第1話「転校生に殺される」(1/3)
俺が鳴神もみじと出会ったのはちょうど1週間前。
新しいクラスにも慣れてゴールデンウィーク明けの五月病リスクも乗り越えて、いよいよ俺の高2ライフが波に乗ってきたと思い始めた時だった。
「今日から転校してきました鳴神もみじです!よろしくお願いしまーす!!」
元気で可愛い子だな、と言うのが第一印象だった。
あとは身長も女にしてはでかいし、その……他も色々でかいな、と言うのが第二印象だった。
「それじゃあ鳴神さんにはどこに座ってもらおうかしら~?」
「……花崎先生、転校生の座席用意してなかったんですか?」
「そうなの~、先生すっかり忘れちゃって……あら?」
いつものようにぽけぽけと戸惑う担任の花崎先生がふとこちらに視線を向ける。
正確には俺の隣、タイミング良く休んでいた親友の座席だ。
「羽賀君の席がちょうど空いてるわね~。それじゃ鳴神さん、とりあえず今日はあの席に座ってくれるかしら?」
「はーい!」
元気よく返事をすると、鳴神さんは背筋をぴんと伸ばしながら最後尾の俺の座席の左、キッペーの座席に向けてずんずんと歩いて来る。
その歩みに合わせてふるふると揺れる二つの豊満なそれが、既にクラスの男子を一定数ほど虜にしてしまっているように感じる。
「んしょ、っと……」
豊満なそれをぺたんと椅子に押し付けて鳴神さんは座席につく。
ちくしょう羨ましいぞキッペー、今日1日とは言えこの豊満なそれを押し付けた椅子に明日から座り続けられるなんて、クラスの他の男子も絶対同じことを思って……
「……あれ?」
ふいにこちらを向いた鳴神さんと目が合う。
「……もしかして、剣菱……くん? 剣菱、拓真くん?」
「はい? ……はい」
名乗ってもいないフルネームの本名を突然呼ばれ、気の利いた返答もできぬまま敬語で答えてしまう。
なんだあいつ知り合いだったのかよ、という男子達の視線が痛い。
いや何で俺の名前を知ってるんだ、服か顔に名札でも着いていたか?
いやいや転校前から彼女は全クラスメイトの顔と名前を暗記してたとか?
いやいやいやそれとも彼女は昔俺と会っていて、そして運命的な再開を――
「んん~~~……」
様々な妄想を巡らせる俺と同様に、彼女もまた思考を巡らせている。
そしてゆっくりと首を動かし、俺の身体を上から下まで眺めたあと。
「――うん! よろしくね、拓真くん!」
大きなポニーテールをなびかせながら顔を向き直し。
彼女は弾けるようなとびきりの笑顔を俺に見せてくれた。
・
それから1日、5時限が経過するまで彼女はずっとこちらを見ながらニコニコと微笑んでいた。
まだ教科書を持ってないからと机を間近に寄せて、身体も寄せ合いながら教科書を一緒に見る――男子達の怨嗟の視線を浴びながら、俺はそんな行為を5回も繰り返したのである。
勘違いとかそんな事は毛頭ない、これは俺にモテ期と運命的な出会いが同時に来たと言っても過言ではないだろう。
「拓真くん、放課後時間ある?よかったら校内を案内して欲しいんだけど……」
彼女がはにかみながら遠慮がちに訪ねてきたのも運命の出会いの一環だろう。
俺はその要望に対して即座に紳士的に快諾し、校内のあらゆる場所をくまなく案内して回った。
他の学年のクラスが並ぶ廊下、昼休みにも案内した購買エリア、普段はあまり行きたくない職員室、既に部活動が始まっている体育館やグラウンド――。
俺の拙い解説にも鳴神さんは大袈裟とも思えるほどの反応を見せてくれるものだから、ついつい俺も時間と我を忘れて調子に乗ってしまった、のだと思う。
「よし、じゃあここからは特別にあまり行っちゃいけない所も案内しようか!」
「ええー!?良いんですか剣菱先生ー!?」
「ふふふ、他の先生に見つかったらまずいので内緒だよ鳴神君」
「はーい!先生よろしくお願いしまーす!!」
ノリノリな鳴神さんに釣られるように調子に乗った俺が向かったのは、渡り廊下をひとつ挟んだ旧校舎の区画。
耐震強度がどうとかで俺が入学する少し前に取り壊しが決まっており、今はなかなか予算の目途が立たない学校側の都合を鑑みて自らの死を健気に待ち続ける区画と化している。
「誰も居ないですね先生!」
「一応は立ち入り禁止の危険な区域だからね鳴神君。今ここで大地震が起こったら我々はこの旧校舎もろとも潰れてしまうのだよ」
「うわぁぁ、それは困ります!怖いです先生!」
――冗談っぽく話しただけなのに、彼女は大袈裟に驚きながら俺の腕にしがみついてくる。
彼女の無防備で無邪気な体温が、腕にまとわりついた色々と柔らかい部分を通して俺の全身に浸透していく。
「そそそそんなに怖がる事はないぞ鳴神君! も、もうちょっと奥まで案内しようか!」
「はい!よろしくお願いします先生!」
いやこれはマジでモテ期が到来したと結論付けても問題ないだろう。
逆にここまであからさまに自身の心を押し付けてくれる彼女に対して何らかの期待を抱かない方が、むしろ男として、彼女に対して失礼な話なのではないか??
かくして俺達は旧校舎の3階の一番奥、もはや人の気配どころか長らく人が踏み入れた形跡すらない教室まで辿り着いた。
埃とカビの臭いが混ざる室内には、朽ちつつも整然と並んだ机が夕陽の光を受けて控えめに輝いている。
「さあ鳴神君、ここが我が学校の一番奥に存在する秘密の場所だよ?」
「うわぁ……凄いですね剣菱先生、本当にわたし達以外誰も居ないみたい!」
「そ、そうだよ鳴神君。ここには俺達しか居ないんだよ……」
彼女に念を押しながら教室の奥まで進み、窓に備え付けられていたカーテンをゆっくりと閉めていく。
廃校舎の教室に男女がふたりだけ、しかも女の子は明らかに男に好意を寄せている。
そんな健全な男子高校生が一度は夢見るシチュエーションがまさに据え膳として自らの目の前に提供されたのだ、興奮しない方が無理と言うものだろう。
「うん、そうだね……せんせ……拓真くん……」
鳴神さん……いや、もみじの方を見なくても、もどかしく俺の名前を呼ぶ彼女の顔が紅潮していくのが手に取るようにわかる。
俺は今まで思い描いてきたシチュエーションをシミュレーションするように、机を3台ほど横に並べて今後の展開に対し完璧に備えていく。
「……なんだい? もみじ……」
机を並べ終えて、満を持して彼女の方向に振り返った俺が見たのは。
「――――ごめんねっ!!」
一足飛びで距離を詰めた鳴神もみじによる、頭部を的確に狙った跳び回し蹴りが急速に迫る光景だった。