第7話「デートで殺される」(2/3)
「スマトラ・マンデリンの20gをカプチーノで。砂糖はこちらで調整するからブラックのままで頼む」
「かしこまりました。そちらのお客様は?」
「えっ……あっ、いや、その……同じので!!」
「かしこまりました」
俺のアホみたいな応対に動じる事なく、エプロンドレス姿のウェイトレスは微笑みながら丁寧にお辞儀をして静かに立ち去っていく。
全身を強張らせながら辺りを見回すと、木目調の内壁や間接照明や天井でくるくる回るプロペラが、周りでりんご色のノートPCを広げながら静かに談笑するスーツ姿の男性達が、一張羅の俺に対して無言のプレッシャーをかけてきやがる。
「家の人達に何度か連れられているうちに私も気に入ってしまった店でな。君も気に入ってくれると良いんだが」
「あ、あぁいや、良い店だとは思うぞ! うん!」
口ではそう言いつつも周りの談笑が嘲笑であるとすら錯覚してしまい泣きそうになっていると、楠木はおもむろに革製のバッグからスマホを取り出して面倒くさそうに操作し始める。
「――すまない、親父様からのLINEだ。ちょっと待ってくれ」
「ん、別に構わんけど……何かの用事か?」
「用事もないのに来るんだよ」
言いながら楠木がこちらに見せてきたスマホの画面には、
[すみれちゃ~ん!今何やってるのカナ?? すみれちゃんが出掛けててお父さんは今とっても寂しいよ、早く帰ってきてね??]
[まぐろ]
と言う親子の仲睦まじいやりとりが映し出されていた。
……いや流石にもう少し真面目に返信してあげても良いんじゃないか??
「親父様は悪い人ではないんだが少々過保護でな……お袋様が死んで大分経つし、気持ちは分かるんだがな」
それ以上の返信を送る事なく無慈悲にスマホをしまった楠木は、そう言って周りのビジネスマンよりも静かに、儚く笑う。
思いもよらず彼女が自分と同じ境遇である事を知った俺は、「お袋とこいつの親父が結婚したら自分は楠木拓真になるのかな」などと馬鹿みたいな事を考えつつ。
お袋の底抜けに明るい性格を、彼女の父親のようにオーバーなくらい明るい性格を思い返しながら、彼女に釣られるように小さく笑った。
・
「――さて、それでは本題に入るか」
やがてテーブルに並べられた2つのカプチーノ――ひとつは適度に砂糖が加えられ、もうひとつは頑なにブラックなままである――が静かに湯気を漂わせる中、楠木は金色の混じった陶器のコーヒーカップを優雅に傾ける。
「ところで本当に砂糖はいらないのか?この豆で淹れたコーヒーはブラックだと相当苦いと思うんだが」
「いい。お前が俺の知らない間にその小瓶の角砂糖のどれかに毒を仕込んだかもわからないからな――ッゲホ! ッッグェホッ!!」
「今ここでお前を毒殺しても女子高生探偵に謎を喰われるのがオチなんだがな……まぁ、頑張って飲んでくれ」
サンドイッチを頼んでもいないのに余計な心配をしながら、彼女は周りの談笑を隠れ蓑とするように静かに話し始めた。
「まず君のクラスメイト、鳴神もみじについてだが――」
「――あぁ悪い。その前に、まず最初に教えてくれ」
彼女に釣られるように小声で話を遮る。
「キリカに殺されそうになった時も、お前に殺されそうになった時も、鳴神やキリカが来た瞬間お前たちは俺を殺すのを止めた。……何故だ?」
何度か俺の命を救い、俺の安息を担保していたはずの常識。そして花崎先生と言う存在によって崩された常識。
その根拠を正確に把握しないと、今後もいざと言う時に足元をすくわれかねない。
「その情報は私の活動とも関係があるからあまり話したくないが……」
「……まぁいいか、言おうが言うまいがその状況で私が君を殺せない事実に変わりはないしな」
一呼吸おいて、彼女は言葉を続ける。
「私や山田、鳴神さんはそれぞれ違う組織に属している」
殺し屋を有するような物騒な組織にも色々と種類があり、彼女達はそれぞれの組織の上部からの指示によりクライアントの依頼をこなしているらしい。
そこで問題となるのが「どの組織が依頼を達成したのか」と言う情報だと言うのだ。
「他の組織の殺し屋が居ない状況で依頼を達成した場合は当然ながら何の問題も起きない。その組織の手柄である事が100%明らかだからな」
「問題は他の組織の殺し屋が近くに居る状況で依頼を達成した場合だ。第三者の立会人でも居ない限り『どちらの組織の殺し屋が依頼を達成したのか』で100%揉める」
――なんでも、過去にたまたま他の組織の依頼現場に居合わせた殺し屋が「俺が殺した」とクライアントに対してゴネた事があったらしい。
実際に依頼を果たしたであろう殺し屋の方にも明確な証拠はなく殺った殺らないの言い合いは激化、最後は手柄を巡った組織同士の軋轢から抗争の勃発にまで繋がってしまったと言う。
「その逸話を戒めとし、多くの組織は『他の組織の殺し屋と居合わせた時は依頼を敢行しない』と言う不文律を遵守している。――もっとも、一部の不届きな組織やフリーランスの殺し屋にとってはそんな暗黙のルールなど知った事ではないみたいだがな」
『先生はどこの組織にも属してないんじゃないかな?』
