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第8話「自宅で殺される」(1/5)

 楠木との時間潰し(デート)を過ごした日からちょうど1週間。

 先週とは打って変わって自宅でのんびりと過ごす土曜日……を迎えるはずだった俺は、せわしなく自室の掃除と片付けを行いながらそわそわと過ごすハメになっている。


 そわそわしている理由はふたつある。

 ひとつは今までキッペーをはじめとした男友達(野郎)しか来る事のなかった俺の部屋に初めて女の子が来ること。そしてもうひとつはその女の子が隙あらば俺を殺そうとするであろうことだ。

 どちらかと言えばそわそわしている理由とぞわぞわしている理由がひとつずつある、と言った方が正しいかもしれない。



 その人物が殺人鬼だとわかっていながら自宅に招待するなど、三流ホラー映画の脚本ですら書き直しを要求されるレベルの愚行だ。

 そんなすべからく断固拒否、絶対否決せねばならないアポイトメントを俺が呑んでしまった理由もふたつある。



「……まぁ、こんなもんでいいか。そんなに長居をさせるつもりも無いしな」


 最低限体裁の整った室内を見回しながら、俺はその女の子(殺人鬼)――鳴神もみじの来訪を拒めなかったひとつ目の理由を思い返していた。




『えぇ――!? 拓真くん、土曜にすみれちゃんとデートしてたの!?』


 月曜日の登校時、土日の出来事を聞いてきた鳴神は俺の何気ない返答に想像以上に驚いていた。と言っても嫉妬とかそう言う感情ではなく、俺が楽しく遊んでた事が純粋に羨ましかっただけのようだが。


『そ……そんな、タクとすみれが……? 去年1年同じクラスに居た俺は相手にもされなかったのに、どうして……?』


 隣で聞いていたキッペーも想像以上に……いや想像通りだな、驚いていた。と言っても嫉妬かそう言う感情では……いや嫉妬だな。間違いない。



『いやまぁデートと言うか、最初はそんなつもりは無かったんだよ。ただ喫茶店で会って楠木の話を聞くだけのつもりだったし』

『喫茶店でお茶する時点でデートじゃねーか!』

『ねぇねぇ、すみれちゃんにどんな話を聞いたの?』


 ただやかましいだけのキッペーと違い鳴神は返答に困る質問をしてくる。

 楠木との約束もあるから鳴神の家系(組織)について聞いた事は言えないし、隣でキッペーが聞き耳を立てているから楠木や鳴神の組織間のルールについて聞いた事も言えない。


『――楠木の家系について聞いてたんだよ』


 答えに窮した俺は、実際に聞いた事実が色々と混ざった虚構をとっさに喋ってしまう。


『……なんだそりゃ。すみれはわざわざ喫茶店でそんな事話してたのか? いったいどんな家系だったんだよ』

『いや、えーとだな……』

『なになに、拓真くん家系の話が好きなの?じゃあわたしも今度家系図もってくる!』


 今度はキッペーに返答に困る質問をされて困窮していると、鳴神が少しピントのずれた助け舟を出してくれた。

 実は楠木に聞いたのはお前の家系についてだ、とも言えずその時は適当に彼女の約束を承諾していたのだが。




『――もしもし、拓真くん!? 今わたしの家の家系図を持って君の家に向かってるんだけど、今いる!?』


 今から30分ほど前。

 自宅でのんびりと過ごす土曜日を迎えるはずだった俺は、既に忘れかけていた5日前の約束を突如突きつけられるハメになったのだ。



『お父さんに内緒でこっそり持ち出したんだけどすぐ見つかっちゃって、いま里の人達に追われてるの! 拓真くんの家で落ち合えないかな!?』

『い、いや、家には居るが……そんな無理して持って来なくてもいいぞ?』

『――家系図の中に剣菱って苗字があったの! もしかしたらわたしと拓真くんが遠い親戚かもしれない、って思っちゃって!』


 風切り音を混じらせながら早口で話す鳴神の言葉に不覚にも興味を惹かれてしまう。

 俺の苗字は全国的にも相当珍しい苗字だ、比較的近い地域に根差していた鳴神家の家系図に記された剣菱の名が俺の祖先である可能性はそれなりに高い。……正直、ちょっと見てみたい。


『……お、俺の家じゃなくて喫茶店とかで見せてもらうのは駄目か!?』

『もう電車降りちゃったし今から街まで走ってたら捕まっちゃうよ! そしたら多分すっごく怒られるし、家系図も没収されちゃうし、もう拓真くんに見せられなくなっちゃう!』

『んん~~……っ!!』


 まるで俺の好奇心や警戒心を計算し尽くして意図的に生み出された状況のようにも思えるが、あの鳴神がそんな器用な仕込みを行えるはずがない。ほぼ100%これは彼女が素で引き起こした天然のアクシデントだろう。

