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第7話「デートで殺される」(3/3)

「――さて、それでは用事も済んだし帰るとするか。コーヒーはもう飲まなくていいのか?」

「……あぁ、もう流石にこれ以上は飲めない」


 焦燥する俺に対し楠木は静かに笑い、そしてゆっくりと席を立ち上がる。

 それなりの支払いを覚悟して財布をポケットから取り出した俺だが、何でもここの支払いは楠木の家の人とやらが月末にまとめて支払っているらしく、俺達は支払いの必要がないとのことだ。……お嬢様め。



「念のため言っておくが、今日話した事を山田(阿呆)や鳴神さんに言うのは厳禁だからな」

「そりゃまぁそうだろうな、そんな事したら楠木が二人に殺されかねないだろうし」

「あぁいや、二人もそこは割り切っているだろうしそこまで大袈裟な話にはならないだろうが……ただ、ちょっと気まずくなるとは思うからな」


 可愛い事を言うじゃないか、と言う思いと殺し屋達の情報はそんなコイバナと同程度の価値観で暴露し合われているのか、と言う思いが交錯し困惑する。


 ――まぁ、他の人に暴露したり脅しの材料に使ったりできるかはともかく、今日聞いた話は忘れないようこっそりスマホで録音しておいても良かったかもな。

 花崎先生あたりから情報を聞き出す機会があるかもわからないし、今度こっそり録音する練習でもしておこう。




「またのお越しをお待ちしております」


 エプロンドレス姿のウェイトレスに丁重に見送られ、まだ日も高い街の雑踏の中へと戻る。

 俺は特に気の利いた話題も思いつかず、隣で楠木がまた何か短いLINEを父親に返しているのを眺めていた。



(こうして歩いている姿はただの可愛い女の子なんだがなぁ……)



 近接格闘戦で殺されかけた鳴神やキリカと比べて、単に一服盛ってきただけの楠木は特に「普通の女子高生」という印象が強い。

 先程のたったひとつの質問に対する彼女の回答(表情)はその印象を更に強めるものであり、「殺し合いの回避」と言う俺にとっては最良の道へと続く可能性すらも僅かながら感じさせるものであった。



「……ん、どうした?神妙な顔して」


 不意に長い黒髪がふわりと揺れ、楠木がこちらを向く。


「あ、あぁいや、 可愛い女の子だなーと思って」

「何だそれは、口説き文句のつもりか?」

「いやその……やっぱり楠木みたいな子が殺しをやってるのはおかしいよな、と思って……」

「――ははぁ、さてはさっきの私の反応に味を占めて情で訴えるつもりだな? そんな事を考えてると抱きつくフリして頸動脈に猛毒を注射してやるぞ?」


 言いながら楠木はすっかり元の彼女に戻った様子でけたけたと笑う。

 ……やっぱり最良の道が見えたのは気のせいだったのかもしれない。




「それじゃあ、このあたりでお別れだな」


 人通りがまばらになったグリーンベルト地帯の半ば、楠木はふと足を止めて口を開く。


「ん、まだ駅までは結構あるぞ?どこか寄りたいところでもあるのか?」

「あぁ、実はな――」




 振り返った俺が見たのは、何かを言おうとした楠木の顔と。



 ――その背後、30メートルほど先の路肩に停まった黒塗りの車と。

 そこから降りて、こちらに向かってくる数人の黒服の男だった。




(――っ!?)



 明らかにカタギのそれとは雰囲気が全く異なる、サングラスと黒服に身を包んだ屈強な男達。それがわき目も振らずにこちらへと真っ直ぐ向かってくる。楠木はその事にまだ気が付いていない。



(ヤバい、あいつらの目的は俺達……)


(……じゃない、もしかしてあいつらも俺を狙う殺し屋なのか!? でも、どうして――)