あの時の鳴神の言葉の意味と殺し屋達の裏事情がようやく繋がり、膝を打つと共に絶望へと打ちひしがれる。
結局のところ鳴神・キリカ・楠木の三人にはたまたまその不文律が適用されたと言うだけで、今後現れる殺し屋が同じ条件で見逃してくれるかどうかは全く分からないって事じゃないか。
「……そもそも組織のメンツを優先して見逃される、ってのも何か納得いかねぇな……」
「君の場合一般人の未成年と言う事もあって依頼額が少額なのも関係してるだろうな。政府の要人のような高額の依頼であれば不文律が無視される事もあるし、組織も私達のようなヒヨッコでなくもう少し腕の良い殺し屋を君に派遣していただろうさ」
「……ますます納得いかねぇ。いつかその依頼主を見つけてぎゃふんと言わせてやる」
自分の立場も顧みず憤る俺に対して、楠木は「そうだな」と頷きながら小さく笑った。
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「話が前後してしまったな。改めて鳴神もみじの事から話そう」
コーヒーカップを傾けて唇を潤した後、彼女は同業者の情報を俺に話し始めた。
――鳴神もみじ。
400年近くの歴史を誇る忍者、鳴神家の現首領の娘。
粗削りであるものの既に常人の域は離れつつある体術と、何より殺人に対し一切躊躇しない残忍さのおかげで同年代の殺し屋の中では頭ひとつ抜けて評価されていると言う。
「残忍、と言うのも少し違うな……何と言うか、『任務を達成する』と言う事に全力になり過ぎて倫理観が追い付いていない、と言う感じはしたな」
楠木の言葉を聞きながら、あいつの活き活きとした表情を思い出して大きく首肯する。
「彼女が躊躇しないのはあくまで『標的を殺す』と言う事に対してのみで、標的以外の人に危害を加えるのはもちろん、その辺の器物を破損する事にすら一般人と同じかそれ以上の良識をもって躊躇すると言う報告もある。彼女に狙われたら壊れやすい盆栽にでも隠れると良いんじゃないか?」
鳴神にとって俺の命は盆栽以下か、と言う事実に落胆しながら心に留めておく。
――山田桐香。
マフィアの日本支部、イタリア人幹部と日本人女性との間に産まれたハーフ。
父親譲りの才能と母親譲りの優しさを併せ持った結果「格上の相手を含む幾人もの標的を瀕死にまで追い詰めながら、ただの一度も殺しの依頼を達成できない」と言う偉業を更新し続けており、ファミリーの間では「腰抜けの神童」とまで揶揄されていると言う。
「あの阿呆には勿体ない称号だがな……ともかく、あいつと対峙した時は初撃や不意打ちで一息に殺される事だけを警戒すればいいだろう。長期戦になればなるほどあいつの臆病さが露呈するはずだ」
初めてあいつに殺されかけたあの日の姿を、瀕死の俺に対してナイフを振り上げながらかたかたと震えるあいつの姿を思い出しながら、俺は無言で頷く。
――花崎香。
詳細不明。
「って何もわからないのかよ!」
「すまない、組織同士の繋がりがない人物については情報も少なくてな……」
ただ、と彼女は付け加えながら、
「明確な思想も信念も持たず自身の為だけに諜報活動をしている女スパイがいる、と言う噂は聞いた事がある」
そんな不確かでロマンチックな情報を教えてくれた。
「明らかに彼女に命を狙われていながら最終的に生還できた人物の例もあるようだし、もしかしたら彼女に気に入られれば殺されずに済むかもしれないな」
全くもって信憑性のない情報だがな、と念を押す楠木を差し置き。
俺は保健室に通う内に花崎先生と良い仲になり、命の危険を脱するどころか他3名の殺し屋も先生に一掃してもらう……と言う心も身体も満足なハッピーエンドを妄想してしまう。
「――楠木すみれ。」
「……言うわけないだろ阿呆」
「いや、ここまで来たらノリで自分の情報も話してくれるかなーって……」
お茶目さを誤魔化すようにブラックコーヒーをぐい飲みしてむせかえる俺にあきれつつも、
「……まぁ、ひとつくらいは質問に答えるか」
私の活動に影響を及ぼさない範囲でな、と付け加えながら彼女が応じてくれる。
「ひとつか。そうだな……」
半分以上残ったコーヒーがゆらゆらと揺れているのをしばらく見つめたあと、俺は楠木の顔を見返す。
俺が彼女にしたい質問は所属組織でも得意戦法でもスリーサイズでもない。
「――楠木も、人を殺した事があるのか?」
恐らく答えはイエスであろう質問に、鳴神であれば間髪いれずイエスと答えたであろう質問に対し、彼女は返答に窮したまま空になったコーヒーカップを見つめている。
その反応だけで、彼女の情報としては充分だった。
「……そんな目で見ないでくれ。哀れみを受けるのが一番つらい」
「殺しを辞めるわけにはいかないのか?」
あわよくば、と続けた俺の質問に対して、彼女は即座に首を振りながらノーの返答を示す。
「剣菱には申し訳ないが……それはできない相談だ」
「それが私の今の境遇であり、私の今の矜持なんだ」
天井ではプロペラが意味もなくくるくると回り、周りではスーツ姿の男性達が意味も無く談笑を続けている。
「そうか」
俺は一言だけ呟きながら、既に湯気の消えていた黒色の液体を眺めた。