 この機会を逃せば家系図は再び彼女の里の奥底へと厳重に保管され、俺が目にする機会は二度と失われる――これだけは恐らく間違いない事実だった。



『…………ちょっとだけだからな!? ちょっと見せたらすぐに帰れよ!?』

『――うん!』

『変な事したらすぐに追い出すからな!?』

『――うんっ!!』



 まるで終電を逃した生娘のように押し切られ自宅への来訪を承諾してしまった俺は、嬉しそうな彼女の返答を聞くのもそこそこに通話を切って軽く溜息をついた。

 ――以上がひとつ目の理由である。



「……まぁ、今日はお袋も家に居るしな。いくら自室で二人きりだからと言って自分が犯人だとすぐバレる状況で俺を殺す事はないだろ……多分」


 あいつが家系図を見せようと広げたら中に匕首(あいくち)が隠されてました、なんて事が無いよう祈りながら、俺はあいつに見つかったらまずい本がしっかり片付けられている事を入念に確認し続けるのだった。







「拓真ー! お客さんだよー!!」


 かくしてチャイムの音とお袋の元気な呼び声と共に、その招かれざる客――最終的に招いたのは俺だが――は現れた。



 自室から出て慌ただしく1階へと駆け下りると、既に彼女は玄関のドアを閉めて真っ白なスニーカーを脱ぎながらお袋と対面している。

 里の追っ手から逃れてギリギリここまで辿り着いたのだろう、彼女の額や腕はうっすらと汗ばんでいた。


「それにしても拓真が女の子を家に連れて来るとはねぇ……お父さんにも見せてやりたかったよ」

「親父も草葉の陰から見てるから大丈夫だっての……ほら鳴神、早く上がれよ」

「うん! お邪魔しまーす!」


 大袈裟に目頭を押さえるフリをするお袋を追い払いながら、俺はスニーカーを綺麗に揃えている鳴神の背中に話し掛ける。

 彼女はいつもの髪型と同じポニーテールをぴょこんと揺らしながら立ち上がり、そしていつもの制服と同じ丈のスカートを控えめに抑えながら俺の後について階段を登ってくる。

 ……その下にニヤニヤと笑うお袋の顔が見えやがったので、それ以上は鳴神の様子を見届けずさっさと2階へとあがり、そして自室へと彼女を案内した。



「わぁぁ……これが拓真くんの部屋かぁ……」


 

 まるで初めて同年代の異性の部屋に来たかのように、鳴神は額の汗を指で拭いながら感嘆に満ちた声を挙げる。

 その頭がきょろきょろと色んな方向を向くたび、俺は雑に隠したあんな本やこんなCDが彼女の目に留まらないかとヒヤヒヤしている。


「椅子は俺のしか無いんだよな……まぁ、適当にベッドの上に座ってくれよ」

「うん!」


 平静を装いながら椅子に座って促すと、素直に従った彼女は勢いをつけてベッドに腰掛ける。

 ぎしり、と言う年季の入った金属音と共にベッドの端が沈み、あらかじめ綺麗に整えておいた掛け布団ごと彼女の腰の形へと歪ませていった。



「……。」


 大事そうに提げていたショルダーバッグをベッドの上に投げ出し、ぱたぱたと手で顔を仰ぐ彼女の姿をじんわりと眺める。

 ――俺が何年も文字通り寝食を共にしてきたベッドの上で、俺が何度もあんな事やこんな事をひとり行ってきたベッドの上で、年頃の異性が無警戒にくつろいでいる。



「いや~、電車を降りたあとも3人くらい里の人が追っかけてきて大変だったよ~」


 そう言いながら彼女はぱたぱたと右手を仰ぎつつ、左手でシャツの胸元をくいくいと前後させて風を送り込んでいる。



「…………。」


 胸元にリボンの結び目を模した可愛らしい飾りのついた水色の半袖シャツは、着用者の手によって雑に引っ張られてその飾りを哀れにもひしゃげさせている。

 ただでさえ着用者の暴力的とも言える体積によってその布地は張り詰めているのだ、そんな状態で更にくいくいと引っ張られたらそこにどんな光景(谷間)が広がるかは想像に難くないだろう。



「それでどうしよっか、すぐに家系図を見ちゃう? 一応ゲームとかも持ってきたんだけど……」


 そう言いながら彼女はベッドの端に腰掛けた体勢のまま、両脚をぱたぱたと動かしている。



「………………。」


 普段履いている制服のスカートと比べて丈こそ同じものの雰囲気が全く違う、跳ねるようにフリルが広がるピンク色のフレアスカート。

 彼女が脚を動かすたびにその薄い布地が被服の役目を放棄するかのように危なげにひらひらと揺れ動いて。

 そしてその下から惜しげもなく晒された健康的な太ももが、僅かに滲む汗を窓からの陽光に反射させてキラキラと輝いて――。



「……?? 拓真くん? ……おーい??」



 何か問い掛けてきたような鳴神の声に反応する事すらできず、俺は男友達(野郎)がここに居る時とは天と地ほども違う奇跡的な光景に、そして教室と比べて遥かに狭いこの空間に急速に広がっていく同年代の異性の香りに、抗う事もできぬまま恍惚な気分に浸らされている。



 ――彼女の家系図が見たかった、と言うひとつ目の理由は所詮は建前で。


 結局のところ、"この素晴らしい情景を見たい"と言うふたつ目の理由と誘惑に俺の理性が耐えきれなかっただけなのである。


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