 人通りが少ないとは言えまだちらほらと人影が見える昼下がりだ、いくらなんでも殺しや拉致を行うには目立ち過ぎる。

 それに隣に楠木が、他の組織の奴がいるってのに俺を狙うなんて――



『一部の不届きな組織にとっては暗黙のルールなど知った事ではないみたいだがな』



 先程の楠木の言動がフラッシュバックする。

 同時に先頭を歩く黒服の男が懐に手を入れたのが見える。


 距離は目測で10メートル、男は今まさに懐から拳銃を取り出してあの距離から俺を撃とうと――



「――うわあぁぁ――っっ!!」


「え、なに、剣菱……って、おい!?」



 気付けば俺は楠木の手を取り、黒服達に背を向けて全力で走り出していた。


「なんだ! 突然どうしたんだ剣菱!?」

「話はあとだ! 逃げるぞ、楠木!!」


 あのまま俺が拳銃で狙われていたら楠木まで巻き込まれてしまう。

 かと言って俺だけが逃げたら今度は彼女が捕まって人質にされかねない。そうなれば最悪の場合俺か彼女のどちらかが殺されてしまう。

 残念ながら俺は拳銃相手に立ち向かえるヒーローではない、二人とも助かるにはこの方法しか思いつかない。



「……話は分かった! だがなんで私まで連れてきた!」

「今話しただろ!? お前が殺されたらどうするんだよ!」


 楠木の手を掴んだまま、グリーンベルトを抜けてそれなりに人が賑わうアーケード街へ。

 俺は走りながら事情を話し、そして楠木といがみあっている。



「いや、別に私が殺されたって構わないだろう? むしろ君にとっては殺し屋が1人減って好都合じゃ――」



「――はぁぁ!!??」



 賑わう人並みも気にせず激高し、楠木の手を振り払いながら振り返る。

 僅かに目を見開いた彼女の背後には、幸いなことに奴らの追いすがる姿はなかった。



「『楠木が殺されたっていい』? 『俺にとっては好都合』??」


「ふざけんな!なんでそんな発想にならなきゃいけないんだよ!!」



 ひとまず危機を脱したことをいいことに、俺は逃げるのも忘れて棒立ちのままベラベラと彼女にまくしたてる。



「い、いや、私は君を殺そうとしたんだし、そう思われても仕方のないくらいには憎まれているんじゃ――」


「うるせぇ!それとこれとは話が別だ!!」

 


 もう駄目だ、こいつにはガツンと言ってやらなきゃ気がすまねぇ。

 さっきあんな表情を見せてたくせに、自分は達観してますよー、死ぬのも怖くないですよーみたいな顔で振舞いやがって。




「――俺を殺そうとするくらいなら、自分が殺されてもいいなんて弱気な事言ってるんじゃねぇ!!」

 


「――――!」




 そこまで叫んだところで、完全に目を見開いた彼女の表情が視界に入ったところで。

 我に返った俺は周りを取り囲み穏やかならぬ様子でざわつく見物人たちの姿に気付く。



「……あ、いや、別にそんな物騒な話じゃないんですよ皆さん。殺すとか殺されるってのは物の例えで、別にこの子と喧嘩してるわけじゃなくて……」



「――……ふ」



 慌てて商店街の皆さんに対して取り繕う俺を尻目に。



「あはははは――……っ!!」



 何を思ったか楠木は突然笑い出し、そして今度は彼女から俺の手を取って走り始めた。



「お、おい!? なんだ、突然どうしたんだ楠木!?」

「いいから逃げるぞ、さっきの奴らに追いつかれたくないだろ!」

「あ、あぁ、そうだな!」



 見物人たちの輪を掻き分け、あいつらに追い付かれる前にアーケード街の更に奥へ。


 俺の左手を後ろ手に引き、フリルのあしらわれたスカートを揺らしながら走る楠木の後ろ姿は。

 表情こそ見えなかったが、どこかとても楽しげに感じられた。







「――で、これはどう言うことだ?逃げるんじゃなかったのか?」

「あのまま商店街を逃げ続けるのも芸がないだろう。ここで時間を潰しつつあいつらが私達を見失うのを待つぞ、剣菱」


 アーケード街を中ほどまで進んだところに存在する、寂れてもいないが賑わってもいない微妙な塩梅のゲームセンター。

 客の多くが次の目的地に行くまでの時間潰しに利用しているであろうその場所で、楠木も俺に次の目的地(それぞれの帰路)に行く為の時間潰しを提案してきた。


「……まぁいいか。万一奴らが来たとしても、流石にここで拳銃をぶっ放す事はしないだろうしな」


 うんうん、と頷きながら楠木はまたLINEをほんの少しだけ操作している。

 僅かに見えたスマホの画面からは先程以上に長文である恐らくは父親からの文章と、それに対して[まぐろ][ゴリラ]とだけ返している楠木の短信が見えた。……だんだん親父様が可哀想になってきたぞ??



