を宿そうとしない。そのすぐ側に落ちた電話の受話器はもともと俺の音声操作が通じない不敬虔者である。
ならばスマホや受話器を拾い上げて直接操作するしかないが……それらに手を伸ばす為に一瞬でもどちらかの手を離す事すら、手負いの獣のごとき今の彼女を前にした俺には許されない。
(くそ、お袋が戻って来るまでこのまま鳴神を押さえ続けるしかないのか……?)
お袋が帰って来ると言っていた夕方までは少なくとも1時間以上は掛かるだろう。
それまでずっと鳴神を押さえ続けられるほど俺の体力がもつか、それとも何か別の方法を考えるか――
(………。)
考えながら、ふと押さえつけている鳴神を改めて見返す。
「……んーっ! う――んっ!!」
彼女はいまだ諦める様子もなく、俺に押さえられた両手首や下腹部を軸にして身体をばたつかせている。
その度に俺に押さえられていない鳴神の頭が、両肩が、そしてその下の豊かな双丘が小刻みに揺れ続ける。
(…………。)
水色の半袖シャツは暴れ続ける彼女自身の動きによって肩口が露出するほどまで乱れ、肩に掛かった薄桃色の紐が既に露わとなっている。
肩だけじゃない、胸元につけられた可愛らしいリボンの飾りもくしゃくしゃに乱れてその下に存在する薄桃色のレース生地を露わとしてしまっており、もちろんその中央に収束する光景は最初に部屋に入った時よりも遥かにその存在を主張し、暴れ続けたせいかうっすらと汗ばみながら紅潮しており――
「………………。」
「う――んっ!! うー……、 ……え?」
――気が付けば俺は。
彼女を四肢で押さえながら、吸い込まれるようにその光景に顔を埋めてしまっていた。
「――~~っっ!!? ……ゃ、ちょっと、拓真くん……っ!?」
彼女が転校してきたあの日、あの瞬間から気になっていた、しかし手を伸ばしても届く事がなかった楽園が、いま俺の目の前で、俺の全てを包み込んでくれている。
想像していたよりも遥かに心地良く温かなその感触は、つい先刻まで殺し合いを続け殺伐となっていた俺の心を癒し、包み込み、和らげていく。
「やだ、もう、スケベ――! スケベ拓真くん――っ! 離して……っ!」
良心的で控えめな罵声を俺に浴びせながら、鳴神は先程と同様に、しかし先程よりも頼りなげな力で全身をよじらせる。
俺の部屋ではノリノリで首を絞めてきたくせに、いざ自分が似たような立場になると途端に弱々しく非難してくるのはどうにも納得いかない。
「あのなぁ……俺が同じ事言った時にお前は離してくれたか?」
ひとしきり楽園を堪能した後、俺は顔を起こして鳴神と目を合わせながら反論する。
「あ、いや……、 えっと……」
「転校初日も次の日も、その次の日もその次の日も! ついさっきだってそうだ、お前はいつも嫌がる俺を組み敷いてたくせに、自分がやられるのは嫌ですよーってのは筋が通らないだろ!?」
「……わ、わたしだって拓真くんを殺そうとしてるんだし逆に殺されても仕方ないとは思ってるよ! でも、これは殺されるんじゃなくて、その……」
あんなゲームやこんなゲームで女騎士が言っていたような台詞を言いながら、鳴神はもじもじと全身をよじらせる。
「こ、こう言うのは好きな人同士ですることだし、殺し合ってる人同士ですることじゃ……」
「あー……じゃあ好きになればやってもいいのか?」
「――ぇ……?」
成り行きで思わず口に出してしまった言葉に対して、鳴神は想像以上に動揺する。
その様子を見て、意図せず俺も動揺してしまう。
――全く好きじゃなかった、と言えば嘘になる……気もする。
しかしそれは単に鳴神の身体に触れたかった、それ以上の事をしたかった、ただそれだけの下卑た願望だったと思っていた。
しかし思い返せば、俺が見ていたのはこいつの身体ではなくこいつの姿で。
いつも何事にも全力だったこいつの姿を、気付けば目で追うようになっていたような気もしてきて――
「――……鳴神……」
身体の震えがアドレナリンのせいなのか緊張のせいなのか分からぬまま、鳴神をじっと見つめる。
時計の針の音すら聞こえなくなった室内に、自分の鼓動の音だけがうるさく響き続ける。
「……ゃ、 だめ……、 だめだよ、拓真くん…………」
もはや逃れようとする事すら忘れたまま、鳴神は真っ赤な顔でこちらを見つめ返し続ける。
「鳴神……、 鳴神……っ」
彼女の抵抗が解けたのを感じた俺は、下腹部に跨った状態から全身を倒して覆い被さり、自分の鼓動を彼女の鼓動に押し付ける。
そのまま両手首を掴んでいた両手を少しずらして彼女の手のひらを握ると、彼女は僅かに戸惑ったあと、力無くその両手を握り返してくれる。
「……だめ……、 だめ……」
既に間近に迫った顔を更にゆっくりと近付けていく俺に対して、彼女は視線を真っ直ぐに向けたままとうとう目を瞑ってしまう。
その上気した頬が、整った鼻先が、きゅっと結ばれた健康的な唇が。
全身を押し付けた彼女の肢体の柔らかさも相まって恋と興奮を加速させていく。
白のソックスやその上に伸びるすらりとした脚を。
フレアスカートが捲れて露わとなった薄桃色の布地を。
リボンの飾りを頂点に鼓動を響かせ続ける柔らかな丘を。
そしてこちらを握り返しながら小刻みに震える両手を。
その全てを身体の同じ部分によってぴったりと合わせた状態で。
俺はそのまま顔を近付け、最後に残った部分を合わせて彼女とひとつになろうと――
「たっくんー? なにしてるのー?」
聞き慣れた声が背後から聞こえ、時計の針の音が再び響き始める。
全身を強張らせながら上体を起こして振り返ると。
愛しの妹が、きょとんとした顔で居間の入り口に佇んでいた。