「親父様は過保護だからな。このくらいの返信でちょうどいいんだよ」


 静かに笑いながら楠木は俺の手を引き、大型ゲームコーナーのある2階へと誘う。

 ――かくして俺と楠木の生き残る為には仕方ない時間潰しが始まった。



「いやいやいや無理、無理!! 楠木、頼む!」

「まかせろ」


 黒服の男達が俺達に向かって銃を乱射してくる――そんな画面上の演出に対して俺が身を乗り出す事もできず木箱の隅で震えている中、楠木は果敢にも木箱から身を乗り出して正確無比なエイムで黒服達の頭部を撃ち抜いていく。

 彼女が得意だと言うガン・シューティングゲームに付き合わされ、最後の方は何もできないままゲームオーバーとなってしまった俺は、いつの間にか程よく集まってきた時間潰しのギャラリーと共に彼女がひとりラスボスを撃破するのを見守る事となった。


「この店は銃のメンテナンスが行き届いていて心地よくプレイできたな……今度また来ようか、剣菱?」


 柄にもなく目をキラキラと輝かせながら楠木が迫ってくる。

 俺が一緒にやっても木箱の隅でガタガタ震えて命乞いをし続けてるだけだからひとりで勝手にここに通ってくれ。




「いやいやいや無理、無理!! こんなの踏めるわけないだろ!」

「大丈夫いけるいける! がんばれ楠木!!」


 先程とは打って変わって降り注ぐ矢印に翻弄される楠木を見ながら、俺はダンス体感ゲームの筐体の上で屈み込んでいる。


「だいたい君はなんでそんな所でそんな体勢で……あっ、8分押し連続とか無理……っ」

「持病の腰痛が再発しちゃって動けないんだよ。俺はゲームオーバーになっちゃったけど楠木は頑張ってくれよ~?」

「うぅ、くそ、見てろ……やっ、だめ、同時押し連続とか、スカートが……」


 ゲームセンターに通う男であれば誰もが邂逅(かいこう)を夢見るような美少女がたどたどしくステップを踏み続ける光景に先程以上のギャラリーが押し寄せているが、マナーの良い彼らは筐体からある程度距離を離しており俺が今屈み込んでいる筐体の上(聖域)にまで踏み込む事はできない。

 俺は彼らの嫉妬と羨望の目を一身に浴びつつ、楠木の一張羅の隙間からいずれ垣間見れるであろう一張羅(勝負下着)の色と形がいかほどのものであるかをこの目に焼き付けて――


「――もういい、このゲームは私の負けだ」

「え?」


 急に筐体を踏むのを止めて、矢印が降り注ぐ画面から顔を背けて俺の方向に身体を向けた彼女は。


「ここからはこの筐体から落ちた方が負けだこの阿呆が――っ!!」

「ぐはぁぁ――っ!!」


 3階に並ぶ対戦格闘ゲームであれば間違いなくゲージ1つ消費するであろう見事な蹴り上げを繰り出して。

 屈みガードをする間もなく下顎からその蹴りを直撃した俺は、ギャラリーの沸き立つ声と藍色の花咲く光景に包まれながら筐体の外へとリングアウトするハメになった。




「女の子とプリクラを撮るのとか中学生の時に妹と撮った時以来だぞ」

「それは光栄だな。『こいつは私が殺す→』……っと」

「おい何物騒な落書きしてんだよ。『←こいつは俺が殺す』……っと」

「……ふぅん、それじゃあ今どちらが本当になるか試してみるか?」

「…………いや俺の文字は消します、ごめんなさい」



「剣菱、缶ジュースを買ってきたぞ」

「いらん。お前の買ってきた飲み物なんぞ何が混入してるか分からんからな」

「今の私の持ち物で未開封の缶ジュースに毒を注入できるわけないだろう……もういい、おいそこの君、缶ジュースは欲しくないか?」

「うわあぁぁやめろ!罪もない一般ギャラリーを巻き込むな! おい待てそこの君、夢見心地で受け取ってぐびぐびと飲むんじゃねぇぇ!!」



「……くそ、取れそうで取れないな……シロクロブーのキーホルダー、取りたかったのに」

「なんだ楠木、欲しいのかそれ? …………ほら、取れたぞ」

「…………。」

「なんだよ」

「……いや、いいのか?」

「俺は別にいらないし、お前が欲しいんだろ?やるよ」

「…………有難う」




 そんな感じで、俺達は黒服の男達が追うのを諦めるまでの間、場末のゲーセンで時間を潰し続けた。

 ……潰し続けたのだが。


「……なぁ、楠木」

「なんだ」

「…………これ、世間一般的にはデートって呼ばれるやつじゃないか??」

「そうだな」

「そうだな、ってお前……」


 涼しい顔でLINEに短信を打ち続ける楠木に対して、俺はどうにも直視できず顔を背けながらゲームセンターを出てアーケード街へと




「――な」



 自動ドアが開いたその目の前にあの黒服達が立ち塞がっていた。


 ……俺達がここに居たのが完全にばれていた。

 それでここでずっと待ち伏せを――



「楠木! 下がれ!」


 反射的に楠木の前に立ちながら黒服達を制そうとする。

 いやしかし無理だ、相手は3人、それも恐らく戦闘慣れしている大の大人だ。

 そして中央の男は躊躇する事なく懐に手を入れて拳銃を――



「お嬢、お待ちしておりやした。すぐ裏に車を回しています」



 え?



「相変わらず仰々しいお迎えだな、お前ら。あと替えの眼鏡はいらないといつも言ってるだろう」


 え??



「へぇ、しかしお頭が『あの娘の外出用の眼鏡は少し度が強いんだ、なるべく早めに自宅用の眼鏡に掛け替えさせろ』と言って聞かないもんで……」


 ……え???



 良く見れば黒服の男が懐から取り出したのは眼鏡ケースで。

 いつの間にか俺の前に出ていた楠木は面倒くさそうにそれを受け取っていて。


 つまり黒服が俺の命を狙う他の組織の殺し屋だ、ってのは俺の完全な勘違いで。

 彼女の父親がよこしたお迎えに対して俺は勝手に全力で逃げただけの話であって……



「――言っただろう? 親父様は過保護なのが玉に瑕なんだ」



 そんな俺の空回りをからかうように、楠木はけたけたと笑った。



「じゃ、じゃあお前がさっき言ってた自分が殺されてもいいってのは何だったんだよ!」

「あれはあの時たまたま気になった事を聞いただけだ、別にこいつら(黒服)に今殺されるって話じゃない」

「んな――」



 あまりにも馬鹿げた話に言葉も失ったまま呆気に取られて。



「――でも、あの時の剣菱の言葉は良かったぞ」



 そんな俺に、彼女は背伸びしてそっと耳打ちして。

 更に硬直した俺に構わず黒服の元へと駆け出して。



「何なら君も乗っていくか、乗り心地は保証するぞ?」

「どう考えても車内で殺されるだろ、誰が乗るか!!」

「あははは、そりゃそうだ! じゃあな剣菱、ゲームセンターでの時間潰し(デート)、とても楽しかったぞ!」



 そんなやり取りもそこそこに、楠木は黒服と共に風のように去っていく。



 ひとり残された俺は、狐につままれたような、しかしどこか不思議な充足感も感じながら。



「――まぁ、あんな表情をされ続けるよりはマシか」



 帰路を急ぐ人並みが増え始めた商店街の黄昏を、深く息を吐きつつゆっくりと見上げた。


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